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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
帰郷:越えるはかつての憧憬
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転じるは白昼の夜

 夕暮れ時。あっという間の豊穣の祝いは終わりが見え始める。

 しかし、人の数は昨日よりも多い。昼の様子と変わらないまである。


「人、減らないね。」


 アリスが不思議そうに言った。


「後夜祭。あるからね。」

「後夜祭?」

「そ。」


 それはアルマからの受け売りなのだが、チェシャはさも前から知っていたかのように話した。


「日が沈み切ってから花火が上がるんだってさ。今から場所を探せば良いとこあると思うよ?」

 場所取りをするかどうかの問いにアリスは頷く。

「この辺りで高い所ね……あ、東の展望台はどうかしら?」

「良いけど……同じこと考えてる人、いそうだね。」

「確かにね……どうしよう。」

「んー……服、ちょっと汚れると思うけど、良い場所ならあるよ。」


 唸った末にチェシャが言った。

 それもまた演技に過ぎず、アルマから後夜祭の話を聞いた際に考えていたことだった。


「汚れる?」

「着いてきて。」


 何度も繰り返したアリスの手を取る動きは様になっていて、アリスも自然に誘導された。

 人々の喧騒を掻き分けて進んでいくが、アリスにはさしたる不快感はない。


「ねぇ、どこ行くの?」

「すぐ分かるよ。」


 チェシャが通る道はアリスにも見覚えのある。

 否、見覚えしかなかった。


「ねぇ、これ……家?」


 チェシャが通る道は家への帰り道。この辺りに高い場所はない。

 むしろ家屋が邪魔をして見通しが悪いまである。だから大通りに人が集まっているのに。


「ん。」


 帰ってきたのは最小限の頷き。

 大通りから外れたことで人の数は減り始めている。

 そのことを確認したチェシャは、優しく手を引いて先導するのではなく、隣に立つ形になった。


 こうなってしまえば、手を引く、というより、“手を繋ぐ”になっている。

 行き先も分かって考える余裕が出たアリスはふと、思った。


 ──私達は周りからどう見られているのかな。


 令嬢と従者。ならば、並んでは歩かないだろう。

 ならば──。


「着いたよ。」


 見慣れたいつもの家。実感するのは周りの家屋よりは大きいその姿。

 階段を少し登った所にあるので、確かに高くはあるが、展望台に比べれば大した事はない。


「ここ?」

「もう一つ上。」


 チェシャは家の裏手に行ってしまった。

 放置されたアリスが呆然としていると、彼は梯子を抱えって戻ってくる。


「さっ、登るよ。」


 長い梯子は2階の屋根までの長さが。確かに屋根ならば良い場所だ。


「これ、登るの?」

「うん。先、行こうか?」


 チェシャが彼女の服装を見て言った。

 ロングスカートではあるが、スカートはスカートだ。


「……落ちたら怖いから先に登る。落ちたらお願いね。」


 悩んだ末にアリスが言った。

 もう日は沈み、彼女の表情はチェシャからは良く見えなかった。

 アリスは梯子に手をかけると振り向く。


「見ないでね。」

「はいはい。」


 分かってると手をひらひら振る。

 それを確認したアリスはカタ、カタ、カタ木が軋む音を立てて登っていく。二階の屋根まで届く梯子となればそこそこの長さ、目算で四、五mはあるだろう。


 高くなるにつれて彼女の進みは遅くなっていたが、下にいるチェシャが落ちても心配ないとはっきり言った後には最初の速度に戻っていた。


「ふぅ……。」


 登り終えて、瓦の屋根に腰掛けたアリスは深く息を吐いた。服が汚れるのを気にする余裕はないようだ。


 チェシャはどうだろうと下を覗いた頃にはチェシャはもう半分を超えていた。

 あれよあれよと言う間にチェシャは屋根へとたどり着く。


「どうしてそんなに早いの?」


 自分の苦労が紙のように感じたアリスは納得がいかないと頰を膨らませた。


「……。」


 チェシャは無言でその頰を硬い指先で押す。

 ぷしゅーと空気が抜けた。


 沈黙。


 ぺしりとアリスの手がチェシャの頭を叩いた。


「ごめん。」


 素直に謝る。けれど顔は笑っていた。暗闇でも体が触れ合う距離だ、よく見えずともアリスにもそれが分かっていた。


「別に怒ってるわけじゃないわよ。」


 ほんのじゃれあいに過ぎないのだ。

 台本が元からあるような、分かっていて行われるやりとり。


「知ってる。」


 二人は顔を見合わせて理由もなく笑った。

 その後ろで空に花が咲く。


 夜空に赤と黄の花が。


 二人の顔はその花の明かりに照らされる。


「綺麗……。」


 花が咲き終わる頃には次の花がまた夜に咲く。

 暗闇を照らすのは青と緑。


「花火ってどこから見ても丸いのね。」

「だね。ボイドなら知ってるかな。」


 次々と鮮やかな花が咲く。

 チェシャはチラリとアリスの横顔を覗いた。


 花が咲くのに合わせて輝く顔と表情はチェシャの目を奪う。


「綺麗、だね。」


 呟く。


「ええ、そうね。」


 同意。同時に同意ではなかった。

 やがて、花が咲くのは終わり、静寂が訪れる。


「もう終わり?」


 もっと見ていたかったとアリスは言う。


「来年も見れば良いじゃん。」

「……そうね。」


 光は消えた。お互いの表情は闇に隠されて分からない。夜の闇に響くのは二人の声のみ。

「それにさ、アリスの役目か使命か分かんないけど、それが終わったら色んな所見に行こうよ。」


「……良いわね、それ。わたし、海を見てみたいな。」

「あっちにはなかったの?」


 あっち、すなわちアリスの時代。


「あったけど、綺麗じゃなかったもの。化学物質を流した海はね。……でも、今はきっと綺麗よ。魚が食べられるんだから。」


 化学物質というものがチェシャには理解出来なかったが、良いものでは無いのはニュアンスで伝わる。


「そっか、じゃあ、全部終わったら海に行こう。魚も食べたいし。」

「……ええ。」


 沈黙。静寂。閑静。

 夜空はもう照らされない。


「降りる?」

「そ──」


 不意に、大輪が咲いた。

 一際大きな黄色の花。


 それに遅れて、百花繚乱、絢爛豪華とばかりに咲き誇る小さくとも力強い花々。まるで昼のように照らされる空を彩るのは赤に黄、青と緑。


「──」


 圧巻の光景に言葉を失った二人の顔は、爛々と照らされる。ほんの一瞬の生をもらった繚乱たる花々はセントラルに居た人々に自らの生き様を見せつけ、一瞬を永遠にまで引き伸ばすように錯覚させた。


 長く感じた時は知らぬ間に終わりを告げ、静寂が帰って来る。

 それは次第に喧騒に変わり、人々は誰かを皮切りに帰路へとつき始めた。


「降りようか。」

「うん。」


 二人もまた祭りの終わりを見届け、梯子を降りて行った。役割を終えた梯子をチェシャが元の位置へと戻す。


「ねぇ?」

「ん?」


 ドアに手をかけたチェシャをアリスが止めた。暗闇の中、不安げな顔を作った彼女が口を開く。


「楽しかった?」


 何が、何を、どう、などは一切なく、聞かれているのは一点のみ──のように聞こえた。

 チェシャは少し頭を俯き、少しの思考を終えて顔を上げる。


「さいこう。かな?」


 晴れやかな笑顔と共に答えを出したチェシャはドアを開け、アリスを先に通す。


「そっか。」


 安堵とも納得とも取れる淡白な答え。

 けれど、彼女の緩んだ表情はとても分かりやすかった。




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