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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
第三試練:踊るは大蛇の氷炎
41/221

再戦

 

 セントラルに帰還したチェシャ達。

 探索者組合に何か情報がないかをチェシャが聞きに行く事にはなったが、遅い時間だったため、明日の昼にまた集合となった。


 現在は翌日の朝。チェシャが探索者組合に入ると組合の中がやけに騒がしかった。職員が走り回ったり、カウンターの外に出た職員が誰彼構わず探索者に話を持ちかけたりしていたりと見るからにいつもとは違う。


 チェシャは比較的話慣れているサポート受付の職員に話しかける。


「何かあったの?」

「あ、チェシャさん! ……お時間は大丈夫ですか?」

「一応大丈夫だけど……」

「小鹿の水飲み場に()()出たんです!」

「──っ。ほんと?」


 静かに息を飲み、チェシャが訝しげに聞き返す。また──つまり以前に現れたビッグディアーの異常個体。多くの探索者に被害を与えた災害だ。辛うじて、ハルクを主とした探索者たちの奮闘によって何とか撃退に至ったが、死体は確認されていなかった。


「現在第二試練に進出している方にお願いして討伐に向かって頂いています。……が、前回の被害を考えると今回は前回の程度では済まない可能性が高く……。第三試練に進出している方も一人向かって居ますが、その方の戦闘スタイルは相性が悪いのです」

「前回と何か違う点は?」

「雄叫びが混乱させるものではなく、衝撃波に変わったとだけです」

「分かった。仲間に相談してくる」

「ありがとうございます! 出現しているのは──この辺りです」


 小鹿の水飲み場の地図をチェシャにみせ、該当の場所を示す職員。そこは以前に現れた時と同じ場所だった。


「──ありがと」


 不思議な因果を感じたチェシャは走って組合を出た。



 *


「本当に来るの?」

「当たり前でしょ! 一人で行かせてどうするのよ! それに、助けられてばかりじゃ居られないものっ」


 暗雲が立ち込める小鹿の水飲み場を走る二人、チェシャとアリス。二人とも装備は探索する時のものに変わっている。極寒対策は必要がないので、防寒具もない。重い装備に慣れていた二人には新鮮味があった。


「言伝もシェリーさんに頼んだから大丈夫よ。みんななら来てくれる。それよりもチェシャを一人で行かせる方が危険だし」

「はぁ、分かったよ」


 集合時間にはまだ早い時刻だったため、当然バー・アリエルにボイド達はまだ来ておらず、店番をしていたシェリーに伝えてもらうよう話を通してきた二人。

 アリスがここにいるのは最初にチェシャがアリスにこの話を伝えたからだが、チェシャがアリスにしてもらいたかったのはボイド達への伝聞。


 しかし、彼の想定とは異なり、居残りを嫌ったアリスが反対してチェシャについて来ているのが現状だった。


 辺りは暗雲に覆いつくされていて、セントラルからは見えた青空も今はもう見えない。彼らが目的地へと近づくにつれ轟く雷鳴の音が増していく。


「ひゃっ」


 さらに勢いを増した雷鳴に動揺し、アリスが情けない声を上げる。そんな彼女にチェシャが呆れた目線を送った。


「だから言ったのに……。前回のことも考えれば番人レベルだよ?」

「前回は知らないけど……。でも、そんな事を聞いて尚更一人で行かせると思う?」


 むくれるアリス。チェシャの話を真に受け取れば、危険な相手に一人で向かおうと言っているのだ。アリスの言っていることは実に正論で、反論できないチェシャは困った顔をして頭をかいた後、軽く頭を下げた。


「ありがとう」

「それで良いのよ」


 それほど広いわけでも無い小鹿の水飲み場。出てくる迷宮生物も少なく、唯一出てきたのはリトルディアーぐらいだった。本来であれば探索者の姿を見た途端脱兎のごとく逃げ出すはずの小鹿は二人の行く手を阻む用意立ちはだかり、荒い息を鳴らして睨んでくる。


「来るよ」

「分かってる!」


 ひときわ大きな息を鳴らした後に、リトルディアーが勢いよく地を蹴飛ばして突撃してきた。柔らかい土に蹄の後を残しながら突っ込んできた足をアリスが素早く撃ち抜く。バランスを崩したリトルディアーがよろめき、蛇行しだす。


 勢いが緩んだ瞬間を狙い、チェシャが脳天に一撃。鮮血を噴き出し、ガクッと力なく崩れた小鹿が霧散する。瞬殺したそれに目もくれず二人は再び走り出す。


「……」

「どうしたの?」


 アリスはチェシャが少し顔を緩ませていたのを見て尋ねた。


「前はてこずったからさ」

「わたしのおかげね」

「そう言う意味じゃ無いけど……ありがと、頼りにしてる」


 いつもよりも素直な返しをするチェシャに面食らったアリスは数秒の間を置いて彼に笑顔を返した。その後はリトルディアーに出くわすこともなく、速度を落とさず森を駆け抜けた二人はあっという間に目的地である雷雲の中央、雷鳴がが鳴り響く元に着いた。


 そして、そこで平がっている光景もどこか既視感の感じる惨状だった。


 血塗れの探索者達が倒れ、あの時に居たハルクの代わりのように六人の探索者と様々な小道具を身体中に身につけてコートを羽織っている探索者が居た。


「あの人たち──」

「知り合い?」

「ええ、まあ。ほんの少しだけ」


 以前いにバー・アリエルでアリスに話しかけてきた探索者たち。気に入らない人達だが、別に彼らを助けない理由もない。無視するのも彼女の良心が痛むのでそれは出来なかった。


「そっか、尚更助けなきゃね」


 縦横無尽に駆け回る一人の奮闘と六人でなんとか凌いでるように見えるパーティは見ただけで動きが違うため、良くも悪くも区別はし易いものだった。


「あっちがやばいかな」


 チェシャは六人パーティの大盾を持って前線に立つ男性へ大鹿が突撃しに行ったのを見て、フォローへと動く。回避を諦めた大盾使いは深く腰を落として、大鹿の突進を受け止める。しかし、突進の勢いを殺しきることが出来ず宙を舞って吹き飛ばされた。


「っ──!」


 大鹿の体当たりで吹き飛ばされた男性の着地点に滑り込んで彼の体を受け止め、地面に横たえてから大鹿の追い討ちを槍でいなす。


 帯電する角と槍が硬質的な音を響かせる。その間を縫うように飛来した銃弾は大鹿の表皮を傷つける。が、血を出すには至らない。


「ごめん、あんまり効かない!」

「分かった!」


 アリスの報告に返事を返し、チェシャは注意を引くために積極的に攻める。


 避け易い大振りの攻撃を大鹿の足元に振るい、避けさせることで時間を稼ぐ。

 アリスは先日彼女に話しかけていた男性に近寄る。


「大丈夫?」

「あ、ああ。だけど、ローダが」

「あの盾の人?後ろの女の人に手当てしてもらって」

「わ、分かった! すまん! 誰かローダの手当てを!」

「あなた、何が出来るの?」


 アリスはチェシャのフォローに時々銃弾を大鹿顔に撃ってプレッシャーをかけながら男性に問う。


「剣と、魔術。だけど魔術が思うように効かないんだ」

「どう言う魔術?」

「相手の動きを止める魔術。敵が強いほど効果薄いんだ……」


 肩を落として言う男性。

 探索に向いているかどうかは、敵が強い時に効果が弱いと、今のような非常時の時間稼ぎ程度にしかならず、微妙ではある。勿論、場合によっては大きな効果を出せるのも事実だ。


「確かに今じゃ弱いわね。後ろの人たちは何が出来るの?」

「弓と魔術だよ」


 アリスが後ろの女性達に目をやる。

 弓を矢筒を持っている人と杖を持っている人。良くも悪くも分かりやすい。

 しかし、あまり動こうとしないあたり有効な攻撃手段がないのが窺える。


「頼りにはならない……か。とりあえずわたし達で受け持つわ。盾の人の処置だけは早めにね」

「分かった」


 アリスは彼らから離れて射撃を続行。

 大鹿は大したことのない攻撃をするチェシャより、危険性の高いアリスを標的に変えて突撃する。


「こっち来ちゃうかぁ」


 アリスが退避しようとすると、突然大鹿の角に鉄球がぶつかる。重厚な音を立て、強打を与えた鉄球の重量に角は折れずとも大鹿はよろめき、怯む。


 鉄球の元を辿れば、木の上に先ほど駆け回っていた探索者が。コートを羽織ってフードを着ているため性別や体格は推測できないが、スリングショットを手に持っていることは認識できる。


 大鹿が持ちなおし、鉄球を飛ばした探索者に向かって頭を振った。

 すると、帯電している角から電流が迸り、雷撃が探索者の木に落ちる。


 当然木は轟々と炎上する。探索者はすでにそこから飛び降りて事なきを得ていた。

 雷撃の隙をついてチェシャが大きく跳躍して大鹿の背中に槍を深く突き刺した。


 大鹿の背中には前回チェシャがつけた傷の跡が残っていて、今回も同じ場所に槍が刺さる。


「──ッ!」


 古傷の為か、悲鳴を上げる大鹿は辺りを暴れ回り出す。


「無理、か」


 チェシャは槍を諦めて、大鹿から離れる。


 暴れる大鹿の周りには小さな雷撃が何度も落ちて近寄れない。


「そこの魔術師さん! あの火消せる?」


 その間にアリスは六人パーティの女性陣に声をかける。


「は、はい! 水の魔術なら!」


 金髪を後ろに括った女性が前に出て答える。


「大鹿はこっちでやるから消火をお願い!」

「分かりました!」


 アリスは何度か発砲し、弾を詰め替える。そして、暴れる大鹿の角に発砲。

 着弾した弾は爆発し、大鹿の角が一本折れる。さしもの大鹿もそれには怯み、雷撃が止む。


「ナイスっ!」


 チェシャはその隙に接近して、血と共に槍を抜く。ついでとばかりに、持っていた短槍をその場所に突き刺してアリスの元へと下がる。


 項垂れる大鹿。

 ある意味不気味なその姿は辺りに緊迫した空気を漂わせる。


 ~~~~ヴゥゥン!


 突然、顔を持ち上げて咆哮。

 雷撃が大鹿自身に落ちる。雷撃によって毛が逆立ち、帯電する。バチバチとはじけ続ける電流に近づきたいとは到底思えない。これではどこに触れても感電してしまうだろう。


「あれ、感電しない?」


 チェシャはゴム製の手袋で槍からは感電しないようにしているが、それ以外はの部位は電流を守ることはできない。


「かもね。無理しちゃダメだよ?」

「どうにかしてあれ剥がせる?」

「わたしだけじゃ無理かも。あの人がどうにかしてくれればなんとか、かな」

「分かった、注意は引く。頼んだ」


 背中越しに手をあげるチェシャ。


「任された!」


 それの背を叩いて送り出すアリス。

 帯電している大鹿は自身に傷を負わせたチェシャを睨みつけている。

 同じくチェシャも槍を強く握りしめて警戒する。


 大鹿の咆哮。放たれた衝撃波は開戦の合図。


 チェシャは槍を突き立てて、血を削りながら進む衝撃波を耐えて、駆け出す。

 疾走。風をかき分け、大鹿へ距離を詰める。


 それに対し、同じように大鹿も足を踏み出す。

 その速度を恐ろしく早く、突然チェシャの前に現れた大鹿を彼は避けることが出来ずに突撃をその身に受ける。


「あぐっ──!」


 速度が乗った突撃の威力はかなりのもので、彼をボールのように吹き飛ばし、バウンドさせる。

 帯電した大鹿の体に焼かれ、チェシャの露出している肌が火傷している。


「~~~~ッ!」


 チェシャは血を吐きながらもバウンドした反動で体制を立て直し、再度走る。

 彼が立て直すのを許さないと、二度目の大鹿の突撃。


「がっ──!」


 チェシャは走り出しで勢いを止めることもできずそのまま受けて同じように跳ね飛ぶ。


 今度は左腕に直撃し、チェシャは血を流しながらも受け身をとって転がった。


「チェシャっ!」


 フォローの為にアリスが銃弾を二発撃つが、難なくそれは躱される。


 そして、止めとばかりに大鹿は三度目の疾駆。

 バリバリと音を立てて大鹿の周りで荒れ狂う紫電。


 転がり、停止したチェシャはすぐさま立ち上がる。

 その口角は上がっていた。


 鈍らぬ動きで二歩引いており、それによって作られた槍の間合いで渾身の一撃を大鹿の頭へと放つ。

 対して大鹿は槍を角で迎撃。

 帯電している角を手元に直接受け、チェシャは槍を落としてしまう。


 そこへアリスのフォローが入る。蹄に目掛けて飛んだ二発の弾丸が大鹿の追撃を阻止。チェシャは手早く槍を回収して間合いを取る。


 大鹿は怒りの声を上げてアリスへと角を振るった。同時に雷雲からゴロゴロと鳴り始める。


「アリスっ!」


 チェシャの警告。

 アリスは後ろに向かって飛び込む。

 彼女がいた場所には雷撃が落ちて爆発。彼女は直撃は避けるが爆風によって吹き飛ばされた。


 しかし雷撃を飛ばした後は大鹿は帯電状態では無くなるようで、角以外から電気が消えたその好機を狙い、チェシャが槍を突く。

 大鹿は先ほどのように角で迎撃しようとするが、急に飛来してきた鉄球が大鹿の背中の槍に命中。傷口をえぐられて呻く。


 当然槍を迎撃できるわけもなく、チェシャの槍は顔に命中。

 二度の痛手を負って思わず後ろに飛んだ大鹿。

 引け腰になった大鹿をチェシャは追撃しに走り、加えて槍を持たぬ手で腰に刺したナイフを投げる。


 ナイフは帯電するために咆哮をあげようとした大鹿の気を引く。

 痛みに対する恐れ故か、対して効きもしないナイフを大きく避ける。


 囮に踊らされた大鹿にチェシャは槍を突くフリをして、槍を突き出す姿勢の踏み込んだ力を使い、大鹿の後ろに跳躍。

 大鹿は迎撃の為に角を振るうが、勿論それは空を切る。が、その角が往復しようと振るわれた瞬間。

 大鹿の動きが不自然に止まる。


 チェシャが視線を遠くに向けるとそこいたのは先ほどアリスと会話していた男性の探索者。

 やや苦しそうな彼の前に描かれているのは幾何学的な紋様の白色の印。


「今だっ! やれーぇぇぇ!」


 男性の苦し紛れのような濁った叫び。


 ──やるじゃん。


 後ろに回り込んだチェシャはその声に対する返事を、無防備で柔らかい大鹿の尻に槍を深く突き刺すことで返す。

 柔らかい肉を槍は容易く貫いて、血を吹き上げさせた。


 ──ゥンン


 響くのは弱々しい声。

 ここぞとばかりに鉄球がまたも飛来して背中の傷口付近に命中。

 血は出さずとも重力も合わさったそれは大鹿を地に伏せさせる。


 そして爆風から身を起こしたアリスが放った銃弾も背中に命中して起爆。

 何度も攻撃を受けた背中の肉が耐えかねたように吹き飛び。血肉がばら撒かれた。

 それでもなお足を震わせて大鹿は立ち上がり、吠える。


 その咆哮によって無作為に雷撃が落ちる。探索者達は追撃できずに回避行動を取り、爆風に晒されながらも雷撃を凌ぐ。

 足を震わせながら、大鹿の目はチェシャを睨み続けていた。それでも、その力さえも失われていく。


 雷撃が最後の足掻きのようで、大鹿は静かに身を横たえた。

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