手紙
食卓を囲む六人。内訳は探索者である五人にご飯をふるまう森人の少女。
長机に並べられている料理は野菜中心で、肉は少々。そして、妙なのはその料理の並べ方が均一ではなく、一部の人に偏っていることだった。それは主に一人の少年に集まっている。
「チェシャ君。君の賭けの根拠を知りたいのだが」
ボイドはデザートである果実のタルトをアリスに取られ、それを今目の前で美味しそうに食べるアリスを見て、目を逸らしながら尋ねた。
「んー? ズズゥ、ズズズ」
帰ってきたのは言葉にならない音。
チェシャが食べているのは何かの虫の味噌らしきもの。それを食べているのは、チェシャと料理を用意してくれたエマのみ。
そして、チェシャの前に並ぶ皿には同じ料理が五つあった。
「いや、やはり後で聞こう。存分に食べてくれ……」
足のたくさん生えた甲虫を鷲掴みして味噌を啜るチェシャの姿はボイドには、否。エマを除く全員が目を逸らす。
「ズズッ。んん。……美味しいのになぁ」
四人は顔を見合わせて頷いた。
異常だ、と。
チェシャが全ての料理を腹に収め、お腹が痛いとベッドを借りて横になった頃には他の五人はお茶を飲んで、歓談していた。
「セントラルからグングニルに行ける場所があるのか……!?」
ソリッドはエマを連れて去った後の話をしていた。
「ああ。エマが行けっていうからよ、壁に突っ込んだらグングニルみたいな場所に着いたんだ」
「それはエマ君が居ないと行けない場所なのか?」
「さぁ? ──エマー。どうなんだ?」
ソリッドの声に台所で皿を洗っていたエマが顔だけを向ける。
ちなみにその横ではジャンケンで決められたアリスも皿を洗っていた。
エマは少し上の空で上を軽く見上げてから首を縦に振った。
「だってさ」
「そうか……エマ君を連れ出すのは容易では無いからな……とりあえず置いておくか」
ボイドはメモし終えた内容のページに粘着性のある植物を使った付箋に保留と書いて栞のように挟んだ。
「後、魔法、だったか。実戦では使えるのか?」
「おうともさ。でも……まだ魔術の方が良いと思う。うまく撃てねぇんだ」
ソリッドは首を傾げながら言った。
元より人間が身につけられる技術では無い、数日である程度形にしたソリッドは本来驚くべき習得速度だった。
「ふむ。落ち着いたらその辺りの訓練もするか、とりあえず暫くは魔術だけにしておけ。下手に魔法を魔力任せに使って魔圧で潰れては話にならん」
「うーい。魔法なんて魔力流し込めば強いと思ってたけど、魔圧なんて初めて聞いたからなぁ」
「だからこその全てシステム化した魔術が人間では使われているのだろうな。そうなれば納得はいく」
「魔力なんてちっとも使えないあたしからすればなんにも分からないわよ」
理解はできても実感はできない話を延々と耳にしているクオリアは不貞腐れたようにぼやいた。
チェシャとアリスが魔力を無意識とは言え扱っているのが判明した今、魔力に何も関係がないのはクオリア一人だった。
「そうだな、すまん、話を変えよう」
ボイドはおもむろに鞄から第四試練の地図を取り出した。
今ではそこそこ充実したそれを広げてある一点を指差す。
「ここが今私達がいる場所だ」
全体図から見ると中央より少し北辺り。
第四試練はこの巨大樹が中心になっていた。
「で、先ほど潜っていたあの洞窟がこの辺りだ」
次に指差されたのは巨大樹の南。
彼等が初めて第四試練に来たあの丘は南西の端に位置している。
この地図の縮尺はおおよそ1cm辺り500m。地図の大きさは一辺1.5mの正方形。余白はまだあるので場合によっては付け足される。
「予想に過ぎないが、他の小迷宮は大樹の東、西、北にそれぞれ一つはあると思う」
「ふーん。ん? 大迷宮は何処なんだ?」
彼らが目指しているのはあくまで大迷宮の攻略。
何も考えずに大迷宮に突っ込んでいてはお金が無くなるので小迷宮での採取等でお金は稼ぐ必要はあるが。
その為、彼らとしてはスムーズな攻略の為には大迷宮の位置は確認しておきたい。
「これも予想だが、私達が今いるここ、じゃないか?」
ここ。つまり巨大樹である。
「あり得そうな話よね」
「オレ、ずっとここに居たけどそんな話聞かなかったぜ?」
「知っているのは村長、あとその周りの従者くらいだろうな。あの話を聞く限り、それに村人の様子からしても基本的にはここで慎ましく生きていくだけということか」
閉じられた村。
進入方法はあの黒騎士を破ることのみ。その黒騎士もここに入ろうしない限りは襲わない。
「それだったらここに大迷宮があるのはおかしくねぇか? つつましく生きたいってことだろ?」
発音しなれない単語に苦戦しながらソリッドは言った。
「私はその矛盾が呪縛と見ている」
「じゅばく?」
「森人達がわざわざ危険な迷宮生物のいる場所で暮らす必要なんてないだろう? 外でもあの美貌のせいで安全とは言えんが、森人達の力なら魔法でどうにかして生きていけそうだからな」
「じゃあ、あの村長さんの最後の話は大迷宮に関するお話、ってこと?」
コンコンとドアを叩く音が鳴った。
エマがパタパタとドアに向かって走って行き、ドアを開けた。
「ご歓談中失礼する。長からの手紙だ、内容を読み次第どうするかを聞きたい」
入ってきたのは村に来て初めてソリッドが出会った門番。
「コル兄! ヤヴンは何処行ったんだ?」
ソリッドが親そうに話しかけた。
「長は……いや、この手紙を読んだ方が早い」
ソリッドは門番ことコルから受け取った便箋をボイドに渡した。森の匂いが残る蔦の模様が入った便箋、その中から飾り気のない木を加工して作られた二つ折りの手紙を取り出す。
アリスもようやく皿洗いを終え、急いで席に着く。これで五人全員が席に着く。
聞く態勢が整ったのを確認したボイドは二つ折りの手紙を開いて内容を読み上げ始めた。
”試練に挑みし者達よ。どうか、聞いてほしい。
試練、それは後世の人間を強化する為の施設だ。強化と言えば聞こえはいいが、更に言えば選別の意味合いも兼ねている。
当時、森人計画の成功率が芳しくなく、迷宮生物を撃破する事は不可能だった。そう考えた先人が取った方法は先送りだ。
グングニルを起点とし、土の養分を吸い取る植物の根の様に各地の迷宮に魔力を吸い取る管を通した。
集めた魔力を無に帰す魔力中和剤も同時に生産を開始し、時間を作った彼らは次に迷宮から集めた魔力が飽和した瞬間に現れる迷宮生物兼、魔力災害である厄災に対抗する戦力を育てる施設、すなわち神の試練を作り上げた。
森人計画の副産物として人間はゆっくりと魔力を取り込むことでも進化はできずとも人間の枠を超え、魔圧に耐えられる程の肉体性能を得られることが分かった。
その肉体の遺伝子を受け継いでいけばいずれは森人さえをも超えると予測された。
このグングニル以外にも、各地でこう言った育成施設は存在している。魔力を溜め込み厄災を産みかねないけれど。
数少ない森人に託された使命はその厄災を討伐する希望を育てること。
死人を多く発生する育成施設に人が多く来るように人間を誘導し、餌として施設には億万長者にもなれる財宝が眠ると尾鰭をつけてでも噂を広げる使命も課せられた。
だが、結果としてこれは悪手だった。人間達が当時の技術を再現できず、使える武装が余りにも弱過ぎたからだ。
結果としてグングニルに貯蔵可能な魔力はとうに全体の1割を切った。
後は一、二年持つかどうかだ。
そして私は君達を強化する森人の長として、この先に進めるかどうかを判断する審判の門番としての責務を果たさなければならない。
第四試練の大迷宮の奥に私はいる。
大迷宮への案内は手紙を渡してくれた者がしてくれるはずだ。
君達が厄災を倒せない時は恐らく最終プログラムが起動し、大陸もろとも厄災を破壊しようとスカーサハが動いてしまう。
どうか、頼む。”
一同がいる空間は話を知らないエマを除いて沈黙が辺りを覆った。
何も知らぬエマが暇そうに木製の椅子で身動ぎして軋む音がよく響いていた。