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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
第三試練:踊るは大蛇の氷炎
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探索・氷炎大空洞・3

 

「氷獣!」


 走って下がってきたクオリアの後ろからは狛犬の姿。


 前に出たチェシャと並んでからクオリアが大盾を構える。チェシャの槍には持ち手の部分にグリップが付けられていて冷気も通しにくいため咄嗟に取り落とさないようになっている。


 探索を繰り返せば氷獣との遭遇回数も増える。ならば慣れるのも必然。


 チェシャとクオリアが狛犬と相対した瞬間二人はそれぞれ横に飛ぶ。

 真ん中に作られた道からはソリッドの火炎放射。

 冷気によって防がれるが、同時に煙も湧き立つ。チェシャはその中に突っ込む。

 それと同時にアリスからの援護射撃。チェシャに当たらないように横に回り込んで、視界を確保してから発射している。


 冷気が広がる前に狙いを定められて撃たれた銃弾は正確に対象を捉えて爆発。

 全員に位置を教えながら攻撃を為す。


 チェシャはそれを目印に飛び上がって狛犬の脳天目掛けて槍を投擲。


 頭に槍を生やす狛犬。

 けれども第三試練の迷宮生物。浅い攻撃では倒れない。

 浅く刺さった槍を無視して、またも冷気を放出。


「させないっ!」


 それに蓋をするようにクオリアが大盾による打撃。

 先手を打った攻撃は狛犬の残り少ない生命力を奪う。

 瞬時に畳み掛けられた狛犬はその体をゆっくりと横たえた。


「ナイスー」

「随分安定したわね」

「もう六回目だからね。そりゃ慣れるよ」

「消費はかなりだがな」


 ボイドは嘆くように言った。

 戦闘する度にソリッドが錬金砲を撃っている。だからと言って、氷獣が最初に纏っている冷気は剝がしておかないと危険だし、チェシャ達の近接攻撃が通らない。

 よって、最低限の消費に抑えるためには仕方がない。それは分かっていても、パーティの財布を担う身としては気になるところだった。


「じゃあさっさと行こう」

「勿論だ」

「ちょっ。タンマっ」


 さっさと進む三人にアリスとソリッドは慌てて追いかけた。




 *


「本当に凍ってる」


 チェシャがかつては湖だったそれに屈み込み拳で凍った水面を軽く叩く。

 湖深くまでは凍っていないようだが、人が乗っでも割れる気配はない。氷の道が出来上がっていた。


「寒いし暑いし早く終わらせたい……」


 いつもならばこの非日常な光景に歓声を上げるであろうアリスは熱と冷気の落差にやられてくたびれていた。熱皮に近づいたり離れたりと温度が乱高下するものだから、暑さと寒さに彼女は参っていた。


「ならば早く終わらせないとな」

「なあなあ、この底? にいるのは迷宮生物なのか?」


 ソリッドが凍った水面を覗き込み、水底にいる何かを指差して言った。

 彼が指さしているのはイソギンチャクのような水底に張り付き、触手を生やした水生生物。

 職種の長さは人の腕の数倍程。氷で蓋をされていなければ、泳いで渡ろうとするものを捕まえて引きずり込まれること必至だ。


「それがアルマさんの言ってた水にいる迷宮生物って奴じゃないの?こんなところで戦うなんてゴメンよほんと」


 クオリアは重装備を鳴らして言った。

 階段にたどり着いた五人は次の階層へと降りる。

 また熱皮のせいで熱い空間にたどり着くと思いきや、広がっていたのはまるで氷中洞窟を思い出させる氷の迷宮。壁まで氷で覆われているわけではなく、あまりの寒さに壁が薄く氷漬けになっている。

 温度も上とたいして変わりないせいであったかくなるものだと思っていたソリッドが不満げに口を開く。


「寒いまんまじゃねーかよ!」

「予想外だな」

「ねぇ、ダグマ達はまだ来てないの?」


 チェシャが尋ねる。

 本来彼らはここまで一度来ているはずだった。しかし、彼らが来た形跡はどこにもない。大迷宮の入り口にも気球が無かった。


「カナン曰く準備をしてからと言っていた。実際それが本来のペースだろうな」

「ふーん。にしても今度はただの迷宮?」

「上で全部の熱皮を冷ましたからかも」


 アリスが推測を述べる。

 実際、地下二階は熱皮がなくなったあとの地下一階と似ていた。


「かも知れん……取り敢えず警戒して進もう。チェシャ、先頭は任せる」

「りょーかーい」

「あたしは?」


 クオリアが盾を鳴らす。

 重装備の彼女には寒い方が好都合なので、五人のなかで一番元気がある。


「後ろだ。暑くなる可能性もある」

「おっけー。早く次の迷宮に行きたいわね。ここはしんどいわ」

「案外次の方がしんどいかも知れんぞ」

「それは勘弁願いたいわね」


 クオリア真剣にそう言った。しかし、ボイドにはこの階層の仕掛けが何となく予想出来ていた。そして、彼の予想を裏付けるものはすぐに現れる。

 五人が歩みを進めて目にしたのは巨大かつ壮大な氷塊。透き通ったその先には階段が見えている。


「──やはり、さっきの逆か。面倒だな」

「どういうこと?」

「さっきは熱皮を冷まして迷宮の温度を下げて湖を凍らせた。今度は恐らく熱皮の逆……氷皮とでも称すとして、それを熱して迷宮の温度を上げてこの氷塊を溶かす。ということだろうな」

「じゃあ似たようなことをすれば良いわけなの?」

「そうだな。結局作業だ」

「えぇぇ」


 ソリッドが深く嘆く。

 環境的に厳しい場所をひたすらに探索するというのは下手な戦闘よりも体力を奪う。彼の嘆きも四人からすれば理解できる物であり、同じように感じるものだった。

 ソリッドが突然立ち上がり、ふと思い付いたように言い放った。


「これ、融かせねぇのか?」


 通路を埋め尽くす氷塊を叩く。その厚さは軽く二十メートルは超えている。これを融かすの錬金砲でも簡単にはいかないだろう。仮に出来たとしても、湯水のように火炎瓶をいくつも使って金と共に無理やり融かすことになる。


「そんな馬鹿なこと……」


 思考するボイド。

 ただでさえ迷宮自体の温度が低い中、これを融かすほどの火を用意するのは事実困難ではある。

 しかし、不可能かと言われればそうでも無い。勿論簡単では無い上、お金が飛ぶ。


「一度撃ってくれ」

「あいよっ!」


 錬金砲から飛び出した炎が唸る。

 氷にぶつかって氷を蒸発させ、煙を吹き出させる。錬金砲の炎が絶えて煙が晴れるとやや凹みの入った氷塊が現れる。


「……」


 その氷塊に近づいて調べるボイド。

 その最中、チェシャ、アリス、クオリアは暇を持て余して周りに採取物が無いかを調べている。


「取り敢えず一度戻ろう。可能かも知れん。出費は痛いがやる価値はある」

「ん? 帰るの?」


 チェシャが振り返って尋ねる。

 まだ迷宮に入ってそれほど時間は経っていない。戦闘も行なっていないためまだ外は明るいだろう。


「そうだ。備蓄の火炎瓶も持って来たい。この階層を無視できるならば安い出費だ」

「プール分で足りるかしら?」


 安い出費と言うボイドの顔はとてもそう思っているとは考えられないほど歪んでいる。まさしく苦渋の決断だ。

 クオリアが屈んだ姿勢から立ち上がり、備蓄の残量を思い出す。

 凍えるアリスとは対照的に彼女は熱いよりかは寒い方が得意なようだ。


「その辺りも考えなければならんが、取り敢えずその範囲内で検討する」

「そうと決まれば帰りましょ。休暇は大事、ゆっくり寝ましょう」

「じゃあ、久しぶりに本屋に行きたいな」

「あ、わたしも!」


 最近は移動時間も多く、迷宮の探索に消費される体力も多いためあまり使えなかった時間を趣味に充てられる事に想いを馳せる二人。


「帰るまでは油断するなよ」

「ん、ごめん」


 ボイドの注意にチェシャの顔から笑みが消える。こうなれば彼の隙は微塵もなかった。

 ソリッドはそんな四人を見つめて少し複雑そうにしていた。



 *


「何買ったの?」


 今し方買った本を抱えるアリスにチェシャは尋ねた。

 軽い足取りでスキップをするアリスはステップを踏みながら振り返る。ずいぶんとご満悦のようだ。

 楽しそうな彼女に思わずチェシャも笑みが零れた。


「この前の本の続き! ……チェシャは?」

「これ」


 チェシャが輪郭のはっきりしない少女が歩く絵の描かれた表紙を見せる。

 本にしては薄く、内容も少なそうだ。重厚かつ長旅の冒険譚や英雄譚を好む彼にしてはずいぶんと珍しいチョイスだった。


「不思議な少女? これって童話?」

「家で読んだことがあってさ、懐かしかったから」


 ここでの()はハルクの家ではなくチェシャの実家をさしていた。

 もう家など無いアリスは微妙な表情を一瞬浮かべたが直ぐにそれを消して代わりに笑顔を浮かべて言った。


「へー、今度貸してよっ」

「いいよ、読み終わったらそれ、借りてもいい? 俺もあれの続き気になってたからさ」

「うん!」


 夕日が沈む前の緩やかな時間。

 なんて事のないひと時。

 彼女の足取りは軽いように見えて、そのひと時ひと時を噛みしめるように強い音を鳴らしていた。

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