火炎と豪剣
「違うって、言ってんだろぉ!」
ソリッドは小ぶりな二重円を描く、吹き出すのは細い火柱。これであれば全焼とまではいかないので、許容範囲だろうと勝手に推察した。
実際は燃え広がればどちらにせよ危険では有ったが、興奮している村長はそれには気付かなかった。
「おっと」
危なげなく伸びた火柱を避ける。
吹き出た炎はその先にある木にまでたどり着き燃やし始めるが門番が何かを唱えると木に付いた火が消えた。
それを視界の端で捉えたソリッドは歯噛みすると、再度閃光の魔術の印を描く。
その印を見て起きる現象を再度予期した村長は左腕で目を塞ぐ。
印が完成し、光が爆発する。
閃光の最中、ソリッドの右手は動いていた。
「無駄だ!」
閃光が止んだ瞬間に村長は大剣を横薙ぎに振るう。
その彼が目にしたのは悪戯な笑み、円の内にハイポサイクロイドの描かれた印を自身へと向けるソリッドの姿だった。
眼孔一杯に目を見開く村長。
生み出されたのは太い蔦。
横なぎに振るわれた大剣を避けて勢いを失おうとする彼の大剣に絡み付こうとする。
「らぁッ!」
斜めに振り切られた大剣は勢いを止めずに村長の体と共に回転。
再び横薙ぎに振るわれる。
ソリッドの太い蔦は見事に両断され、残骸が辺りに転がる。
しかしソリッドはもう小ぶりな二重円の印から炎を吹き出させていた。
強引な攻撃によって肺の中の空気を消費し切った村長は体を動かすことが出来ず、辛うじて大剣を自身の体の前に持ってくる事で精一杯だった。
火炎に身を包まれた村長に周りの村人達が悲鳴を上げる。
しかし、門番は達観したように腕を組んだまま動かない。
「“防壁”」
ソリッドの耳に火炎の中から声が聞こえたと思えば赤い炎の中に青色の光が生まれた。
「……──ッチ!」
火炎を青い光が堰き止めているが見え、ソリッドは舌打ちする。
そして、右手が次の印を書くために宙を走り出す。
「やったと思ったかい?」
火が収まり、立ち上る煙の中から村長は何も無かったかのように歩き出す。
直撃したと思われた攻撃から何事も無かったかのように出てきた村長に周りから歓声が上がる。
「思ってねぇよ!」
周りの声に苛つき、不貞腐れるように吐き捨て、もう一度二重円の印を作り炎を吐かせる。
「“相殺”」
しかし今度は村長の大剣がそれを容易く切り裂いた。
「──なんだよ、それ」
ソリッドが出会ってきた迷宮生物の様に自らの体の性能で防ぐのではなく、何かしらの技を持って防がれている。
彼の魔術が本気では無いにせよ簡単に防がれるのは彼の理解の範疇を超えていた。
一度ならともかく何度もとなれば彼のメンタルも弱っていく。
「ん、これかい? 魔法さ。言の葉を紡いで言霊の力と魔力で行使するものだよ。こんな体に産まれたのはともかくこれが使える事には彼奴らには感謝すべきなのかもね」
「ずるくないか?」
村長の意味深な言葉を気にも留めず、ソリッドがジト目で村長を睨んだ。
分からない話など気にしてもしょうがない。それが彼のポリシーだ。
「防御にしか使っていないのだから許してもらいたいね」
やれやれと手を振ってから再び大剣を振り上げて斬りかかる。
ソリッドからすれば、近距離に迫られた時点で手立てはほとんどないのだから、距離を詰められるために防がれてはどうしようもないと怒鳴りたかった。
しかし、そんな余裕すらもない。
「あぁそうかよ!」
彼の指が高速で動き、村長に向かって炎を吐き出す印を描いた。
「“相殺”」
火炎は最も容易く切り裂かれたが、その赤の輝きを隠蓑にソリッドは村長の目の前にまで接近していた。
そして、彼の指は二重円の中に交差する二つの直線を描く。印、爆発の魔術の印だ。
「ちっ!」
村長は大剣から手を離してソリッドの腹に拳を突き刺すがもう描かれた印は止まらない。
爆発が両者を共に吹き飛ばし、それぞれ地面を転がった。
「やるねぇ」
村長はボロボロになった服の汚れを払いながら立ち上がる。
彼が同じく服がボロボロなソリッドの方に目をやると、彼は顔を上げずに右手の指だけを上げていた。
その人差し指の先には手加減なしの大きな二重円。
村長の視界には魔力の揺らぎが陽炎のごとく揺らめいていた。あれを放置するのは危険と彼は直感する。
「おいばか! やめ──」
村長の制止の声など届かず、ソリッドの魔術は業火を生み出した。
先程よりも強大な熱量と輝きを持つ業火。
村人達も慌てて距離を取った。
「あんのばか! ──“相殺”」
村長は先程よりも大振りに淡い光を帯びた大剣を振るう。
ソリッドの手加減なしの一撃はさしもの彼も容易く斬り裂くことは出来ず、
大剣と業火が拮抗する。形勢は火炎がやや有利で、剣は火炎を押し込むので精一杯だった。
「──ぐっ。う、らぁァァァ!」
それを大剣の主も自覚したのか叫び声と共に腕の筋肉が隆起する。
より強大な後押しを受けた大剣が火炎を押し退け始め、振り切られた。
ザン! と何かを切り裂かいた音共に炎が二つに分かれる。
二つに分かれた魔術の炎は力を失って呆気なく消え去る。
「火事起こす気かよ、あいつぅっ」
精度の悪さを印に込めた魔力量で補う力業から繰り出される馬鹿にならない火力。
それを正面から受け止めた村長は大きく息を吐いて大剣を構え直し、目の前の光景に息を呑んだ。
「一つでダメなら二つ。簡単だろ?」
二重円。
その後ろに大きな二重円。
魔力にものを言わせて描かれた四重円は極太の炎を吐き出した。
「てめ──」
村長の視界ははソリッドの悪戯な笑みを映した瞬間、迸る炎で埋め尽くされる。
収束すらせず、対象ごと周囲を焼く無遠慮な炎が暴れ狂う。
「眩しい!」
「長が! 誰かっ、助けてやっておくれ!」
「無茶言うなよ!」
紅の輝きに周囲の村人も眩しそうに、そして村長がその紅に呑まれた事で悲鳴を上げる。
「決闘中すまんが、これ以上は危険だ」
悲鳴が飛び交う中、迷いもなく足を動かした誰かが火の海に真っすぐ飛び込んだ。
そして口を動かし、
「“消──」
青い閃光の奔流が辺りを包んだ。