探索・森人の墓場
コルに連れられて五人が辿り着いたのは村の外れにあった祭壇。
「ここだ」
「おーい、コル兄、何にもねーぞ?」
皆の意見を代弁する彼の言葉。
迷宮へと誘う人工的な階段は見当たらない。
「消去」
ソリッドとヤヴンが戦っている時に起きた青い閃光。
眩い光に皆が目を瞑り、光が収まると、先程までそこにあった祭壇が消えていた。
代わりにあるのは迷宮へと誘う見慣れた階段。
「すっげ。これも魔法なのか?」
「ああ、お前にも使える。発現系統ではないから習得は困難、お前にはまだ頭が足りんよ」
そう言ってから、コルは改めて五人をぐるりと見回した。
「ここから先は第四試練の大迷宮だ。……とは言っても迷宮と言えるほどのものじゃないけどな」
皮肉そうに、そして憎しみもこもった声で補足も言った。
「どう言う意味だ?」
「森人計画の被験者達の内、成功者は1%未満。残りはどうなったと思う?」
「死んだ、のか?」
「死んだ奴もいたけど、発狂だとか思考能力とか、いろいろ無くなっちまったんだ。いわゆる失敗作だな。で、俺ら森人は魔力さえあれば生きる事はできる」
「……ここにいるのは迷宮生物じゃないってこと?」
チェシャが眉を寄せて言った。
「ああ、迷宮と呼べるのは最奥部のみ。道中は……廃棄場さ」
輝かしい噂の流れる神の試練。
第四試練で耳にした真実はどれもそれらとは非なる物。
そして今度は半人殺し。割り切れても気分はやはり下がる。
彼らの気分はひたすらに低空飛行し続けていた。
「さらに言えば腐っても森人だ。魔法もあまりなっちゃいないが使ってくる。……気を付けろ」
しかし、ここまで来たのだ。後になど戻れもしないし、戻ろうとは誰も思わなかった。
五人は頷き、そして、互いに顔を見合わせてもう一つ頷くと、森人達の墓場へと歩みを進めた。
*
長い階段を降りた先にはまるで森人達の村を再現したような光景が広がっていた。
「やる気でねぇなぁ」
ソリッドが呟いた。
「じゃあ、もう二度とこんなことをさせない為に、頑張りなさい」
クオリアが背中をバシンッと叩いて叱咤する。
「ったぁ! ……わーったよ」
「それにだ。あれを見ればやる気は出るだろう?」
ボイドが前方にいる二人を指差す。
いつも通りにチェシャが先頭を歩き、アリスがその補佐につく。迷いのない動きだった。
ここがどうであろうと迷宮なのは分かっている。為すべきことは決まっているのだ。
「確かに、な」
ソリッドは顔をパンパンと叩いて周囲の警戒を始めた。
「後ろは頼んだ」
「あいよっ」
そして、いつも通りに残る二人も仕事を始めた。
ボイドは地図を片手に、双眼鏡をもう片方の手で支えて、距離を測り、おおよその枠組みを地図に描く。
「どこから行く?」
「ここは広間だ、四方を囲まれないように端から行こう。出来れば通路の方が楽だ」
「りょーかい」
魔法を使う相手が四方に出てきては詰みだ。ならばクオリアが確実に一方を塞げる通路の方が、逃げ場は無くとも勝機は高い。
その考えのもとチェシャに指示を出した。
「……早速お出ましだよ」
チェシャは槍を構えた。
彼の前方には、腰を痛めそうなほど前傾姿勢な二人の森人。まるで猿のようだった。
「先手をとるぞ」
「アリス」
返事は銃声。
銃口から飛び出た弾丸は当てもなくゆらゆらと進む森人の頭に命中。 貫通し、血を纏って再び外へ飛び出た。
チェシャは弾丸を追うようにもう一人の森人へ迫る。
「“水流”」
突き出された手から太い水流が螺旋を描いてチェシャへと襲いかかる。
が、もう彼はその水流の螺旋を飛び越えていた。
チェシャは黒騎士との戦闘で魔力を知覚出来るようになっていた。
発動の兆候を読み取った彼は溜められた魔力が解放される瞬間に跳躍し、槍を投げる為に腕を引き絞る。
投擲。
ヒュンと空気を切り裂き、槍は森人の胸に突き刺さる。
発動していた魔法が解除され、吐血し、倒れる。
どちらもまだ魔力の霧にはなっていない。
ウエストポーチからナイフを二本取り出して鋭く投げる。
どちらもそれぞれの頭に命中し、力んでいた体から力が抜け落ちた。
しかし、いつまで経っても彼らが霧散しない。
「ねぇこれ、もしかしてさ」
迷宮生物ではなく、自然の生き物故の現象かと。
チェシャは自身の考えが正しいかを尋ねる。
「正規の迷宮生物でないからだろうな。……チェシャ君、方針を変更だ。迅速に最奥に向かおう。消えないのでは匂いで集まってきてしまう」
「分かった」
チェシャは壁伝いに進むのをやめて、広間の中央へと歩いていく。
「あんまり止まらない方がいい?」
チェシャは再び槍を握りしめて言った。
彼はまだこちらに気づいていない三人一組の森人達三組を睨んでいる。
「そうだな……せめて階段の位置が分かれば……」
今チェシャ達が居る広間からは、三方に通路が伸びている。それがどのような場所に繋がっているかは分からない。
「こういうのはね、多分真ん中よきっと」
クオリアが当てもなく、そして、頼りにもならない言葉を付けて言った。
しかし、彼女の声はどこか人を安心させる何かを持っていたし、根拠がなくとも選択肢を選び取れるその言動は迷いを晴らしてくれる。彼女の言葉によって雰囲気が落ち着いた。
「よし、真ん中で行こ。ちょっと右から迂回してあの一組を奇襲して行こう。気づかれる前に動きだけ止めたい」
東通路側には一組、西通路側には二組、と真ん中をこっそり通れば戦闘を避けられそうだったが、見つかればどうにもならない。
チェシャは安全策を取った。
「ソリッド、一人倒せる?」
「遠くからか? その辺のやつならいけるけどあいつらはなぁ。俺も分かるけど魔力って感じられるから避けられちまうぜ」
チェシャが魔力を知覚できるのと同様に、魔法を使う者達も、魔力の塊が近くにあれば当然気づく。
「こっちの邪魔だけ止めて欲しい」
「それなら出来るぜ。数うちゃいいんだろ?」
チェシャは頷きだけを返し、静かに駆けていった。
チェシャが回り込んで配置につくと、片手を上げる。
銃声。
森人が血を吹いて倒れる。
何事かと周囲を見回す森人達。
広間である以上、音は響く、迅速に動かなければならない。
彼らが次に気付いたのは魔力の塊。
ハッとその方向へ顔を向けると、右手と左手で得意の二重円を描き上げて、ニヤリと笑うソリッドの姿が。
爆炎が迸る。
しかし、森人達も魔力の使い手。
「“火炎”」
両者ともに突き出した手から火炎を吹き出す。
激突。
炎と炎が揉み合い、互いが互いを喰らおうと燃え盛る。
所詮、その激突はどれだけ激しかろうと囮に過ぎないのだ。
炎の激突は一方が消失したことで終わりを告げる。
森人達は二人とも首筋を両断され、息絶えた。
チェシャはすぐに手招きをする。
西側にいた森人達が近づいてくるのを知覚して。
──ダダダンッ。
連続して、発砲音が鳴り重なる。
しかし、進行方向からの弾丸は森人もその人外の運動性能を持って避ける。
その未来を潰さんと、アリスは避けられた方向にも二発撃っていた。
致命打にはなり得ずとも、二人の森人を行動不能に陥らせる。
残り四人。
三人一組と二人を失って孤立した森人。
クオリアは孤立した森人へチェシャが肉薄し、敵も抵抗しようと、魔力を込めた瞬間にその肩から血が出たの見た。
あっちはもういける。
「ソリッドッ! 一人は止めるわ。二人、頼めるかしら?」
「あたぼうよっ!」
クオリアが挑発するように盾と剣を大きく鳴らして突撃する。
ソリッドはまた両手で魔術を書き上げて二本の火炎を放った。
「“風刃”」
対する森人は男性が鋭利な風の刃を飛ばしてくる。
精密な精度を要求するそれは、代わりに炎さえも易々と切り裂いて進む。
「おいおい、まじかよ」
距離があった為、ソリッドは難なく避けるが、風切音、と呼ぶには荒々しい音が通り過ぎて冷や汗が出るのを感じた。
「“水流”」
もう一人の森人が反撃とばかりに水流を放つ。
「思ったよりやるじゃない?」
クオリアがその水流の進路を妨げるように大盾で割り込む。
──ゴォォォ!
彼女は水圧に押されながらも防ぎきり、ニヤリと笑った。
「あら、これだけ?」
挑発的な彼女の笑みに感化された森人の女性が顔を歪めて飛びかかってきた。
クオリアは接近してきた彼女の顔が、おおよそ、人とは思えない程に骨が浮き出ているのを見て、顔を歪めた。
そのせいで相手の行動への対処が一歩遅れる。
「“爆発”」
本来であれば小さな光球を見た時点で全力で後ろに飛ぶべきだったが、クオリアが出来たのは盾を構えて体を隠すことのみ。
──ドォォォンッ!
「クオリアッ!?」
ソリッドは爆発をまともに受けたクオリアの元へ駆けようとしたが、視界の端にボイドがいるのを見つけ、己の仕事に戻った。
「おうおう、やってくれたじゃねーか」
ソリッドは自身の魔力をかき集め、自身の体の強さに身を任せ、魔法を構築する。
「”火炎──連鎖……射撃”!」
元より手から射出するタイプである火炎に指南性を与え、威力を追加し、さらに本来の3倍の魔力を込めた。
「カッ──! ラァッ!」
魔法への性質付加。
ただでさえ魔術よりも多くの魔力を使うそれを3倍。
森人でさえも使わない魔力量に耐性のあるソリッドの体が悲鳴を上げる。
それでもなお、制御を離さず、火炎が、爆炎が解き放たれた。
──ッォォン!
音にさえならぬ轟音。
あたり一面を赤く、紅く染め上げる爆炎は森人達を容易く飲み込み、跡形も残さなかった。