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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
第三試練:踊るは大蛇の氷炎
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休養

 

 大鹿を倒したことで暗雲が少しずつ晴れていく。暗雲が隠されていた青空が満面に広がる。そして、鹿以外の迷宮生物が淘汰され、雷鹿の気配が立ち込める森が、いつもの穏やかで新鮮な空気が漂う森へと帰ってくる。


「お疲れ様」


 血塗れのチェシャはアリスに労いの言葉をかける。

 しかし、彼の露出している肌は火傷、擦り傷だらけ。そこから流れる血で塗れた彼が足を引きづっているのだ。アリスは反射的にこくりと頷いた後、彼に詰めよる。


「お疲れ様、じゃなくて! 大丈夫なの?」


 アリスは装備が痛んでいるのみ。肌は多少の傷は付いているだろうが、チェシャに比べれば微々たるもので彼女が彼の心配をするのは当然のことだった。


「セントラルまで帰ることぐらいはできるよ。それより、あの鉄球を撃ってた人にお礼を言いたいんだけど……」


 二人は共に戦ってくれた探索者を探すが、彼、彼女かは分からないその人は既にこの場には居なかった。


「居ないね。礼を言いたかったのに」

「当てるのすごく上手かったものね。わたしも参考にしたいな」

「全然違うんじゃないの? あれ、かなり山なりに飛んでたから」

「そうだけど、当て感? みたいなものをね」


 話をしている二人に近づく灰髪の男性。


「助けてくれて助かった。いつか必ず恩は返す」


 それに答えたのはアリスだった。


「気にしなくていいよ。でも、威張ったりはしないでね?」

「うっ……肝に銘じる」


 チェシャには分からないであろう会話。

 彼は頭の上に疑問符を浮かべるのみ。


「とにかく、助かった。いずれ借りは返す。何かあれば言ってくれ」


 一言交わしたあと彼は名前をアンセルとだけ名乗って盾を持つ探索者、ローダに肩を貸してパーティで去っていった。

 その入れ替わりでボイド達が二人に向かって走って来る。


「すまん! 遅れた……もう終わったのか?」

「うん、終わった。空も綺麗だよ」

「本当だ! さっきまでくっろい雲があったのに」


 チェシャは空を見ながら答える。

 ソリッドは同じように空を見上げて驚いた。もうすでに暗雲のかけらも見えない。


「本当にごめんね。肩を貸すわ、早く病院に行きましょう?」


 足を庇って歩いているチェシャにクオリアが肩を貸し、彼の荷物はソリッドが拾って運んだ。



 *


 アリスの容態はそれほど問題のないもので、服に隠れていたやや傷のある部分の処置をしたのみだったが、チェシャは全体的に表面的な傷が多く、特に左腕は炎症く、動かすことを止められている。骨にまで響く傷は無く、家での栄勝も可能だが、一日間は要観察とのことで入院する事になった。


「ひま……」


 白を基調とした病室。個室故にチェシャ以外の病人はここには居ない。

 傷は既に塞がっている。左腕を除けば動くのも支障はない。あまりに余った元気を持て余し、布団の上に自由に動かせる右腕をポンと落とした。

 その横では丸椅子に腰かけたアリスがナイフで林檎を剥いている。明らかに使い慣れていない包丁さばきは林檎の実ごと皮を剝いている。剥き終わった林檎は角柱だった。


「今日はダメよ。そんな傷じゃ探索にも支障が出るわ」

「けどさ──」

「ダーメ」


 いつもとは立場が逆な二人。正論を言っているのはアリス。

 ならばチェシャは黙ることしかできない。


「はいっ、剥けたよ」

「……ありがと」


 不器用な彼女が剥いてくれた不格好な林檎を礼を言ってから咀嚼するチェシャ。右腕はともかく左腕は下手に動かさないようにと厳重に注意された為、右腕のみを使って食べている。


 しゃくり、しゃくりとチェシャが林檎をかじる度、その音が静かな病室に響く。

 彼が林檎を食べている間、二人は何も話さなかった。


 チェシャはゆっくりと食べ終えた後に満足そうに息を吐いて窓に目をやる。

 外に出れないのがもったいないと感じるほど、清々しい快晴だった。昨日の昼間が暗雲に包まれていたとは到底思えない。


「考えてみるとさ、一日で暗くなって明るくなるって変だね」

「洞窟に潜ったようなものでしょう? 迷宮の外は晴れているんだから」


 林檎の皮を捨てたアリスは丸椅子に座り直してチェシャに言葉を返す。

 チェシャは窓から視線を外してアリスへと向ける。


「そういえば、探索はどうするって言ってた?」

「えーと、お金は稼がなくちゃ駄目って言ってたけど、三人でいいからわたしはチェシャは見張っておけって、ボイドが」

「えー」


 あからさまに落胆するチェシャ。探索をするならチェシャも呼ばれると考えていた彼の計画は破綻した。ボイド達はもとより三人で動くいていたのだからチェシャとアリスがいなくても探索活動自体は容易、当たり前の割り当てだった。


「動くつもりだったの?」

「当たり前じゃん」


 その言葉にアリスは怪我のないチェシャの足を叩く。


「いてっ」

「見張っておくのが正解ね」

「くそー」


 チェシャはむくれて布団に潜り込む。

 しかし動かない左手や怪我のせいもあって頭まで布団をかぶられず、あまり意味はない。


「……わたしを手伝ってくれるのは良いけど、あなたが傷つくのは嫌なのよ?」


 真剣なトーンで彼女が言った言葉を無視することもできず、チェシャは布団をかぶったまま言葉を返す。


「……ごめん、でもアリスも危険になるし、今回の件は何も関係ない、完全に俺の話だったから」


 一度痛手を与えたとは言え、負けと言っても変わらない戦いはチェシャの心にしこりを残していた。


「はぁ、間違ってはいないけれど、そんなことを言えばわたしのこともチェシャには関係ないでしょう?」

「──確かに」

「だからお互い様。ね?」

「ん」


 それっきりで止む会話。けれどその沈黙は二人にとっては心地よいのか、二人とも顔は見合わせていないのに不思議と頬をが緩んでいた。




 *


 翌日チェシャは無事退院したが、怪我が治っている訳もなくしばらく探索は出来ず、包帯で真っ白な左腕を煩しそうにしながら家で槍の手入れをしていた。生活には問題なしと医者から太鼓判を押されたものの、探索に行けなくては意味がないとチェシャは思っていた。


 彼の傍らにはチェシャが外に出ないように見張るアリス。見張りと言えども、気を張っている訳でもなく、読書をしているだけに過ぎない。


「新しい槍、買おうかなぁ」


 ふと思いついたように言ったチェシャ。


「壊れてないのに?」

「これもそこそこ良いやつだけどさ、多少肉が硬いくらいの奴ならどうにか出来る奴が欲しい」

「ふーん」


 武器が変わる事のないアリスからしてみれば分かりにくい話なのか、相槌を打つのみ。


「あ、そうだ。第三試練で何か丁度良い鉱石を探せば良いんだ」


 手を叩くチェシャ。


「どうして? 作れないでしょう?」

「持ち込みに使う。安くなるからね」

「へぇ、凍結地底湖にあったものじゃ駄目なの?」


 凍結地底湖の採取地点は主に鉱石。現金とは別に二人は換金せず、持ち歩ける財産としていくつか持っていた。


「あっちはなぁ。宝石寄りのものしかないから」

「どういう事? 宝石は硬いんじゃないの?」

「硬いのと割れないのは別。俺も試したことはないけど、傷は全くつかなくてもハンマーで叩けば簡単に割れるのもあるんだって」


 アリスのいうことは正しくもあり、間違いでもある。主に硬さを示す硬度は傷つきやすさ。それは割れにくさを示す靭性と等式関係ではない。


「割れちゃうんだ」

「そう。だから、穂先に使えるのが無いかなって。柄も鉄より木材のほうがいいけど、強度が高いのが無くてさ……」


 槍の穂先を拭きながらチェシャは言った。


「武器屋さんに行ったら何かあるの?」

「ううん、これ以上の奴はすごく高いやつしか無いんだ、素材の関係でね。だからどっちにしても持ち込みしなきゃってわけ。でもさー、どれがいいとかわかんないし、んー……」


 低く唸るチェシャ。アリスはそういった知識に明るく無いようで、ほとんど相槌を打つのみ。


「じゃあ武器屋さんに聞いてみれば?穂先に会う鉱石」


 チェシャはそう言ったアリスの方に素早く向き直って。


「天才っ!」

「……馬鹿なの?」


 チェシャとアリスはチェシャが槍を買っている店に行くことになり、外に行く行かないで一悶着あったものの、アリスが付いていけば良いという結論に至った。


 大通りに出てからまた来た方向とは反対の路地の方に入る。細い道に入ってすぐの所にあった店。

 看板には”八百万“とだけ書いている。


「本当にここ?」

「繫盛してないけど、サイモンのとこよりかはマシだよ」

「それ、言ったら怒られるからね?」


 苦笑するアリス。するとチェシャがため息を一つ吐いて言った。


「すでに一回やらかしてる」

「全く……」


 アリスの非難の視線から逃げるようにチェシャが八百万のドアを開けた。

 バー・アリエルのようにベルは付いておらず、響くのは古いドアが軋む音。


「あっ! いらっしゃいませチェシャさんっ! 今日は──、どうしたんですがその怪我っ!」


 店に入ったチェシャ達を出迎えたのはアリスよりも幼い銀髪の女の子。

 彼女はチェシャの顔を見て顔を明るくさせたのちに腕に目をやって驚く。


「ちょっと強いのが居たから。おっちゃんは?」

「お父さんは今出かけてます。姉さんなら居ますよ?」

「呼んでもらっていい?」


 女の子は強く頷いてカウンターの裏へと走っていった。


「えーと?」


 思ったよりも処理する情報が多かったのか硬直するアリス。


「あの子はこの店の店主の子供、レイラ。お姉さんのライラと一緒に店番してる。多分俺より物覚えはいい、かな」

「あははっ!」


 同意見だったのかツボに入るアリス。


「そこまで笑われると傷付くよ? ──で、店主のおっちゃん、ザクロって名前なんだけど、その人がここの武器とかを作ってる」


 八百万、そんな名を掲げるだけあって、武器だけで無く、消耗品や防具も置いている。しかし、それらは実用性を重視しているのか、どれも装飾のすくない無骨なデザインだった。店内は土地が高い大通りに店を構えていないが為か、そこそこ広い。


「いつもここで買ってるの?」

「うん、ボイドから支給される分以外はここだね」

「へぇー」


 店内を物色し始めるアリス。

 チェシャは先ほどの幼子よりも大きい銀髪や顔立ち含め、容姿がそっくりな子が店の裏から出てきたのを見かけてそちらへと移動する。


「いらっしゃいチェシャさん、何かご用ですか?」


 武具を扱う手前、汚れるので服は飾り気なしの作業服に前掛けを着込み、髪をてっぺんでお団子に纏めている少女──レイラの姉であるライラはにこっと微笑み、チェシャの要件を尋ねる。


「槍の穂先に使う金属で強度が高いのを探しているんだけど、何かある?」

「ええとですね……。靭性が高いのは……」


 彼女は抱えている大きな本のページをめくる。何かの図鑑のようだ。


「チェシャさんが今使っている槍はスチール製ですよね?」

「そう」

「でしたらミスリルがお勧めなのですが……」


 ライラは少し言い淀む。着飾っているわけでもなく、化粧もない。それでも憂い顔の彼女は


「が?」

「チェシャさんは第一試練に採掘ができる小迷宮が発見されたことは知っていますか?」

「うん、知ってる」

「そこで鋼玉が取れるらしくて、それをお父さんに加工してもらえれば安く済みますよ」

「鋼玉?」

「とても硬くて、凄く高い研磨剤にも使われます」

「でもそこで採れるなら安くなりそうだね、その研磨剤」


 セントラルの経済は良くも悪くも神の試練からの産出物を中心に回っている。

 探索者組合は神の試練の攻略を推してはいるが、経済は第一試練で採取専門に活動する探索者が回していると言っても過言ではない。


 勿論、第二試練以降の産出物も同じく経済を回してはいるが、そこへ行く探索者が少ない以上、一般的なものではない。


「私も期待したんですけど、サイモンさんが言うには鋼玉が取れる場所はかなり奥にあるみたいで、その場所は第一試練に出てくる迷宮生物とは違うんです」

「そうなんだ」


 試練というスタイルを少し崩しているその小迷宮にチェシャは驚く。


「ミスリルは高いですし、この店に回ってくるほど流通していませんからそちらを狙ってみるのはどうです?」

「ん、そうする。ありがとう。手に入ったら持ってくるって伝えておいて」

「はい! 良ければ買取も行うので余分にどうぞ!」


 話慣れている故の少し強欲、商魂たくましいとも言えるお願いにチェシャは笑いながら頷きを返した。


「アリスー。帰るよー」


 短剣の棚を熱心に見ていたアリスはチェシャの声にハッとして小走りでチェシャの元へ戻ってくる。


「良いのあったの?」


 熱心に見ていたアリスを見て、チェシャが尋ねる。棚を見ると、綺麗に陳列していたはずが少し崩れている。元の位置から動いていたのは二つの短剣。

 片刃のナイフとアリスの小さな手に収まるダガー。値札を見る限り値段の差はないが、どちらも気安く買える値段ではない。


「ちょっとね。でも持ち合わせがないからまた今度にする」

「そっか」


 今度硬玉が手に入った時に値下げを吹っ掛けようかと考えながら、チェシャはドアノブを捻った。

 節制した分は彼女の好きな甘味に消費されるが、彼女の喜ぶ顔が見られるならと思考を他所に置いていると、後ろから聞こえた声がチェシャの思考を呼び戻す。


「またの御来店をお願いしますっ!」


 二人はライラの張り上げた声を背に店を出た。


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