探索・森人の墓場・2
「ボイドッ! クオリアは!?」
「心配するな、彼女は無事だ」
クオリアの装備は大盾で隠し切れなかった部分のみ黒焦げていたが、彼女は気を失っているだけで大きな外傷はなかった。
「そっか……」
慌てて集まってきたチェシャとアリスも彼女の無事を確認すると胸を撫で下ろした。
「勇みよく来たところだが、一度帰ろう。やはり大迷宮だけあって一筋縄ではいかん」
その言葉に三人は同意した。
「ねぇ? どうしてクオリアの装備の焦げ方が変なの?」
「分からん。ただ、大盾に守られていた部分が無事ということはこの大盾が原因なんだろうな」
「ってことは、あの紫の盾が出たんじゃない?」
チェシャが指摘したのは第二試練の番人、スレイプニルの突進をも受け止めた美しいアイリスの花弁。
「あれか。納得はいくが……」
どうして今なのか、どうして気を失っているのか。
「とりあえずもどろーぜ。なんか眠てーしよ」
その言葉にボイドは腕時計を見た。
もうとっくに日は沈んでいる時間帯だった。
「そうしよう」
四人はクオリアを担ぎ、早足で迷宮から撤退した。
*
迷宮から出た四人はセントラルに帰還するのではなく、大樹の村にまで戻り、主がいなくなった村長の家を借りる事にした。
案内してすぐに戻って来たことにコルは驚いていたが、彼らの様子を見て、すぐに黒焦げになっているクオリアの装備を運ぶのを手伝ってくれた。
夕食をまたエマの家で、今度はボイドが持っていた携行食中心のため満足度は低かったが、夕食をとった。
詳しい話はまた明日ということで年少組はもう寝ている。
起きているのはボイドと意識を取り戻したクオリアの二人。
彼らは家主の居ない家の一室で寛いでいた。
「なんだか不法侵入みたいで、こう、なんていうのかしら。……落ち着かないのよね」
クオリアが苦笑しながら言った。
彼女の手には度数が高いだけの安酒が握られていた。
そして、それを口に含む回数もいつもより多かった。
「ここまで来るのはなかなか面倒だからな……まさかあの転移装置の移動先が固定されているとは思わなかった」
彼らが大樹の村で一泊することになった理由は、セントラルから大樹の村の転移装置に跳べないから。
大樹の村の転移装置は、ボイド達が入ってくるときに使った片割れの所へのみ移動できる代物だった。
もう一度ここに来るには、片道の移動時間だけで一日かかりかねないことを考えて、ここを拠点にすることにした。
「仕方ないだろう。あの崖を登るよりかはマシじゃないか?」
「分かってるわよそんなの」
「ならいい。……それより、あの盾の使い方が分かったのか?」
ボイドは椅子にもたれかかることでずれ落ちた体を戻して尋ねた。
「多分、って感じね。無我夢中だったもの」
「どの程度分かったんだ?」
「んー。あれが魔術具みたいなものってことかしら。あたしの魔力じゃ、一度起動させるための魔力で気を失うだけね。かなり食うわ」
「ソリッドに魔力を込めて貰えばいい。あいつはお前がグラス一杯なら、数樽はあるぞ」
その差にクオリアは手に持っていた酒瓶が非常に小さく見えた。
「是非してもらいたいけど、多分無理ね。あれ、血を流して専用に作ってるらしいから」
「どういう意味だ? うちの奴ら全員お前の盾を持ったことがあるはずだぞ?」
「あたし以外が”使おう“としたら電流みたいなのがバチッと走るのよ。変な用途の魔術具だとは思っていたけれど、今思えば副次品みたいね」
「言ってる意味がよく分からんし、電流を走らせる魔力を何処から出てくるんだ?」
魔術具は基本的に使用するときに魔力を流す為、自動でというものは無い。
魔石を使うことで魔石内の魔力がある限りは続くものはあれ、条件設定によって適時発動するほどの技術は、今の魔術具界隈には存在しない。
「なんていうのかしら……魔石型みたいな? ほら、魔力って外にもあるじゃない。それを集めてるのよ」
「……その根拠は?」
理論としてはおかしくはないが、ただの大盾に内蔵するには高価すぎる──しかし、国から賜った物としては有り得なくもない。
「さっき使った時は正直今もどうして使えたかは分からないけど、大きさはあの盾と同じくらいだったわ」
「ああ。私も見えた」
だからこそ、ボイドはクオリアが無事である可能性が高いと踏んで、前に回収しに行ったのだ。
「で、最初にあのアイリスの盾を使ったのは第二試練の時」
そこまで聞いてボイドはなんとなく察した。
「期間、か」
「あたしがあれを姫様から賜ったのは……今からだと五年は前ね」
五年蓄え続けた魔力。
それを聞けばあの時、神馬の突撃を受け止めたのもおかしくはなかった。
「その盾、古代技術並だぞ」
「そうね、──知っていたら姫様を守る為に使いたかったわ……」
クオリアは最後に彼女が言いたかった言葉全てを聞き取れてはいない。
その中にこのこともあったのだろうかと思案したが、今更考えても仕方がないと首を振った。
「寝ましょ。なんだか疲れたわ」
「だな」
*
再び、森人の墓場とでも言うべき迷宮に来た五人は最初の大広間に入ったが、死体は全て消えていた。
「あれ。消えるんじゃなかったのか?」
ソリッドは首を捻った。
「時間をかければ消えるんじゃないか? ……それ以外の可能性は出来れば考えたくはないな」
それ以外。
即ち第三者が、迷宮内にいる迷宮生物か森人が死体をどうにかしたということ。
「進もう。多分誰もいない」
深く考えないようにチェシャは頭を切り替えて進む。
皆もそれに付き従った。
誰もいない、民家が立ち並ぶ村の広間を抜けて、北の通路へ。
通路は飾り気のない石造りの道。
等間隔に壁にかけられた松明のみが飾りというべきか。
そして、また同じような広間なたどり着く。今度は北側に通路はなく、西と東のみ。
「どっちに行く?」
「そうだな、東にしよう」
「ん」
短い会話を交わして東へ。
時折通り過ぎる民家の影に森人が潜んでいないかを警戒しながらゆっくりと。
「“電流”」
チェシャは確かに反応した。
けれど、その攻撃は速すぎた。そして、チェシャが取った咄嗟の反応は槍による防御。
隠れていた森人の攻撃は電流。チェシャの槍は鋼鉄製。
チェシャが痺れてその場に膝から崩れ落ちる。
「このッ!」
やや冷静さを欠いたアリスの銃撃は致命となる頭ではなく、胸へと飛来する。
しかし、森人はすでに民家の影へと隠れている。
「クオリアッ!」
後ろから少年の悲鳴が。
アリスは後ろでも同様の攻撃を受けたのだと判断し、ならば致命打ではないと、先に目の前の敵を排除するため、森人が隠れた民家に銃口を向ける。
何処から来る。
彼女の緊張が手に伝わる。僅かに手が震え、銃口もブレた。
そして、ふと影が走る。
アリスは反射的にその影へ向けて引き金を引いた。
掠った。影が失速したのを見て更に追撃。時間がない、全弾発射。即装填。
血を吹き出して倒れるのを視界の端に収めて直ぐに後方の援護へと走る。
ボイドがチェシャを見てくれる筈だ。
「敵はッ!?」
アリスがソリッドに問う。
「分かんねぇ! 見失っちまった!」
アリスはそれに少し落胆しながらも、思考を巡らせる。
アリスにとって森人は比較的戦いやすい。何処に銃撃しても効果が出るからだ。
なら、とにかく一撃入れられれば、追撃で終わらせれる。
魔法。アリスにとって何処かで見たことがあるようで何処かもやがかかって思い出せないという、焦ったい代物。
一つ思い出したのは、魔法の予兆。魔力の動き。
森人の攻撃手段は魔法による高火力かつ、高速の一撃。
しかし、アリスの方が速度は上だ。
右前方に空気が淀んだような揺らぎを感じた。
その位置に味方はいない。ならば。
流れるような動作で引き金を引いたアリス。撃ち放たれた弾丸はアリス達へ手を向けていた森人の胸に着弾。
脱力し、崩れ落ちた。
「お返しっ」
痺れから立ち直ったチェシャが、森人の心臓部分に槍を突き立て、絶命させた。
「ないす」
チェシャがアリスに向かって笑った。
「そっちこそ」
軽いハイタッチをして、ボイドの元へ。
「クオリアは?」
「大丈夫よ。ごめんね、しくじったわ」
ボイドがバックパックをゴソゴソと漁り、二組の軍手を取り出した。
「次からはこれをつけておけ」
ただの軍手ではなく、ゴム製のもの。
これであれば電気を通さないだろう。
「さっすがぁ」
クオリアは籠手を外してウキウキとゴム製手袋を嵌め、アリスと共に周囲にまだ敵が居ないかを探しに行った。
「実験用だったから二組しか無い。アリス君とソリッドは電撃を貰わないように」
「何の実験なんだー?」
「こいつさ」
ボイドが網状の小さな立方体を取り出した。中には柱が入っていて、真下には換気扇のような丸い穴がある。
「放電する迷宮生物が第二試練に出たらしい。その一部を手に入れた探索者曰くとてつもなく熱かったらしい」
「熱くなるからどうなるんだ?」
ソリッドはボイドから受け取った立方体を観察していたが、やがて興味を失ってチェシャに渡した。
「意図的に熱く出来れば第三試練で使えそうだろう?」
「おぉー!?」
第三試練はとにかく寒い。厚着すれば良いとは言えそんな状態で武具を装備するのは困難な為、コンパクトな防寒具が求められていた。
現状では発熱作用のある素材で懐炉を懐に仕込む程度しかない。
この懐炉は安くは無い。第三試練にいるような探索者は金持ちではあるが、探索にもお金がかかる。
そのような都合もあり、出来るのであればより安い防寒具が求められていた。
「でもこれも高そうだけど、ここに持ってきて良いの?」
チェシャが網の内側を覗くと、細かな魔術印が刻まれていて、なかなか手間がかかりそうに見えた。
しかも、ここは第四試練。寒さとは無縁である。
「試作品だ。最初にこれを作り始めたのはカナンでな、私はその手伝いをしていただけだ」
「へぇ~」
ボイド達が知る限り第三試練突破に最も近い彼等。特にカナンとボイドは性格、趣味の関係で仲が良く、プライベートでもこのような話をしていた。
チェシャもまた中に刻まれている魔術印をながめていたが、やがて飽きたようでボイドに返した。
「他にもあったら今度教えて」
「おう、構わんぞ」
チェシャとしても魔術の仕組みやらは理解が出来ないので興味がないものの、戦闘中に使える小道具などは興味があったため、後の楽しみにしようと心に止めておいた。
「ねぇー!」
少女の声。皆がそちらを見た。
「階段あったよ~!」
アリスが手を振りながら自身の居場所を伝える。民家の立ち並ぶ先。広場のようだった。
そこには水を失った噴水の前に、次の階層への階段が鎮座していた。