多根の洞窟
再び第四試練に四人は訪れる。
「他の迷宮からあの樹の中に繋がっている、か。あり得るのか?」
「だってそのくらいしか思いつかないもの。回り道と考えれば尚更ね」
探索前に事前にアリスは自らの考えをボイドとクオリアに話していた。
あの樹の中に何かしらはあると言う前提での考え。炎でも噴き出していれば確信していただろう。
「考えとしては弱いが……それが近そうなのも事実か。だが、どこを探すんだ?」
「当てずっぽうよ?」
「……まぁ、そうだろうな」
寧ろ此処で具体案が出ていればおかしい位なのだからもっともである。
そんな根拠の少ない考えを自信ありげに言うアリスにボイドは少し疑問を抱いていた。
「一応、あの大樹の周り、ぐらいの当てね」
「虱潰しにやるしかないな」
「急がないと、ね」
ソリッドの容態が分からない今、時間をかけ過ぎるわけにもいかない。
とはいえ、チェシャ達も人数が欠けている。焦れば万が一もあり得る。
「あいつが森人の集落にでもいない限り長時間迷宮で生きることはできんよ。慌てるぐらいならその可能性にかけて確実に行くべきだ」
「分の悪い賭けねぇ」
「今まで最初に試練を探索していた探索者の苦労がよく分かるな……」
今までは探索者組合で先駆けの探索者達が蓄積させてきた地図があったので時間をかけずに最短ルートを取ることができたが、今は出来ない。
行きたい場所への既に確立されていることや、迷宮の地図が描かれていることに改めて楽さを実感したボイドがしみじみと呟く。
「うだうだ言ってないで取り敢えず進みましょ? 時間は限られているわ」
「あぁ、最初は大樹の南側から探そう」
四人はまだ虫食い状態の地図を埋める為に探索を始めた。
*
時間がかかると思われた迷宮探しは呆気なく終わりを告げる。
彼らが大樹の南側にあった湖の畔でそこそこ大きな木の樹洞に階段を見つけた。
第一発見者はアリスだった。
「あ!」
彼女は驚きと喜びが混ざった声で叫ぶ。
その声を聞いた三人は何事かと急いで集まってきた。
「見てっ!」
彼女が示した木は本来の樹洞とは異なり、少し人工的なくらい整って開けられた穴で、その中には階段が地下に向かって伸びていた。彼らがよく見た自然と人工の不自然な融合。
それが意味するのは迷宮の存在だ。
「幸先が良いな」
「木の洞って中から見るとこんな感じになってるのね」
遊び盛りの子供ならば喜んで秘密基地にしそうな自然の空間。
他にも小さく開いている穴から光が差し込んでいる。
幻想的とまではいかずとも、中々見られないそれは彼らの目を引く。
「早くいこ?」
チェシャは遊び盛りを過ぎていたので、目を引かれながらも足は階段に向かい、早足で降りていってしまう。勿論、彼の役割に斥候が含まれているのもあった。
三人もそれを慌てて追いかけて階段を降りていく。
タタタタと連続するチェシャの早足の音。数秒程でその音は止む。
「うわ」
そして嫌そうな声が一つ。
チェシャの視界には沢山の分かれ道。
まるで木の根の様に細い洞窟が四方八方に広がっている。
上段、中段、下段と縦に三方向。
北、東、西、南、それらの間にもいくつか。
合わせれば十は下らない洞窟の数。
その先に何があるのかもわからなければ、収束するのかも分からない。
もしかするとこの中に一つしか当たりがないという可能性も。
遅れてたどり着いた三人もその光景を見て顔を顰めた。
「面倒だな……」
「この中のどれかが繋がってる──と良いのだけれど……」
「グチグチ言っても仕方が無いわ。道がこれだけあれば殆ど一本道よ。……問題は鎧が邪魔なことね」
細い洞窟、それは人がすれ違うのも難しいほどで、特に重装備なクオリアは途中で通れなくなる可能性が見えてきた。
「取り敢えず、一個ずつ行こ」
チェシャは細道の横に目印代わりの杭を一つ打ち込む。
アリスがボイドから魔術ランプを受け取り、魔力を流し込んでチェシャの行く道を照らした。
「ありがと」
振り向かず、手を挙げて答えた。
続く道は湾曲する事はあっても分かれ道は無く、ただただ一本道。
狭い洞窟に四人の足音がこだまする。
細長く続く洞窟は彼らの足音をより遠くまで響かせる。
けれども、彼らの行手を阻むものは現れない。
チェシャがふと立ち止まり、槍で地面をやや強く叩く。
鋼玉性の穂先はカンッと音を響かせた。狭い洞窟内で音が反射して響き渡る。
「どうしたの?」
チェシャの後ろにいるアリスが不意の行動を尋ねた。
「んー、多分行き止まりかも。音が帰ってくるのが早い」
「音ってそんなことも分かるの?」
「分かる人はもっと遠くからでも分かるんじゃない? もう少し歩けば当たると思う」
「行き止まりと見せかけて何らかの穴があるかも知れん、取り敢えず突き当たりまで進もう」
更に後ろからボイドの指示が飛んでくる。チェシャはそれに従い、再び歩き出した。
見映えもなく、移り変わりもしない岩肌は程なくしてチェシャの前にも現れた。
「何も無いや」
「……そうか、仕掛けなどはどうだ?」
岩肌を触ってみるが特に違和感もなく、チェシャは首を横に振った。
この道は外れのようだ。
「仕方ない、戻ろうか。アリス君、ランプを貸してくれ」
ボイドは魔術ランプを受け取り、魔力を流してクオリアがいる方向に向けた。
「これの繰り返し? 中々辛くない?」
クオリアがぼやく。
重装備の彼女は狭い洞窟の為、装備を時々ぶつけていた。だからと言って、迷宮生物が現れるかもしれないので外すわけにもいかない。
動きやすさの為に兜は付けていないのがせめてもの幸いかもしれない。
「諦めろ。さっさと行くぞ」
「はぁーい……」
四人は行きよりも若干早いペースで最初の枝分かれ地点まで戻った。
それからはこの作業の繰り返し。
チェシャが通路の近くに探索した証である杭を打ち込んでいたが、それが両の手の指では数えきれなくなった頃。
「ごめん、もう杭がない」
チェシャは軽くなったウエストポーチを叩いた。
探索前にはパンパンだったそれは細くなり、叩く音もへにゃりとしている。
元より、鉤爪ロープと合わせて使うつもりであったそれ。彼としては過剰に詰め込んだつもりだったが、さすがにこの根っこの様な数の前には足りなかった。
「印になる何か、か。なくは無いが……」
ボイドはバックパックのサイドポケットから懐中時計を取り出して時間を確認する。
「一度帰った方がいい。時間的にもな」
懐中時計の針はおおよそ夕方を示していた。今から帰れば町はとうに真っ暗になっているだろう。
「道の数だけ数えて帰ろ、杭をその分買わなきゃだから」
「手分けしよう、この距離なら最悪フォローは間に合う筈だ」
四人は手分けして残りの洞窟の数を数える。
流石に四方八方にとはいえ五十までとは行かないので、横穴などの可能性を考慮しなければ彼らの両の指の合計以内には収まる数、最終的には二七の洞窟が未探索だった。
*
セントラルにまで無事たどり着き、四人は解散。
チェシャはその後真っ直ぐに杭を仕入れる為に八百万の前にまで来た。
チェシャが来る頃には店主ザクロの姉妹娘、姉のライラがドア前に本日閉店の板をかけていた。
「ごめん、まだ入れる?」
「ッ! ──あっ、チェシャさんですか。えーと、少し待ってくださいね?」
その声にハッとして振り向き、知人であったことにやや胸を撫で下ろすと彼女は少し首を捻りながら店の中に入る。
ここまで歩き詰めだったのでチェシャはドア横に体を預けて座り込む。
「……はぁ~」
民家の間を通り抜ける夜風に防具の中の熱気が和らぐのを感じて目を細める。
長居すれば体は冷えるだろうが、熱気で満ちた体に吹き付ける冷涼な風の心地良さに思わず笑みを溢した。
そして僅かに眠気がやってきた頃にドアが開いた。
「チェシャさーん! あんまり長いと困りますけど、ご用件は決まっていますか?」
「んぅ~? ……ん、大丈夫。この前売ってもらった杭を仕入れに来ただけだから」
「あの杭、もう使い切ったんですか?」
彼が過剰に買った事はライラも彼の話を聞いて知っている。
店主であるザクロはあまり接客をしないので、この店でチェシャがよく話すのはライラであるのもあって彼の装備事情は彼女はよく知っていた。
「ちょっと目印が欲しくてさ」
「十は買ってましたよね?」
「ん。でも無くなったから買いに来た」
「分かりました。どうぞ、いらっしゃいませ!」
ライラはドアを広く開けてチェシャを中に入れた。
「ありがと、レイラは寝ちゃった?」
「流石にまだそこまで遅くはないですよ。でももう二階でご飯を作ってます」
「もしかしてご飯前だった? 明日の朝でも出直してくるよ?」
チェシャは申し訳なさそうに目尻を下げるが、ライラは慌てたように首をぶんぶんと横に振る。
「とんでもないですっ! お得意様なんですからこれくらいはお安い御用ですよっ。でも、何度もはやめてくださいね?」
探索者と比較的密接的な商売をする彼女はまだ幼いながらも道具の有無で昨日来ていた人がもう来ない事があるのを分かっていた。
そして、歳の近いチェシャに同情か何かは定かではないにしても彼の安否を気にしている。
故に、口ではやんわりと窘めていても、実際に拒絶することは微塵も考えていない。
「ん、分かった」
早足で店を物色し、目当ての物を探す。
ジャンル分けされているとはいえ、それ以降の並びはやや適当かつ、量が多い。
一見さんであれば店員に聞かなければ欲しいものの位置が分からないだろう。
「ん……これは?」
探し物の最中、チェシャが見つけたのは閃光爆弾と値札が付けられた代物。
「名前の通り、魔術にもある閃光を起こす爆弾です。衝撃で起爆するので、高く投げて落としたり、地面に叩きつけたり、後は……転がしてから弓などで衝撃を与えたりして起爆します」
「へ~、何で出来ているの?」
「第二試練の岩柱乱立丘にいる光虫です。背中にため込んだ光は危機を感じたり、衝撃を与えると拡散するんですよ」
ライラは迷宮に関することで言えば同年代の中で最も多く知っているといっても過言ではない。
父親の仕事を手伝っているのもあるが、彼女自身図鑑の類を愛読しており、店の中にある手書きの図鑑はすべて彼女が調べた情報が載っている。
以前にチェシャに教えてくれた硬玉の話も彼女の図鑑によるものだ。
戦いについては専門外であるため、チェシャと話が合うことは少ないが、迷宮における話が通じるという一点で彼らはそれなりに話す仲だった。
「そんな仕組みなんだ……三つだけ頂戴」
「まいどありですっ!」
籠に入った閃光爆弾を三つ取ってライラに渡し、御目当ての杭も30本を籠に入れてカウンターにまで運ぶ。
「お会計……1350ゼルです!」
30ゼルの杭と150ゼルの閃光玉、それらを算盤を弾いて計算した。
チェシャは鞄の財布から千ゼル銀貨を二枚取って置くと、買った物を鞄に詰めて背を向けた。
「お釣りはいいや、遅くに来た迷惑料ってことで。また来るね」
ライラはお釣りを渡そうとするが、もうドアに手をかけているチェシャを追うか、素直に受け取ってしまうか頭の中で逡巡しているうちにドアの閉まる音がした。
「もぉ……」
その逡巡を見抜くように銀貨の下には“気にしなくていい”と書かれた紙切れをライラは見つけて、敵わないと苦笑し、
せめて何かを彼に。
妹と父がご飯を待っていることも忘れて彼に勧められる道具を頭の中で浮かべ始める。
「おねぇぇちゃーん!」
姉が帰ってこないことを不審に思った妹、レイラがそんなライラを見つけて不満を垂れた。