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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
第四試練:唸るは英雄の剣
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大樹の村

 

 ソリッドを見失った四人は一度バー・アリエルに集まっていた。


「さて、どうするか……」

「探すの?」

「いいや、火力担当がいないんだ。無理もできない。それに、迷宮のことをよく分かっている彼女とならば、ソリッド自体はなんとかなる可能性もある」


 事実、彼らは知らずともソリッドはエマに着いて行くことで迷宮に辿り着いている。


「そっかぁ。……帰ってくるかな?」


 突然の仲違い、初めての身近な人間関係での苦い経験。

 アリスの顔は随分前から暗いままだった。


「分からない。けど、何もしない訳にはいかない。よね?」

「勿論よ。帰ってきたら拳骨落とさなきゃね」

「ああ。魔法についてのモラルも叩き込まなければな」


 沈んだ気持ちのアリスを元気付けるように軽い口調で二人は言う。


「まずは……何処に行ったか、だよね。ソリッドが入っていった壁、調べたけど何もなかったんだ」

「それも調べたい所だが、恐らくあのエルフが居たからだろう。正直調べて成果が出る可能性は薄い」

「第四試練にいるのはあたし達だけだから、誰かに見つけてもらうのも無理ね。カナンちゃん達の所はまだ来ないのよね?」


 ボイド達と共に氷炎大空洞を探索していたカナン達はボイドとカナンの話が合うことから偶に情報交換が為される仲であり、他のパーティーとの交流が少ない五人にとって、数少ない前線の情報源だった。


「先を急ぐ私達でさえ本来挑むつもりは無かったんだ。対策をしてから行くらしいが、彼らにあの炎と氷の鎧を打破する手段があるかも分からんしな。ソリッドの様な奴は稀有だ」


 顔色は変わらずともその言葉にはソリッドへの信頼の色が濃く現れていた。


「そもそも、第三試練に居ること自体稀有みたいなものよ」

「前に応援を頼むとか言ってたけど呼ばないの?」


 チェシャがボイドの以前の言葉を掘り出す。


「頼んだ所で来るのは軍勢。時間も掛かるし、ここで求められるのは量より質だ。迷宮内での成長も少数だからこそ効果がある」

「へー、でも、あれ? 迷宮とかを攻略し慣れてる人とか来ないの?」


 納得仕掛けたアリスはふと思いついた疑問を口にする。


「アリス君は今の情勢に疎いから仕方ないが、そもそも私が応援を頼める大元は戦争中だ」

「へ!?」


 アリスは目を丸くする。


「前にあたしがセレシア姫のお話をしたの、覚えてる?」

「う、うん」

「内乱でなり変わったトップが過激派らしくてね。あっちの大陸は制圧済み、そして今度はこっちまでと……何がそこまでする事を駆り立てるのかしらねぇ?」


 クオリアが頭を押さえながら言った。

 かつての穏やかだった母国が代わりすぎていることは彼女にとって頭の痛い話だった。


「さあな。ともかく、そのアンゼルテ王国──、今は違ったかな?その国がこっちの大陸に攻めてきてもうノースラル方面から上陸されてるのさ」

「そっちの防衛で手が回らないって訳?」

「汚いよ」


 チェシャはストローを口に咥えたままぽんと手を叩いた。彼の口の動きに合わせてストローが上下する。そんな彼をアリスは咎める。


「奇しくも私が応援を頼めるツテがあるのはノースラル。現状余裕はあれど、こっちに貴重な戦力を割けるほどじゃないのさ」

「俺も祖国が心配だが毎年雪と共に暮らしてる国さ、何とかはなるぜ」


 ノースラル出身であるサイモンが力瘤を見せてそう言った。娘であるシェリーの見た目から察するに中年と言っても差支えのない歳であるはずだが、彼の体には衰えを感じさせるものはなく、服の上からでも盛り上がった筋肉が窺える。


「話が違うぞサイモン、邪魔だ」

「かっかっか。お前さんのツテが誰からのものか分かってて言ってるのか? こいつめっ」


 ボイドはエネルギッシュなサイモンを面倒臭そうに手を追い払うように揺らす。

 サイモンはぺしっと軽く音を立ててボイドの頭を叩く。ずいぶんと気心の知れた仲のようだ。


「ん、どう言う事?」

「全く持って鬱陶しいが研究所を建てるときも建てたあともこいつには世話になってるんだよ」

「うちの研究所の本部はノースラルにあるのよ、あたし達はその支部所属。支部って言ってもあたし達だけしか居ないけどね。で、その立ち上げの時に色々、ね?」


 クオリアがボイドの発言を補足する。


「まあ、そういうことだ。もっと敬いなっ! がっはっは─ぐはっ!」


 腰に手を立て胸を張るサイモンの後ろから忍び寄る少女の影──シェリーが滅茶苦茶な敬語で彼の腰を殴っていた。


「お客さんなんですから今はへり下りやがってください」

「がっ! そ、そこはやめてくれシェリー。ギックリ腰になったばかりなんだ」

「そいつは良いことを聞きました。ウチの父がすみません、どうぞごゆっくり~」


 サイモンは耳を引っ張られてシェリーに引きずられて行った。

 成人男性を一人で引っ張る。しかも耳で引っ張るのは中々力のいることだ。


「彼女、見かけ以上に力持ちじゃないか?」

「確かに」


 四人は思わず去っていた二人のいく先、正確に言えば少女の細腕を茫然と見つめていた。

 誰も、わざわざ耳で引っ張っていった奇妙さに突っ込むことはなかった。


 *


「オレ剣使えねーって言ってんだろ!」

「だからと言って逃げては始まらんぞ」


 一方その頃、ソリッドは巨大な木をくり抜き、その中の空洞に造られた迷宮。その中にあったエマと同じ種族が住む村にいた。


 そして、現在ソリッドはエマよりも大きい男性の森人の剣から逃走中。

 詳しく言えば彼も剣を握っていて、逃げ回っているのは試合を観戦する村人達の輪の中。


「おーい坊主逃げんなよー、つまんねぇぞー!」

「仕方ないわよ、あんな剣じゃ」

「でもよー、外からの奴は強いんだろ?」


 野次を飛ばされるソリッド、彼もまたそれを甘んじて受け入れる性格では無いため、背中を向けるのをやめて、刃を潰した剣を構える。

 しかし、相対する森人の男性が握るのはただの剣ではなく大剣。それも一般的なものよりも大きく、成人男性よりも一回り大きい。


「ひぇっ!」


 ──ドシンッ! 


 と刃は潰されていてももはや鈍器に変わりないそれをソリッドは情けない声を挙げながら転がって避ける。


「やっぱ無理だぁー!」

「仕方ないな……魔術を使っても良いぞ、ただし炎はダメだ。家が燃えかねん」

「よし来た!」


 彼が描き始めたのは円とその中に渦のある印。


「くらいなっ!」


 起きる現象は閃光、最近覚えた一品。

 が、森人の男性は腕で目を隠してそれをやり過ごしていた。


「んなっ!」

「そんな初歩の技法を知らぬわけがないだろう?」


 魔術に長けた種族である彼らに、目の前で描かれた印を瞬時に判別するなど容易い事であった。

 再び振り下ろされる大剣。


「はうあっ!」


 奇声を発しながら間一髪でそれを避ける。間抜けなその姿は周りの森人達を大いに笑わせる。


「ちくしょー、笑いやがってぇ」


 彼の得意な魔術は全力で使えば間違いなく村の家屋が全焼。使うわけにはいかない。


「それでも、我が娘の伴侶か!?」

「違うって、言ってんだろぉ!」


 ここまでの顛末を語るには少し時間を遡る。



 *


「はやっ!?」


 ソリッドが慌てて追いかけて入った迷宮。眼下に広がっていたのは森に囲まれた村。

 迷宮の入り口は高台であり、そこから村への唯一の道とばかりに太い蔦が一本伸びている。


 その先にある村はエマと同じような見た目の人達が和気藹々とそれぞれの営みを送っている。


 異なるのは立地。家々はちゃんとした地に足をつけているわけではなく、巨大な花の上に建っていたり、巨大な木を木材で繋ぎ、連なったツリーハウスも見受けられる。

 村を取り囲む蔦と大樹、さらに人工の防御壁などで囲まれている様子は砦の如しであり今まで彼らが攻略してきた迷宮とは常軌を逸している。


「……え、ここ、迷宮……だよな?」


 彼は予想外の光景に頭を捻る。

 そんな彼を置いて、エマは蔦を伝ってするすると村へと降りていく。


「お、おいっ!」


 エマを追ってソリッドも不慣れながらも蔦を伝って降下していく。


「あっつい……」


 蔦との摩擦熱で熱くなった手を振って冷まし、村前の門番らしき人と会話するエマの元にやっとのことで追いついた。先に行っていた彼女はなにやら村の前の門で誰かと会話をしている。


「あんた、今までどこに行ってたんだ。みんな探してたぞ」

「♪~」

「ん、人間に?」


 言葉とは別のコミュニケーションを取れるようで意思疎通した門番は視線を前に向け、肩で息をするソリッドを見つけた。


「お前か……」


 持っていた槍をソリッドに向けて警戒心を剥き出しにする。


「!!」


 エマがソリッドの前に立ちはだかり、両手両足を広げて仁王立ちの構えをとる。

 彼女の表情は必死そのもので、一歩も引かないという強い意志が見えていた。

 門番は急に見知らぬ人間を庇いだした彼女を見て、困惑しながら怒鳴り出す。


「何故人間を庇う!?」


 それに対する返事は無言で首を振るのみ。


「そこまで信頼が置けるというのか? ……少し待ってろ。おい人間、そこを動くなよ。おーいっ! 開けてくれー!」


 門に向かって腰につけていたベルを鳴らしながら叫び、扉を押すと扉が開く。

 そして、どしどしと足音を荒くしながら門番は村へと入っていった。

 とても穏やかには見えない状況にソリッドは頬をかきながらエマに尋ねる。


「なあ、オレを庇って良かったのか? あいつなんか怒ってるぞ?」


 仁王立ちを止めたエマが振り向いて見せたのは、後悔などを一つも感じさせない満面の笑顔だけだった。


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