食らうは小童の夢火
五人は少し休憩を取ると、改めて後ろを振り返る。
炎はいまだに荒れ狂っている。広間の入り口は赤く染まっていて、何も見えなかった。
「戻れない感じ?」
「だろうな……急ぎすぎたか」
「まあ悔やんでも仕方がないでしょう? 後ろがダメなら進むのみよっ」
あくまで気楽に鼓舞するのはクオリア。どちらにせよ、もう一度あの中を通るのはリスクが高い。彼女の声に動かされるように、五人はそびえ立つ大きな扉に向き直る。
その扉は門のように重厚で、奥にいるであろう迷生物が門番と呼ばれるのも無理はないように思える。
「なあボイド、オレが開けてもいいか?」
扉に手をかけたボイドにソリッドが声をかけた。
「ん? ──ああ。構わんぞ」
ボイドはソリッドの方に視線を向け、いつもの口調とは裏腹に彼のいつにない真剣な表情を見て少し目を見開いた後に道を譲る。
「あざっす。……開けるぞー」
そんな一瞬の交錯を露も知らぬ三人はソリッドの声に従って彼の後を追った。
重々しい扉を開いた先はまるで機械でくり抜いたのかと思うほど綺麗な立方体の大広間。そして、中央に鎮座するのはトグロを巻いて眠る赤い炎に包まれた大蛇。全長は三、四十mはあってもおかしくは無いほどの長さ。
壁面も赤いが故にその大蛇の赤の輝きが見た目以上に強いことが分かる。
「慎重にいくぞ。無茶はするなよ」
最奥まで進んで門番を倒す。
それを二度繰り返した彼ら。
けれどいつもと違うのは情報が無いこと。相手がどのような行動を取るのか分からない中の殺し合い。
必然的に皆の顔は強張る。
「仕掛ける?」
大蛇が動く気配はない先制攻撃が出来そうだと考えたチェシャが短かく尋ねた。
「……そうだな、ソリッド。氷冷瓶を使え」
「あいよっ」
見るからに熱に強そうな大蛇に火炎放射は効かないと判断して、そこから導かれる行動は逆に冷やすこと。
道中にいた炎獣と同様な対処法を取る事にした。
瓶二つ分を流し込んだソリッドは錬金砲を構える。
「撃つぞー」
放たれた大きな冷気の玉は大蛇へと向かい、動かない的を外すわけもなく頭部に命中。
弾け飛んだ冷気の礫は至る所に飛び散り、水蒸気で大蛇を包む。
「一筋縄ではいかないのは分かり切っている。油断するなよ、配置につけ」
散開する五人。
暫しの間を置いて水蒸気から飛び出したのは先ほどとは打って変わって炎ではなく氷の鎧に包まれた大蛇。体の色も薄い水色に変わり、さっきとは打って変わって真逆の存在になる。
「はぁ!?」
ソリッドの声。
無理もない。道中の氷獣、炎獣を見ればその対応は当然だった。
「弱点を探す! 回避に集中しろっ!」
ボイドが指揮を下す。
その声でチェシャは間合いを広げ、クオリアも先程よりも大盾に体を隠す。
大蛇は舌を出し入れしながら五人を睨むと不意に尻尾を弓のように引き絞った。
「伏せてっ!」
チェシャが危険を感じて叫ぶ。
五人が身を低くした瞬間に尻尾が振るわれた。飛び出したのは氷の礫
ただの礫ならともかく、元は巨大な大蛇のもの。礫は雨のように五人へと降り注ぐ。
チェシャの声で身を低くして各々頭を守った為に、被害は軽症。
薄手の服だったチェシャとアリス、ボイドは腕に切り傷を負う程度だった。
大盾と軽鎧に守られているクオリアは無傷、ソリッドもとっさに錬金砲で防ぐことで凌ぎ切る。
氷の礫を降らせた大蛇の尻尾は氷が剥がれ、薄く青い皮もなく、黄色い身が剥き出しになっていた。
「尻尾を狙えっ!」
それに気づいたボイドは指示する。
すぐさまアリスが先程のお返しとばかりに三発発砲。
リズミカルに刻んだ発砲音が鳴ると大蛇の尻尾から血が少し吹き出す。まずは一撃。
が、外皮は厚いためか傷は浅いようで大蛇は見向きもしない。とぐろを巻き、鎮座するのみ。
「やあぁぁ!」
その余裕ぶりを崩さんとチェシャが槍を突き刺す。
至近距離での渾身の一撃は流石に答えたのか大蛇は体を揺らしたが、それっきりだった。
「ちっ!」
チェシャは舌打ちを一つして槍を抜いてから一度離脱する。
大蛇は喉から形容し難き怪音を震わせた。すると、大蛇の周りに冷気が集まり、次第に氷の鎧が形成される。
「氷なら燃えとけっ!」
また氷の礫を撃たれる前にソリッドが今度は火炎瓶を錬金砲に放り込んで火炎放射を放つ。
しかし、大蛇の巨体にはその火炎は効果が薄い。表面の氷を溶かしこそすれ、大蛇に傷を与えるには至らない。
大蛇は氷の鎧が溶かされたことに怒ったのか、体を縮めてから体を素早く揺らす。それによってまだ残っている氷が弾け飛ぶ。
大部分は溶かされているので、近場にいるチェシャとクオリアまでしか飛来せず、チェシャはクオリアの後ろに隠れることで二人はやり過ごす。
そして、また大蛇がトグロを巻いて動きを止める。
「火力が足らんな……」
ソリッドの攻撃が大きな傷を与えるには至らず、チェシャやアリスでは軽い為に決定打が足りなかった。
「じゃあこいつだっ!」
ソリッドは爆発する固体を打ち出す瓶を取り出し、錬金砲に流し込み発射。
が、復活した大蛇の氷の鎧を砕くのみで届いたのはいくつかの小爆発のみ。使ったリソースに似合わぬ成果にソリッドは舌打ちする。
「ちっ! ……ボイドっ! 火炎瓶、三つ使っていいかぁ!?」
「ああ、仕方ない。やれ」
「あいよっ!」
ソリッドは一本分すでに流し込んだ錬金砲にさらに二本分の液体を流し込む。基本的には彼もやらない禁じ手だ。これをやった日には錬金砲の調子も悪くなる上、貴重なサンプルが失われかねない。しかし、そんなことを言っている暇ではないことを二人とも認識している。
ソリッドが溢れそうなほどに並々と液体が溜まった錬金砲の蓋を閉めると、錬金砲が駆動を始める。使い方が歪なせいで不快音を発する錬金砲。
それでも役割はしっかりとこなした錬金砲はいつもよりもソリッドに反動をもたらして彼に尻餅をつかせながら業火を吹いた。
その間にまた冷気を纏って氷の鎧を作り直した大蛇に業火が襲いかかる。
喉を揺らすような悲鳴。それは大蛇への有効打の証。初めての有効打にソリッドがガッツポーズを取る。
しかし、大蛇からその悲鳴はすぐに止み、喉を震わせながら今度はその火をその身に纏い出した。
「このっ!」
それを見たアリスがすぐさま炎を纏い切れていない頭部に発砲するが、巨体に似合わぬ俊敏さで頭部を下げ、硬い鱗に当たった弾丸は虚しく弾かれる。
「厄介な……」
ボイドが煩しそうにしながらも、メモ帳に走り書きをする。炎も氷も効かぬとなれば、残るのはチェシャとアリスの攻撃だが、どちらも大蛇に致命打たり得るものではなく、そもそもチェシャは近づくのが困難だった。
大蛇は炎を纏った尻尾で近くにいるチェシャとクオリアに向けて追い払うようになぎ払う。
慌てて交代する二人、熱に直に晒されたチェシャの服の袖がやや焦げる。
「あっち」
慌てて腕を振って熱さを凌ごうとするチェシャ。クオリアの防具はそこそこ熱に強いらしく、大蛇の攻撃をまともに受けていない今のところはこれといった障害にはあっていない。
しかし、これではジリ貧なのは目に見えていた。
*
オレは目の前の大蛇に向けて、雑に錬金砲を撃つことしか出来なかった。
氷冷瓶も火炎瓶も駄目。
とっておきの爆発のやつもあいつの炎や氷の鎧のせいであんまり効果は無いっぽい。
神の試練を進むにつれてオレが頼れる武器もだんだん圧倒的な強さではないことに気づいた──ちがうか、これもオレも、何も変わっていないのに迷宮生物は強くなりやがるんだから……当たり前か。
もう一度撃った火炎放射は結局蛇野郎が吸収するだけ。むしろその炎を撒き散らされてチェシャとクオリアが危険に晒される。
そこにボイドがあの黒い球を作る魔術で大蛇の動きを一瞬止める。
オレの攻撃は効かねぇから、離れてどの瓶でもすぐに使えるように片手を鞄に突っ込んでおくだけ。
それらしく言ったけどつまりお荷物だ。何も貢献出来ちゃいない。
焦ったさに思わず地団駄を踏む。
あーあ、せめて魔術が使えたらなぁ。
ボイドがいつも頑張ってるのは分かるし、オレの練習にも手伝ってくれてるからこそ恨むなんてできねぇけど、こういうときはやっぱり魔術が使えるボイドは妬ましい。
考える余裕が湧いたせいで、黒いなにかが溢れ出す。
一度この気持ちが溢れてくるとそれは歯止めが効かねぇ。
クオリアも地味だけどみんなに合わせるのが上手いし、オレよりもパワーがある。勿論それが地道に努力したからなのも知っているし、俺とボイドよりも早く起きて基礎練をしているからだって。
でも、オレが変われない中着実に強くなるクオリアが羨ましかった。
チェシャなんかオレと似てバカみたいだけど、頭の回転は早いから誰よりも早く動くし、そもそも色々と器用だったり槍を使うのも上手い。
それに、この中で成長しているのはチェシャだ。
試練を進む度にあいつの動きはキレが増してる。
まるであの時の魔術師みたいで羨ましい。
アリスも武器はオレと一緒で変わってなくてもチェシャと合わせるのが上手いし、時には二人で迷宮生物と近距離で戦うんだからよ……。
会った時は全然だったのに今では一丁前で、もう追い抜かされている気がして悔しくて。
中途半端に暇になる立ち位置のせいで余計なことを考えてしまう自分にも嫌気が差す。
オレだって十分に恵まれるのは知ってる。けどよ……。
「あぁ……もう」
思わず嘆きたくなるくらいには自分が惨めだった。
*
オレは何故かは知らないけれど、物心ついた頃には孤児院にいた。親の顔なんて覚えちゃいないし、知った覚えもない。
その孤児院はけっこう貧しい所で……まぁ、裕福な孤児院なんて見たことないけどさ、ともかく貧しかったから孤児院にいたシスターと一緒にみんな汗水流してできることをやっていた。
「ソリッドぉ? これどこー?」
同年代、それか、オレよりかはちょっと若い女の子が籠いっぱいの木の実の運び場所を聞いてくる。
「それは……ライルのとこ!」
オレはその時孤児院の中ではリーダーみたいな感じだった。
みんなに頼られるうちにオレ自身も、ボイドみたいに言うなら天狗になっていた。
別に最初は孤児院の中の一人にしか過ぎなかったオレがこうなったのは一人の女子のせいだった。
オレの横で作業をしている女子、ジェシカ。あいつはオレが戸棚の整理をする横で、次々と整理するものを運んでくるけど、その足はやや震えている。
「無理すんなよ」
彼女とのきっかけはオレが当時ただの一人に過ぎなかった頃、孤児院の片隅でやるせなくポツンと座る煤けた茶髪をやけに伸ばした女子がいた。
孤児院での仕事があるから大体女子の髪は短いか、後ろで括っているかのどちらかで、真っ直ぐに伸ばしているのが常なやつは居なかった。
「何してんだ?」
「何手伝っても失敗しちゃうの。なんにもうまくいかない……」
確かにそいつは年齢に対して体が弱く、力仕事も出来なければ教養があるわけでもなく、手伝えることはほとんどなかった。
だからといっていじめられたりとかは無いけど、仕事を手伝えないことに何も思わない事が無いのはあいつ自身も、周りも当たり前で。
──でも、
「じゃあ出来るまでやればいいだろ? 手伝ってやるよ」
あいつがなんとなく放って置けなくて、無理矢理仕事に引っ張り出した。
自分の仕事を終わらせてから彼女に一応割り振られている仕事を一緒にこなした。
「これはここな」
「そこは……と、どかない。わっ」
棚に入れようとした荷物を取り落とす。
予想できていたのでそれを落ちる前に回収。代わってやれば良いかもしれないけど、それじゃあ意味がない。オレがいなくても出来なくちゃ。
「ほい」
「あ、ありがと。でも届かないや」
力が足りなくて腕をプルプルさせて項垂れることもしばしば。正直面白かった。それと、こいつが一人でやっていける未来も見えなかった。
……だけど、あいつは努力家だった。
あいつに取り組ませた様々な仕事を手伝っていると本来一人につき一つのルーティンのように組まれた仕事を覚えた。たいして学もねぇオレらは一人一つしか中々覚えられなかったし、新しいことを覚えるのも大変だから違う仕事をするという発想がなかった。だから、誰かが体調を崩しても周りが手伝えることは少ない。
そんな時に他の役割を見失って往生する同年代に指示したり、サポートしたりする内にいつの間にかオレもリーダーみたいになっていた。
「ソリッドも、頑張ってる、から。わたしも──うんしょっ」
ジェシカは次の整理物が入れられたそこそこに重い籠をオレの横に置きながら言った。
ひたむきに頑張るそいつ、昔とは真逆と言っても過言ではないあいつを見るとオレもやる気が出た。
でも、いつまでもそうはいかなかった。
「──いつになったら返せるんだっ!」
貧しい孤児院、その割には子供の数が多くて、故に養うのは大変で、借金をしながらなんとか回してみたいだけど借金取りに責められることも多く、あの日もその一つだった。
「すみませんっ! すみませんっ! あともう少しだけっ!!」
「流石にもう待てねぇ! 一人、貰ってくぞ」
「それだけはっ!」
シスターが借金取りの男の進路に体を割り込ませる。
「それで話はかたがつくんだ! 邪魔すんなっ!」
しかし易々と押しのけられてしまう。
そして、その男が目をつけたのは、そう。ジェシカだった。
男が目をつける程度には容姿が……人形と言えるほどに愛くるしいジェシカ。勿論片隅に座り込んでいた時はここまでじゃなかった。
けれど、仕事をこなし、筋肉も人並みにつき、体を動かしたおかけで、腹にご飯を相応溜めるようになって……そうして健康体になると間違えるように端麗だった。煤けた茶髪もいつの間にか艶が出て、肌も仕事で傷ついてところがあるけど、傷がないところは綺麗で、触ったらモチモチする。
それなりにでっかくなってからあの時のあいつがどれだけ綺麗だったかを余計に感じてた。
「丁度いいなこいつにしよう。あのおっさんの頼みも満たせる、一石二鳥じゃねえか」
「やめろっ!」
男がこの状況で少なくとも間違った事は言っていなくとも、それを感情的に許せなかったオレはその男を止めようとした。
なにかと働いていたり小さい子の遊び相手に付き合っていたオレは力がそこそこあり、ケンカの仲裁も出来た。だからこその自信もあった。
だけど、それは子供と子供の話で。
「うっせぇ! 邪魔すんなっ!」
蹴り一つでオレは壁に飛ばされて意識を失った。今思えばあっけなさ過ぎて笑っちまうな。
当然ジェシカも連れて行かれた。
僅かに残っている最後の記憶はあいつがオレに手を伸ばしていたような。そんな朧げな記憶。
それっきり、オレの伸びた鼻は見事に折れて。
現実を理解して、内心はもう何処かに閉じこもりたかった
だけど、オレの立場がそうはいかなかった。だから虚勢を張って、リーダーらしく強気を演じた。いつだって心は黒かったのに。
そんなオレの心を明るくしたのは一時期、村の用心棒で訪れた魔術師の男だった。
その魔術師はこんな辺鄙なところに来るとは思えないほど強くて、暇なときには孤児院のみんなに魔術を見せていた。
その男が使うのは炎。
シンプルに分かりやすいカッコ良さと強さにオレは惹かれた。
カッコ良さはオレも男だからってのはあったけど、もう一つはその力があればジェシカを助けれたんじゃないかって話。それだけだった。
寧ろその魔術師を妬んでしまった自分を嫌ってオレは子供達に囲まれる魔術師を遠目に見るだけだった。
唯一、遠目でも分かりやすかった爆炎の印だけを覚えて、魔力の使い方が分からずに結局諦めただけ。
そんなオレがなんだかんだで魔術じゃなくとも炎を使って普通に生きてりゃ会わねぇようなくそでけぇ蛇と向かい合ってるのも不思議な話だけどな。
二人と会ったのはその魔術師が去ってオレも体だけなら大人に近づいてきた頃。
村の設備の修理を請け負っていたらしい二人はその一環で孤児院に来た。
オレに目をつけたのはボイドだった。
変な眼鏡をかけていたボイドはオレを見て言った。
「面白いやつだな」
「何がだよ」
ボイドが気付いたのはオレの中にあるらしい沢山の魔力。けど、オレはそれを馬鹿にされたと思ってかみついた。孤児院のみんなにはあんまり怒ったりしないせいでつい知らない人間には感情をむき出しにしちまうことが多かった。
「誤解を招いたならすまん。が、……そうだな。お前はここを出たい欲はあるか?」
それは俺にとっては降って沸いた突然のチャンスだった。
ここを出るにしてもオレみたいなやつが仕事を探すのは簡単じゃなくて、村の仕事は多くはない。かと言って仕事を探すには他の町や村は遠過ぎた。
「──ある」
そんな瞬時の思考をしたオレはそれだけ言った。大した案もない。だけど過ぎる時間に焦るオレは迷わずに言い切れた。
「じゃあ、はじめの仕事はそうだな……とりあえず荷物運びだ」
突然見たこともないのが入ったでかい鞄を押し付けられて困惑はしたけど、不意に湧いてきた反骨心で仕事をこなした。
最初は二人が何をしてこんなところまで来ているのかは分からなかったけど、しばらく着いていく内にそれが古代技術に関係するの研究ということを知った。ボイドがそれを研究している理由は興味だと言われたけど、なんとなく他にもありそうとだけ思った。
魔力があるって言っても、それをオレには使えなくて、代わりに渡されたのは今も使っている錬金砲。使い方だけ教えられて、二人の仕事の手伝いをした。
二人についていくうちに湧いてきたのは劣等感。
錬金砲なんて物を貰った時に湧いたワクワク感は忘れもしないけど、結局自分の力じゃないことに気付いてからはやや頼りなかった。
ボイドは毎日紙に何かを思いついては書きつけて、それをひたすらに繰り返しては当てもなくオレとクオリアを連れて飛び出した。
当てもなさそうに見えたけど、意外と金は稼いでるらしくて、いい飯を食ったりとちょっとした贅沢もした。
けど、そういうことがあるほど大きくなるのは罪悪感と劣等感。せっかく孤児院から出たのに自分だけがこうしていいのかと、ジェシカを探さなくてもいいのかともう一人の俺が叫ぶ。
でも俺自身の力は何もなくて、魔術もまだ使えなくて、持っているのは孤児院にいたときの強気な虚勢だけで。
これを手放せばオレはまた元通りになるだけ。オレが魔術を使えれば変わっていたのかもしれないのに。
*
「ボイド、これどうすんだ?逃げるのか?」
さりげなく撤退を言う。
無理だ。あいつは倒せねぇ。
オレの弱音は珍しいと思ったみたいでボイドは目を見張った。けど、すぐに笑った。
「手はあるだろう?」
「はぁ? なんにもねぇじゃねえか」
「何を言ってるうちの大砲が、今こそお前の出番だ」
「ほんとに何を……」
こんな話をしている間に他の三人は炎を纏った大蛇をなんとか連携して凌いでいる。
チェシャとアリスがなんとか炎の薄いところを狙って攻撃を差し込むせいで大蛇も大胆な攻撃は少なかった。
それ故につなげている今の状況。
「魔術だよ。この前出せた筈だ」
「あんなのランタンの火よりもちっせぇよ」
「一度出たならやってみろ。それが出来なきゃ撤退だ」
「そこまで無理する必要ねぇだろ?」
「……何を弱気になっている。 お前の底なしの魔力量なら可能性はあるだろう?」
「何がだよ」
鳩尾に拳を喰らった気分だった。
だけど、魔力があるなんて一度も実感したことはない。そんな魔力があるならだせよ、オレ。
「……その弱気はジェシカとやらのせいか?」
「なんで知っ……」
続きの言葉が口から出ない。二人が孤児院に来たのはあれより後の筈なのに。
多分、オレの顔が分かりやすかったんだと思う。ボイドがすまなそうに眼を伏せて続きを言う。
「すまないな、シスターから聞いたのさ、お前を連れていく前に。一度も言い出さないから不思議だったが、いつものお前らしくない時がそうなのか?」
「──オレはいつもこうだよ」
なんだかんだ隠してきたのを今になってさらけ出すのはまるで喉を締められて脅されているようで。
「違うな」
だからとっさのにきた言葉に対応出来なくて。
「──ぇ?」
口から出たのは掠れ声で。
「少なくともお前が虚勢を張っていたとしても、それを貫いてきたならそれは虚勢ではない。少なくとも私も含めて皆が見たお前の姿は勝ち気で調子の良い小童だ。その姿で過ごした時間は嘘じゃない」
「何を言って……」
言っている意味も分かんねぇし、正しそうにも聞こえない。理屈とかよく分からないけど、ボイドが言う事にしては変だ。
「理屈がまかり通る世の中じゃないという事だ。お前が何を思っていたのかは知らん。だが、お前が今までやってきた努力は無駄じゃない」
ボイドはそこで息を吸った。
「虚勢だろうが胸を張れ! 見せるのは結果だけでいい。お前がどう考えようと結果が正義だ。ジェシカに見せたいお前の姿は一体なんだ?」
「──っ」
短く叫んだ後に要求したのは結果。過程はなんでもいいのか。
だけど、オレにとっちゃ分かりやすい。最終的にオレがジェシカに見せたいのはカッコイイオレだ。
いつかあいつを見つけた時に見た目がかっこよけりゃそれでいいんだ。
虚勢の否定じゃくて肯定。
理屈はおかしいけど、なんだかまかり通っている気もした。
「……わーったよ」
嗚呼そうだ。確かに今のオレは“らしく”ない。確かにジェシカにはこんなオレは見せられねぇ。
──理由はそれで十分だよなっ。
「じゃあ、やる事は分かるな?」
「へいへい。いつも通りやってやるよ」
とりあえず、あいつを燃やしたら良いんだろ?
左手の指で魔力を込める。
描くのは炎。憧れの炎。
けれど灯るのはちっせえやつ。
いいや、オレが頼れるのはコレじゃねえ。
錬金砲に火炎瓶を二つ分流しこむ。
そして蓋も閉めずに錬金砲を稼働させる。
中身が少しこぼれて服にかかる。
あちぃけど、どうでもいい。
吹き出される火炎放射。
狙うは壁面。大蛇とは真逆。扉がある方に撃ち出す。
着弾した炎、砲身を動かして炎を動かす。火の半円ができる頃に炎が消える。
「まだまだっ!」
今度は三つ。
出来たのは巨大な円。
溢れた瓶のグツグツいってる中身はオレに飛んできて服を焦がす。
次は四つ。
中身全部は入らねけども。
円を描く途中で左手で瓶を取り出して口で開ける。
体が熱い。干からびそうだな。喉もカラカラだ水飲みてぇ。
あと、こいつも熱い。右腕が燃え尽きそうだ。
だけど、あいつらに追いつくにはこれくらいしなきゃ無理だよなぁ!
完成する炎の二重円。
オレの魔力でできたならっ!
巨大な炎の二重円から紅蓮の業火が立ち昇る。
「炎だか氷だからしらねぇが、全部焼いてやってやらあぁ!」
極太の炎は大蛇の業火の海に沈める。
業火の中から悲鳴が聞こえる。オレの右腕からも何かが壊れた音がした。
はっ、ざまぁねえな。
腕が熱い。
何が蠢いてるみたいだった。
けど、それが何かは直感で分かった。オレが、オレがずっと渇望してた夢の力だ。
「今ならっ!」
指ではなく、手全体にそれを込める。
んで、左腕を二回回す。左手から光が漏れ出して軌跡を描く。
出来上がったのは二重円。
吹き出されるのはさっきよりも細いけど熱い、紅蓮の業火、憧れた真っ赤な炎。
業火が重なり、さらに太みを増す。
大蛇がだんだんデブになってくる。
「いつまでも吸収できるわけねぇよなぁ!」
ダメ押しにもっかい。
部屋全体はとっくに真っ赤に、真っ赤に。
大蛇が抵抗とばかりに蒼い炎を吐き出し始める。
「そうでなくっちゃつまんねぇよなぁ!」
さっさと倒れて欲しいけどな。だけど、見せるのはカッコイイオレだ。弱音を吐いてるだせぇオレは、見せたいオレじゃねぇ。
拮抗を始める紅と蒼
どこまでも紅い炎と澄んだ氷を思わせる蒼い炎。
「邪魔だっ!」
錬金砲を乱暴に引き剥がして右手で大きな印を描く。
腕が焼け爛れてなんか変だけどどうでもいい。
「燃えろぉぉぉ!」
炎は太い炎から極太の炎に。
拮抗が崩れはじめて、オレの炎が押し始める。
それを見た大蛇が下半身に氷の鎧を作る。
そして尻尾を引き絞り始めた。
「させない!」
チェシャが飛び出して、槍を投げる。
ほんとによく自分の武器をすぐに投げれるよなぁ。
チェシャの槍が氷の鎧を削るけど、それは一部のみ。
大蛇が喉を震わせながらオレに氷の礫を飛ばす。
「構わずやりなさいっ!」
オレの元にまで戻ってきたクオリアがオレに飛んできた礫を大盾で防ぐ。
「ありがとよっ!」
ここまでやってもらってミスっちまう訳にはいかねぇよ。まだやれるよなオレぇ!
腕に体を走る熱を込める。
再度描いた炎の印から火柱がまた登る。
崩れていた拮抗をさらに押し込んでオレの炎は大蛇を包む。
耳がつんざく悲鳴が聞こえた気がして、
大蛇が気球みたいに膨れたと思った瞬間。爆弾みたいに弾けた。
よく分からない赤い粉がひらひらと部屋を舞う。
「「ソリッドぉぉ!」」
チェシャとクオリアが飛びかかってきた。苦しいけど、離そうとは思わなかった。初めて、正真正銘のオレの力でつかんだ勝利。苦しいとかよりうれしさの方がずっとずっと大きかった。
苦しいからやめろって軽口を叩こうとして、視界がぼやける。二人の顔がよく見えねぇ。
──うん? 力が……入ら、ねぇ。
これにて三章完結です。
あとがきのようなものを活動報告にあげますのでご興味のある方は読んでみてください。