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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
第四試練:唸るは英雄の剣
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恋の鉄

 

 知らない天井。

 いえ、これは天井というのかしら?

 円状の輪がいくつも重なったみたいな木目──年輪? が見える。まるで木の中にいるみたいな……。


 まだハッキリとしない視界で周りを見渡す。恐らく寝室、それにしては少し広いけれど。

 背中を押し返す柔らかな感覚はベットにいる事を教えてくれる。

 左横にはチェシャ君がまだ眠っていてその傍にはアリスちゃんが木製の小さな丸椅子に座ったままベッドの端に伏せて寝ている。


 ──微笑ましい。


 最近思ったのは彼等は恋という異性の関係よりは家族という結びつきに近いなということ。

 アリスちゃんは居場所を欲している。いきなり記憶もないまま知らない場所で目覚めたのだから、ましてやまだ子供なのだ。当たり前だと思う。


 ソリッドが居なくなった時に焦っていたのはその居場所が壊れるのを怖がったから、なんて想像している。

 合っていたら嬉しいわね。

 チェシャ君も何を考えているかは分からないけれど、アリスちゃんに信頼を置いているのはよく分かる。


 彼がアリスちゃんをみる目は少し手のかかる妹を見るような目。

 アリスちゃんの話によると彼等の家の家事の比率がややチェシャ君が多目なのも関係してると思う。


 恋ではなく、異性ではなく、仲間であり家族。一見恋人の方が強そうな結びつきに見える。


 けれどそれは違うとあたしは断言できる。


 ボイドに出会うまでの、出会ってからの旅路でのさまざまな経験の上で。

 そして、時々噂の甘味処を二人で巡っている時の話で。


 チェシャ君のことを語る時のアリスちゃんの顔は恋する乙女というよりは自慢の兄を、もしくは弟を語る妹、もしくは妹みたいだった。


 彼女が乙女の様な顔をするのは本の中のヒーローを話す時だ。

 彼女がそう言ったヒーローに憧れるのは純粋な少女だからなのか、彼女にのしかかる使命の重圧に救いを求めるせいかは分からない。


 持論に過ぎないけれど、恋というのは二人を繋ぐ熱したばかりの鉄だ。どんな形にでも慣れる。逆に言えばどんな形にするのも簡単だ、それが脆そうになっても熱を持つうちは歪でも繋がる。

 そして、恋の鉄は次第に冷めて愛に変わる。きっとこの時に歪な形の鉄になった愛は二人を繋げきれずに自壊する。

 家族の愛というのは完成された鉄製の橋。壊す事は可能だけれど自壊はしない。強固で堅牢な橋は確実に二人を繋ぐ。


 二人を繋いでいるのは家族の愛の橋。

 そこにたどり着いてしまえば良くも悪くも恋の距離には戻れない。とクオリアは思っている。

 比翼ではなく兄妹。


 もしかすると……なんて事はあるかも、二人は一応年頃の少年少女だからね。

 仮にそうだとしても彼等は最終的には家族になりそうな気もする。

 女の勘だけど。


 そんな思考を終えて漸く頭が起きてきた。あまり分厚い訳でもないのに不思議と熱の篭る町で見る物とは違う布団を押し除けて体を起こす。


 ──肌寒い、布団が恋しい。


 それを押さえつける為に横に置いてあった私の鞄から予備の着替えと上着を取り出して着替える。

 何処か人のいない場所が欲しかったけれどあるかどうか分からないし、下手に探して見つからないよりは彼等が寝ているうちに着替えてしまえと布団を隠れ蓑にさっさと終えた。


 特に飾り気の無い服。というより殆ど肌着。

 元より上に鎧を着る前提なのだから当たり前だけれど。

 上着を羽織ったのは良いけれど此処は多分迷宮。やっぱり鎧を着ておくべきかしら?


 悩んだ挙句上着を脱いでいつもの鎧を着込んだ。慣れた重みが安心感をくれる。


「さて、行きましょうか」


 アリスちゃんにさっきの布団をかけてあげて部屋を出た。

 出た先は外。

 私達が居たのはどうやらただの小屋らしい。けれどすぐそこにあったのは大きな家。


 来客用かしら? それにしては小さい気もするけど……。

 とりあえず人を探そうとその大きな家に入ることにした。



 *


 ドアノブが捻られる音を聞いてボイドが振り返る。


「クオリアか、体調はどうだ?」

「バッチリよ」


 腰に手を当て、軽く胸を張って答えた。

 少しうざいと感じる程度のドヤ顔にボイドは安堵する様に密かに息を吐いた。


「そうか。なら良かった」


 くるりと反転し、ヤヴンと向き合う。


「さて、アリス君については何か知っているのか? その知識量からして人間よりも長生きなんだろう?」

「彼女か? 何もではないが、殆ど知らんぞ。知っているのは彼女が只人ではない事だけだ」

「只人でない? 身体能力的な意味か?」

「魔力への親和性が恐ろしく高い。意識的かは知らないが、あの子は常時魔力を纏っている。常時だよ。魔力を纏うのは黒血の獣(ブラッドビースト)でなければ魔圧に潰されてもおかしくないのに」


 ヤヴンは訳がわからないと手をひらひらさせた。魔力による身体強化、コールドスリープによって筋肉が衰えているはずの彼女が耐えられるものではないのだ。

 ボイドもアリスが目覚めてすぐに探索活動に加わることができることを気にしてはいたものの、それより大事なことが多く無視していた。


「その黒血の獣(ブラッドビースト)ではないのか?」

「違うね。それは少年の方だ」


 断言した。


「チェシャ君か?」


 ボイドの脳裏に黒騎士と戦っていた彼の姿がよぎった。同時に彼の槍が黒いように見えたことも。


「そうだね。しかも血が濃いときた。……黒血の獣(ブラッドビースト)の最終形ってどうなるか知っているかい? ──全身が黒い異形で覆われるのさ。見たことあるだろう?」


 当然見たことがある。ついさっき戦ったのだから。

 そして、その言葉が意味するのは将来、チェシャがあの黒騎士と同じ姿になること。


「チェシャ君もああなると?」

「そうだね。でも彼は意識的に魔力を抑えてるみたいだ。必要な時だけ出しているのかな? だから本来の黒血の獣(ブラッドビースト)よりアレになるのは遅いと思うよ」

「……」


 黒騎士を倒した後にアリスが話していたチェシャのコンプレックス。あれが魔力を全力で使っているチェシャという事なのはボイドにはすぐ理解ができた。


「心配しなくてもあれはある程度は隠せるはずだよ。森人レベルの魔力操作が必要だけどね」

「そうか……ではアリス君の方はどういう事だ?」

「彼女は森人よりも遥かに魔力に慣れている。十中八九何かされてるね」


 アリスは何かしらの実験の被験者、もしくはその実験の成果によってもたらされた新人類だとヤヴンは言う。


「はぁ……。二人とも馬鹿げてるな」

「そうでもなければ此処には簡単に来られないさ。しかもそのアリスという子は魔法を使っていないんだろう?」


 ボイドとクオリアは頷きを返す。彼女が使っているのは銃のみだ。

 彼女が魔力に関する術を使っているところは誰も見たことがない。だからこそ、魔力に慣れているという言葉には二人とも違和感を感じていた。


「他の人間の進化形の様に何かしら特異な点を持っているだろうね。あれだけの魔力の親和性──恐らく魔法の行使に関する何かを」


 ボイドはそれを聞いて過去の記憶を漁った。

 元々彼女に課せられた使命は彼女一人で果たそうとされていた。


 しかし今は五人で実行している。それでも尚、簡単には進んでいない。

 ボイドとしては当然だと思っていたが、アリスが本来の実力を出していないのなら違う話になる。


「そうか。有意義な情報に感謝する」


 腰を曲げて深く頭を下げる。クオリアも彼に倣った。


「気にしなくて良いさ。漸く私もこの呪縛から解放される」


 それを聞いた二人が頭を上げる。顔には疑問が貼り付けられていた。


「時期にわかるさ。私もやる事があるからこれにて失礼させてもらうよ。後でうちの門番から連絡があるから待っててくれ」

「……どういう事だと思う?」


 ヤヴンは手を軽く上げると早足で家を出ていった。

 彼の言葉の真意を計りかねたボイドはクオリアに尋ねる。


「さぁ? あなたにわからないなら私に分かるはずもないじゃない」


 お手上げだと首を振った。


「人一人の思考などたかが知れている。だから人間は徒党を組み社会を作ったんだぞ?」

「──なるほどね。思考放棄は駄目、か。悪かったわ。……呪縛なんて言っていたのだから森人達が此処に住んでいる理由みたいなのがあるんじゃない?」


 クオリアはハッとして申し訳なさそうに肩を竦めると、彼女なりの考えを述べた。


「ふむ……似た様な結論か。だとしてもな……とりあえず待つとするか、二人も帰ってきてないしな」

「じゃあご飯にしない? お腹ペコペコよ」


 ご飯。その言葉につまらなさそうに火を指先に灯していたソリッドの頭がピクリと震えた。


「携行食しか無いぞ?」


 その声にソリッドの頭が残念そうに下がった。


「親切な人に分けてもらうか物々交換かしら? ゼルは使えなさそうだしね」

「物々交換か、何かあったかな……」


 閉鎖された社会では外の常識は通用しない。富は絶対的ではあるがそれは通貨が通用する社会のみだ。

 あてを探す二人。そこでソリッドが口を開いた。


「エマのとこにいこーぜ!」

「エマ? 誰その子」

「……もしかして私達が殺しかけた子か?」


 ボイドは村に来て浅いソリッドが作れる交友関係を予想した。閉鎖された村に訪れた部外者が作れる交友はたかが知れている。


「ああ」

「お前はともかく、殺しかけた私達が受け入れられるのか?」


 至極当然の意見。

 誰が殺人犯に、自身の加害者にご飯を作ろうと思うのか。


「う。……オレが説得してくるっ!」


 正論にたじたじになるソリッドがしばし考え、ふと口を開いた。

 そして、言うや否やソリッドは椅子から飛び上がり、乱暴にドアを開けて外へと出て行った。


「ソリッドが失敗するにエール一杯」


 クオリアがニヤリと笑って言った。


「奇遇だな私も同じだ」

「つまんないわねぇ、賭けが成立しないじゃない」

「じゃあ、成功するにおかず一品ってどう?」


 その声とドアが開く音にハッと振り向く二人。

 そこに居たのは根拠も分からぬ自信に満ち溢れた顔をしたチェシャとアリスだった。

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