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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
第三試練:踊るは大蛇の氷炎
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最前線の探索者

 

「お疲れ」


 狛犬が霧散し、チェシャが槍を下ろした。


「お疲れさまっ」


 アリスがチェシャに寄り、二人はパンと気持ちいい音を立ててハイタッチ。

 日が経つほどに増す二人の連携。

 阿吽の呼吸、そう言いたくなるほどに二人の攻撃には隙が無かった。


 それを補強するのは安定感のある盾役のクオリアと強撃を飛ばすソリッド。それを組み込むボイドの指示と緊急時の魔術。


 五人の強さはシンプルな隙の無さにあった。完全無欠を個人で為す強さではなく、集団で為す。一人欠けては成立しないが、欠けていなければ机上の空論だ。


「あれを熱皮のところにまで誘導か。中々に面倒かつ困難だな。出費込みでも即殺が安全か……」


 思考の海に沈むボイド。


 彼自身は趣味も兼ねて考えに耽っているが、氷獣に対してソリッドが錬金砲を使うのならば、直接熱皮を冷やした方が早い。考える意味がないのに、思考の海に潜ったボイドをクオリアが引き上げる。


「考えるのは後っ。一度帰りましょ? 剣がダメになっちゃった」


 クオリアは熱と冷気に曝され、ひん曲がった剣を手からぶら下げて言った。


 彼女が使う剣はチェシャが使う武器と違って比較的安い鋼鉄製。

 

 彼が新しく用意した硬玉製ではない。

 耐久性、耐熱性、耐寒性どれにおいても弱いので、氷の化身のような氷獣とやりあって保つことがなかった。勿論、大盾に関してはその限りではない。

 むしろこれに関して言えば、五人の中で最も高価かつ堅牢な武具だ。


「すまん」

「ほんと、いつもだよなぁ」

「ね」

「でもそのおかげでしょ? いつも助かってるじゃない」

「アリス、ここは弄るとこだぜ?」

「そうそう」

「──この小童(こわっぱ)め」


 入れ知恵するソリッドと便乗するチェシャ。額に青筋を浮かべたボイドがソリッドの頭を掴む。

 ぎぎぎと油の切れたブリキのようにぎこちなく振り向いたソリッドが顔を青くする。

 同時に彼の頭に走る痛みにもがきだした。


「聞こえているぞ。純真無垢な彼女にそんなことを教えるな」

「痛い痛い!お前、どうしてそんなに力あるんだよ!?っあと、チェシャはいいのかよっ!?」

「体は資本。チェシャはまあプラマイゼロだな」

「オレはマイナスなのか!? それに、そんなこと言うなら体力を先に付けろよ!」

「時は金なりだ」

「ああもううぜぇ!」

「あははっ!」


 二人のやりとりに笑うクオリア。

 五人の強さというのは案外この辺りにもあるのかもしれない。



 *


「ん?」


 暗くなった居間のランプの明かりをつけたチェシャは食卓にあるそれの下の便箋に気付いた。

 届けたのではなく、出る前に置いていったのだろう。封はされていなかった。


「どうしたの?」


 キッチンで葉物の千切りを作っていたアリスがチェシャに反応する。

 彼はアリスの方に振り向くことなく、背中越しに便箋から手紙を取り出して掲げてみせた。


「……多分ハルクからの手紙」


 紙が擦れる音を立てながらチェシャは中身を開く。


 ”元気か? 今朝会ったばかりで聞くのもおかしいか。ともかく、昨日言った通り儂はしばらく家を空ける。

 次にいつ帰って来られるかは分からんがその時には何か土産でも持って帰ろう。行き先については教えられんから手紙は返さなくても構わん。お主たちの目的に集中しろ。

 何故お主たちが生き急ぐように攻略を進めるかは知らんが、それ相応の理由があるのなら止めはせん、が、無理はするなよ“


「……へへ」


 雑ながらもチェシャ達への心配が見て取れる文章にチェシャは顔をにやけさせる。

 親からの心配という名の愛を久しく受けていない彼にとって、心地よい物だった。


「気持ち悪っ」

「酷くない?」


 アリスを弄る時にしか見せないにやけ顔。それを見たアリスは鬱憤を晴らすように言う。

 チェシャは心底落ち込んだように体を椅子に落とした。


「仕返し。──で、手紙には?」

「読んでみたら? その間やっとくから」


 アリスは玉ねぎの色加減をチェシャに任せて手紙をチェシャから受け取る。

 そう長くはない手紙を黙読するアリス。黙読は一分もかからなかった。


「どう?」


 少しの間を置いてチェシャが尋ねる。


「わたしはあまり話した事が無いから分からないけど、良い人だね」

「でしょ?」


 チェシャは誇るように胸を張ってからアリスに菜箸を返した。


「じゃ、変わって」

「やってよ」

「ヤダ」


 二人が繰り返したつまらない口論の間に、玉ねぎは琥珀色を通り越して焦げ茶色になっていた。



 *


 五人は(しらみ)潰しに迷宮を探索し、熱皮を見つけては消火作業の如く冷やして処理する。そんな作業を繰り返した。


 一日一つを十回は繰り返す頃には怪我をしていた探索者というのも復帰したようで、軽く挨拶をする程度には会うようになった。


「今日はどのあたりを探すつもりなんだぁ?」


 戦斧を担いだスキンヘッドの巨漢──ダグマはボイドの持つ地図を覗き込む。

 身長は二メートル近くある彼。中肉中背のボイドを上から覗き込むと影が作られ、地図がよく見えない。

 ボイドが困り顔を見せるものの仕方がない。彼は諦めて振り返った。


「私達はここの分岐点の先の未探索の場所だな。地図を詰めて見て分かったが熱皮の場所は規則的らしい」

「マメな奴だな。俺にはよく分からんがな。カナン! こいつはどう言う意味なんだ?」


 巨漢が呼んだのは短い木製の杖握った女性。ホットパンツにブリーフと、やけに軽量化された装備の魔術師だ。メガネを押し上げて地図を覗き込んだ女性、もといカナンは言う。


「ここが地下二階への階段ですからここを中心、原点と見ればどの熱皮もここを対象に……つまり片側に恐らく十五。ならばもう片側に十五ということですね?」

「そうだ。貴方方が処理した分も合わせれば二十六、残り四つは恐らくこの四点。この迷宮の通路も恐らく対照的、だから残りの未探索部もこうなる筈だ」


 ボイドは地図に点線で未探索部分に書き込みを入れる。

 彼の言う通り、対照的な地図と推測で書かれた熱皮の位置も東と西で対照的な印がつけられる。


「なるほど、これは写させて頂いても大丈夫ですか?」

「ああ。こちらとしては先に進めるならこのくらいはお安い御用だ」

「感謝します」


 二人の会話の中詰まらなそうにしているのは双剣を背中に背負う小柄な青年。


「チェシャぁ。あいつらいつまで話しているんだ?」

「分かんない。取り敢えず話が逸れたら無理やり引っ張って行こう」

「それまでまたこのアチィ場所で待機か~」


 そんな発言に反応したのは一人の少年。


「今ならただで氷漬けにしてやるぜ? ナタクさんよ」


 錬金砲の金具鳴らすソリッドだ。

 空いた片手には氷冷瓶が握られている。瓶の中身も基本的に低温なので、ここでは心地よく、時々手に持っていた。


「そいつは勘弁願うなー。ダグマにやってきなよ」


 ナタクは巨漢の男、ダグマを指差す。

 ソリッドやナタクよりもはるかに大きい彼に悪戯を仕掛ける気には到底なれない。

 ソリッドは首を勢いよくぶんぶん横に振る。


「あいつ怖えもん」

「だよな!」


 悪戯話で意気投合する二人に苦笑しながらチェシャはボイドとカナンの会話に割り込む。


「そろそろ行かない? この暑さでじっとするのはしんどい」

「おっとすまない。つい熱中してしまったな」

「この話はまた後程ということで」

「ああ。また」


 見張りを受け持ってくれていたアリスとクオリアに合流して五人は地図上では点線で作られた場所を進む。


「凄いよね。三人って」


 クオリアと場所を入れ替えたチェシャがボイドに話しかける。


「そうだな。話を聞く限り元は五人だったらしいが……それでも尚最前線を進むのだから余程の理由があるんだろうな」

「聞かないの?」

「分かっているだろう?」

「うん」

「なら聞くな」

「うーい」


 チェシャ達も第三試練に来て、先人が開いた道を突き進むことの楽さ。新たな道を開拓する先人の苦労を知った。この迷宮とグングニルについて知っている五人はともかく。

 夢物語を追うカナン達三人は何のためにこの苦労を背負うのだろうか。いまだアリスについていくだけのチェシャとは正反対で。

 だからこそ、気になってしょうがなかった。



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