肩慣らし
屋台がたくさん並ぶ区画で満足いくまで食べ尽くした幸せそうなアイス。財布を下に向けても何も出なくなり、悲しむチェシャ。
彼らが過ごした夜はさておき、翌日。
ボイド達にはセントラルに着いたら探索者組合に連絡をと伝えているため、その連絡が来るまでは暇であり、アイスの探索者登録もするために二人は準備をしたのちに探索者組合へと向かった。
「ここが探索者組合?」
「そう、神の試練に入るためには探索者にならないと行けないから、人は沢山いる」
「へぇ~」
中に入り、チェシャは辺りを見渡すアイスを新人用の受付に案内する。
「この子の登録、お願いします」
受付にいたのはチェシャの時と同じ人だった。
「承りました。こちらの用紙に記入をお願いできますか?」
「この子、字が書けないので俺が代筆してもいいですか?」
「構いませんよ」
了承を得たチェシャは用紙に記入していく。出身地などの要項はチェシャのものと同じにされていた。
「アイスさん、ですね。探索証を作成するので1000ゼル頂きますがよろしいですか?」
「はい、これで」
「では、少々お待ち下さい」
すかさず横からチェシャが払った銀貨一枚を受け取った職員は一つ頷くと裏へと去った。
「これであとは探索証を受け取るだけ」
「お金、いいの?」
「それを気にするなら、お腹の中のやつを返して欲しいな」
屋台というのは大概高い。チェシャとしては自炊するべきだったという後悔もあり、本気ではなくとも皮肉げに言う。
「ごめん……」
「気にしなくていい。でも、その分稼ぐのは手伝ってくれよ?」
「うんっ」
本気にされたチェシャは慌てて、弁解する。持ち直したアイスは笑顔で頷いた。
*
武装を整えた二人は神の試練に入り、子熊の遊び場まで来ていた。
「建物に入ったのに森があるって不思議ね」
「だな」
子熊の遊び場には小鹿の水飲み場に入れないため、他の探索者が心なしか多い。
「ちょっと人多いな。奥に行こう」
「大丈夫なの?」
「ここはあんまり沢山迷宮生物が出るわけじゃないからなぁ。それに、俺達なら大丈夫」
自信たっぷりの顔で言い切ったチェシャに動かされるように頷いた。
奥に行くに連れて探索者の数が減っていき、辺りを見渡しても探索者が見えなくなった頃。
「しっ……いた」
アイスを制しながら屈む。
チェシャの視線の先には大ネズミが二体。
「それ、使える?」
アイスの武器が使えるかを確認する。
「バッチリよ」
狙いを済ませたアイスが応答する。二度目とは思えないほどその姿は様になっていた。
「じゃあ俺が飛び出した時にお願い。手前はやるから、奥を」
チェシャは槍を構え、深呼吸。
「っ!」
開戦の合図は茂みを揺らす音と発砲音。少年は息を止め、駆ける。
駆けるのは鉄の槍だけではなく、鉄の玉も追随する。
先に飛来した鉄の玉が二人から遠い位置にいた大ネズミの顔を穿つ。
血で濡れた鉄の玉が大ネズミの頭から突き出る。
遅れて追いついた鉄の穂先が大ネズミの腹を穿つ。
迷宮生物の生命力は即死を免れ、ジタバタともがくが、突き刺されたまま動くことも出来ず、息絶えた。
「ふぅ」
血で濡れた槍を軽く振るって血を落とす。
「……」
武器を構えていた手を開いて閉じてを繰り返すアイス。直接的にはないが、確かな感覚があった。
「無理はするなよ」
「……いいえ、いけるわ」
「辛いならすぐに言って。初めてだから無理はいらない」
優しさ故の率直な言葉。
「ありがとう」
短いの礼の後に続けられる探索。
傷薬に使われる薬草の採取も行う。チェシャはハルクから教えてもらった採取法をアイスに伝えていた。
「こう?」
「もう少し根本から、かな」
平和な時間もありながら、突然の急襲もあった。
「下がって!」
背後の茂みから不意に現れた大ネズミからアイスを庇い、迎撃するチェシャ。
「お返しっ!」
本来ならばチェシャ一人で拮抗を制してから反撃が必要だが、今度は二人である。
脳天とは言わずとも直撃を受け、よろめく大ネズミをチェシャが仕留める。
「ナイス」
「そっちこそ」
戦闘に支障が出ない程度まで採集物を集めた二人は神の試練から帰還した。
「これってどうするの?」
採集物が詰まった袋を掲げながらアイスが尋ねる。
「探索者組合でも買い取ってくれるし、普通にどこで売っても基本は大丈夫なんだって」
「そうなんだ。今日はどうするの?」
「組合に連絡が来てるかも見ないといけないから組合でも売ろう」
「分かったわ」
探索者組合に移動して買取カウンターに並び、順番を待つ。
順番が進み、二人も前に進むが後ろから人も増えるため列の長さは短くならない。それどころか長くなっていた。後ろに並ぶ探索者を見ながらアイスがチェシャに話しかける。
「見たことある人ばかりね」
カウンターに並ぶ人たちは二人と同じように子熊の遊び場に居た探索者が多かった。雷鹿の騒ぎである程度慣れた探索者が減ったのもこの光景の理由だ。
「第一試練を探索している人たちは多いんだな」
「ね」
リスクが高いかわりに人が少ない奥地の方で探索していたこともあって、換金額はそこそこになった。
アイスと話をしようにも混んでいるせいで騒音の多い組合では話しにくい。とにかく組合から出ようとした二人に声がかかった。
「すみません。チェシャ様ですか?」
声をかけられたチェシャが振り向くと、便箋を持った職員がいた。
「はい」
「速達の手紙が届いていますのでお渡しします」
そう言ってチェシャに渡されたのは少し豪華な便箋だった。
速達用の判が押された便箋だ。宛先であるチェシャの名前も入っている。
「ありがとうございます」
便箋を受け取ったチェシャとアイスが職員に礼を言ってから組合を出た。
「手紙って、ボイド達から?」
「かな。家で見よう」
落ち着いて読むためにハルクの家にまで帰ってきた二人は今に荷物を置いて手紙を開く。
「ねぇ、座ってよ」
「ん、なんで?」
「見えないのっ!」
「あぁ」
チェシャが立ったまま開いてはアイスが見れない。そんな一悶着で、椅子に座った二人が改めて手紙を読み始めた。
“早かったか? 遅かったか? 速達で送ったから私たちより1、2日ほど先に着いている筈だ。
連絡だから簡素にはなるが、恐らくこの手紙が届いた次の日くらいには到着する予定だ。
私たちは探索者登録は済ませているから、手間はいらない。
肝心の待ち合わせ場所はバー・アリエルという酒場兼喫茶店のような所でお願いしたい。時間については昼から夕方までには着いておく、その時にいない場合は次の日に頼む。
場所は簡単に地図を書いておく。
ではまた後日。”
便箋にはもう一枚紙が入っていて、そこには地図と思わしき図があった。
ボイドの性格ゆえか、線一本一本が整っていて、とても分かりやすい。
「バー・アリエル……。あそこか」
一度なんとなくで訪れたチェシャは懐かしそうに思いを馳せる。
「知ってるの? 結構ややこしそうな所にあるけど」
「一度行ったことがあるから」
手紙をしまい、チェシャが窓から外を見ると爛々と光る夕陽が沈み切ろうとしていた。