威力は等倍!威力は等倍!
「全砲門開け!全艦一斉発射!あの宇宙の有害物質をデブリに変えなさい!」
怒号を飛ばし握りこんだ手を振り下ろしたのは当代一の名軍師にして鬼将軍、女にも関わらず宇宙帝国軍の指揮官にまで登り詰めた真の天才である。
「恐るるに足らず!あの小生意気な娘を王国軍の礎としてやれぃ!時空切断レーザー砲艦隊、照準定め!」
対するは王国軍防衛艦隊隊長。様々な奇策を巧みに操り、防衛不可とまで言われた第六十次宇宙大戦の猛攻を耐え抜いた歴戦の英雄である。
「今日こそここで潰してやる!」
「できるものならしてみなさい!」
力、策略、運が入り乱れた王国と帝国の存亡をかけた戦いの火蓋が、今ーー
「酷い初夢だ」
ロマンチックに朝チュンを迎えると思ったのに、なんで宇宙大戦をおっぱじめなきゃいけないんだ。相手の将軍もミナミだったし、なんかめちゃくちゃノリノリだったし。
「肝心のプリンセスは……」
居ないし、一足先に起きたらしい。耳をすませば居間の方から音がする。朝ごはんの支度、いや。おせちとかお雑煮が待っているに違いない。このウキウキ感は年明けならではだな。するりと襖を開け居間に出る。
「あ、おはようございます」
「おはよ、朝ごはん?」
「ええ、さあどうぞ。渾身の出来です」
「おお、こりゃ豪勢だ。じゃあ早速……」
用意してあった豪華なハンバーガーを口いっぱいにほおば、
「なんじゃこら!?」
「何って、お正月にはハンバーガーじゃないですか。私の得意料理ですよ。アローラ!」
ビシ、と中指を立てられる。
「アローハって言いたいのか?し、新年初ボケとはミナミもやるじゃないか。充分面白いからだて巻きとか…」
「あ!オニオンフライとポテトフライを忘れてましたね!ケチャップケチャップと」
「ミナミーン!?」
「これがないと始まりませんよね!どうにもこの舌が痺れるような化学調味料がないと落ち着かなくって」
「あの、おせちは……」
「仕方ないですねえ、一応用意してありますよ」
「だ、だよな?いやーびっくりした」
「はいどうぞ!」
ドン、と豪快に渡された。重箱ごと。なんか質感が安っぽいぞ?まあ俺の勘違いって事も、
「スッカスカやないかい!」
「生ハムありますよ生ハム、嬉しいですよねくろ太郎さん?」
「へけっ!なあそこじゃなくね?」
「重箱の隅をつつくような事ばっかり言わないで下さいよ、あ!重箱だけに!ドッ!」
「は?」
全然そんな事言ってないんだけど、どうしようウチのミナミがどうかしちゃったよ!この人でなし!
「おちおちおち、おちけつ?もちついておちつくんだ、まずはえっと病院にお電話だ。安くて早くて安心で、くらーし安心タケモトピアノは0120サイムナシニ……」
「何慌ててるんですか?メインディッシュのマーマレードソースと生青とうがらしを刻んだのがかかったチキンバーガーが出来ましたよ?」
「うわあいアメリカン!じゃなくてどうしちゃったのさ!こんな割ともぐもぐ、リアルなアメリカンバーガー作っちゃってもぐもぐ。美味いなこれ」
「あとひきますよね、どうしたも何もいつも通りですよ?くろうさんこそどうしたんですか?まさか昨日のセックs「イメージ壊さないで!?」そんな推しの声優が結婚した時みたいな奇声をあげないで下さい、昨日の腰使いが響いてきたんですか?あ、でもそういえばそんなに上手い動きでもなかったですね。流石童貞……、あ、いや。だからと言ってくろうさんを責めている訳ではなくてですね?」
死にたい。
「なあ、ちょっと俺を引っぱたいて見てくれ。もしかしたら夢かもしれないし」
「お易い御用です、脳天唐竹割り!」
「プロレすぐぅおえ!?」
強かに頭を叩かれ、意識が薄れて行った。
「おきて、おきて!」
「ん、んん」
強く揺さぶられ目を開ける、なんだなんだ。
「あ!パパおきた!モーニン!ねーママー!」
「やっと起きましたか、じゃあ次はパパをここまで引きずって来てあげてください?」
「わかった!」
薄ぼんやりする頭に響く高い声といつものミナミの声…いや、普段より少し声が低い気が?
「ダーイブ!およげ!こいきんぐくん!たきのぼり!こうかはばつぐんだ!」
「うごふ」
最高に時代遅れな掛け声と共に俺の上に飛び込んでくる女の子、そのまま馬乗りになり往復ビンタをかまして来た。みずタイプじゃねえのかよ。そもそもどっちも使えないし。
「ちょ、痛い痛い!威力は等倍!威力は等倍!」
「きてー!ママがおこるよ!こわいよ?はんにんおいつめるうきょうさんよりこわいよ?」
それは怖い。って、
「ま、ママ?」
「ハリーハリー!ハリーハリーハリー!」
「神父じゃないんだから。てか君だれ、あ、ちょっと!」
暖かい布団から引き剥がされてしまった、立ち上がって微妙に家具の配置が変わった部屋を見渡し居間へ。見慣れない幼児用のおもちゃや最新型のテレビ、少しボロくなったちゃぶ台と勝手知ったる我が家とは少しずつ変わっていた。
「あけましておめでとうございます、くろうさん」
「ん?み、ミナミ?」
「?はい、そうですけど」
な、なんか大人っぽくなっている。しかも髪が腰の辺りまで伸び色気が増していた。誰ぇ!?
「ほらほら、座ってください。料理が冷めちゃいますよ」
「お、おう」
言われるがままちゃぶ台の前へ、テレビには最近流行ってる異世界転生モノのアニメが。……え、朝から?
「析眠、お料理運ぶの手伝ってくれますか?」
「はーい!」
サナミ、聞いた事ない。絶妙に不吉な名前だ、いや見たことない子だったし当たり前だけど。そういやどことなくミナミに似てる気が……
『やれやれ全くやれやれだぜ!』
ひどい、クオリティが。不意にリモコンを取り番組表を出す、『無職転々生徒会』怒られちまえ。
「……んん!?」
右上に表示された年、なんかおかしい。オイオイバグか?これだから新しいテレビは。必死に、いや自然に目を逸らし盛りつけをしているミナミの元へ。
「な、なあ。これで今年は何年になったんだっけ?」
「ええ?これだからいつもぼやぼやしている人は、そういうのは顔だけにしてくださいといつもいつも」
「やかましい、で。何年?」
「令和9年ですよ、今日から」
「「いただきます!」」
「はい、めしあがれ」
現実逃避しとりあえず腹を膨らませる、と言うより普通に食べたくなった。まずはふっくら焼きあがっただて巻き、市販品の派手な黄色とは違う自然な卵の色。箸で持てばふわりと沈み、かつ崩れない完璧な焼き加減だ。すかさず口に運ぶ、卵の優しい味わいにしっかりと感じる甘さ、そして魚介の旨み。これはまさか、
「海老?」
「ええ、すり身にして入れてあります」
料亭かな?砂糖と卵だけではこんな旨みは引き出せない、深みのありつつ甘さを引き立てる最高の旨みは海老のすり身だったか。卵焼きだなんて失礼すぎる、これはひとつの芸術品だ。と思いながらもひとつ、またひとつと箸が止まらない。なんなんだこれは。
「おいしい!くわのみだなっ!?そうだろうっ!」
「入れてませんよ、もうちょっと大きくなったら析眠にも教えてあげますからね」
「よきにはからえ!」
「母のようには育てませんとも、ええあのマッドサイエンティストの様には……」
誰だろう、目付きが怖い。さて次はこぶ巻きを取る。昆布の旨みが逃げないギリギリの所まで煮られたこぶ巻きは甘くなった口を元に戻すのにピッタリだった、慣れ親しんだ和風だしがしっかりと効き醤油の塩味だけで解決させない仕事の丁寧さに脱帽の思いだ。黒豆も止まらない止まらない、しっとりと絡んだ甘いたれが癖になりねっとりと口の中で混ざる。普段のおやつにぜひ欲しくなってしまうぞ。
「わーい!そのくりきんとん、きえるよ。」
「黒鯱!?」
「周助では?」
また甘い具材だと?許せん、食べてやる。……う、美味い!裏ごしされた栗はこんなに舌触りが良いのに形の残った栗がホックホクだ!これはまさか別の栗を2種類使ってるのか、皮むき、アク抜き諸々あんなに手のかかる栗をよくもまあ……たちまち俺とサナミの手塚なゾーンに飲まれてしまった。
「泣けるな」
「勝手に泣かないでください、ほら数の子もありますよ」
「うわーん」
「おとこのなみだはおんなにみせちゃだめだぜ」
「情けないですねぇ」
ここが天国なのか、きっとそうに違いない。田作りをポリポリやりながら毒にも薬にもならない正月特番を見る。俺もうここで一生暮らしていくんだ……
「パパ!ほらおきがえおきがえ!たべたあとねるのはニートとおやのすねかじりむしのろうにんせいだけ!」
「全国の浪人生に謝れ」
食後、のんびりしているとサナミちゃんが引っ張ってきた。
「初詣に行きますよ、ほらしゃんとしてください」
「してください!にしずみけのしふくはださい!」
「西住家関係なくね?ああ初詣……」
……そういえばなんなんだここは、考えたくなかったがどう見ても未来の世界だ。ミナミンは人妻感溢れてなんかエロいし、ちょこちょこ動き回って意味不明な事を口走る女の子はなんか性格が誰かさんに似てるし、顔はリトルミナミだし。
「ほいほいっと」
まあとりあえず後で考えよう、着替えをサナミちゃんから渡されのそのそ着替える。
『……ここでは新年を祝うため20代の若者が騒ぎ、交通規制まで……』
テレビからいつの時代も変わらない映像が流れる、と。くいくいと服をサナミから引っ張られた。
「どした?」
「あれがにほんのみらいか?」
よつばみたいな事言い出した。
「……サナミが変えて行けばいいんだよ」
「そうか…まかせとけ!まずはのうにチップを……」
意気揚々とミナミの元へ走り着替えを始めるサナミ、初の女性総理が誕生した瞬間なのかもしれない。
「わあああああ!さむい!ひとがいる!ごみのようだ!」
「おい、あの失礼な子の親は誰だ」
「わたしです、あとあなたです」
「やっぱりそうなのか……」
「何を今更」
魔女みたいにいいやがって、それはそうといつもは寂れた神社が人でごった返していた。小生意気に甘酒を振る舞い、何故か偉そうな自治会チックなジジイ共が酒盛りをしている。懐かしいなあの場の雰囲気、俺は死ぬほど嫌いだった。
「パパー?」
「……は、俺か。はいはいお金なら任せてねー」
「パパの意味が違いますよ」
「おみくじひきたい!」
「ああ、よかろうなのだ」
「きょうがでたらまけね!」
「勝ち負けがあるのか、ミナミは?」
「受けて立ちましょう」
「勝負なのか」
3人で仲良くガラガラと謎のオクタゴンウッドボックスを振る、番号を巫女さんに伝え紙切れを受け取った。これで300円とかいい商売だなオイ。
「みてみて!だいきち!」
「やるじゃん」
「パパとママは?」
「えーと」
大凶。
「ミ、ミナミは……」
「ふっふん」
吉、誇るような運勢じゃねえ。
「うわー!ふきつ!はいぼくしゃはいぼくしゃ!まけいぬじんせいはいぼくしゃ!やーい!はいかちかくづけかんりょう!」
「あのな」
「恋、叶わぬ。仕事、見つからず。夢、醒めず。あはは、不吉ですね」
「あはは!」
あははじゃねえ。
「ケッ、当たるも八卦当たらぬも八卦だろ」
「すてゼリフだ、ジャンプのモブでもマシなこというよ」
「こんな大人にはならないようにしましょうね?」
「ゴメンだぜ!アデュー!」
「プリ」
「ウス、じゃなくて柳生では?」
二番煎じなやり取りをしつつ酷使されまくった枝に結ぶ、結ぶ所全然空いてないの逆に縁起悪そうだよな。
賽銭箱前の行列に3人で並ぶ。
「ほら、あそこで手を合わせ欲望を渇望し未来に希望するんだぞ」
「絶望的に間違えた教育は辞めてください」
「がんぼうをおもえばいいんだな」
「こんな単細胞の言うことは無視してください、これから1年頑張りたいことでいいんですよ?」
「ぎょい!」
「よろしいです」
単細胞にされてしまった、行列が進みやっとこさ先頭へ。手を合わせ南無。うーんどうしよう、ここはひとつ。『まどマギの劇場版最新作をどうか』じゃなくて、『これが現実なら誰か説明してください』っと。
「終わった?」
「ええ」
「かんぺき」
「じゃあぶらっと境内散歩してどっか行くか」
「ようかいとかいるかな」
「懐かしいな」
「てっきりもう死んだコンテンツかと」
「あれだよな、妖怪ウォ」
「にちりんとうでぶったぎるんだよ」
「じゃあ違うか」
「ヨーデルヨーデルってうたがあって」
「それならやっぱりあれですよね、妖怪ウォッ」
「おにになったいもうとをはこにかくしてね、たけをくわえてるんだ」
「じゃあ違いますね……」
「ねこのようかいがね、ひゃくれつにくきゅうー!って」
「やっぱり妖怪ウォッt」
「ふとしたしぐさにヒューッ!っていいたくなるんだ!」
コブラじゃねーか。