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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
第四試練:唸るは英雄の剣
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次なる未開の地

 

 五人はグングニルから帰還し、サイハテ村で一泊してからセントラルへと帰ってきた。

 その翌日、チェシャは探索者組合に訪れていた。


「転移装置が迷宮の中に?」

「はい。狩人の森を探索してた探索者さんが居るのですが、昨日その方が提供してくださった地図にこれが」


 チェシャを組合に呼んだ当人であるアルマがチェシャに地図を見せる。

 森というくらいなのに入り組んだ様子もなく、格子状に道が出来たその地図の右上に印がつけられている。

 彼女はそれを指差した。


「まだ第三試練内では次の試練への転移装置が見つかっていなかったのですが、恐らくこれがそうじゃないかと言われています」

「結構奥だね。しかも、これ、気球持っていけない?」


 転移装置のある場所は地図上でも一番奥の部分だった。


「ですね……」

「そっか……。狩人の森の資料、貰える?」

「はい! 少々お待ちください!」


 アルマは小走りで奥の資料室に入っていった。

 パタパタと走る彼女を見ながらチェシャは窓を見ながら呟く。


「気球使えないのかぁ」


 空からの景色というのは少年にとっては中々に心躍る物で、それが無くなることを彼は憂いた。もうすぐ見れなくなる空の景色を惜しむ様に窓からの青空をじっと見つめる。


「あはは……」


 すぐに戻って来たアルマはその呟き耳にし、乗り物が無くなることよりも見れる景色がなくなったことを憂う彼を見て苦笑いをする。けれど、そういうものを求めるからこそ強い探索者なのかもと一部納得してしまっていた。


「……狩人の森ってどんな所だっけ?」


 チェシャが椅子に着いたアルマに尋ねる。以前に聞いたときは危険性が高いことは覚えていた。


「スノーパンサーと呼ばれる迷宮生物が非常に危険な場所です。ですが……」


 アルマは迷宮の入り口から転移装置までのルートを指でなぞりながら言う。


「このルート、というよりこの付近はスノーパンサーが出現したことは無いそうです」

「へぇ」


 チェシャは感心したように声を漏らす。その話はまるでその道だけはあくまで迷宮外といっているようで、作り手の意図にも見えた。


「ここが次の試練への転移装置と考えれば辻褄が合う気はしますね」

「邪魔はしないってことか」

「はい。ですから油断はダメですが、安全に通れるとは思います」

「ん。分かった」


 チェシャは自身の鞄からメモ帳を取り出して、ペンで書き入れる。


「あら、それは?」


 彼の変化に意外そうに驚くアルマ。

 約半年彼を担当している彼女としてはそれは大きな変化だった。

 彼女の机の中には今彼女が言った事が纏められている資料が入っていた。


「ボイドがさ、忘れるくらいなら持っておけ、欠点はあるのはいいが放置はダメだ、って」


 チェシャは彼の声真似をしながら言った。

 しかしアルマはボイドと何度も会話したことが無く、ボイドの声を正確に思い出す事ができない為、笑いどころかは分からず曖昧に微笑みつつも、彼が自分で苦手分野を克服し、成長しようとしていることを素直に喜び、彼の言い分に心の底から同意する。


「ふふ。確かにそれはいい案ですね」


 少々寂しくも感じたが、これが子が巣立つのをみる親の気持ちだろうかと、年齢に見合わない思考もしていた。


「んー? ちょっと酷くない?」


 チェシャはジト目でアルマを見やる。が、からかい半分にアルマは微笑む。


「自覚はしてらっしゃるんですよね?」

「そうだけどさー」


 少し不貞腐れつつ、書き終わったメモ帳をしまうチェシャ。


「よしっと。地図の写しだけ貰える?」

「はいっ!」


 彼女は無駄になりかねなかった机の中の資料から彼女のメモが入った地図の写しを意気揚々と取り出した。


 *


 五人が歩くのは雪に埋もれた森。

 彼らがその森を進む度、固められた雪をザクザクと刻む音が鳴る。

 第一試練とは打って変わり、針葉樹が広がる森は森のはずなのに雑草が少ないせいで少し広く感じるものだった。

 地面も雪に包まれている為、土の色も見えず、木の緑も雪によって白く染められている。

 それは狩人の隠れ蓑でもあるらしい。


「何も出ないね」


 目的地の転移装置まであと半分といった頃。特に何とも合わずに淡々と進むので、チェシャがぼやいた。


「いいことでしょ?」


 防寒装備で背の高いチェシャからは顔が見えにくいアリスが彼の脇から現れて言った。


「まーね」


 彼は彼女に視線を向けることなく返す。

 彼の視線は言っていることとは裏腹に滑らかに周囲を滑り、油断なく索敵する。


「それに、狩人の森で取れる美味しいキノコ? とかはこのルートには無いんでしょう?」

「うん。キノコ食べたいのになぁ」

「要らない」


 野菜はあまり好きではないアリスが即座に返答する。


「この前のハンバーグ食べたじゃん」

「ハンバーグは肉でしょ?」

「あれ、キノコ入ってたよ? 刻んだやつ」


 彼女の体が一度震えて、それに伴って防寒具が音を鳴らす。そして、油の切れたブリキのようにぎこちなく、半回転して彼の目を覗き込む。


「本当?」

「うん」

「……」


 無言で彼女は本来の立ち位置に戻っていった。


「くくっ」


 それにチェシャは笑いを堪えきれず、くぐもった声を漏らす。勿論、アリスも黙ってそれを見逃さない。

 そして、しまったと言わんばかりにハッとしてアリスの方を向く。


「……」


 彼女の視線は射殺さんとばかりの勢いでチェシャを貫いている。


「♪~~」


 チェシャが悪いかと言われればそこまでではないが、謝れば解決するものをチェシャは口笛で誤魔化すことにしたようだ。旅の楽団がセントラルで演奏していた曲を即興でまねしている。


「ほんと、仲良いわねぇ」


 後方に位置取るクオリアがポツリと言った。


「おばさんみたいだな」


 そんなクオリアを見てソリッドもまたポツリと。

 その返事は籠手のはめられた手による軽い拳骨にて行われる。


「──ってぇぇ!」

「言葉を選びなさいガキンチョ」


 温厚なクオリアも看過できなかったのか、ソリッドにピシャリと言った。


「だってよぉ、事実じゃん?」


 二度目の拳骨。


「──ったぁ! 頭悪くなるじゃねえーかよ!?」

「事実だとしても言っていいことと悪いことがあるのよ」

「──はぁ」


 あーだこーだと言い合う二人。

 真ん中に位置取る地図描きである縁の下の力持ち、言い換えれば苦労人はやれやれとため息をついた。

 距離的にも地図の端とはいえ、小迷宮。

 迷宮生物と遭遇しないのであれば太陽が少し傾く間に着いてしまう。


「これかな」


 一番最初にたどり着いたチェシャが光らない転移装置を調べ、それを操作する端末を見つけて振り返る。


「ええ」


 アリスは一つ頷いて端末を操作し始める。


「本当にこんな所にあるのね」

「まだこれの転移先が第四試練とは決まっていないがな」

「けどよ、一度も迷宮生物は出なかったぜ? 怪しさたっぷりじゃねえか」

「だからこそ来たんだろうよ」


 そんな会話をする三人。

 チェシャはその会話には加わらず、アリスが操作する端末を珍しくじっと見ていた。


「多分、転移先は第四試練よ」


 アリスが振り向いて言葉を発する。きっぱりと言い切ったアリスにボイドが怪訝な顔をして尋ねた。いつも転移先がどこに飛ぶかをボイドは分かっていない。すべて、ぶっつけ本番だった。


「分かるのか?」

「ええ。第三試練の番人、あの大蛇を倒している人が触れば動くみたい。あと、ほら。ここの表記は転移先の座標を表しているの。読めるなら覚えておいた方がいいわ」

「まだ動いてないよ?」


 チェシャが光らない転移装置に目をやって言った。


「わたしが調べているのはこれの転移先……さっ、これでいけるわ」


 アリスは少し端末をいじって、転移装置を光らせた。その瞬間に槍を背負う少年が動き出した。


「いっちばーん」


 チェシャが真っ先にその光に飛び込む。アリスのよこに居たのはこれがやりたかったようだ。


「おい! ずるいぞっ!」


 それを追うようにソリッドも光に消えていく。少年組は相変わらず、まだ見ぬ世界への期待感でいっぱいのようだった。しかし、期待感だけで言えば、他の三人も同じこと。

 特に今回は誰もまだ到達してない場所だ。胸が躍るのも仕方ないといえば仕方ない。


「……はぁ」

「まあ想像していた通りね。行きましょ」


 彼らの気持ちは理解できるので、複雑な心境のボイドがため息を吐いて光に触れ、クオリアとアリスも苦笑しながら彼らの後を追った。



 *


 彼らが転移した先は高台。

 見下ろせば広がる光景を一言で言い表すならば、豊穣の樹海。


 第一試練と少し似た森林。

 異なるのは規模は言わずもがな、澄んだ空に映える極彩色の樹々。


 赤から緑まで、暖色から中性色の枝葉。

 樹々に実るのは色を問わない様々な、果実。

 樹々の根本に実るのは大小を問わない植物。


 それが食べれるかはさて置き、広がっているのは自然の大宝物庫。


 鳥が、獣が、果てには動く植物が。

 宝物庫の宝を漁り、自らの糧とする。


 転移した彼らはその極彩色の世界に感嘆の息を漏らした。


「すげぇ!!」


 言葉も出ない程に魅入るチェシャと、興奮するソリッド。今までは緑一色、白一色と単色に染まった世界だったが、今回は色鮮やかだ。余計に新鮮に感じられる。


「どうやってこんな場所、作ったのかしらねぇ」

「ね」


 クオリアはぼんやりと見渡しながら呟き、アリスは視線を釘付けにされながらその呟きに同意する。

 その傍らでボイドは手製の分厚い図鑑を宝物庫の宝達と照らし合わし、その図鑑に無いものの絵を写していく。

 しばらく彼らなりにそれぞれ景色を楽しんだ後、地図を描くための白紙を取り出したボイドが口を開いた。


「さて、どうしようか」


 完全なる未開の地。

 迷宮の位置すら分からない真っ白な地図。

 ある意味では、彼らにとって初めて神の試練なのだから。

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