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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
帰郷:越えるはかつての憧憬
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帰路

「行ってきます」


 チェシャは第二の家に背を向け、感慨深く呟くように言った。


「行ってきますっ」


 彼の言葉の後にアリスも復唱し、扉を閉めた。

 行きは一人、帰りは二人。孤独を紛らわせるために逃げるように出た旅だったはずなのに。

 チェシャは少し不思議な気持ちになった。無論、悪い気などしない。


「まだ日が出てないけど……もう行くの?」


 夜の闇はまだ朧げに残っている。

 闇を照らしているのは人々の営みが始まったことを示す灯りのみ。


「一番早いのがそれだからね。人も少ないし、良い席が取れる」

「乗り合いだもんね」


 帰郷。

 チェシャにとって逃げるように出てきた村に帰るのは良い気はしなかったが、清々しくも感じた。

 逃げていた勉強に真面目に取り組むような、そんな気持ちである。


 二人は見慣れた路地を進む。

 積雪の月が終われば、彼らが出会った春風の月。つまるところ、一年が経つ。早く感じるのは新鮮な日々だったか、忙殺されていたからか。チェシャには分からなかった。


「そう。この時間に出る人なんて少ない。後で人は増えるけどさ」

「それも良いところじゃない?」


 アリスの背で、束ねられた亜麻色の髪が縦に揺れる。彼女の足は跳ねるように軽かった。


「ん。旅って感じ、するしね」


 チェシャも重い荷物背負う割には、足取りに淀みがない。

 二人の服装は防具ではなく、平凡な服。武器は持っているので少しチグハグだ。


「旅立ちの一歩っ! 見たいな?」


 目的はあるが、アリスにとって数少ないセントラルの外に行く機会。寧ろ、目的があるからこそ、迷宮探索を進めなければ行けない緊迫感に追われずに済んでいた。


「お供も欲しいな」


 剣士に魔法使い、聖職者。定番だろ? とチェシャは確認するように問う。


「お姫様だけじゃ不十分?」


 アリスはフレアスカートの裾を軽く持ち上げ、膝を軽く折るカーテシーの真似をした。


「いーや。頼れる後衛で十分」

「なら、よしっ」


 何も知らない人が聞けばすれ違っているようにしか聞こえない会話。そんな取り止めのない会話は町外れの馬車が見えてくるまで続いた。


「ねぇ、あれ?」

「それ」


 東門に向けられている馬車の御者らしき男性が馬車を簡素な立て看板を掲げていた。彼らは門に歩いてきたので馬は馬車に隠れて見えない。


「イースラル方面行き?」

「ええ。どこまでのご予定で?」

「ロクショウ」


 淡白に答えを返す。


「ロクショウの出と……珍しい方ですね」

「まぁ、ね。どのくらいかかる?」


 チェシャは言葉を濁して相槌を打ち、揉み消すように尋ねた。

 向かい合ったのはいいものの、まだ心構えが整ったわけでもなかった。


「そうですね……滞りなく進めば四日後の昼ぐらいでしょう」


 予想通りの返しにチェシャは頷き、銀貨を八枚を渡した。

 金額を訊かずに払えたのは行きと同じ程度の値段だと推測したため。


「二人分ですね?」

「ん」


 男性は受け取った銀貨を腰に下げている硬貨の詰まった袋に入れて、そこから銀貨を一枚取り出す。


「お返しの千ゼルです」

「……? どーも。アリス、乗るよ」


 お釣りは出ないはずだったのにとチェシャは小さく首を傾げたが、安いことで困ることはないので素直に馬車に乗り込む。


「あ、うん」


 ぼんやりしていたアリスは慌てて頷き、彼の後を追って馬車へと入る。中は積荷を入れるスペースを削減した代わりに、椅子代わりの木箱が壁に沿っていくつか固定されている。木箱には薄いながらも綿でできたクッションが置いてあった。


「らっしゃい。どこまで行く人?」


 馬車に隠されて見えなかった御者の席に座っていた短髪の女性が穏やかな笑みを浮かべて二人に尋ねる。男性よりも丁寧でなくとも親しみの感じられる軽い口調。


「ロクショウ」

「帰りって事だね?」

「うん。どうして知ってるの?」


 男性と同じように訳知り顔で尋ねた女性にチェシャは怪訝な顔をする。


「アタシらはこことイースラルまでを往復してるんだよ」


 イースラル方面は山岳地帯が多く、人が住みにくい分魔物も存在し、非常に通り難い道が多い。故に運び手を担う者も少ない。その中で彼らは珍しい部類に入っている。


「それならウエスラルかサースラルの方が……」


 チェシャが言ったのは平坦な道の多い西と東の2方面。彼らの仕事で安定した暮らしを求めるならばこの二択になるだろう。


「何事にも隙間ってのはあるわけ。意外と儲かるのよ? 沢山の荷物は運べなくても手紙を運んで欲しいとか、薬だとか小さな荷物は運べるから」


 女性にしては中々に鍛えられた腕で薬瓶が詰まった木箱を掲げた。捲られた袖から覗く腕は黒く日焼けしていて、仕事慣れしていることを感じさせる。


「へ~」


 確かに供給が少ないからこそ得られる利益の高さはチェシャに得心の得られる理由だった。しかし、つい疑問をこぼしてしまい話が逸れていることを思い出したチェシャは本来の疑問を繰り返す。


「で、どうしてロクショウの習わしを知ってるの?」


 アリスからすれば全くもって分からない話であるため、つまらなさそうに外に目を向け、足をぶらつかせる。


「毎年アタシらの所にも来るのさ、ロクショウから修業に来ましたって子がね」


 供給が少ない故に、規模の小さい村の住人が数少ないイース方面を行き来するこの馬車に、毎年乗り合わせているということだった。


「でも、この馬車はロクショウは通らないはずだよ?」

「あぁ、そうさ。だから、ロクショウに行くにはトンカ山脈前のタリナ村で別の馬車に乗り換えてもらうよ。本来は、ね」

「じゃあお金渡しすぎ……本来?」


 男性はロクショウに着くのは四日後の昼頃と言ったが、通らないのであればおかしな話になる。


「神の試練がいつ出来たか知ってるかい?」


 チェシャの問いには答えず、女性は質問に質問で返す。彼は少し不服そうながらもそれに応えようと記憶を探る。


「ええと……、一年半とか?」

「そんなものだね。実際は二年前だよ。まともに探索者達が動くようになったのが一年半前だ」

「その半年は何があったの?」


 動かぬ景色を見てもつまらないとアリスはチェシャの鞄から本を抜き取った。


「そもそも探索者ってのは各国が管理しきれない迷宮の迷宮生物をどうにかさせるために出来たものなのさ」

「そうなんだ」


 チェシャには初耳だったので、幾度か首を上下に振った。アリスも興味があるようで、本を開きながら聞き耳を立てている。


「従来の迷宮、ほとんどただの洞窟みたいな場所で採れるものなんて精々鉱石しか無いし、魔石を落とすような迷宮生物は基本割に合わない強さ、そうなるとそんな職に就くのは腕っ節だけはあるやつか職に困ったやつだけでねぇ」


 チェシャはセントラルに来るまでは村に居た為、彼女の話す知識はほとんど知らなかった。魔術学院であれば習うことが出来る内容ではあるが、知らずともどうとでもなる話である。


「そいつを神の試練が変えちまったってわけ。どっかの山や森深くでなきゃ採れない植物が一般人に毛の生えた程度の探索者でも採れる。そりゃ……ね?」


 女性は同意を求めるように小首を傾げた。しっかりとした肉付きの人がするその仕草は違和感を感じさせるが、不似合いではなかった。

 チェシャとアリスは同時に頷きを返す。

 いつの間にかアリスが聞く姿勢を作っていたことにチェシャは小さく笑う。


「イースラルからもここに来る人が多いってこと?」

「そうそう。お陰で儲かってるよ」


 通常、馬車で一日で行ける距離は銅貨五枚の五百ゼル。

 道が困難なイースラル方面は一日分で銀貨一枚の千ゼル。整備されていない道も多く、整備されていないが故に魔物も出現する。


 銀貨一枚となれば平民達の最低賃金、二日間分の給料、金貨一枚の一割。

 それでも、神の試練が現れた今では、出稼ぎの村人や商人がイースラルとセントラルを行き来するには十分な価値があった。


「この馬車なら五、六人よね? 少し少なくないの?」


 アリスがぐるりと馬車の中を一瞥し、尋ねた。


「そうだね。荷台とかを使わずに人を運ぶことだけを考えてるのさ。代わりに速度を上げて回数を稼ぐって寸法だね。ロクショウなら旦那が四日かかるって言ってなかったかい?」


 旦那という言葉にアリスが反応するように体を震わせたが、チェシャはそれを無視して言葉を返した。


「言ってたよ。一日早いと思った」

「この子とアタシらのノウハウ。そんじょそこらとの違いはここだね」


 そう言いながら女性は優しく馬を撫でた。

 馬も心地良さそうに顔を穏やかに鳴く。


「旦那さんって言ってましたけど、結婚しているのですか?」


 うずうずしていたアリスが抑えきれずに尋ねた。


「そんなに畏まらなくても良いからね。……で、嬢ちゃんの言う通り、今年で5年目さ。それがどうかしたかい?」

「えーっと……。どっちから、そのプロポーズを?」


 苦笑しながらも女性は問いに答えて、アリスに質問を投げ返す。

 それをさらに返す顔を淡い朱色に染めたアリス。

 一人の女として、この類の話は憧れであり、興味が尽きぬ話題だった。


「そりゃあ私さ。だいたい、あのヒョロガリがすると思うかい?」


 酷い言い様にチェシャは思わず笑いをこぼす。

 確かに目の前の女性に比べれば馬車前にいた男性の肉付きは良くないが、少なくとも平均はあっただろう。山岳地帯を通るイースラル方面、そんな場所を行き来していれば自然の肉が付くに違いない。


 チェシャは横が無音なのを不思議に思って横目をやると、アリスは真剣な表情で女性の言葉を聞いている。彼は思わず疑問符を浮かべて首を傾げる。


「そう、ですか? 指輪を貰うのは憧れかなぁって……」

「勿論、指輪は旦那から貰ったさ。私がしたのは催促だね」


 チェシャはその催促は半分脅しになっていたんじゃないかと苦笑する。けれど、五年も続いていると言うことは少なくとも悪くはない証拠だろう。


「そう、ですか……」

「……?」


 神妙な顔付きで頷くので、チェシャの疑問符がさらに増えた。


「ははっ! 乙女だねぇ、面白い子が来たよ。嬢ちゃん、名前は?──っと先に私か、私はルージュ。ちなみに旦那はベリバンさ」

「チェシャ。……こっちはアリス」


 真剣な表情で無言のアリスの代わりにチェシャが怪訝そうに顔をしかめながら二人分名乗る。

 そんな二人を見ていた女性は何かを悟ったようにさらに高く笑う。馬車内には快活な声が響いた。


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