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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
第三試練:踊るは大蛇の氷炎
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探索・氷炎大空洞

 

 寒空の下、空を征く一つの気球。

 その気球は雪山を越え、その先にある大きな空洞にたどり着いた。

 その空洞は熱気のせいか視界をぼやかすほどに歪んでいる。

 その周りだけ雪が溶けて地面が土が見えているのもより異質に見える。


「あっつい!」


 気球から降りてそれを畳んだ五人。アリスが暑さのあまり、着ていたコートを投げる。他の四人もすぐに防寒具からいつもの服装に戻る。それでもなお額に汗が浮かぶほどに熱い。


「落差が激しすぎるな」


 ボイドは額の汗を腕で拭う。あまりの汗に、細長い布巾を首にかけた。


「これ、俺の炎使えんのか?」

「氷獣なんて聞くからに炎が効きそうじゃないか」

「でもよ、こんな熱いところに居るんだぜ?」

「確かに、だがここで言ってても始まらん進むぞ」

「了解っ」


 チェシャが先行して迷宮内へと入る。クオリアが先頭でないのは暑さで動きにくそうだからという理由だった。現にセントラルでは暑く、第三試練では寒く、ここでは暑いと落差に揺さぶられた彼女はまるで溶けそうなくらい、締まらない顔のまま無言で最後尾を歩いている。

 階段を降りた先はまさに火山にでも潜ったかのようだった。先頭にいるチェシャが階段を降り切った瞬間に露出している部分がひりつくの感じて、顔を歪めた。


「暑いっ!」


 一番にコートを投げていたアリスが暑さに叫ぶ。叫んだところで変わりはしないのだが、だからと言って黙ってはいられないぐらい暑い。


「長時間はきついな、こまめに水分は取っておけ。それとなるべく早く氷獣と熱の皮を探そう」

「分かった」


 チェシャは暑さに呻く彼らを置いて少し先を進む。


「ボイド、氷冷瓶使うのはどうだ?」


 ソリッドが氷冷瓶を取り出して提案する。


「ありだが一時凌ぎにしかならん。緊急の時に取っておけ」

「分かった。けどよ、あいつどうするんだ?」


 ソリッドが示すのは暑さにやられて既にヘロヘロなクオリア。熱が作用しやすく、熱が篭りやすい鉄の鎧の為に彼女が感じている暑さは計り知れない。本当に溶けてしまいそうだ。


「頑張ってもらう他ないな。時々水を飲むように言うくらいだ」

「そっか」


 普段声を張り上げて皆を引っ張る存在がへばっているというのは中々に心配を煽るもので、ソリッドはチラチラとクオリアを気にしていた。自身の鞄を漁り、水筒を掴むと振り返る。


「クオリアー、水飲めよー?」


 少し後ろをついて歩くクオリアを放っておけず、自身の水筒を差し出すソリッド。


「ありがと」


 元気に振る舞う余裕なく素直に受け取り、中身を飲むクオリア。その様子を見たソリッドはペースを変えずに前を歩くチェシャに話しかけに行く。


「チェシャー、少しスピード落としてくれ」

「ん? ……あぁ、分かった」


 一瞬頭に疑問符を浮かべるチェシャだったが、後ろを見てすぐに納得した。

 いつもよりもやや遅い進行速度で進む五人。異常な温度ではあるが案外生命は屈強らしく、時々見かける植物を採取しながら氷獣と熱皮を探す。


「キノコ、生えるんだ」


 チェシャが今し方採取した赤色のキノコを見つめる。

 斑点もなく、茎部分も朱色で暖色に染められたそのキノコはあまり食欲を煽るようには見えない。


「食べれるのかな?」


 しかし、食欲旺盛なアリスらしい一言はこのキノコを美味しそうと考えていたことを示している。彼女の頭はきっとどのように調理するかで埋め尽くされているだろう。その証拠に彼女の口が少し開いている。今の彼女は異常な暑さのことを忘れることが出来た。


「流石に毒があるか分からないものを食べるのはやめてくれよ?」


 地図に視線を下げていた頭を持ち上げてボイドはアリスを咎める。

 迷宮生物に襲われて撤退はまだしも、未知の植物を警戒せずに食べて病院送りなんて情けない撤退はしたくなかった。


「はーい」


 素直にそれを自分の鞄に入れるアリス。しかし、少し名残惜しそうではあった。


「今日の夕食、キノコ入れる?」


 そんなアリスに思うところがあったのかチェシャは尋ねた。アリスが好む野菜は少ないので、スープに入れるのが安牌かと彼の中ではすでに構想が練られている。


「うん!」


 曇っていた顔を一気に晴れさせて言うアリスにチェシャは苦笑した。しかし、作り手として期待されるのは嬉しく、彼も満更ではなかった。

 キノコ以外にもシダ植物などが生えている。水分があるかどうかは定かではないが、環境に適応して種を繋いでいるようだ。赤色になっているものもその一環だろうか。

 ボイドはそれらの植物を見かける度、知らないものはウキウキと採取していた。

 粉などを防ぐため、防護マスクを被った上のことであり、彼がきっちりしているのがよく分かる。


「ボイドー、そんなもの何に使うんだ?」


 今し方ボイドが採取した螺旋状に伸びた茎にいくつもの小さな赤い花を咲かせた植物に対してソリッドは疑問を呈する。

 螺旋状に生えていること以外はどこかトマトに似た生え方をしているので、既視感も感じる。


「こいつか? 多分だが、火炎瓶の材料に使えるやつさ、材料代が浮くと考えれば美味しいものさ」

「こんな奴から出来るのか?」


 ソリッドは自分の使っているものの原料だとは信じれずに疑わしげにボイドを見やる。

 むしろ食用の実が生えそうなこの植物が火炎放射を放つ素材とは到底信じられなかった。


「いや、正確にはこいつが撒く胞子だ。今話しても伝わらんだろうからまた今度話そう、クオリアは大丈夫か?」

「さっき街で売ってる冷たい奴を中に入れたからマシだぜ?」


 ソリッドぎ鞄から冷気を発する小石を取り出す。周りの熱によって蒸発した水分の冷たい空気が辺りを漂う。彼らはこれがどこで採れるか知らないが、アルマから行く意味がないと言われていた狩人の森で採掘された鉱石だ。

 魔力を蓄積する魔石と似た性質を持ち、空気中から吸収した魔力を冷気に変換する代物だ。

 魔力に満ちている迷宮内では半永久的に冷気を産むので探索には便利だが、第三試練にいる探索者の数の関係上、まだ流通していなかった。


「ああ、あの石か。第三試練で取れるとは聞いたが結局見つからなかったな」


 ボイドはクオリアの方に視線をやる。

 ソリッドの言う通り、彼女は先程よりも元気そうに歩いている。


「なら大丈夫そうだな。にしても、その石はいつの間に?」

「こいつか? 今日宿屋のおっちゃんがくれたんだ。小さいけど三つくれたぜ、いつもご贔屓にうんたらかんたらって」


 ソリッドが声真似をして言う。ボイドはそれに軽くため息をついて返す。

 ただで貰ったならなんらかのお返しをするのが彼の信条だ。いつの間にかソリッドがそんなものを受け取っていたことは初耳だったため、何か返さねばとボイドは思案する。


「あの人の良さそうな人か、安くないだろうに」

「だよな。これ一つで三千ゼルだぜ? 三つありゃ金貨一枚と同じぐらい。……だよな?」


 計算に自信は無いのかボイドに確認をとる。その目は不安そうにやや揺れている。計算は合っているので、ボイドは首を縦に振った。


「ああ、合っている。その大きさなら半分程度にまで価値は下がるが……それでも十分すぎるな」

「でもよ、ボイドも同じことしてるんじゃねえの? 前におっちゃんが結婚記念日のプレゼントを探してるって言った時になんかあげてたじゃん」

「お前、よく見てるな」


 夫婦円満の意を示す白い宝石。迷宮探索の採取品であるそれをボイドは以前に宿の店主に譲っていた。それ自体が武具の加工には向かない、希少性以外の値はつかないからなどと理由があったものの、お金を取らなかった。

 普段は話を聞いていないのに、こういう時は覚えているのが癪に感じた彼は複雑そうな顔で肩を竦めた。



 *


「この先結構熱い」


 先行していたチェシャが補佐をするアリスと共に戻って来て報告した。

 汗をかきすぎて、体中の水分がへり、むしろ汗の量が減っている。そのこと気にしたアリスが彼に水筒を呑むよう言っている。


「何かあったか?」


 地図を書く手を止めてボイドが言う。

 後ろにいたクオリアが集まっていることに気付いて小走りで寄ってくる。


「どうしたの?」

「多分熱皮? あったかも」

「となると……後は氷獣の居場所か」


 チェシャの示す場所に印をつけたボイドは地図を閉じて言った。

 すでに先人がここを攻略するために熱皮を冷却しているので、最初にあった数よりは少ないだろうが、面倒な作業なことには変わりない。


「けどよー、今のところ迷宮生物は一切会ってねえぜ? けっこー歩いてるのによ」


 ソリッドの言う通り五人は歩くの速度こそ遅いが、迷宮生物には一度も合わなかった為、探索の進行速度という面ではむしろ早いくらいだった。


「そうだな……なら、氷冷瓶を試しておこう。ソリッド」

「そらきたぁ! ──的は?」


 意気揚々と錬金砲に瓶の中身を流し込み、まだ見ぬ迷宮生物に向けて錬金砲を構えるソリッド。

 が、的が居ないことにそこで気付く。さらに言えば、すでに予備は持っているのだから渡す必要もないことに気付いた。

 同時に、彼が狙うのは迷宮生物ではなく、熱皮であることもようやく気付く。


「あっち」


 チェシャが先導する。

 彼が示した先には大蛇が脱皮したと思うほどに大きい皮。綺麗に脱皮出来たわけでは無い為、やや崩れているがそれでも長いと感じるほどのものだった。

 そして、その皮から発せられる熱気は凄まじいもので、チェシャもその皮から十メートルよりは近づこうとはしない。遠巻きに眺めるのみ。


「あれに撃って」

「りょう、かい……だっ!」


 勢いよく放たれた冷気の玉は熱気によって大きさを小さくしながらも熱皮へと着弾。勢いよく蒸発する音が響く。蒸気と変わった白い煙が辺りを覆う。

 しばらくしてそれが晴れた時には熱皮の熱は収まり、熱皮だったものは黒い抜け殻になっていた。抜け殻になるのに伴い、辺りの気温も大きく下がる。


「へくちっ!」


 アリスが急激に下がった温度故かくしゃみをする。五人の服装は寒さを気にせず標準状態。寧ろ暑さ故になるべく軽装にしているほどであり、その状態で第三試練の本来の寒さに包まれるとこの有り様は必然だった。

 ソリッドも寒さに震え、チェシャは寒さによって冷たくなった槍を地面に突き立て手を離し、ボイドは鞄の中身を探り出す。クオリアに至ってはやや元気なくらいだった。


「一度引き返そう。この寒さはやってられん」


 ボイドの言葉に皆が頷き、早足でその場を去っていった。



 *


 まだ熱皮はあるようで、来た道をしばらく引き返すと五人の周りの気温が上がってくる。


「この煩わしい暑さが暖かいと感じるのも皮肉だな」


 ボイドは心地良さそうに目を細めるアリスを見て言う。変化する温度に翻弄されるのが癪に感じるらしい。体を縮ませている彼女を見て、チェシャが炬燵で丸くなる猫を幻視した。


「……猫みたい」

「猫?」


 チェシャの呟きはアリスに聞こえており、彼女はそれに反応する。


「こたつで丸くなる猫」

「……」


 理解ができなかったようでしばらく硬直していたが、不快だったらしくチェシャにデコピンをした。

 勢いよく弾かれた指を額に受けて、チェシャが仰け反る。


「いたた」


 彼女の華奢な指から鳴るには不似合いに大きさな音を鳴らした額をさするチェシャ。

 額を抑える彼に向けて苦笑しながらクオリアが言った。


「思っても口に出しちゃダメじゃない?」

「思ったままに生きていきたいから」


 突如ボケだしたチェシャ。彼が真顔で言ったのも相まってクオリアとそれを聞いていたソリッドは馬鹿だと腹を抱えて笑う。


「本当に出来そうなのも中々だな」


 それが通じない一名はその言葉を考察する。ボイドの頭の中ではソロの探索者として、機敏に動き回るチェシャの姿が浮かんでいた。

 怒って少し先を歩いていたアリスは聞き逃した今の一連の賑わいを気にして戻ってくる。


「どうしたの?」


 怒って離れていったのにまた戻ってきたアリスにチェシャは尋ねるも、アリスは複雑そうな顔をして踵を返す。彼女のプライドがチェシャに尋ねるのが許せなかったらしい。


「え?」

「いや、自業自得よ?」


 喋りかけたのに無言で離れていったアリスに困惑し、寂しそうにするチェシャ。

 クオリアが呆れて彼の肩を叩いてツッコミを入れた。

ちょっとした裏設定ですが、

第一試練の大迷宮にはオカリナ

第二試練の大迷宮にはドラム

第三試練の大迷宮には鉄琴

と、テーマの楽器を設けていたりします。あくまで雰囲気の一環ですがそう言った曲をかけるとより楽しめるかなと。

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