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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
第四試練:唸るは英雄の剣
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シェリーセンサー

四章の副題は四章終了後に付けます。

 チェシャとクオリアはソリッドから力が抜けたことに気付いて慌てだした。突然死んだように倒れ込むのだ。二人が焦るのも当然だった。


「ソリッド?」

「見せてみろ」


 ボイドがソリッドの容態を確認する。

 体のあちこちを触ったり脈を測ったりと数十秒ほどの沈黙が過ぎてからボイドが口を開いた。


「大丈夫だ。恐らく今まで使えて無かった魔力をいきなり使い、それが底をつきかけたからだろう。命に別状は無いはずだ」

「一応病院に行くべきじゃない?」


 アリスが提案する。ボイドは医者ではない、彼の判断も推測にすぎない、専門家の判断を仰ぐのが一番いいことに変わりはない。


「ああ、私自身専門家でもない、早く戻ろう」

「多分いつものやつがもうすぐ……」


 チェシャがついさっきまで大蛇が居た場所に目をやる。

 丁度その場所から光の玉が湧き立ち、五つに分裂して、それぞれに飛び込む。光が入ったからと言って、彼らに分かりやすい変化は起きない、それでも彼らの器が大きく成長するものであることは二つの試練を乗り越えて、格段に強くなっている彼ら自身が証明している。


「来たわね。これ、なんなのかしら?」

「分からない。スカーサハに聞いたら教えてくれるかな?」

「その辺りも追々だな」


 不意に五人は光に包まれて姿を消し、広間は誰一人として姿が見えなくなった。




 *


 五人はセントラルの神の試練前の少し脇に飛ばされていた。


 時刻は明け方。今まさに夜が明けるか明けないかと言った具合。試練の前に人はほとんどいない。仕事もないせいで眠そうにあくびをする衛兵が一人いるだけだ。

 しかし、常闇の夜を通り過ぎた町は人が増え始めている。時期にこの辺りも探索者で溢れかえるだろう。


「もう日が明けるじゃないの」


 迷宮の中では太陽の光は基本的に届かない、時間感覚が失われている。それを正しい時間を認識したことで体の疲労を認識したのか、それとも緊張が途切れた故なのか急に疲れたようにクオリアが声を落とす。


「なんか眠たくなってきた……」


 チェシャは大きなあくびを一つした。

 アリスもそれに誘われたように小さくあくびを一つ。まるで兄妹のような二人にボイドがくすりと微笑み、肩に担いでいるソリッドを持ち直した。


「クオリア、疲れているところ悪いがソリッドを運ぶのを手伝ってくれ」

「分かったわ」

「俺も手伝おうか?」


 チェシャが名乗り出る。

 しかし、クオリアがゆるゆると力なく首を横に振る。


「チェシャはアリスちゃんを送ってあげなさい。流石にこの時間まで休みなしじゃ体が持たないわ」


「同意だ。明日……今日は一度休み。明日も……ややこしいな。ともかく、今日から数えて明後日にまたいつもの場所で。組合への報告は私が済ませておく、しばらく休んでおけ。と、アリス君にも伝えておいてくれ」


 二人に言われたチェシャはアリスの方を向くと、アリスの目はとろんとしていて今にも寝落ちてしまいそうだった。

 それを見たチェシャが優しく微笑んでから二人に向き直る。


「……分かった、ありがとう」


 それを見て無視するわけにもいかず、チェシャはボイドとクオリアの言葉に礼を言ってからアリスの頬をぺちぺちと叩く。彼がアリスの顔を覗き込むと、落ちかけていた瞼が少し持ち上がり、眠そうに横揺れする黒い瞳が現れる。


「起きてる?」

「んー?」


 チェシャの問いに目を擦りながら空返事を返すアリス。


「はぁ。……乗って」

「ん」


 背中をアリスに向けて屈む。いわゆるおんぶの準備姿勢。

 頭が働かないのか、アリスは素直にそれに従ってチェシャの首に弱い力で腕を巻き、おんぶされる。

 アリスがチェシャの首を掴む力は非常に弱い。落とさないようにチェシャが彼女の太ももをしっかりと持って、一度、膝の屈伸運動でアリスの位置を落とさないように安定させてから、ボイドとクオリアに向き直る。


「じゃあ、また明後日」


 チェシャは左手でアリスの体を支えながら器用に右手で手を振って去っていった。

 恋人のような特別な間柄を示す言葉を関しているわけではないものの、二人の距離感はそれに近い。

 去っていく彼を見送るクオリアが、兄弟のように見えて、血のつながりなどまるでない二人を見て、苦笑する。


「全く、色々と心配だわ」

「あの二人なら、仮にどうなろうとさしたる問題はないだろう?」

「まあそうだけどね。──さっさとあたし達も帰りましょうかっ」


 横たわるソリッドを無視して一歩踏み出すクオリアをボイドが止める。

 ボイドは気配り上手なクオリアがソリッドのことを忘れているのを見て、見た目以上に相当疲労していることを察した。そして、クオリアに見られないよう一瞬微笑を浮かべ、呆れた声を出す。


「先にソリッドを運ぶんだぞ?」

「あ、忘れてた」

「……おいおい」


 ボイドは見せかけの大きなため息をついた。




 *

 翌日の早朝。


 チェシャは居間でとある紙を見つめていた。テーブルに置かれているのはそれを覆っていたと思われる便箋。

 この辺りでは見かけない素材でできたそれから取り出された紙も上質な物である。


 真剣な顔をしたり時々頬を緩ませたりしながらそれを読むチェシャ。

 その紙は全て合わせて四枚のようで、文字でびっしりと埋まった紙は小話を作れる程度の文量だった。


「おはよ~」


 少しボサボサな髪のアリスが目を擦りながら二階から降りてくる。早朝に起きることは慣れていても、丸一日探索に体力を使い果たし、その回復が直ぐに済むわけがなかった。手紙を読んでいるチェシャもまだ眠気が取れていない。


「おはよ」


 チェシャはアリスに一瞥してすぐに紙面に視線を戻す。

 いつもであれば新聞を読んでいる彼はそこに乗っている情報の中で、アリスが興味を持つなんらかを話し始めるのだが、反応が薄い答えにアリスは硬直した後、顔を振って目を覚ましてその原因を探した。


「その紙は?」


 当然目につくのはチェシャが持つ手紙。

 彼女はグラスに水を注ぎながら尋ねた。


「家族からの手紙」

「へぇ。みんなから?」


 アリスが一瞬顔を曇らせたが、直ぐにそれを消して質問を重ねる。


「うん。父さんと母さん、それと弟。あとは友達から」

「弟居たんだね」

「自慢のね」


 そう言ったチェシャの顔は少し誇らしげで。それに釣られるようにアリスは口を開く。


「例えば?」

「俺よりも頭が良い」

「あぁ~」


 心底納得したと言わんばかりの声に流石のチェシャもジト目でアリスを見る。相変わらず、彼は覚えることは苦手だし、体を動かすことの方が得意だった。ちなみにアリスは正反対。身体能力がないわけではないものの、頭脳労働のほうが得意だった。


「だってねぇ」

「……自分でも分かってる」

「あと……家族以外からも来たんだ」

「小さい頃から一緒にいた仲だからさ。何処に行ってもよく着いてくるから妹みたいな感じ、かな?」


 手紙を見ながら優しく微笑む姿はまさしく兄らしかった。

 アリスは水を注いで手に持ったままだったグラスに口をつけた。

 まだ寝ぼけているせいなのか微かに水が零れ落ちた。


「女の子なんだね、ってことはやっぱり弓を?」


 以前の話から思い出すようにアリスは言った。


「本当はそうだけど、槍を持ちたいって聞かなくって。両方練習してる。どっちも上手いからこっちは自慢の妹、かな?」

「ふぅん」


 相槌を打ったアリスはグラスにまた口をつける。が、顔を顰めて直ぐに戻した。

 中身は空だった。


「……手紙にはどんなことが書いてあったの?」

「んー。──色々、かな」

「そっか」


 その場を濁すように言ったチェシャにアリスはそれ以上聞くことをやめた。



 *

 追われることのない憂いなく過ごせる休日。

 アリスはやや不機嫌に何処かへ出かけて行ったが、チェシャは机に向かって何かを書いていた。


「はぁ……戻りたくないなぁ」


 チェシャは車輪の付いた椅子を机のない反対側まで回してから足を伸ばした。

 窓に目をやるともうあのギラギラと照り付けていた太陽は失せて、木の葉の色も移り変わり、過ごしやすい季節になっていた。


「あと半分かぁ」


 チェシャは深く脱力して椅子に全体重を預ける。その状態で幾分か過ごしたのちにまた机と向き合った。

 机の上にある紙には左上に”父さんへ“とかかれており、それ以降は真っ白な紙だった。


「何を、書こうかなぁ」


 机に向かい合って少しも経たないうちにチェシャはペンを加えて窓の方に体を向ける。


 *


 大通りを行き交う人々は半袖から長袖に衣替えしている。

 その中の一人のアリスも同様に彼女の私服は丈は短いスカートでもタイツを履いて、半袖のシャツに薄いカーディガンを羽織っていた。


「教えてくれたって良いのに」


 不貞腐れて道端にあった小石を軽く蹴るアリス。蹴られた小石はコロコロと転がってやがて止まる。

 コツンとまた小石は少女の足に蹴られて道を転がる。二度目は自然に止まるのではなく障害物によって不自然に止まる。


「あ」


 障害物は物ではなく人だった。

 アリスよりも背の高いその人を彼女は見上げた。


「あら、アリスさんじゃないですか。今日は探索はお休みなんです?」


 青い髪を後ろで束ね、買い出しと思われる袋を手に持つシェリーがそこにいた。


「ごめんなさいっ!」


 小石をぶつけたことを即座に謝るアリス。


「いえいえ、誰にだって小石を蹴りたくなる時、ありますからねぇ。お悩みなら聞きますよ?」


 いつもの間延びした声でアリスを安心させて、顔を上げさせる。


「悩み……」

「まっ、立ち話もなんですからとりあえずうちに来ませんか?」

「ん」


 二人は大通りから外れてバー・アリエルのある路地へと歩き出す。


「荷物、持つよ?」


 会話が途切れたのを戻す為か、アリスが口を開く。それに彼女が持つ袋は見た目でも重そうなくらい、ずっしりとしていた。提案を投げかけながら、アリスはシェリーが想像以上に力持ちなことに内心驚く。


「いえいえ、流石にお客さんに持たせる訳にはいきませんから」

「むー」


 思い通りにはいかず顔をむくれさせるアリス。それを露見させるのは彼女達が気心の知れている仲だから。


「あははっ。分かりましたよそこまで言うのであればありがたくお願いしますよ」

「ん」


 両手に持っていたうちの一つの袋をアリスに渡した。

 それを受け取ったアリスは少しご機嫌に歩き出す。袋は確かに重いが、それは常人基準の話だ。


「やっぱり、さっきは不機嫌だったんです?」

「どうして?」

「だって、今とさっきじゃ全然足取りが違いますからねぇ。ボイドさんから昨日聞きましたけど探索自体は良好ですから……差し詰め人間関係ですかね?」


 目敏く正解を辿るシェリーにアリスは苦笑いをする。彼女の推測は正解だった。


「まあ、その辺も中で聞きましょうか」


 店前まで着いた二人。

 シェリーがドアを開けてアリスを招き入れた。

 ベルが響いて入店を店内に知らせる。


「いらっしゃい! ん、なんだシェリーか」

「娘になんだっておかしくないですかぁ? それに、お客さんもいますよーだ」

「おう、アリスちゃんか。今日は一人かい?」

「見ればわかるでしょう? 林檎のやつ二つで」

「お前持ちだぞ?」

「構いませんよー」


 荷物をサイモンに預けて手をひらひらと振った。友人とのお茶をするのにお金をケチるなど、シェリーには論外だった。面倒くさがりな彼女は人との関係を作ることは億劫に感じてもそれを維持することは進んでしている。


「席は……空いてますからいつもの場所でいいです?」

「うん。今日は空いてるんだね」

「今日は、じゃなくていつもですよ。ほんとにアリスさん達みたいなお客さんって貴重ですから」

「あはは……」


 しみじみと言うシェリー。

 その顔は切実そうだった。確かにこの店に訪れる客は少ない。とはいえ、肯定するわけにもいかず、返しに困ったアリスは苦笑いで誤魔化して席に着く。


「さて、お悩みはなんでしょうか?」

「ここまで来て言うのもおかしいけど、悩みって程じゃないよ?」

「でも、あるんでしょう?」

「まあ、そうだけど」

「ウチのセンサーが言ってるんです。これは面白そうな話だって」


 頭を刺してシェリーは言う。

 指差された部分には何故かアホ毛のように立った髪の毛が。


「はじめて聞いたよっ!?」

「ほらほら」

「むー……はぁ。チェシャがさ、家族とかから手紙が届いたらしいんだけど、その内容を教えてくれなくってね」


 机に顔だけ上げて突っ伏したアリスは話を続ける。話の途中で、サイモンがそっと隣に現れて、果実のしぼり汁のジュースを二つ置いていった。


「プライバシー? ってのがあるのは知ってるけど、なんだかなぁって思っちゃったの」

「やっぱり面白そうな話じゃないですかっ!」

「何処が……?」


 さっぱりわからないというように問うアリス。加えていつもよりもテンションが高いシェリーに付いていけず、困惑するのみ。


「自覚してないのもある意味高得点かもですねぇ。とはいえ、そのレベルだと確定では無いかもですが」

「だから何が……?」

「こっちに関してはウチの口から言うのはアレですから言いませんが……、その気持ちはチェシャさんに伝えてもいいんじゃないです?」

「不満だってこと?」

「そーですね。やはりぶつかってみることも必要じゃないかと」


 それを聞いたアリスは思案顔で髪を横髪を少しいじった後に口を開いた。


「嫌われない? わたしとは全く関係ない話だもん」


 至極真っ当な意見。

 そして、そこに込められているのは頼れる人を失うかもしれない恐怖。当時の知り合いをすべて失った彼女は極度に孤独を恐れていた。


「んーと、一度聞いたんでしたっけ?」

「うん」

「でしたら……。そーですね。少し時間をもらえますかね? ウチがなんとかします」

「え、どうやって?」

「ヒミツですっ」


 シェリーはその問いを人差し指を口に当てることで返した。

 そして、ジュースを一気に飲み干し、席を立ち上がるとまた口を開いた。


「それとは別に、気持ちは本人にちゃんと伝えることも大事ですよ?」


 ぱちっとウインクを決めたシェリーが代金は奢りますのでごゆっくりとだけ言ってカウンター裏に去っていく。アリスにはシェリーがすべてお見通しとばかりに話せる根拠が理解できなかった。


「うーん……?」


 両手をコップに添え、ジュースをすすりながらアリスは首を捻るのみだった。

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