魔獣ハンター
「魔獣だ!魔獣が出たぞ!」
「逃げろ!」
カードによってあらゆる事を決められるこの世界において、カードではどうしようもない存在がある。それが魔獣だ。
人間の敵である魔獣は、カードの力の影響を受けない。強力なカードは日常的に実体化させて戦わせる事ができるが、魔獣は実体化させたカードをすり抜けてしまう。そのため、強靭な肉体を持つ者たちでないと倒せないのだ。
「ハンターだ!ハンターが来たぞ!」
魔獣を倒す専門家、ハンター。彼らはカードよりも己自身を鍛え上げることで、魔獣に対抗する。とても大事な人々だ。しかし、そんな彼らの評価は低い。
「おせーぞハンターども!」
「魔獣がもう村に入ってきてしまっているじゃないか!」
「さっさとそいつらを倒せよ!」
カードバトルの強さが重要視されるこの世界で、カードバトルの腕を鍛えないハンターのカーストは低い。魔獣には強くても、人間に弱すぎるからだ。そのせいか、才能がなくてカードバトルがそもそも弱い人間が仕方なくハンターになる、というのが一般化してしまっている。元々弱い人間が強くならないのだから、当然、弱いのだ。
「畜生!やってられっかこんなもん!」
魔獣退治が行われた日の夜、とある小さな酒場にて、一人の男が叫ぶ。バンッと木製のジョッキが勢い良く机に叩きつけられるが、水滴一つ飛ばないすっからかんだ。真っ赤な顔からも、彼が酔っ払っている事が伝わる。
「落ち着け馬鹿野郎。」
そんな彼を相席する少年が宥める。言葉遣いこそ荒々しいが、口調は穏やかだ。一応少年と書きはしたが、それは外見が背が小さく子どもっぽいというだけで、彼は既に成人している。声は寧ろ一般的な成人男性より低い。
「いつもの事だろ。」
この2人はハンターだ。この日の魔獣退治にも当然参加していた。命懸けで戦っていた。にも関わらず貰えたのは罵声とちっぽけな報酬だけ。しかしそれはハンターの日常であった。
「でもよ!少しぐれえいい思いしたっていいだろうが!魔獣目の前にして逃げてやろうか!」
「そんなことしたら仕事なくなるぞ。」
「畜生めぇ!」
ハンターになるような人は、ハンター以外の仕事が見つからなかった人である場合が多い。そのため、安い報酬でも働かざるを得ないのだ。いわば人生の負け組なのである。
「他の国だと奴隷とかが魔獣退治をしているらしいからな。ハンターとして報酬を貰えるだけマシなんだろう。」
「ハンターは奴隷と同列ってか…はぁ…」
机に突っ伏した男はそのまま寝てしまった。
(ジョッキ1杯のエールだけで酔いつぶれるか…財布に優しい体質だな。)
少年が寝落ちた男を抱え、帰ろうとした時だった。
「うおっとぉ!」
すれ違った男性の手からジョッキが滑り落ち、少年に酒がぶちまけられる。だがどういうわけか、少年の抱える男には酒は全然かかっていないようだ。ぐっすりと眠っている。
(こいつ、恐ろしく運が良いな。)
「おいおいこのガキ。何ぶつかってくれてんだおい。」
ぶつかっていない。男性と少年はすれ違っただけで接触はしていないのだ。
(またか…)
少年はその外見とハンターという職業のせいか、とても絡まれやすい。
「俺の酒どうしてくれるんだよぉ!」
店内をざっと見回してみるが、案の定、少年を助けようという人はいない。
(面倒くせえ…)
こういうのは黙って無視するに限る。少年は男性を見向きもせずに立ち去ろうとする。が、当然止められる。
「おい、弁償しろや。」
顔を近づけ威圧するように話す男性。その息はかなり酒臭く、相当酔っている事がわかる。この手の輩はしつこいから面倒だと思いながらも、力任せに押し通ろうとする少年。少年もハンターだ。この体格でも相当の筋力がある。酔っ払った中年男性の一人や二人、押し飛ばす程度はわけない。
だがこの時、想定外の事態が発生する。
「何をしているの!」
鋭い少女の声。声のした方向を向くと、小綺麗な少女がいた。服装などは一般市民のそれと同じようなものだが、染み一つない綺麗な物であり、燃えるような赤い髪もかなり丁寧に手入れされているようだ。
(大商人か貴族のお嬢様ってところか。なんでこんなところに…)
「子どもにたかろうとするなんて…恥を知りなさい!」
(子どもじゃないがな。)
「へえ…嬢ちゃんあれを庇うのかい…けどなぁ、あいつらは…」
少女の方を向いてねっとりと喋る酔っ払い。酔っているせいか正常な判断ができなくなっているのだろう。喋りながら少女の至近距離まで近づく。少女の方は引くことなく毅然と睨み返しているのだが、その表情は強ばっている。そして男性が叫んだ。
「あいつらはなぁ!ハンターなんだよ!ド底辺の!雑魚の掃き溜め!ハンターなんだよ!」
店の外の通りにまで響くほどの大声だが、負けじと少女も言い返す。
「ハンターだからって何をしても良いわけ?」
「良いに決まってるだろうが!」
店の出入り口付近で言い合いを始める2人。店から出たい少年にとってこれはかなり邪魔であった。酒で濡れた金を、嫌そうな顔をする店員に雑に押し付けた少年は、2人に向かって言う。
「邪魔だ。どけ。」
低く、ドスの効いた声であったので、思わず一瞬固まってしまう2人。その間にスタスタと店を出ようとする。
「…待てよ!ふざけてんのかガキ!」
がしかし、男性に肩を掴まれ止められる。その瞬間、男性の方を振り向いた少年は逆に彼の腕を掴み返した。その力は強く、振りほどくことはできない。
「なんだ!やろうってのかぁ!」
そう言って掴まれていない方の手を懐に入れる男性。デッキを取り出す気だろう。
「良いのか?それを出せば俺はお前の腕をへし折るぞ。」
そう言ってギュゥゥっと握る力を強める少年。万力のようにギリギリと絞め上げる。その力は強く、本当に腕をへし折れてしまいそうで、男の手は懐から出ることなく止まる。
「忘れるな。お前は俺より弱い。ただデッキが強いだけだ。」
さらに握りしめる力を強める少年。痛みに声を上げた男性は、懐のデッキを落としてしまう。手を離すと、男性は大急ぎで散らばったカードを掻き集める。それを尻目に少年は店を出た。
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