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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
第四試練:唸るは英雄の剣
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高台の先に

 

 クオリアとチェシャが崖を登り、彼らがアリスとボイドが登るのを手伝う。


 これを数回も繰り返せば実質一度に三往復しているチェシャや人を持ち上げ続けているクオリアの負担はいくら人間をやや逸脱した探索者であっても体力を減らしていた。


「あと…二つ、か……」


 今し方、全員が八段目を登り終えた所。

 チェシャは上を見た後に深く息を吐いた。

 クオリアも大の字で寝転がっている。

 そんな二人を見たボイドが懐中時計に目をやってから口を開く。


「時間的にも遅い。日帰りは諦めて野宿にするか? 幸い迷宮生物もほとんど見かけない」

「野宿? 出来るの?」

「出来るか否かではなく、するしか無いな。あの二人にこれ以上は無理だ」


 ボイドとアリスも疲れてはいたが、二人ほどではないし、まして二人がいる前でそんな素振りを見せるわけにもいかなかった。


「テントを張ろう。アリス君手伝ってくれ」

「どうやって張るの?」

「説明しながらやるさ」


 ボイドはまず、燃えやすい焚火用の乾いた木材を火打ち石で燃やして灯りを作る。

 そのあと、テント用具一式を取り出して、

 薄く纏まっていたそれを広げ、杭を打って固定する。


「おぉ~!」


 まるで気球のような広がり具合を目にしたアリスが歓声をあげた。


「アリス君のところにはこう言った道具は無かったのかい? あれ程の技術力ならボタン一つでこれくらいのことは出来そうだが」

「うーん、どうかなぁ。そもそも野宿みたいなことした事ないから」

「そうか……。もう一つ張る、端を持っていてくれ」

「はーい」


 先程よりも少し早くテントを貼り終え、重いものを放り込む。


「こっちが男、こっちが女だ。荷物を置けばスペースはあまり広くないが……我慢してくれ」

「ありがと~、先休んでてもいいかしら?」

「俺も、いい?」

「あぁ、見張りの話は後でする」

「ふーい」


 誰が見てもクタクタと分かるクオリアとチェシャは体を揺らしながらそれぞれのテントに入っていった。

 アリスはクオリアの姿をじっと見つめていた。そして、少し首を捻ってから突然口を開いた。


「思い出した!」

「ん?」

「わたし、グングニルには居なかったの」

「……どういう意味だ? 君は確かにグングニルで寝ていた筈だ」

「あぁ、えっとグングニルは目的地だったのよ。お父さんは前から居たけどわたしは隠れてた。沢山現れた迷宮生物に見つからないように」

「……」


 ボイドは無言で頷き、続きを促した。


「でも、結局は見つかっちゃったの」

「他に人は居なかったのか?迷宮生物を倒せる様な」

「人は沢山居たけど戦うのはあんまりだったわ。道具も有ったけど使ったら他の奴らにもバレちゃうの。これみたいにね」


 彼女は八百万で買ったホルスターに挿さっている銃を叩いた。

 確かに銃は強力だが、音こそよく響く。弓より強いのは事実だが、隠密において最適解と言えないのも確かだった。


「みんな散り散りになって逃げて、わたしもグングニル目指してこそこそ動いてたんだけど……」

「見つかったと」

「うん。でも誰かが助けてくれたのよ」

「誰か……姿は見ていないと?」

「ううん、思い出せないの。なんだか靄がかかってるみたい。でも、凄く助けてもらったし、あの時はカッコ良かったなぁ……」


 乙女の様な顔をするアリスにボイドは居た堪れなくなって顔を背けて思考にふける。

 アリスはスカーサハよって記憶を取り戻した。が、それでも思い出せない、あれ程の憧景か恋かを抱いておきながら。


 ──全ての記憶は戻っていない?


 彼女に課せられたという使命。

 ボイドも詳しくは知らないが、魔力吸収機構(スイーパー)を止める為にグングニル内のロックの解除が必要らしいと。


 ボイドはスカーサハを信用していない。

 しかし、機械である以上決められた目的を持ってアリスにさせている行動が魔力吸収機構(スイーパー)を止めさせようとする事は信用できる。

 ただし、その手段がどういう物かという点についてはあまり信用できない。


 信用出来ないというよりは人間が考える物よりも何処までも合理的に動くと予想したから。場合によっては十を救う為に九を犠牲にするくらいの合理的さを。


 千年分の各地の迷宮の魔力を溜め込んだ魔力吸収機構(スイーパー)、それを停止させること。それはわざわざ施設内のロックをいくつも解除しないといけない程に大変でそのロックも警備が多い。

 ならば、最終手段であり、間違いだったり、簡単に実行する訳にはいかない機能なのではないかと。

 アリスがどこまでスカーサハの企みを、こなすべき使命を知っているかは分からない。


 けれど、記憶を取り戻したアリスの瞳を見た時、内心で慄いた。

 あれは死を覚悟した上で、それを受け入れた人の瞳だった。


 彼がそれを見たのは二度目。

 一度目は病弱だった母が死ぬ前のこと。

 あれ程はっきりとした口調でボイドに伝える為に命の残り滓を掻き集めて、目を見開き語っていた。


 それまでほとんど起き上がりもしなかった彼女が起き上がった数十秒間の命の灯火。あの瞬間だけは例え弱々しくとも命の火は燃え盛っていた。

 アリスはボイドから見れば長い長い蝋燭の灯火に見えた。

 いずれは終わりを迎える小さな灯火。


 たかが灯火と言えど、自らの意思で命とも言える蝋燭の蝋を燃やして火を何倍にでも膨らますことができる。

 ボイドは彼女の蝋燭がどうなるのを知りたかった。可能であればその炎を消えない様にしたかった。彼女の為でもあり、自らの贖罪の為に。



 *


 見張りはアリス、ボイド、チェシャ、クオリアの順番で行った。

 特に何事もなく、強いて言えば、アリスが暗闇を怖がっていた程度。

 樹の洞に囲まれた空間は真上は開けていて、日の光が少し入る。

 真っ暗闇な所では十分な光。


「よし、みんな起きたな? あと二段だけだ、頑張ろう」

「そう思うなら自分で登ってよぉ」


 あまり疲れの取れていないチェシャが、目を擦りながら言った。

 まだ夜明け。

 普段はもう少しすればチェシャが起きる時間だったが、見張りの為に一度起きた為疲れは取れていない。


 クオリアも同様だったが、中途半端に二回寝るよりかはマシだったようだ。

 四人はテキパキと準備を終えて残り二段の崖へと進む。

 重労働とはいえ、慣れればマシ。

 ボイドはロープにしがみつくこともなくなり、アリスもチェシャの補助がなくとも安定するようになっていた。

 昨日に比べれば量としては四分の一。

 何事もなく最上段に登り詰めた。


「最初は辛かったなぁ」


 チェシャはしみじみと言う。


「本当よねぇ。ボイド、貴方今度から何か運動するべきよ? 迷宮探索で体力をつけても運動神経はからっきしでしょう?」

「……善処する」

「善処じゃない、やるの」


 言い返せなくなったボイドは沈黙を決め込んだ。

 そして、双眼鏡を取り出して話題を探すように周りを見る。

 まるで子供のような振る舞いにクオリアがため息を吐いた。とりあえず、毎朝何かさせることは彼女のなかで決定事項となった。


「はぁ。まぁ良いわ。……それにしても何も無いわね」


 周りに広がるのは緑の樹海。

 下にあったのと変わらない光景。


「まぁ森の中に何かあるかもしれないし……」

「これで何もなかったら落ち込むよ?」


 アリスとチェシャも何かしらの成果を求めて周りを探すが、一目でわかるものは無い。


「とりあえず、隅々まで探しましょう。何も無いことは無いはずよ。……えぇ」


 クオリアも自信なさげに動き出した。

 相変わらず、ここは迷宮では無いのかと疑うほどに迷宮生物は現れない。


「ねぇ、これさ。ただの洞窟っていう線。あると思う?」


 チェシャが疑問を口にする。

 三人が各々考え込むが、最初に口を開いたのはボイドだった。


「それにしては最初のあの洞窟が沢山あった場所は整いすぎている。階段を降りた先はともかく、その階段に関していえば迷宮に共通する」


 アリスは納得できない、と首を振り、追及する。


「じゃあ、どうして迷宮生物が現れないの?」

「第三試練にもこれに近い迷宮はある」


 そこでチェシャが手を打った。


「狩人の森?」


 神の悪意であるスノーパンサーのみ存在する迷宮。すなわち。


「神の悪意、もしくはそれに準ずる強さを持つ迷宮生物が居る迷宮かもしれん」


 そして、ボイドが双眼鏡から顔を離し、指を指していった。


「あれみたいにな」


 その先には双眼鏡で無ければまだはっきりとは見えないが、転移装置のような物と、その前に座り込む黒い影があった。


「あいつをぶっ飛ばせば良いわけね。話が早いわ。早くいきましょう。さっさとソリッドを連れて帰ってあたしは風呂に入りたいのよ」

「わたしも!」


 女性陣からすれば体を洗えないというのは精神的に応えていた。


「風呂に慣れるのも弊害ありか……」


 ボイドの呟きはチェシャにしか聞こえず、女性陣は既にスタスタと歩き去っていた。

 チェシャもお風呂に入りたいのは同感だったのであえて、ボイドの言葉には触れず、ボイドを急かす。


「早く行こ、置いてかれるよ」

「あぁ」


 男性陣が女性陣に追いつく頃には開けた広場に出ていた。


 その広場には中央に起動していない見慣れた転移装置。

 加えてその前に俯いて立っている黒い人形の異形。

 強いて言うならば地面に突き刺しているチェシャの持つものよりも長い黒槍と、クオリアの持つ物と同じくらいのサイズの黒い大盾。

 そして、刺々しいが黒い全身鎧に身を包んでいるその姿は黒騎士と言っても差し支えはない。


「警戒して」


 チェシャの言葉に見ながら武器を構える。

 彼か彼女かわからない黒騎士はチェシャ達が構えると顔を上げ、地面に突き刺していた槍と大盾を手に取った。



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