空っぽの墓
一晩を床で過ごした結果の全身の軋みを感じながら、少年は歩く。快晴の空、太陽の眩しい朝、彼が歩くのは街の中心から僅かに外れた大きな公園。
「そういえば、自己紹介してなかったわね。私はカガミ。よろしくね。」
少年の後ろで話すこの少女カガミが、少年の雇い主である。少年は彼女の伝説のカード探しを手伝っているのだ。
「おう、エディンだ。よろしくな、嬢ちゃん。」
カガミの更に後ろからついてくるこの大男が、昨晩酔いつぶれていた男、エディンだ。彼は少年と少女が契約している間寝ていて、朝起きて唐突に少女に雇われたと聞かされたが、直ぐに順応して今に至る。
「…アルカードだ。」
「へえ、貴方そんな名前だったのね。」
「おっと騙されるなカガミの嬢ちゃん。こいつは街を移るたびに名前を変えるからな。アルカードなのは今だけだぜ。」
「…なら、アルで良いわね。幾ら名前を変えられようと、私はアルって呼ぶわ。」
「ははは!いいなそれ!」
後ろの2人の会話を無視し、カガミは指示された場所へ移動した。公園のすぐ隣のちょっとした森を越えると、小さな丘が出てきた。
「…ここね。ここは1000年ほど前に作られた大きな墓らしいわ。中身は空っぽだったようだけど。」
「空っぽ?だったらカードもねえんじゃねえのか?」
「そう思うでしょう?けどね、私見つけちゃったの。」
そう言いながらカガミは大きめの石を1つ動かした。石が退けられたそこには、人一人がギリギリ通れる程度の小さな穴があった。
「ここよ。明らかに何かありそうじゃない?それに見て、このマーク。」
カガミの指差すところには小さな四角い幾何学的で複雑な印があった。
「このマーク、私が神のカードを見つけたところにもあったの。だからここにもあるんじゃないかしら。というわけで、アル、行きましょ。」
太陽光を吸収し、暗闇で燃えるように輝く特殊な石、魔光石を渡された少年アルカードは、カガミに押されるように穴の中へ潜っていった。その後ろにカガミも続く。中は長い通路になっていた。
「俺は進めそうにねえな…」
入り口の方からエディンのぼやく声が聞こえた。
「そうね。エディンの大きさだと無理じゃないかしら。」
「俺は留守番かよぉ!」
「…なるほどな。通りで誰も此処を見つけられなかったわけだ。」
この通路には誰かが通った形跡が全くない。既に調査済みの墓なのに、だ。
「そしてお前が俺を雇った理由も分かったぜ。」
「やっぱり分かる?」
「ああ。何故ハンターをと思っていたが…風除けだったか。」
少年アルカードの壁や床を掴む手足には、かなりの力が入っていた。通路から人を押し出そうとするように、強烈な風が吹いているからだ。
「それに、この風にはカードの力を弾く効力もあるようだ。カードの力に頼っていては、進めないだろうな…」
「その通りよ。…というか貴方、よく喋れるわね。」
「ふん、この程度の風、造作もない!」
少年アルカードは手足に更に力を入れると、ずんずんと先に進んでいく。あっという間に、エディンの留守番を嘆く声も聞こえなくなった。
(これが風を生み出していたのか…)
少年アルカードの正面で何かが高速でブンブンと回転している。少年アルカードは腰の剣を鞘ごと構え、それに向けて思いっきり突き出した。バギンッ!という大きな音がして、剣が弾き飛ぶ。しかし同時に、回転していた何かも損傷したようで、風が弱まる。
(…いけるな。)
後方に吹き飛んでいきそうになる剣を腕力で強引に押しとどめて、再び剣をぶつける。今度は先程よりも更に大きな音と共に剣が静止した。
(やはりプロペラだったか。)
その羽根は元々4枚だったのだろうが、うち2枚が先程の攻撃のせいかなくなっており、1枚は半分程欠けて剣が引っかかっている。その状態で暫くしていると、ガキガキガキというプラスチックが割れるような音がして、プロペラの軸の回転が完全に止まった。不思議なことに、完全に静止したプロペラは、崩れて砂になってしまう。
「…この先のようだ。」
プロペラがあった場所の少し奥の床から、微かに光が漏れている。その床を叩くと穴が空いて、下の部屋に入れるようになった。少年アルカードは、カガミの手を引き、飛び降りた。
部屋は明るい。魔光石に似た石が壁や床、天井の至るところで発光しているからだ。
「ちょ…ちょっと…それ、大丈夫なの?」
そう言うカガミの顔は青い。それもそのはず、彼女の目の前にいる少年アルカードは、頭から真っ赤な血を流しながら、左肩に突き刺さった石片を抜きとっていたからだ。全身に傷を負っていたようで、彼の服はみるみる赤くなっていく。
「かすり傷だ。問題ない。」
「で、でも…」
「そんなことより、注意すべきはあれじゃないか?」
少年アルカードが指差した先には、巨大な人型の石像があった。仮面をつけた男性の像のようで、手に大きな剣を持っている。そして、仮面の2つの穴からは、青く鈍く光る目がこちらを見ている。
そして2人の脳内に、低い声が何重にも重なって、響いて聞こえた。
『力ある者よ…我にその資格を見せよ。』
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