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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
第四試練:唸るは英雄の剣
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壁登り

 


 チェシャは沢山仕入れた杭の詰まった鞄が軽くなったのを感じる。

 あれだけたくさん仕入れたのに、その釘が減っているにも関わらず出口が見つからないことを不服に思いつつ、鞄の重みから大体の洞窟の数を推測して呟く。


「あと十くらい?」

「そうだな、ここまで来ると全て行き止まりもあり得るのか?」


 ボイドはメモ帳に募る正の字を見てため息をつく。


「もう半分の半分もないでしょう?早く終わらせましょう」


 最も大変であろうクオリアに言われては二人は言い返せず、次の洞窟に杭を打つ作業に移る。


「仕方ないよ、せめて鉱石でもあればよかったのに」

「そうよねぇ、ほんっとうに何もないのは辛いわ」


 人間、代わり映えのない行動をし続けるのは得意ではない。

 できると言う人がいても実際は多少の変化はあったり、そもそも片手の指で足りるくらいの人しかいないだろう。


「うし、行こ」


 杭を打ち込み終えたチェシャがアリスにランプを付けてもらって先頭を歩き出す。

 繰り返された作業は繰り返す度に効率が上がる。つまるところ慣れというものである。

 横穴が無いかをチェシャが確認、ボイドも確認して見落としがない様に。

 アリスはランプで照らしながら前方の警戒。クオリアは後方。


 今では最初に一つ目の洞窟にかけた時間の半分で確認を終えていた。

 チェシャは時折、槍を地面に叩きつけて行き止まりが近いかどうかを確認する。

 その回数が普段の三回を通り越して五回になった頃、彼が振り返った。


「もしかしたら、あるかも」

「本当っ!?」

「距離的な法則は当てになるのか?」


 ボイドはチェシャが普段よりも行き止まりが確認出来ないことを理由に話したのを分かっていた。

 彼もまた同じ推測になったからだ。

 故に、疑問の声は上げていてもその声は期待を孕んでいる。

 これだけの作業をこなせば嫌気が差すのも当然だろう。加えて、窮屈な洞窟を進むのもストレスが溜まるのだ。


「あったらいいなぁ」


 もはや願望になっている言葉だけ返すとチェシャがまた歩き始めた。アリスも慌ててそれを追う。

 行き止まりがあるかどうかの結論は僅かに流れ込んだ風が示した。


「ねぇ、チェシャ?」


 これは当たり? と。アリスが言葉にせず尋ねる。


「かもね」


 喜色を含んだ返事だった。

 間も無く、前方から光が差し込み、洞窟もまた終わりを告げた。


「終わったぁ……」


 槍を土のある地面に突き刺してホッと息を一つ吐く。

 そして、改めて周りを見渡す。

 広がっていたのは極彩色の樹海ではなく、ただの緑の樹海。

 しかし、その樹海は大樹の洞に囲まれている。まさしく樹の中の迷宮。

 樹海の中央にいくにかけて高度が高くなっていて、チェシャ達がいるのはその段差の一番下だった。


「外に出たと思ったらまた迷宮か」


 ボイドが顔を緩ませながらも煩わしそうに呻いた。しかもゴールは上に見える。

 重労働も予期した彼はより声を低くした。


「ここまで来たならこっちのものよ。多分あの上でしょう?何かあるならね」

「でもこれ、どうやって昇るの?」


 アリスが中央の最も高い、高さで言えば彼らが目標にしていたあの大樹より少し低い程度の場所を見上げた。

 その場所を起点に円環状に段差が何段も広がっている。


「さぁ? とりあえず、中央に行ってみよう」


 チェシャは伸び伸びと歩き出す。

 比較的大柄な彼にとって、クオリア程ではないにしてもあの洞窟は窮屈だった。

 数時間ぶりに体を存分に動かすことが出来た彼の歩調はとても軽快に見える。


「チェシャ君の言う通りか、動かなければ始まらん。行くぞ」


 *


 迷宮生物には特に出会すこともなく、垂直に立つ段差の壁にまでたどり着いた。

 その壁には梯子代わりという様に分厚い蔦が張り巡らされている。チェシャがそれを触ってみると思ったより丈夫な手ごたえが返ってきた。これを足場にすれば上に上ることは出来そうだった。


「ねぇ、これ登れってこと?」

「そういうことだろうな」


 後衛組の嘆きを背に、前衛組は荷物を整理して登りやすい様にすると、淡々と登っていく。


「結構しっかりしてるね」

「昇らせる為に張ったからかしら?頑丈じゃないと落ちてたかも知れないわね……」

「なんか、クオリアならどうにかしそう」

「あら、その評価は嬉しいけど過大な評価だわ。流石にこの壁は無理よ」

「ふーん……ん? もっと低ければ出来るってこと?」

「ご想像にお任せするわ」


 雑談しながら登れる程度には彼らには余裕がある。


「ねーえぇ! チェシャーぁ! これ昇らなきゃだめー?」


 あっという間に段差の壁を半分を登り詰めたので、アリスは大きな声で尋ねる。

 できれば登りたくないという意思がありありと見える声色だった。

 しかし、チェシャは下を見ない。


「ちょっと待っててー!」

「チェシャ君、何か案があるの?」


 そう言い残して速度を落とさずに壁を登っていく。

 クオリアとしても下の二人を気にしているようで、心配そうに言った。


「その為のこれ、だからね」


 チェシャは片手でベルトを揺らした。

 その揺れでベルトに引っ掛けられている鉤爪ロープの爪がチャラチャラと鳴る。


「流石ね」


 二人はそのままの勢いで壁を登り切ると、チェシャは地面に余った杭を打ち、鞄から鉤爪ロープをすべて出して巻きつける。

 余った鉤爪部分は地面に挿しておき、鉤爪のないロープを下へと投げた。


「クオリア、ロープ見てて。あと、登る時に引っ張ってほしい」

「任されたっ!」


 ビシッと胸に拳を当てた。

 鎧でなければ彼女の平均より大きい丘が拳を押し返していただろう。

 チェシャはその敬礼に頷きを返してから、ロープを掴んで下へと急降下。

 瞬く間にボイドとアリスの元へとたどり着いた。


「一人ずつね、どっちからいく?」

「残された方が迷宮生物に襲われないか?」

「でも……二人は危ないからなぁ、……じゃあボイドからで。アリスなら大丈夫だからね。それで良い?」


 アリスは素直な信頼を含んだその言葉に口角を上げたが、それを隠すために頷きながら顔を背けた。


「分かった。なら早く行こう。どうすれば良い?」

「補助するから、縄をしっかり持ってて。離したら落ちるからね」


 落ちる。その言葉にボイドは顔を少し青くしたが、諦観したように息を吐く。

 グダグダ言ってもやらないわけにはいかないのだ。大人しく彼の言葉に従ってロープへと近寄った。


「分かった。だが、それなら巻きつけた方が良くないか?」


 筋力に自信がないボイドらしい一言。

 チェシャはそれに対して首を横に振る。


「もしかしたら杭が抜けるかも知れないからさ。クオリアに引っ張ってもらうつもりだけど、何回も登るなら自分でも昇らないとクオリアがキツい」


 ちゃんとした理由があってはボイドとしては何も言えないので素直に従って、ロープを両手で握った。


「クオリアー!」


 チェシャが大きく叫ぶと、ロープがゆっくりと上へと動く。


「ボイド、蔦を足場にしてなるべくロープに体重をかけない様に」

「いや、怖い」


 口数の少ないボイドの両手はロープを必死に掴んでいて、足もギュッと縮ませている。

 見ていて非常に情けない。とはいえ、慣れていない人に責めるのもかわいそうだった。

 仕方がないので、彼も蔦に手をかけて彼を追う。


「はぁ、二回目からはちゃんとしてね」


 チェシャは登りながらボイドの背を押して補助の代わりをする。

 ロープを引っ張っているのは人間なので、機械的に一定のスピードではなく、時々止まったり、減速加速もする。

 その度に珍しく情けない悲鳴を上げながらボイドはチェシャとクオリアよりも時間をかけて上についた。


「ねぇ、チェシャ。これ思ったよりしんどいわ」


 クオリアは軽鎧を外して胸当てと腰当てだけになっていた。

 汗ばんだ彼女はやや艶かしく、ボイドは気まずそうに目を逸らした。


「ボイドが何にもしなかったせい。次からは多分マシ」

「だと良いわね。……ちょっと休んで良いかしら?」

「ん、少し間を開けて合図する」


 そう言ってチェシャはまたスルスルとロープを伝って降りていく。


「流石だな」


 ボイドが呟く、彼は補助をした上で自身も蔦を登っていた。

 しかし先程の彼には疲れの色はそれほど見えない。彼だけ一度段差を登る度に三往復するのだから消費する体力はボイドの比にはならないはずだ。


「適材適所、でしょ?」

「あぁ」


 二人とも疲れていたので会話はそれっきりだった。

 アリスはボイドよりも運動神経はあり、それでも、チェシャの手が背中に無いと途端に足が覚束なくなっていた。


「ねぇ! 離さないでね!」

「大丈夫、気にしなくていいよ」

「気にするよ! ……ねぇ、やっぱり手を離してるよね!?」


 時折チェシャは自分が登る為にアリスの背を支える手を離していた。

 手があるかどうかは感触で分かるとはいえ防具越し。

 そっと離せば彼女は中々気付かない。

 しかし、ロープが減速する時にはチェシャは必ず支えるため、その感触を覚えたアリスは途中から手の有無に気付く様になっていた。

 それはまさに初めて自転車に乗る親子の光景だった。実際のところ足を踏み外せば怪我などでは済まないが。


「もう着くから頑張れ」

「そう思うなら、支えてよぉ…!」

「何回かやるからなるべく慣れて」

「うぅ~…!」


 チェシャに多大な負担をかけていることは彼女も重々承知の事。強くは言い返せなかった。

 そして、ようやくアリスの体が崖上に着いた。

 地に膝と手をついて、荒い息を吐きながら顔だけをチェシャに向ける。


「…ねぇチェシャ? これあと何回?」

「さぁ? ……」


 チェシャは上を見上げた。見える範囲でざっと五段前後、実際はもっとありそうだなと思いながら返事を返す。


「五はあるかな?」

「やだぁー……!」


 これからの労力に絶望した少女の悲痛な声が木の洞の中でこだました。

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