再起
「…此処何処?」
少年は泉の中で目覚めた。綺麗な泉だ。周囲を見渡すと、森。森。ひたすらに森。彼には全く見覚えがない。というか、自分が誰だったかも思い出せない。呟いた自分の低い声が新鮮だ。記憶喪失だ。
自分の姿を見る。泉に浅く浸かっているその体は、傷一つなく綺麗だ。服は着ていない。しかし、首には鉄製のネックレスがかかっている。ネックレスにはこれまた鉄製のタグがついていた。
「ハンター証明…?A…?」
タグに刻まれた文字を読む。ハンター証明と書かれた面と、Aと書かれた面がある。その刻まれた文字の意味がわからず、困惑する。記憶喪失のようなので、忘れてしまったのかもしれない。
「ハンター…狩人…僕は狩人だったのかもしれない。」
確かにハンターは狩人の事だ。しかし、このタグが指すハンターというのは、魔獣専門の狩人、魔獣ハンターの事である。実は魔獣ハンターというのは狩人と混同しないための通称で、本来の職業名はハンターである。これはハンターが嘗ては魔獣専門の狩人ではなかった事が原因であるのだが、今はどうでもいい。
「オキタ?ニンゲンオキタ!」
光る小さな毛玉のような何かが、声を出した。とても高い、子供のような声だ。
「オキタ…?僕の名前はオキタなのかい?」
「シラナイ!」
毛玉はふよふよしている。少年の名をこの毛玉は知らないようだから、”オキタ”というのは”起きた”のことだろう。
「これ何か分かるかい?」
「テツ!テツキライ!」
タグを見せると毛玉は赤く光って少し遠ざかった。鉄は嫌いなようだ。少年はネックレスを外し、泉の縁の方へ放り捨てた。
「これでどうだい?」
毛玉は警戒するように赤くふよふよしていたが、次第に緑色になり、近づいてきた。
「テツ、ナイ!イイ!」
(可愛いなぁ…何なんだろ、この生物。)
「ニンゲン!ニンゲン!」
「ヘンナニンゲン!」
「ガキ!チビ!」
「ヘンナイロ!」
「ジミ!」
「ウィー!」
増えた。カラフルで面白い。
「ハダカ!」
どの毛玉が言ったかはわからないが、その言葉で自分が今服を着ていないことを思い出した少年。
「そうだ。服を作ろう。」
「その必要はありませんよ。」
その声のした方向を向くと、一人の少女がいた。外見は10歳程度だ。幼い。しかしその声には高い知性を感じさせる。
「やあ、ちょうちょさん。眠たそうだね。」
彼女の外見で最も目を引くのは、その背中の大きな翅だろう。蝶のような綺麗な翅だ。また、少年が眠たそうだと言ったほど、目が全く見えないほどに彼女の瞼は下がっている。
少年の言葉を無視し、チャプチャプと泉を歩いて少年に近づいてくる少女。彼女が近づくと、少年の周りにいた毛玉がふよふよと離れていった。少年が不思議そうに見ていると、少女は言った。
「小精霊達は貴方の魔力に惹かれて近づいていたのです。彼らは魔力を食べて生きていますから。そして、それは私も同じ。」
「なるほど。魔力が何なのかはわかんないけど、君が僕の魔力をみんな食べてしまったのはわかった。でも食べられたって感じはしないなあ。」
「人間は生きるのに魔力を必要としませんから。…こちらが、貴方の着ていた服、そして貴方のデッキです。」
少女は腕に抱えていた布を差し出した。ボロボロで赤い血のようなものがこびりついた服だ。その上に、デッキケースが置いてある。
「ありがとう。…デッキ…僕はカードゲームが趣味だったのかな?」
「人間はカードを使って魔法を使うのではないのですか?」
「そうなんだ!僕、記憶がないみたいで、よくわかんないんだよね。」
話しながらも、少年は泉を出て服を着る。着心地はかなり悪い、が、無いよりはマシだろう。そう考えてると、胸のあたりに硬い感触。なんだろうと思って触ってみると、金属製のコインのような物のようだ。服に縫い付けられている。
(縫い付けられているってことは大事なものなんだろう。気になるけど、このままにしておこう。)
「記憶がない…まさか、カードバトルのやり方もわからなかったり…?」
「わかんない。」
「人間はカードバトルが出来ないと社会の中で生きる事も難しいと聞きましたが…」
「それは大変だぁ。」
大して大変だと思っているようには思えない間抜けな口調だが、少年はちゃんと危機感を持っている。一応。
「ん?…なんか嫌な予感がする。ちょっとこっち来て。」
「なんですか?…きゃっ!」
グイッと少女を掴み引っ張り寄せる少年。大きく体勢を崩し、倒れ込むように少年に抱きつく少女だったが、彼女のすぐ後ろ、その大きな翅を掠めるように何かが高速で通り過ぎた。矢だ。
「見つけた。」
少年は地面の石を1つ拾い、1本の木に向かって投げた。
「うおぁ!」
石の飛び込んだ場所から、声とともに一人の男が落ちた。その手には弓があり、先程の矢も彼のものだろう。
「君は誰だい?」
男に話しかける少年。子どもの外見で無邪気にも見える笑顔から放たれた、ドスの効いた低い声は、しかし口調は優しげで、あまりにもチグハグで不気味であった。少なくとも、すぐ近くで見ていた少女は、そう感じた。
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