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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
第三試練:踊るは大蛇の氷炎
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探索・氷炎大空洞・2

 

 その日は熱皮はもう見つからず、五人は帰還した。迷宮全体の温度が体感できるほど下がったのは確認できたが、残りが幾つかも分からず、氷獣に遭遇していない為進捗として微妙なところだった。

 しかし、別の方での進捗はあった。


「ただいま~」

「ただいまっ」


 ドアを開けて誰もいない家の中に向かって言うチェシャ。それに続いたアリス。

 勿論返事が来ることを期待したものではない。あくまでも習慣。

 たまに、二人のどちらかが、一人二役でおどけて言うことがあるぐらいだ。


「おかえり」

「えっ」


 本来ならば帰ってくるはずがない声が聞こえる。そして、その声はチェシャの知るものだった。まさかと瞠目した彼はアリスを放って、靴を乱雑に脱ぎ走っていく。


「ちょ、ちょっと」


 突然のことに困惑するアリス。乱雑に脱ぎ捨てられた靴が二つ、地面に転がっている。

 彼女はため息をついた後、放り捨てられて可哀そうなチェシャの靴を並べた後に居間に歩いていった。


「ハルク!?」

「ああ、見ないうちに随分有名になったものだな。よう頑張った」


 声の主を探すチェシャ。その主、白髪老齢の男性を見つけると、声を張り上げた。

 居間にある椅子に腰掛けていたハルクが答える。彼はずっと入院していたので、ここで会うのは実に十数日以上会っていない。チェシャが時々見舞いに行くときにしか会っていなかった。


「もう元気になったの?」

「ああ。とは言っても仕事でまた離れるがの」

「そうなんだ」


 色々と話したいことは積もっていた。が、仕事と言われては何も言えず、チェシャは静かに肩を落とす。


「そう落ち込むな、また帰ってくるさ」

「ん」


 居間のドアが開き、遅れて入ってきたアリス。

 アリスはハルクとは面識がないので、目をぱちくりと瞬いた。彼女が彼について知っていることはすべてチェシャからの伝聞。存在自体は知っていても、実際に会うのは初めてだ。


「おお、あんたがアイスちゃんかい?」


 アリスという名が判明したことは当然ハルクは知らない。目配せするチェシャとアリス。

 彼らの共通認識は下手に迷惑をかけたくないこと。

 無言で偽名を押し通すことを決めた。


「はい、えっと……突然お邪魔してごめんなさい」

「いや、いいんだよ。おなごがいれば華やかになるからのう。どうせ儂もここを離れる身。好きにしてくれて構わんよ」

「ありがとうございます!」

「ハルク、仕事って?」


 アリスは大きく頭を下げる。話が切れたのを狙ってチェシャが尋ねた。


「儂の……上司にあたる人からの仕事さ、普段は何もないからここでお前さんのようなひよっこ──、もういっぱしか。ともかく、そいつを育ててやる臨時の職員をやっとる」


 懐かしむように窓の先に映るの遠くの景色を見ながら言った。

 その目に映るのは駆け出しのチェシャか、それともまた別の駆け出しか。


「今回のやつは勅令でな。恐らくこれが最後になるだろう。時々帰る予定だから気にするでない。最悪、手紙でも送るさね」


 二人を安心させるようににこやかに笑ってそう言った。穏やかな笑みにチェシャも反射的に顔を緩ませて頷いた。短い時間だが、彼はハルクを第二の親に準ずるものと認識していた。


「ん、そっか。仕事、頑張ってね」

「ああ。だからアイスちゃん。この家は好きに使ってくれて構わんよ。掃除もしてくれてるし寧ろ礼を言いたいぐらいだ」

「いえっ。借りてますからこのくらいは…….」


 謙遜しながらもその表情はやや嬉しそうなアリス。

 含みのない純粋な善意には思わず笑顔をこぼすようだ。


「そうか。なら今日は歓迎も兼ねて寄せ鍋にでもするか。チェシャ、買い出しを頼めるかい?」

「分かった!」


 ペンと紙を手に取り、ハルクの言う食材を書き留めるチェシャ。鍋物は二人の時は作っていなかったので、彼も乗り気だ。買う材料をメモするため、ペンを走らせる音が軽快に響く。

 アリスは既に家にある食材をハルクと一緒に切る係。お互いについて話しながら、エプロンを身に着けて台所へと歩いていく。

 こうして、何気ない一日が過ぎていった。



 *


 氷炎大空洞を探索する五人。

 氷獣が居なくとも熱皮を冷やすことは可能だと分かった為、ひとまず熱皮を探すことに目標を変えた。


「チェシャ君、恐らくこの方角、距離で言えば……この辺りにあると思う。これを目印に頼む」


 まだ埋められてもいない地図の空白部分に丸を描いたボイド。

 そのほかにも地図上にはピンと跳ねたチェックマークが何点かある。

 既に冷却が完了した熱皮だ。法則と言えるほどでもないが、熱皮を中心とした一定半径の円状に熱皮は存在しない。そのことと、彼が用意した道具によって残りの熱皮のおおよその位置を特定していた。


「すごい。どうやって?」

「本当に目安にすぎん。今の温度からすれば恐らくこの距離だろうなという目印だ」


 そう言った後に細長く、目盛りの入った棒を取り出した。中には銀色の液体がある。

 水銀の熱膨張を利用した温度計だ。周囲の熱が中の水銀へと伝導し、中の水銀がせりあがることで、メモリと照らし合わせて測定する代物。


「こいつは水銀でできた温度を測るものだ。この水銀がこの辺りの高さにあるだろう? 丁度この時と同じ高さだったのが昨日で言うとこの辺りだ」


 地図で示しながらチェシャに説明するボイド。チェシャはあまり分かっている顔ではなかったが、とりあえず頷く。中の銀の液体が高い位置にあると温度が高いということだけは理解した。


「とにかく、これを目安に頼んだ」


 それはボイドも気付いているため、話を締めくくった。

 彼に指示するべきは最終的な行動であり、意図は彼が疑問を持った時でいいと考えていた。

 これはソリッドにも通じる部分があるので、ボイドも慣れている。


「ん、任せて」

「ボイドーぉ。ひまぁー」


 胸を軽く叩いた後、また先頭に戻った。入れ違いで情けない声が後ろから。嘆きの主ことソリッド。

 迷宮生物が出現しないのは良くも悪くも──いや良い方なのは確実だろう。

 しかし、動きたい年頃。加えて性格なソリッドからすればさもありなんという訳だった。


「知らん。見ろ二人を抜かりない警戒具合だ」


 ボイドが指し示すのは先頭を歩くチェシャとその少し後ろをついて歩くアリス。

 クオリアがやや遅い進行なので、いつもより物陰に迷宮生物が居ないかチェシャは念入りに探している。

 無論、彼も人間。時間が経つにつれてやや雑になってはいたが、その分アリスが補っている。


「う。わーったよ」


 流石に真面目な彼らを見ては言えなくなって元の位置へと戻るソリッド。


「お前も良くやってるよ」


 薄く笑ったボイドの呟きは彼には届かなかった。



 *


 熱皮が近いのか、五人の周りの気温が上がってくる。

 水銀温度計もさっきより目に見えて目盛が上昇していた。


「多分あったよ」


 ボイドに報告に戻るチェシャ。額には汗がにじみ出ている、この暑さで先頭を歩き続けるのはかなりの労力だろう。


「多分?」

「暑いからちゃんと見てなかった」


 汗を鞄から取り出したタオルで拭いながらそう言った。汗を拭った後に水筒の水を勢いよく飲むチェシャを尻目にボイドが後ろを振り返る。

 見つかったのなら、今度はもう一人の少年の番だ。


「そうか。よし、出番だソリッド」

「うーい」


 暑さと道中の暇にやられてか、ソリッドがはっきりとしない返事でボイドから受け取った氷冷瓶の中身を錬金砲に入れる。こぼしたりしては大変だが、これを使って戦うのが彼の仕事。目を閉じていたって注げるぐらいの自信が彼にはある。


「こっち」


 そんなソリッドをチェシャは誘導する。

 その先には異常な熱気を放つ大蛇ほどの大きさの蛇が脱皮したような皮。

 それを視認したソリッドは無言で錬金砲を撃ち放つ。掛け声がない分いつもよりよく聞こえる錬金砲の駆動音。

 放たれた冷気の玉は縮小しながら熱皮に命中。大きな蒸発音を立てながら辺りを水蒸気に包ませる。

 それと共に下降する周囲の温度。

 二度目となっては慣れた手つきで上着を着込む五人。

 辺りの熱が無くなった故か少し暗くなったように見える。


「これで二つかー、後いくつなんだー?」


 ソリッドが伸びをしながら問うた。


「なんとも言えんさ。ゆっくり一つずつ潰していくしかあるまい」

「怠ぃなぁ」


 弛緩した空気。迷宮はそれを逃さない。

 気温が下がったところを狙っていたかの様に五人の足元に霜が落ちる。


「冷たっ!」


 アリスは足を覆う冷たさから逃げるように下がる。


「来るよっ!」


 槍を構えたチェシャが叫んだ。

 霜が降る先から来たのは丸でソリッドの錬金砲から放たれる氷冷瓶の弾の如く、冷気を纏う大きな狛犬。


「あれが氷獣か!」


 ボイドも慌てて距離を取り、クオリアは盾を構えて皆の前に立ちはだかる。


「ボイドっ!火炎放射は!?」

「頼むっ!」


 ボイドがソリッドに火炎瓶をソリッドに投擲。彼の低い運動センスから投げられた瓶は変に高い放物線を描きソリッドの元へ。

 ソリッドはそれを難なくキャッチし、瓶の蓋を開けようとした。


 狛犬の遠吠え。共に吹き寄せた冷気の波。

 ひょうと吹き寄せたそれらは五人の装備を凍てつかせる。

 ソリッドが開けようとした火炎瓶の蓋も一瞬で凍り付いて思う様に開けられない。


「畜生!」


 ソリッドは瓶を開けるために冷気から逃げる。


 狛犬は手始めに一番近くにいたクオリアに飛びかかる。それだけを見れば黒虎と同じようなものだが、それを補強するのは荒れ狂う冷気。それは熱を失った地面は摩擦の無い地面へと変える。

 攻撃に耐えるために踏ん張ったクオリアの足はそれに転ぶ。

 幸い、転んだことによって狛犬の初撃は当たらない。が、当然追撃が待っている。


 それを遮ったのはアリスの銃弾。

 獣の感故か、それが着弾する前には狛犬は離脱していた。

 離脱した狛犬は再度遠吠え。冷気が拡散する。


「っ!」


 狛犬を追っていたチェシャは突然の冷気で冷やされた槍の冷たさに思わず槍を取り落とす。洞窟内にカランと金属が落ちると音がよく響いた。


 その隙に飛びかかる狛犬。

 対するチェシャは太腿に刺しているナイフを抜こうとするが、冷気によって霜の降りた鞘から思うように抜けない。

 チェシャはすぐさまナイフを諦め、見事な程に素早く体を捻って狛犬の顔に蹴りを入れた。しかし、直接冷気に触れたことに、寒さを通り越して、痛みを感じたチェシャが顔を歪ませる。


 不完全な姿勢から放たれた蹴りは狛犬に大した影響を与えなかったが、クオリアが狛犬に盾を打ち付けることで追加の時間を稼ぎその場を凌ぐことを可能にする。

 思いもしない反撃によろめく狛犬。その隙にチェシャは地面に落ちた槍を回収した。


「チェシャ!離れろっ!」


 ソリッドの声。チェシャは振り向かずに大きく横に跳躍。

 錬金砲を構えるソリッドと狛犬の間に障害物は失われた。


「くらえっ!」


 轟々と放たれた火炎放射はよろめきから立ち直った狛犬に襲いかかる。

 響く狛犬の甲高い悲鳴。


 しかし、その悲鳴に呼応したかのように冷気も狛犬の周りに集まって消火する。

 水蒸気で辺りが煙に包まれる。五人は視界が悪い中、集まって狛犬を警戒する。


 煙が晴れた先には無傷ながらも疲れきった狛犬の姿が。心なしか纏っている冷気も少なく見える。

 それを見たチェシャは飛び出す。追随するように後ろからは発砲音が二回。


 今度はとっさに避けるほどの体力が狛犬には無かったのか、二発とも命中。前足から血が吹き出す。

 踏ん張っていた狛犬の前足から力が抜ける。前足から力が失われてはチェシャの槍を避けることもできずに狛犬はその身に槍を生やした。

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