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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
第一試練:響くは獣王の雄叫び
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雄々しき雷鹿

 

 昼過ぎの探索者組合に駆け込む一人の男性の探索者。


 彼の装備に真新しい輝きはないが、しっかりと手入れをされた防具を身につける姿は新人でない、ある程度手慣れたものだった。


「はぁっ、はっ……おいっ! 誰かいないか!?」


 そんな探索者が息を切らし、革鎧を誰のものかも分からない血で身体中を汚した姿で駆け込んでくる。


 カウンター前までたどり着くと震えた膝に手を置いて肩で息をしながら誰かを探していた。


「貴方は……! 皆さんはどうしたのですか!?」


 その探索者をカウンターから出て相手をする受付の女性組員。どうやら事情を知っているようだ。


「ビック……ディアー、のいじょぉ──個体だ! お、俺たちはあいつにみんな……ハルクさんが伝えて来いって!」

「組合長に伝えます。誰か! すぐに彼の治療を! ……貴方は応急処置が済み次第詳しい位置を教えてください」


 息も絶え絶えな彼が残りの体力を振り絞って伝えた情報を聞き、周りの職員に指示を出すや否や女性職員は駆け出す。


 数分後、組員や有志で募った探索者と手の空いている組合職員で救助、小鹿の水飲み場にいる探索者の避難に向かうことが組合職員によって広められた。



 *


「早く進めよ! 後が詰まってる!!」

「ちょっと!? 押さないで!」

「痛ぇよ……誰か助けてくれぇ……」


 一匹の迷宮生物によって奔る電流の音が響き、いつもの静けさが失われた小鹿の水飲み場、元凶から悲鳴をあげながら逃げる新人探索者達。


 その集団の流れに逆らうように駆ける影が一つ。影は槍を持った少年チェシャ。


 迷宮生物も今となっては怯えたのか辺りにはどこにも居ない。


 彼の進路を邪魔するものはむしろ同業者しか居ない状況だった。


 彼の手には鉤縄ロープが握られている。


 本来は通り難く避ける道に使う鉤縄を十分に太い木の枝にひっかけてスイング、擬似的な低空飛行、跳躍をして障害物すらも厭わず駆ける。


 彼の耳に届く空気を裂く音。体にかかる空気抵抗を真に受けながら、勢いを落とさず走り続ける。


 枝葉の尖った部分が彼の露出している肌に傷をつける。それすらも構わず木々を潜り、人の波すらも飛び越えて奥へと進み続けた。


 奥へと進むにつれ、暗雲から鳴り響く雷鳴がよく聞こえ、人の姿は見なくなってきた。


 彼の進路を邪魔する者が減ったので鍵縄ロープを巻き、腕に通して獣道から並木道へと出る。


 そこへ妨害するように茂みから飛び出した小鹿、リトルディアー。


 本来であれば探索者の姿を見れば逃げ出す好戦的ではないそれがチェシャに向けて強い怒りを露わにして、未発達な角を向けて突撃してくる。


 チェシャは腕に通していた鉤縄ロープをウエストポーチに雑に押し込み、背中の槍を取り出した。


 彼の鋭い目つきが更に細くなる。


 最早見えているのか分からないほど細められた目が突撃してくる小鹿を見定め、視線に沿わせるように槍を構えた。


 子鹿に近づくにつれ槍を持つ手を連れて腕が引き絞られていく。


 間合いに入る半拍前、チェシャは槍を突き出す。


 愚直に繰り出された早く鋭い突きは小鹿の目を穿ち、血を吹き出す。


 が、どんな生物だって目を貫かれて死ぬ間近の痛みを感じても直前までに持っていた速度がなくなって急停止することはない。


 ほとんど相討ちに近い形で脱力した小鹿の突進を受けた。


 幸いなことに未熟な角はまだ鋭利ではなく、チェシャは小鹿の体当たりで吹き飛ばされるだけに済んだ。


 身体中に擦り傷を作りながらも、彼は立ち上がって駆け出す。


「もう、少し!」


 雷雲の真下は近い。


 *


 雷雲の真下。


 雷が何度も落ちた広場に立っていた木々は半分以上が焼け焦げて、燃え尽きているか中から折れてしまっているなどと緑に満ちた森の姿は変わり果てていた。


 大鹿の異常個体である雷を纏うビッグディアーは悠然と佇み、目の前に立つ老人を睨んでいた。


 老人の周りで並んで戦っていた探索者達は殆どが体中を血塗れに倒れている。


 継戦可能な人はビッグディアーの前に立つ老人一人と、数人の探索者のみだった。


 その老人、もといハルクは一人で戦い続けること数十分。満身創痍になりながらも救援が駆けつけるまでの時間を稼いだ。


 辛うじて動ける探索者達が手分けして重傷を負って死の淵に近い者を優先して離脱させている。


 しかし、重症を負ったものが助かるかどうかは怪しかった。それ以前に元凶を断てねばこの状況は終わらせれない。


 何人もの探索者が包囲網を形成し、じわじわと大鹿の体力を削ってゆく、探索者達にも負傷で脱落するものもいる中確実に追い詰めていた。


「早く倒れんかねぇ、さすがに老体には厳しいよ」


 ハルクは帯電した角に触れないように弾き、そのまま下がり別のものに囮を任せて休む。


 ローテーションと後衛による援護射撃によって繋がれる前線。


 第二試練を突破している探索者が居るならここまではなってはいなかったが、ないものねだりである。


「あの雄叫びがこねぇな。大丈夫かねぇ」


 元のビックディアーは雄叫びで聴いたもの思考を惑わせる正常を奪うものだった。

 それとのあまりの乖離を感じてか、疑いの声をあげるハルク。 


 そして迷宮は、神の試練は、安定など許さない。ハルクの危惧通り大鹿が歪な雄叫びを上げた。


「うっ……」

「いや!? 来ないで!?」

「やっ、やめろぉぉ!」


 雄叫びが響いた瞬間、立ちくらみが起きたようにしゃがみ込む者、突然発狂して見当違いの方向に武器を振り出す者などと戦場はパニックになった。


 幻惑を引き起こす混乱の雄叫びだ。


「畜生! ここでか!」


 崩れた前線を補うため駆けつけるハルク。範囲は狭く、後衛の術師や弓使いなどは大きな影響はないため前線さえ立て直せればまだ何とかなる。


「せめて引く時間だけでも稼がせてもらおうかね」


 ハルクと大鹿が再び見えた瞬間。


「っりゃあぁぁぁ!」


 上から落ちてきた一人の少年。少年は持つ槍を落下の勢いと体重を乗せて大鹿に突き刺した。


 完璧な奇襲。


 長い戦いで疲労も溜まり、ハルクに警戒を割いていたからなどの要因が重なって、大鹿はそれを避けれず深く突き刺さった槍に悲鳴を上げた。


 上から槍を突き刺して大鹿に跨ったチェシャはしばらく槍を動かして傷口を広げようともがく。

 だが、死に物狂いで暴れる大鹿に槍と共に振り落とされた。


 地を転がった彼をハルクが助け起こす。


「チェシャっ!? どうしてここに来た!?」

「話は後。手伝うよ」


 チェシャは静かにそう言って穂先が血で濡れた槍を構えた。真新しい防具を身につける彼は見るからに新人だが、少なくとも槍を使ってなんらかを相手するのに手慣れてはいた。


 それでも二人。心許ないことは事実。しかし、猫の手でも借りたい今、ハルクは彼の申し出を受け入れる。


「……雄叫びには気をつけるんだよ」


「分かった」


 揃って槍を構える二人の探索者。


 対峙する大鹿は先ほどとはまた異なる雄叫びを上げた。すると帯電していた角から電流が迸り、二人鬼襲い掛かる。


 その速度に二人は反応できず、痺れる筈だったが……。


「あれ?」


 二人には何も影響がなかった。


 それを見た故か大鹿は身を翻し、森の中へと駆けて行った。突然訪れた静寂をこの場にいる者が受け入れるのはしばしの時間を要した。


 *


 多くの重軽傷者を出してなんとか撃退に至った探索者達は病院にて然るべき処置をそれぞれ受けていた。


 小鹿の水飲み場はしばらく封鎖されることになり、第二試練を突破しているパーティ以上の戦力保持者に巡回の依頼をすると言う知らせも組合から発表された。


 よくも悪くも神の試練の産出物によって回っているこの都市からすれば、小鹿の水飲み場からの採集物が市場に出なくなるため不安の声も上がっていた。


 しかし、第一試練内の他の場所でも採集可能な物も多い。人々からの不満自体は少なかった。


 チェシャは比較的軽症であったため、一日で退院し、今後の相談をするために探索者組合へと向かっていた。


 嵐のような一日が終わったとは言えセントラルの様子は何一つ変わってはおらず、若干ピリピリしている。チェシャは晴れぬ顔のまま組合の建物に着いた。


 入って少し歩いた右手のドアを開けて、受付にいる職員に目的を伝えてから丸椅子に座る。


 彼の顔は締まっていて目つきも鋭い。

 少なくとも人に対してマイナスのイメージを与える物であった。


「チェシャさん、3番の机にどうぞ」


 職員に声をかけられて3番の仕切りへと入って椅子にまた腰掛ける。対面には幼さの残る少女、アルマ。その顔は少し怯えているようであった。


「チェ、チェシャさん? どうしてそんなに顔を顰めているのですか?」


 言われてから初めて気付いたと言うようにハッとしてから、チェシャはいつもの顔つきに戻った。


 チェシャの顔つきは優しさの欠片もなく、目つきが鋭いためいつもの顔でも怖がられやすい。


 それがいつも以上にとなれば彼女を怯えさせるのは容易いことだった。


「ごめん、ちょっと考え事をしてた」

「考え事、ですか?」

「それも含めて少し色々相談したくて」


 そう言ってから昨日の話を始めたチェシャは最後の異常個体のビックディアーからの雷撃が何故か無傷だったという話を終えて、アルマに反応を求めるように見つめた。


 少し視線を下げて思案するアルマは少し間を置いて首を振った。


「私には分かりかねる問題ですね……すみません」

「ん、別にちゃんとした回答が返ってくるとは思っていた訳じゃないからさ。とりあえず、この先どうしたら良い?封鎖されたし」

「その件なのですが、今回の件でチェシャさんにちょうどいいパーティと言うのが現在無くなってしまって……。」


 申し訳なさそうにアルマが頭を下げる。


「パーティが組めれば大迷宮に向かうのもアリだったのですが……。しばらくは子熊の遊び場で生計を立てることになるかなと」


 流石に単独で大迷宮は無謀だと暗に言うアルマ。

 チェシャも異論はない。


「だよね。でも、ここにくる探索者が増えるからちょっと……」

「ですよね……。第一試練の採集物で需要が大きい物は……子熊の遊び場と小鹿の水飲み場で採れる果実や植物ですし、これらは探索者たちの傷薬や解毒薬に使われますから尚更……少々稼ぎにくくなりますね」


 言葉を切ってまた続けた。


「しかし、現在チェシャさんがいける迷宮はどれだけ背伸びしてもさっきの二つのみです。チェシャさんを入れてくれるパーティが回復するまではここで生計を立てるしか無いですね……。でも、ここに人が集まるなら一人で採集に出かけても危険は少ないと思います」


 現実的な提案にチェシャは顔を少し歪めながら頷いた。

 とにかく仲間を見つけないことには何も始まらない。その仲間も今は見つからないとなれば八方塞がりの彼に出来ることはなかった。


「仕方ないかぁ。相談ありがと、パーティが来たらまた連絡お願い」

「承りました。気をつけて頑張ってくださいね」


 チェシャの軽い会釈に、丁寧にペコリとお辞儀をするアルマ。その丁寧な仕草に手をあげて返し、チェシャは組合を立ち去った。


 同日の午後、チェシャは準備を整えて神の試練へと来ていた。

 ハルクは現在療養中であるため、この場にはいない。


「おや? 一人かい? パーティを組んだ方がいいと思うが……」

「受け入れてくれそうなパーティが軒並みやられちゃったからさ」

「そうか……災難だな。まぁ無理はするなよ。小迷宮なら巡回している奴もいるし簡単には死にはしないさ」


 短い会話を交わして受付を済ませ、神の試練へと踏み入るチェシャの体は流れるように消失した。


 受付をする門の衛兵も次の探索者を相手にしているし、人波に遮られてチェシャが消える瞬間を誰からも見られることはなかった。


『アクセス権レベル1以上、又は特定項目達成者の存在を確認、グングニルへの転送を許可、実行します。』


 彼が帰る瞬間に聞こえた合成音声で響いたアナウンスも周りは誰も気付いた様子はなかった。


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