村の長
ソリッドが息を整える頃に門番は彼の元へと戻ってきた。
「入っていいそうだ。ひとまず村長の所まで来てもらう。ついて来い。──開けてくれ!」
不機嫌な表情と共にぶっきら棒に言った門番は先程と同様にベルを取り出し鳴らしながら叫ぶ。
「それ、何してんだ?」
「裏に閂があってな、中からしか開けられないのさ」
よりこの村を堅牢とするためと物らしかった。それを聞いたソリッドは興味深そうに頷いたが、どこもかしこも植物で出来ているこの村はソリッドなら魔術で焼けそうだと思い、すぐさま次の疑問を挙げた。
「でも燃えたら終わりじゃねーの?」
「此処にある木は簡単には燃えないぞ。加工も大変だから民家に使っているものはこれじゃなくてその辺の木だけどな」
「すげーな!」
自慢そうに語る門番。
燃えない木というのは彼の中の常識から外れたものであり、その話はソリッドの目を輝かせた。
少年の純粋な興奮に当てられては不機嫌だけではいられなかったようで、照れるのを隠すように鼻下を擦るとフンと前を向く。
そして、門番は扉を手に当て閂が抜けているかを確認してから扉を押した。
「人間、あまり下手なことはするなよ」
「わーってるよ」
先程の会話で少なくともよく思われてはいないのを肌で覚えたソリッドは素直に従う。
エマと似た特徴の容姿を持つ村人達はヒソヒソ声で周りと会話していた。その視線が時折ソリッドの所へ向くことから話題は彼のことであることは彼自身もすぐに理解した。
しかし、それよりも周りの常識外のものは少年の興味を惹くものであり、ソリッドは都会に来た田舎者の様に辺りをしきりに見回している。
「あの木、蛇口みたいに水出してるぞっ!?」
「あれは木じゃなくて魔物に近い。地下の水を吸ってその中にいる目に見えないほどの奴らを喰らってるのさ。水はある程度だけ吸収して後はあの口から吐き出す。不純物が少ないから美味いぞ?」
さながら小さな滝のように水を落とす木によってできた池。
澄んだ色は彼の言葉を証明している。
「ほんとだ! うめぇ! ……ん? 此処崖だぞ?」
「ここはこれで登るのさ、っ…ふんっ!」
崖前に広がっている巨大な黄色い花の花弁に飛び乗ると彼の体は大きく跳ね上げられて崖上へと飛び乗った。
「す…す…すっげぇー!」
「♪~」
ソリッドも花弁に飛び乗り、ふわりと宙を舞って崖上に離れながらも飛び移る。
エマも慣れた様子でふわりと宙を舞い、彼の直ぐ後に崖上に着地した。
「ここでの移動手段は主にこいつだな、着地には魔術を使えば多少遠くにもいける」
門番も自分の村を褒められているのもあって彼の興味の対象を饒舌に説明していた。
その中で彼は周りの民家を見てまた一つの疑問を呈す。
「この中にエマの家もあるのか?」
返答は首を横に振るのみ。
「……」
饒舌だった門番もこれには口を噤むのみだった。
その反応を見てソリッドもまた踏み入ってはいけない事をそれとなく自覚して話題を切り替える。
「ふーん、なぁなぁ、村長の家ってのはもう着くのか?」
話題が切り替わったことに僅かに安堵の息を吐いた門番は前方に見えていたツリーハウスを指さした。一般の民家よりも少し大きめで装飾もされているためソリッドにも分かりやすい。
「あれだ」
「王様みたいなとこに住んでるんだな」
規模はともかくその装飾類を見て彼はそう言った。
以前に見た貴族の屋敷を彷彿させる外見。加えて、総じて貴族はソリッドと価値観が違い、馬が合わないことが多いため装飾をやたらにつけるものに苦手意識を感じていた。
「長というのは威厳が必要だからな。だが、とても親しみやすい人だ」
「……へぇ、楽しみだな」
そう語る門番の表情には尊敬が見て取れる。
ソリッドの中での想像の村長恰幅のある体で豪華な椅子にドンと腰掛け、あれこれ指示する様なあまり好まれない王様の想像であったが、彼は門番の表情を見てそれを取り消した。
門番は二人を置いて早歩きで先にドアに辿り着き、コンコンとドアを二回手の甲で叩く。
「村長、コルです。先日から居なかったエマと彼女をお連れしてくれた人間が来たのですが……」
少しの間をおいて返事が返ってくる。
「──そうか。中に入れてくれ」
「はっ! ……細かい所までは気にしない方だが、あまり粗相はするなよ?」
「おん? ──ん」
言葉の意味が理解できなかったようで、曖昧に返事だけを返してソリッドはドアを開けた。
「たのもー!」
「おいっ!」
尊敬もへったくれもないその言葉に、門番も取り乱す。
取り乱した門番を様々な書類が置かれた長机に座る髪を後ろにまとめた男性がくつくつと笑いながら首を振って門番を制する。エマと同じように肌は異常なほど綺麗で、男のソリッドから見ても容姿端麗な男だった。
「構わんよ。元より身分差など無いのだから。……むしろ下とも言えるからな」
「長!」
取り乱す門番を軽く手を挙げて制し、皮肉気に苦笑した。
村長の付け加えた言葉にまたしても門番は表情を変える。
彼らの意味深な会話はソリッドには全く分からない。故に彼は特に気にしないことにした。
「分かっているさ、だがな、こんな所で暮らしていれば鬱憤もたまるのさ」
「わかんねぇけど、オレはソリッド。ちょっと仲間と……色々あってエマに連れられてここに来た」
ソリッドは理解のできない会話を無視して簡単に名乗った。
「ふむ…そちらの事情はともかく彼女を連れてきたことには礼を言おう。助かった」
「お、おう」
腫れ物を扱うような村人達との態度とは違うその誠実さにソリッドは戸惑いながら空返事を返す。
「私個人も可能な限りの礼は尽くすつもりだ。……先に聞いておきたいことがあるのだが、いいか?」
表情を変えた村長にソリッドもやや強張った顔で頷いた。
「ここへ、この第四試練まで、どうやって来た?」
僅かな威圧を含んだ質問にソリッドの右手が僅かに持ち上がる。
「ど、どう言う意味だよ?」
質問の意図を理解できず、問い返す。
「私が知る情報では、第三試練の攻略が第一、第二より一節程早い。流石に早すぎる。何があった?第三試練は前の二つよりも時間がかかる筈だ」
チェシャ達の攻略が彼の予想よりも圧倒的に早かったのはソリッドが使う古代技術を用いた遺物、錬金砲による強制突破の為。
本来なら先に探索していたであろうカナン達が彼の予想に近い時間をかけて攻略している筈だった。
「どうもなにも普通に……あぁ、氷の壁が有ったから燃やしてきたぜ。それのせいか?」
「第三試練の詳しい仕掛けは知らないが、本来の道筋を無視したという事か?」
「なんか悪りぃか?」
「いいや、門番を倒しているのであれば私から言うことは無い」
「じゃああの蛇ならバッチリ燃やしたから心配ねぇな!」
「あのカグツチをか?」
村長は目を一杯に見開き、怪訝な顔で問う。
「カグツチ? あの蛇のことなら多分そうじゃねぇのか?」
「そうか……」
ソリッドの雑な返事に相槌を打つと腕を組み、思案するように僅かに俯く。
そして、何処か幼い笑みで口を開いた。
「その力、ぜひ見せてもらいたいな」
半分は好奇心、もう半分は挑発的なその顔にソリッドは触発され、大蛇を燃やした時の武器はもう無いことを忘れてしまった。
故に彼は不適な笑みを浮かべて頷く。
「いいぜ、何をすればいい?」
「そうだな……外に行こうか」
「長、何をするおつもりで?」
突然機嫌良く立ち上がった村長に門番は尋ねる。
門番としては嫌な予感しかしなかった。
「何、ちょっとした運動だ。こんな所では体が鈍って仕方がない」
村長は軽く背伸びをしながらドアを開けて外に出る。ソリッドもまたそれに続き、門番も慌ててそれを追いかけた。
暫し歩き続け、たどり着いたのは村の民家からはやや離れた空き地。
それにも関わらず村人達がソリッドと村長を遠くで囲んでいる。ガヤガヤと何かを話しているのはソリッドの耳にも届いているが、内容までは分からない。
「で、何をするんだ?」
ソリッドは伸脚しながら村長の顔を見上げる。
「こいつさ、“創造”」
地面に手をつけた村長は耳慣れぬ言葉を口にする。
その瞬間、地面の土塊が、浮かび、形を変え、剣となした。
「ッ!?」
ソリッドは印すらも描いていない、何かを口ずさんだだけで魔術のような現象が起きている不可解さに唖然とした。
「ほらよっ」
村長は刃を潰された剣をソリッドに放る。やや意識が飛んでいたソリッドは慌ててそれを受け取る。
「“創造”」
村長はもう一度地面に手をつき、今度は先程より大きな土塊から大剣を作り出した。
「さて、これで準備完了だ。私に勝てたら……そうだな、あの子の伴侶にでもしてやろうか?」
「え、え?」
あの子、周りの野次馬の中で不安そうにソリッドを見ているエマに視線をやりながら言った。
しかし、頭の理解が追いついていないソリッドは頭に疑問符を浮かべている。
「さぁ、行くぞ。あのカグツチを倒した力、存分見せてもらおうかっ!」
村長は軽く腰を落とすと、強く地面を蹴って加速する。ソリッドの前までたどり着くと勢いのまま体験を振り下ろす。
「ッ!」
目の前に迫る大剣にソリッドは一時思考放棄し、転がって迫るそれを避けた。
「いきなり来やがってぇ!」
右手で描かれて印はお得意の二重円。
吹き出すのは業火。印から吐き出された業火が唸り狂い、村長へと襲い掛かる。
「なっ──“相殺”!」
「はぁ!?」
村長が奇異な言語をまた口にすると彼の大剣が淡い光を帯び、振るわれた大剣はソリッドの炎を切り裂いた。
得意の一撃が一振りで蹴散らされ、ソリッドの頭はまた超現象に混乱する。
「驚いたな、基本式の威力の少なさを魔力で押し切るとは、これでカグツチを焼いた訳か……」
ソリッドが混乱している間、この炎では家屋が燃える可能性は予期した村長が叫ぶ。
「おいあんた! 流石にあの炎は危険だ、無しで頼む!」
「ふざけんなよ! 俺剣なんて使えねぇぞ!」
「そんなことを言って多少は使えるのだろう? そちらの手を奪ったからにはこちらも手を抜こう、仕切り直しだっ!」
ソリッドの言い分は事実であり、ろくに攻撃も出来ないまま彼が防戦一方な形勢が続き、先程の状況に至ったのであった。