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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
帰郷:越えるはかつての憧憬
82/221

間に合わせ

「いたっ!」


 セントラルに転移させられた五人。

 時刻は深夜。街は静まりかえっていて、明かりがあるのは一部の区画のみだ。

 アリスは少し宙に浮いた状態で転移させられ、尻餅をついた。

 その痛みで現状を少し忘れて、お尻をさすりながら呆けている。


「どっちか運ぶの、手伝おうか?」


 ソリッドもボイドも意識がなく、日々重装備を持つクオリアといえども、男二人を抱えるのは流石に厳しいだろうとチェシャが尋ねる。


「そうね、ボイドの荷物を運んでもらえるかしら? こいつの鞄重いのよ……」


 クオリアは血塗れなチェシャに頼むのは少し申し訳ないと思いつつも、一人で三人分の荷物と物理的にお荷物な二人を持てるわけがないため、眉を下げながらその提案に甘えた。

 チェシャはボイドの鞄と彼の体を背負う。彼についている血はもう固まり始めていて、それらに付着する事はない。


「アリスー、ソリッドの荷物、運ぶの手伝って」

「あっ、うん」


 我に帰ったアリスは少し俯き、視線を下げたままソリッドの荷物を担いだ。

 そのままボイド達の宿にまで歩き、宿前でチェシャ達は持っていた荷物を下ろした。


「ここまで来れば宿の人に頼むから大丈夫よ。ありがとね。とりあえず明日は休みにしましょう。明後日にバー・アリエルで、良いかしら?」

「ん、大丈夫。アリスもいい?」


 チェシャはコクリと頷き、アリスの反応がないことに訝しんで彼女の顔を覗く。

 そんな彼の行動にアリスはくるりと背を向ける。


「え?」


 予想外の行動にチェシャが硬直する。

 何かダメなことをしてしまったかと目を泳がせる彼にクオリアは苦笑し、チェシャの耳元で囁く。


「多分、あなたを嫌っている訳じゃないわ。しばらくそっとしてあげて?」

「う、うん」


 チェシャとしても嫌われている訳ではないという自信はある。それでも、今の彼女の行動には少し戸惑いを覚えたままだ。後で甘味を買って来るべきかと画策していると、クオリアが手をパンと叩いた。


「じゃ、今日はかいさんっ!二人もゆっくり休むのよ?」


 クオリアはそっとチェシャから離れ、疲れを見せないように明るく努めて言う。


「ん、また」


 アリスは黙ったまま、けれど、手を振ってそれに答えた。

 クオリアに手を振りながら二人は帰路に着くが、いつもとは違い彼等の間には沈黙が広がっている。


「……どうしたの?」


 残念ながらチェシャに我慢はできなかった。良くも悪くも重い信頼は簡単には切り捨てられない鎖でもあるのだ。


「ちょっと、ね? 考え事」


 考え事。わざと濁した。チェシャはそこに踏み入るか悩む。

 またしばらくの沈黙の後、チェシャがそれを破った。


「それは……俺が手伝えるもの?」


 干渉したいけれど、不干渉を望むならば何もしないと言外に伝える。

 しかし、アリスの反応は首を傾げて黙り込むのみで、チェシャの眼には迷っているようにも見えなかった。


「うーん、そういうものじゃなくて……なんだろうね?」


 本当に分からなさそうなアリス。

 彼女の悩みは中々に複雑なものらしい。


「くふっ」


 チェシャから少しおかしな笑い声が漏れる。

 彼女でさえもその悩み事がどういうことか分かっていない。なんだかそれが面白かった。


「な、なに?」


 悪く言うならば、少し気持ちの悪い声にアリスが怪訝な顔をする。


「いーや、なんでも。困ったらいつでも力になるよ」


 チェシャはこれ以上問い詰めるのをやめる。

 別に無理に聞かずともら彼女から話してくれるのを待つことにした。

 きっと必要ならば言ってくれると信じて。


「ん、ありがと」


 亜麻色の髪を揺らし、また視線を地面に彷徨わせる。

 その視線は一体何を探しているのだろうとチェシャも視線を地面に向けるが、そこにあるのは、夜の闇と月の光が作り出す光の境界線だけだった。



 *


 翌日。

 チェシャは予備も含めて槍を折られた為、新しい槍を求めて八百万を訪れていた。


 また、水で落とせぬほど乾いて血塗れになり、原型を留めていない防具、消費した小道具類。消耗は激しかった。


 時刻は早朝。

 アリスは昨日の疲れのせいか熟睡していて、しばらく起きそうになかった。

 チェシャは彼女の分の朝食と出かけることの書き置きを食卓に置いて、一人で来ている。

 店番をしていたのは店主であり、姉妹の父であるザクロ。


「君か」


 ドアの開く音に顔を上げ、来客を確認して無愛想にカウンター裏の椅子から立ち上がった。

 その手には朝刊が握られてきた。


「鞄もなしか。門番とでもやり合ったのか?」


 チェシャは防具も武器も何も身につけていない。普段は迷宮でのことを考えて武装状態で使えるものを探す為、最低限の防具と鞄を持ってきている。


 それが何も持っていない。本当に何もと言う訳ではなく、壊れた防具を纏めた袋と財布が入ったウエストポーチはある。早朝であれば、買い物をしてから迷宮に行くこともあるのを知っている店主は、彼をそこまで消費させるものを推察した。


「ん。けっこー危なかった」


 チェシャは疲れの色を隠さず、肩を竦める。徐にザクロに近づいて袋を下ろした。


「下取りか?」

「ん。ボロボロだから処分だけでもしたい」


 ザクロは袋から文字通りボロボロの防具を取り出し、無愛想な顔を少し歪めた。


「これは……中々だな。もしかして、槍もか?」


 防具でこれなのだ。武器も無事ではないだろうと尋ねる。


「どっちも折れた」


 どっちも。予備も含めて。


「そうかい……んー」


 ザクロは腕を組み、上の空で唸る。

 彼が以前使っていた槍の在庫はある。しかし、命を預ける武器を作る身として、この先でも折れる確率が高い武器を売ることに懸念もあった。


「緑中洞窟にいく探索者が増えたおかげで、こっちにも前の槍を新しく作る材料はあるが……」

「それじゃ駄目なの?」

「駄目も何も、話を聞く限り、あんたらは第五試練に行くんだろう?」


 ザクロが、カウンターの裏に屈みこむと何かを漁り出す。


「そうだよ。あ、でも収穫祭の方の依頼もこなしたいから間をおくかも」

「なら丁度いい。第三試練に氷中洞窟があるだろう?」

「ああ、あったね」


 立ち上がったザクロの手には分厚い本が握られていた。ぱらぱらとページをめくりながら氷中洞窟の名前を挙げたザクロ。

 彼の話を聞いたチェシャの脳裏に氷が綺麗な波紋を織りなしていた幻想の洞窟がよぎる。


「サイモンから聞いたんだが、そこにミスリルの様なものがあるらしい」

「ほんとう!?」


 チェシャがカウンターからやや身を乗り出す。

 ミスリル。非常に硬く、重過ぎず、武器を扱うものにとっては最上級レベルの素材。魔力を通すことでその硬さはダイヤモンドにすら並ぶ代物。

 

 チェシャとしても喉から手が出るほど欲しい代物だ。


「あくまで噂だ。当てにはならんが……、余裕があったら取ってきてくれ。新しい槍はその分まけてやる」

「よっし。とりあえず……」

「当分の武器と防具だな?少し待ってろ」


 カウンター裏の階段を上がっていく。その先は彼らの移住スペース。当然、その先に居るのは──


「あ、チェシャさん。いらっしゃいませっ!」


 入れ替わりで見知った少女が降りてきた。

 ぺこりと頭を下げたのは姉妹の姉、ライラ。


「おはよ」


 片手を上げてそれに応じる。

 手持ち無沙汰になったチェシャはまだ疲れの取れていない体を休めるのも兼ねて、先ほどザクロが座っていた椅子に下ろした。


「お疲れですか?」


 ライラはいつものように店の品物を見て回らず、椅子に腰かけて動かないチェシャに尋ねた。


「ちょっとね。そういえば、ザクロさんが店番してるのも珍しいや」


 ザクロはあまり接客はしない。

 ここにある武器防具はほとんどザクロ自身が作ったもの。消耗品の類は別のところから仕入れている。


「いつもより起きるのが遅くなっちゃって……父さんが代わりに出てくれたんです」

「ふーん……夜更かしでもしたの?」


 ニヤニヤとからかいの意味を込めて問う。

 この店舗にある鉱石や迷宮についての図鑑は几帳面なライラが色んな資料を集めて作っている。

 真面目な彼女が寝不足というのも珍しく、チェシャも興味があった。


「それが、少し……」


 恥ずかしげに目線を逸らし、へらりと笑った。少し燻んでいる銀髪も合わせて揺れる。


「何かあったの?」


 男性にとってグッとくるその表情はチェシャにとってはあまり効果はないようで、代わりに夜更かしの原因を尋ねた。良くも悪くも年頃の少女と一つ屋根の下で暮らしているせいもある。


「ええと、少し前にお小遣いで買った本がとても面白くって……」


 本。チェシャの興味を引くものに彼の眉が持ち上がる。


「どんな本?」

「本って言うよりは童話なんですけど、”不思議な少女“っていうタイトルです」


 チェシャも以前買った本だ。知った名前を聞き、今度は彼の頬がピクリと動く。


「俺も持ってるよ、それ」

「ほんとうですかっ!?」


 ライラは顔をパッと明るくさせてチェシャに詰め寄る。

 

「ライラは何処が好きなの?」


 不思議な少女。


 かなり古くからある童話であり、それでいて、童話ながら幼い子供が読むには難解な言葉かつ残酷な中身と、少し長めの分量がある本。


 内容としては、突如現れた魔物達に追われて村を出た少女とその家族が、山あり谷ありで“楽園”と呼ばれる場所まで逃げるお話。


 最終的に少女は“楽園”にたどり着く。しかし、家族は全て道中で失ってしまいった少女は失意の中、家族と一緒が良いと願う。


 すると、少女から溢れた水が世界を飲み込み、また大地が現れた。

 魔物は消え去り、少女が居た村には少女を除く家族達が戻ってきていた。


 そして、楽園の代わりに天高く伸びる塔が出来ていた。という話。


「わたしは……少女のお父さんが好きでした。魔物達に向かって“俺を食いたきゃ勝手に食え、家族は食わせねぇけどな”って剣で追い払うところです」


 少女のお父さんは家族の中で唯一、明確に道中での結末が書かれていない。救いがあるかも知れないという面もまたライラが好んだ理由だった。


「カッコいいよね。ヒーローみたいで」

「分かりますかっ!?」


 ライラがまた身を乗り出す。

 いつの時代も何かの為に純粋に戦う人というのは善悪はあれど、胸を打つ何かがある。


「うん。俺も憧れてるから。……でも、あの話は夜更かしするほど時間がかかるものでもないよね?」


 長めといえど童話。一般的なものよりも数分多くかかる程度でしかない。


「……実は、最後の楽園があった場所ってこの辺りらしいんですよ。じゃあ、塔ってアレのことですよね?」


 窓から見える、遠過ぎて線のようになっている塔を指さした。

 大通りではないので、民家に隠れて尚のこと見えにくい。


「かもね」

「じゃあ、もしかすると、あの塔にはこの話の女の子が居るんじゃないかって」


 色々気になって夜も眠れなかったとライラは言った。


「分からなくもないけど、この話って色々あるからなぁ」


 “不思議な少女”の道中と結末はほとんど同じだが、大陸中の金銀財宝を飲み込み、塔を作っただとか、古い大地を礎に新たな大陸と塔を作ったなど、塔を作る過程のみが違う。


「チェシャさんが持っているのはどれですか?」

「俺のは金銀財宝を飲み込んで作ったってやつ」

「あ、私もそれです」

「多分書かれた日とかで違うんじゃない?」


 理由はどうあれ、重版の度に変えられていったぐらいしかチェシャには思いつかなかった。

 ボイドなら何か分かるだろうかと、チェシャはふと思った。


「でも、どうして変えたんでしょうか?」

「うーん……」


 腕を組み、天井に視線を彷徨わせて考える。そんなことをしても思いつかないものは思いつかない。


 代わりに、誰かが階段を降りる音が。

 現れたのは、少し上質そうな布に包まれた槍を抱えるザクロだ。


「武器に関してはこいつでいいか? いつものとは違うが、アンタなら使えるはずだ」


 カウンターに置き、布を解く。

 現れたのは斧を刃をくっつけたような槍。新品なのだろうか、真新しく艶のある光を反射している。


「これは?」

「ハルバードさ。突けるし斬れる」


 淡白にそれだけ言った。

 チェシャに対する説明はこれで十分だと知っているからでもある。


「ふーん」


 チェシャはそれを手に取り、いつものように構える。

 穂先がいつもの位置より下がっていた。


「……重い」


 穂先に斧のような刃が付いているため、先の部分から重みを感じて不満げに唸る。

 振り回すのに不便はないが、咄嗟の行動でコンマ数秒のタイムラグが発生するのは致命的。

 無視はできなかった。


「当たり前だ」

「軽い方が良いんだけどなぁ」


 元々狩人でもあったチェシャにとって、重みのある武器は苦手だった。迷宮生物相手だと威力も必要なのでこのバランスは彼にとって永遠の悩みである。


「外に出てみるか?ここじゃ振り回せないだろう」

「そうする」


 ドアを開けてまだ太陽が登りきっていない朝の外へ。ライラは一緒に出るか迷っていたが、わずかな逡巡の後にパタパタと走ってきた。


 明るくなり始めた空の下、チェシャは仮想の敵を想像して斧槍を振るう。

 重みのある刃は薙ぎ払うと細身の槍とは異なり、重厚感のある風切音を鳴らす。


 ──ヴォォンッ


 次に小さくバックステップ。

 先に着地した右足を起点に左足を踏み出しながら斧槍を突き出す。


 ──ヒュンッ


 いつもの槍であれば小さな点であるため、風切音は少ない。

 が、刃を伴う斧槍では空気を裂く音がライラとザクロの元にまで届いた。


 ライラは一人の戦士の鋭い目付きで風切音を鳴らして斧槍を振るう彼に、感嘆の息を漏らしつつも、ただの歳の近い常連としての彼とのギャップに苛まれていた。


 仮想敵はこの程度では倒れないらしく、右に向かって跳躍、家屋の壁を三角跳びでさらに上へ。

 両手で斧槍を肩に担ぎ、振り下ろしと共に重力を伴いって地面に剛撃を撃ち放った。


 ガァァンッ! と地面を裂いて埋まる斧槍。


 それを成した少年はふうっと息を吐くと、何事もなかったかのように斧槍を地面から引き抜いた。


「いいね、これ。気に入った」


 少年がなかなか見せない種類の笑顔。

 純粋無垢に、楽しげに笑う姿。それが彼の言葉を証明していた。


「そいつは嬉しいが、早朝にこんな事をすればどうなるか分かっているのか?」

「あ……」


 周りの家屋のドアや窓が次々と開き、まだ眠たげな人が顔を出す。どの顔も機嫌が良さそうには見えない。


「す、すみませんでしたぁ!!」


 この後、チェシャは近隣を駆けまわって住民たちに謝罪して回るはめになった。



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