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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
第三試練:踊るは大蛇の氷炎
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緑中の暗殺者

 

 切り裂かれた鎧からクオリアが鮮血を吹き出してばったりと倒れる。


「クオリアっ!」


 ボイドの叫び。


「そんなこえっ、出さなくても、生きてるわよっ」


 苦しそうな声を上げながらも手をついて立ち上がるクオリア。


「下がって!」

「くっそ!どこからきたっ!?」


 突然のことで動けなかったチェシャが今度こそクオリアを庇い。アリスとソリッドは銃口を構えて警戒する。


「何をやられた!?」


 ボイドがクオリアに簡易的な止血をしながら問う。


「分からない、わ。多分、引っ掻かれた感じ?」


 クオリアは鎧をすらも貫通してついた爪痕のような三本の平行な赤い傷跡を見せる。大きさは熊の手程度。


「引っ掻かれた……。姿が見えない……考え得るのは擬態か。アリス君、周りに向かって発砲してくれ」


 アリスに指示を出して、一人思考の海に沈むボイド。

 アリスは他の探索者がいないことを確認した後に適当な方向に銃を発砲するが特に成果は得られない。

 とにかく円を組んで全方向に警戒態勢を取るが、敵は見つけられない。


 人間、最高の状態を維持して気を張ることは出来ない。

 いずれ気は緩む。慣れていないのであれば尚更のこと。

 アリスが引き金にかけた指の力が緩む。


 刹那。


 閃く爪撃と槍撃。

 打ち合った剛爪と鋼鉄が甲高い音を洞窟内にこだまさせる。


 現れたのは岩石の魔人。その手には似合わぬほど大きな、そして鋭利な岩の爪。一度クオリアの腹を切り裂いた岩の爪は血に濡れている。

 まるで壁に埋まっていたかと思うほどその体の色合いは迷宮のものそっくりで──否、彼らのいる通路の壁の一部が抉り取られたように無くなっていた。


 岩石の魔人を相手に、チェシャがアリスを庇うように槍で剛爪を抑えている。


 槍と剛爪の競り合い。

 チェシャはそれを放り捨て、アリスを後ろに蹴飛ばした後にスライディングで魔人の懐に潜り込む。競り合いを放棄された魔人は力の行き場を失い剛爪は空を切る。


 これでもない程の隙。チェシャは魔人の足の関節を狙う。

 槍を食い込ませ、乱暴に捻る。


 槍から嫌な音をたてて魔人の足の先が捻じ切れる。当然バランスを崩して倒れる魔人。

 しかし、槍ではこれ以上の有効打は無い。


「らあっ!」


 そこで使ったのは採掘用のハンマー

 しかし、ボイドが携帯しているものよりは小さく、身軽になるために耐久性などを削り、軽量化されたもの。

 鞄の中から関係のないものも巻き込んで無理矢理取り出したそれを魔人の頭に振り下ろす。


 岩が砕けるような音をたてて頭は粉砕。頭が崩壊すると、岩で出来た体も途端にがらがらと崩れる。崩れた破片が地面に転がり、霧散して消えた。

「ふぅ」


 戦闘が終わったことを確認し、チェシャが小さく息を吐いた。

 そして、ハンマーを落として壁に右手をつく。左手には槍を握ったまま。まだ力が込められている。


「ありがと。……でも、ちょっと雑じゃないかしら?」


 不意をついた一瞬の攻防に対応しきれなかったアリスがチェシャにお礼と文句を一つ。


「気、抜いたのが悪い」


 チェシャはアリスの額を指で突く。


「う、ごめん」

「無事ならいい」


 肩を落とすアリス。気を抜いてしまったのはアリスの失態。返す言葉が見つからず、素直に頭を下げた。

 チェシャもアリスを責めたいわけではない、下げられた彼女の頭を手で持ち上げる。

 まだ申し訳なさそうに目を伏せるアリスを一度わきに置いて、クオリアの安否を確認する。


「クオリアは大丈夫?」

「ピンピンしてるぜ!」


 ソリッドがクオリアが立ち上がるのに手を貸す。


「ピンピンでは無いけど、まあ大丈夫よ」

「だが、帰れるなら早く帰りたい。採掘地点はすぐそこだ、すぐに行こう」


 ボイドはクオリアの傷を気にして皆を急かす。

 少し五人が歩みを進めた先には赤鉄鉱の交じった岩石が。


「こいつか?」

「ああ、鋼玉は無色だが混じると変わるらしい。とりあえず似ていそうなものは掘ろう」


 クオリアを休むのを兼ねて後ろの警戒をする中、四人は採掘に臨む。


「ねぇ、この赤いのってルビー?」


 アリスが今し方取った岩石のかけらを掲げ、中にある白が混じって濁った赤色の鉱石を皆に見せる。


「流石に専門外だからな……無駄なものでないなら取っておけばいい」

「分かったわ」


 大事そうにそれをしまうアリス。

 どちらにせよ基本的に分配するのだからあまり関係は無いが、彼女は満足そうだった。


「ボイド! この青いやつは?」


 ソリッドが掘り出したのはアリスと似たように白が混じった青い鉱石。


「だからな……」


 答えるのが面倒なのか、そこまで言ってボイドは自分の作業に戻った。

 彼の言葉の意味は理解したのか、不服そうながらもソリッドも自分の作業に戻る。

 十分な量をとった彼らは迅速にセントラルへの帰路についた。



 *

 窓から差し込むオレンジ色の光が照らすのは病院の診察室の前で待つボイド、アリス、ソリッド。強張った顔を浮かべる彼らが見つめるのは診察室のドア。ドアが開き、クオリアが出てくる。


 アリスが跳び上がるほどの勢いで椅子から立ちあがってクオリアに駆け寄る。


「どうだったの?」


 アリスが病院の診察室から出たクオリアに問いかける。

 彼女が怪我をした腹の部分は病院服で覆われて見えていないため、その度合いは分からない。


「大丈夫よ、鎧を着てたもの。……ヒヤッとはしたけどね」


 笑いながらあっけらかんに言い切った彼女は怪我を負っているようには見えない。


「どのくらい休むの?」

「そうね……。傷口がしっかり塞がるまではダメだって、綺麗に裂かれたから逆に直ぐに縫えたけど抜糸も考えれば六日かしら」


 クオリアはお腹をさする。


「縫った?」


 ソリッドが首を捻る。


「自然治癒でも良いけどこっちの方が早いからね。お金は払ったから大丈夫よ」

「そのくらい皆で払う。変に気を使うな」


 ボイドが呆れて言う。二人も同意のようだ。


「元はと言えばあたしの不覚よ?」

「結果的にはそのおかげであいつは倒せた。かなりの利益もある、気にするな」

「なら分かったわ。お言葉に甘えるわ……ついでにコーヒーおごって?」

「甘えるのは良いが、開き直るな……」


 一転したクオリアにボイドは肩を落として首を振った。


「チェシャ君は?」


 周りを見回して首を傾げたクオリアは言った。


「チェシャならオレらが倒したあの岩野郎を報告するとか言って組合に行ったぜ」


 クオリアの問いにはソリッドが答えた。

 チェシャとはセントラルに戻ってすぐわかれている。換金も彼が必要な素材の量を他が知らない為適任だった。


「そう。結局、あの変な岩の人形は迷宮生物なの?」

「だと思うがな、まだ発見されてそれほど間は経っていない。組合に任せる他ないな」

「クオリアが回復したら大迷宮に行くの?」


 アリスが椅子に座って足をぶらつかせた。座っているので彼女の目線は傷があるクオリアの腹と同じ高さにある。見た目で見る限り、点滴もないので心配はなさそうだ。


「その予定だ。今日の収入ならクオリアの装備も整えれる。準備としては十分だ」

「第三試練はまだ突破されてねぇんだよ? んなら、オレらが番人ぶっ倒せばなんか貰えるのか?」

「名誉と賞賛は貰えるんじゃないか?」

「褒め言葉より金だぜ、金」

「風情もないやつだ」


 指で輪っかを作ったソリッドにボイドはため息を吐く。

 笑い声を上げるアリスとクオリア。

 待合室の雰囲気は緩やかなものだった。




 *


 チェシャとアリスは食卓について料理を二人で囲み食事している。


「それでね。ソリッドが褒め言葉より金だーって」


 唐揚げを頬張る彼女は先ほどの話をチェシャにしていた。

 楽し気に話すアリスの話を微笑みながら聞いていたチェシャが一つ頷いて口を開いた。


「うん。先に口の中片付けて」


 想像通りの返しがなかったことに不満そうにしながらも正論に従って無言で唐揚げを咀嚼して飲み込む。


「んんっ。そういえば、今日はお肉多いね」


 アリスが次の唐揚げにフォークを突き刺して言う。

 彼女の言う通り、食卓に並んでいる料理は唐揚げ、ベーコンの野菜巻き、メインのビーフシチューとパン。

 肉肉しい料理たち。


「野菜買うの忘れちゃったんだ」


 チェシャはビーフシチューにパンをつけて頬張る。

 彼の言う通り、チェシャが作る料理はバランスが良いものが多い。アリスの番の場合は肉肉しい時が多いため、チェシャが作るときにこうなるのは彼女からすれば珍しいものだった。


「へぇ、わたしはこっちが良いけどね」


 満足というのが分かりやすい彼女の満面の笑み。料理を作った者からすればそれは嬉しい者ではあるが、今並んでいる料理を毎日食べれば色々と問題がある。

 そもそも常人からすればこの量は過剰気味である。


「流石にダメ」


 無言でチェシャの目を見つめるアリス。無言の抗議。

 チェシャはその目を暫く無視していたが、やがてその視線に耐えきれずに言う。


「祝い事の時だけね」

「やったっ」


 憂うことなしとペースを上げて料理を食べるアリス。

 そのペースが故にビーフシチューが口元につく。


 チェシャはそれを見て席を立ち、キッチンから紙ナプキンをとって来る。


「ほら、拭いて」


 紙ナプキンを差し出すチェシャ。

 しかしアリスは話が聞こえていないようで両手にパンを握りしめている。


「……」


 チェシャは少し拳に力を入れるが、諦めて紙ナプキンでアリスの口元を拭う。


「んん!?」


 それに気付いていなかったアリスは突然口元に来た彼の顔と紙ナプキンに驚く。


「動くな」


 驚いた拍子にのけぞった彼女の頭を左手でおさえ、右手で拭いとる。


「はい、いいよ。もう少し綺麗に食べなよ……」

「──っ。……ありがと」


 目を伏せて礼だけ言うと、またアリスは一心不乱に食事に戻ってしまう。


「はぁ。──まあいいけどね」


 チェシャは先ほどよりも彼から表情が見えないほどに俯けてより加速する彼女の食べっぷりにまた汚しそうでため息を吐くが、自分の作った料理を夢中に食べてくれる彼女を見るその顔は嬉しそうだった。

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