嫁になりました。
キラサマに悪いものをきれいにしてもらわないといけない。幼少期にはそう言われて怒られた。きれいにすることはいいことではないかと思えるのだが、記憶もきれいにされてしまい、何もできなくなってしまう。身体はそのままに赤ちゃんからやり直しになってしまうのだ。そう言われて、慎は想像してゾッとしたものだ。
社から出てきたそれがキラサマなのだろう。ビジュアルが慎の考えていた和物ファンタジーの鬼キャラ(cv.安元洋貴)だが。
「あ! 破綻してないトンチキ和装! ちょっと描かせて! 布量とあってない露出! 謎インナー! 謎の紐! ダメージ加工!」
いつでも描けるように持っているスケッチブックを引っ張り出し、鉛筆を走らせる。
「慎は絵を描くのか?」
「えぇ、はい。……キラサマですよね?」
「うむ、そう呼ばれておる」
「不思議存在、中二病、オカルトの類だと思うんですけど、そこにいるのが違和感ないです。何なんです?」
「我はここにあるものだ。森の中に木があることとかわらん。それぞれ木は異なれど、違和感はないだろう」
「なるほど、わからん」
“そういう存在”としか言いようがないのだろう。何もわからなかったが、今は目の前のスケッチが優先された。
「布の質感が均一すぎるなあ」
「それは慎の想像力と知識が足りんだけだ」
「何の関係が? ……ん?」
ふと気づき、スケッチブックを何枚か戻る。鬼キャラの案がいくつか残っているが、それを集約したのが目の前にいるキラサマだ。キラサマの姿と、このラフと、どちらが先なのだろうか? 交互に見やる。
「この姿は慎の想像を核としておる。絵描きなら明確にイメージしたのだろうな、この姿を。前は白狼と言い張っていたが、白い柴犬だった」
「なにそれかわいい。……いや、鬼ですらない? じゃあ、女の子イメージしたら女の子になってた? そもそもキラサマ何??」
「なんだ、聞いておらんのか?」
かぱ、とキラサマの手元でカップ酒が開けられていた。トンチキ和装にカップ酒は案外合う。安酒を飲む姿すら様になっているから不思議だ。
「慎も飲め」
カップ酒を押し付けられた。
「いえ、これから仕事ですので。ここに来るのに原付き使ってるので。ノー飲酒運転」
「いいから飲め」
「アルハラやめてください」
「飲め」
「……一口だけですよ」
慎は酒に強いほうだ。残りの酒を干したとして、仕事にも運転にも影響はない。だからといって飲んでいい理由にはならない。唇を濡らす程度になめる。
「ん?」
カップ酒はコンビニでも売っている有名な酒造会社のものだ。実家でストックされているので、もらって飲んだことがある。神の舌を持った憶えはないが、本来のそれより雑味がまったくなく澄んだ味だった。慎が持ってきて置いた。キラサマは開けて飲んだだけで何かを入れたような動作はなかった。味が変わるようなタイミングはなかった。
ポコンと湧き上がってきた『ヨモツヘグイ』という言葉。もしかして、と、慎は嫌な汗をかく。自分はザクロを食べてしまったのではないだろうか。
「もしかして、儀式的な?」
「ふむ、勘がいいな」
キラサマは、肯定するように、にいっと笑う。
「説明不十分! 無効です! 無効!」
「人と人との間であれば無効かもしれんが、我は人ではないからな」
「えー、ずるーい」
「残念だったな。我は人に決まりごとには縛られん。これで慎は我の嫁だ」
「嫁って、僕、男ですよ」
オタク関連業種の業か、男の子だよと言いかけてしまった。悪いクセである。
「男が嫁になってもよかろう」
「いや、字義、字義!」
「最近は男女で差別してはいかんのだろう。我も少しは平成を生きたゆえ、知っておるぞ」
「今は令和ですよ」
「また変わったのか!?」
「変わりました。LGBT? SDGs? それはもっと最近か」
平成も遠くになりにけり。
「男女雇用機会均等法」
「嫁は就業者じゃない!」