表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
第三試練:踊るは大蛇の氷炎
39/221

探索・氷中洞窟

 

 氷中洞窟があるのは第三試練の北西部。

 そこそこの距離もあるので移動は気球にて行う。


 現在、五人は第三試練中央部の上空。

 そこから見える白銀世界は美しく、防寒具で視界を遮られていなければ尚のことだった。

 しかし、当の五人にその景色を楽しむ余裕があるかはただでさえ寒い第三試練、その上空となれば言わずともわかる話である。


「寒いっ!」


 ソリッドが体を我武者羅に動かしながら叫ぶ。


「気球で暴れるな、じっとしろ。それに全員寒い」


 幸い、バーナーによる熱が五人に多少の暖を作るが、大した物でもなく、寒さによって熱膨張がしにくく、気球が上昇しにくいことの方が問題だった。


「くそー……」


 ソリッドも全員が同じ気持ちを抱いていることは分かっているようで、大人しく自身の鞄から毛布を取り出して包まる。毛布があるのだから最初からそうした方がよかったのではという話は誰も言わない。


「あうあう」


 歯を鳴らして寒さを堪えるアリス。それを見かねたチェシャが自身の毛布をアリスに重ねてかける。

 自身とチェシャの分の毛布に包まる事によって多少はマシになったのか、体の震えが収まる。


「ボイド、あとどのくらいかかるの?」


 そんな少年少女組を見かねたクオリアがボイドに問う。


「だいたいなら……後十数分ってところだ。風は強いから進み自体は早い」


 第三試練に吹く風は高度によって異なり、一周するように風が吹いていた第二試練よりも自由に気球を動かすことが出来るため、進行速度自体は早い物だった。


「アリスちゃん、懐炉はある?」

「もう使ってる」


 アリスのコートのポケットに突っ込まれた手が現れ、その手には懐炉が握られている。


「そいつは木炭のやつか。こっちを使え、魔術物質で作られた懐炉だ。保温性も高い」


 ボイドが気球を操縦したまま、空いている手で鞄の横のポケットからアリスが持つ懐炉とは違う種類のものを取り出して投げる。

 すでに温められているそれを手にしたアリスは顔にそれを押しつけて頬を緩ませる。


「ボイド、それもうひとつある?」


 アリスの様子を見たチェシャがボイドに懐炉をねだる。


「ああ、余裕はある」


 同じようにチェシャに懐炉を投げる。


「ボイドー! オレにもくれー」

「お前は錬金砲で炎出せるから要らないだろ。しかもこの懐炉が数個でようやく火炎瓶一個分だ」


 冗談めいた口調で言うボイド。

 さっき暴れていたことを根に持っているのだろうか。


「ちくしょー」


 事実、一撃の値段としてはソリッドの錬金砲の火炎放射は確かに中々に高く、それを理解しているソリッドは唸るだけでそれ以上は言わなかった。


「氷中洞窟って何か目印はあるの? 今のところ何も見えないわよ」


 話を変えるクオリア。

 彼女の言う通り、今のところ下に広がる景色は雪原のみ。美しいとはいえども飽きかねない程には雪原が続いていた。


「この雪原を超えた先らしい。崖下で雪が積もらないから凍土が見えるはずだ」

「じゃああの山超えたらってこと?」


 遠くにある雪山を指差すクオリア。風の都合上高度を下げているので雪山の向こうは見えない。


「だろうな。だからもう少しだ」

「ボイドー。凍土ってなんだ?」


 ソリッドは毛布に包まったままボイドを見上げる姿勢で問う。


「そのままだ。凍った土で凍土」

「ふーん。つまんねえの」


 取り留めのない話をしながら五人が乗る気球は進む。

 やがて、遠くに見えていた山を越え、山の裏側に出た彼らは崖下に広がる凍土を目にする。その奥には迷宮らしい不自然に整った入り口が見える。

 しかし、面白いのが入り口付近が氷で出来ていること。土交じりであまり綺麗ではないが、地下に潜ればそれも減ると考えると中は綺麗そうだ。


「あれだな。気球を下ろす。準備しろ」


 五人は気球から降りてそれを畳み終えてから迷宮へと足を進める。




 *


 氷中洞窟。まさにその名の通りの光景が広がっている。


 どこを見ても氷。湾曲した氷の壁は感嘆の息を漏らしかねないほどに綺麗なカーブを描き、それは荒れ狂う海を丸ごと凍らせてくり抜いたような洞窟。

 洞窟なので当然中は暗いが、迷宮外から差し込む光が反射し、淡いクリスタルブルーとなった光が洞窟内を淡く照らす。


 ソリッドが魔術ランプをつけると、洞窟はさらに綺麗なクリスタルブルーに輝く。

 五人は声も出さずにそれに見惚れる。

 一分経ったか経っていないかぐらいの頃に口々に感想を言い始めた。


「凄いね……」


 あまりの光景に語彙力を損なっているアリス。


「どうやって出来ているんだ?」


 湾曲している氷の壁を叩くソリッド。

 密度が高いのかヒビすらも入らない。帰って来る手ごたえも凍結地底湖の氷よりも硬い。


「噂に聞いたアイスケイブか。こちらはある程度作られているのかも知れないがそれを含めても──」

「アイスケイブって?」


 懐炉をしまって槍を取り出したチェシャがボイドの話を拾う。


「限られた地域のみで、夏に溶けた水でできるトンネルだ。研究所の資料でしか見たことはないが、実際に見るのとは全然違うな」


 虫眼鏡を取り出して辺りを調べだすボイド。不純物が少ないその氷に興味を惹かれているようだ。しかし、その虫眼鏡はクオリアが取り上げる。


「気持ちは分かるけどせめて帰りにしましょう?」

「う、すまん」


 ボイドは罰が悪そうにクオリアから返された虫眼鏡をしまい、代わりに地図を取り出す。


「目的としては地図埋めとなるべく綺麗な氷の入手。ルートはどうする?」


 全体としてみれば壮麗な氷中洞窟だが、それを形成する氷をよく見ると土が混ざっているため依頼の品として使うにはやや不十分であった。

 ボイドの問いには四人ともボイドに任せると言うのみで、ボイドは肩を落とした後チェシャに指示を始めた。


「じゃあそこを右だ。次の分かれ道からまた指示を出す」

「りょーかい。……それにしても分かれ道多いよね」

「地図を書くのが面倒だからあまりあるのは勘弁なのだがな」


 角を右に曲がった五人の前に現れたのはアリスと同じ背丈の半透明の寒天らしきもの、アイスゲル。強いて言うならば半透明よりは青色っぽいが、一面クリスタルブルーの世界ではむしろ保護色にしかなり得ない。


「こいつ焼かないと多分無理」


 チェシャが焦ったそうに槍で地面を小さく鳴らす。

 あまり積極的に襲う迷宮生物ではないのか、その場で震えるのみで動かない。


「そうか、ソリッド」

「任せろ」


 チェシャの声ですでに錬金砲に火炎瓶を流していたソリッドは火炎放射をアイスゲルにうち放つ。

 燃え上がるアイスゲル。塩をかけた蛞蝓(なめくじ)のように小さくなっていくとやがて見えなくなった。


「呆気ねぇな」

「物理攻撃をすると周りに温度の低い液体を撒くらしい。そこだけ気をつければなんてことはないな」


 ボイドはアイスゲルの写しを出して注意点を読み上げた。


「銃でも駄目なの?」

「無理だろうな。爆発する方ならまだしも……いや、そっちの方がダメかも知れん。あいつはソリッドに任せろ」

「分かった」

「オレのどくだんばだぁ!」

「独壇場、ね?」


 クオリアが苦笑した。


 氷喰いに出会すことなく、現れるのはアイスゲルかパラライザーのみ。

 しかしその二体はソリッドとアリスによって完封できるため、消費された金額はともかく進行速度は早かった。


「ここって採取できるものあるの?」


 淡々と進む探索に少し飽きが来たチェシャ。戦闘面も彼が出る幕はなく、アイスゲルは体が大きいので見逃すこともないし、パラライザーは羽音が分かりやすいせいでチェシャの索敵の仕事も必要がなかった。


「無いな。鉱石があってもおかしくは無いが既存の採取地点は無い。それこそ氷を採取するぐらいじゃないのか?」

「そっか。でも綺麗なやつはまだ無いよね」


 遠くから見れば綺麗だが、近づいてみれば岩や土が混ざっているため、チェシャは時折氷に近付いては肩を落とすことを繰り返していた。

 そのおかげで彼が不自然な壁の振動に気付けた。


「……! 来る」


 手で四人を制したチェシャ。

 特に何も変化がないまま地図埋めをしていた一行の前に現れたのは氷で出来た達磨(だるま)に手足が生えたような異様な生物。


「氷喰い!」

「特殊な攻撃は無いそうだ。情報が出揃っているとは限らん、気を付けろ!」

「あたしが前に出るわ。フォローお願い」


 クオリアが大盾を構えて氷喰いの前に立ち塞がる。

 感情の無さそうな目をしている表食いはクオリアを認識すると突然駆け出し、体当たりをクオリアに仕掛ける。


「えっ。ぐぅぅ!」


 足場の悪い氷上をただの地面のように走る氷喰いに驚くクオリア。そんな彼女を襲った氷喰いの体当たりによってスパイクブーツによって氷を削りながらクオリアが苦痛の声を漏らして滑る。


 氷喰いはバランスを崩したのか、その場に転倒する。

 一切の感情もない表情と何の声も発しない達磨はシュールだったが、それと対峙する彼らに気にする余裕はない。


 クオリアが衝撃に膝をつく間にチェシャが氷食いに肉薄し、アリスが銃で二発撃つ。


 チェシャが突き出した槍は難無く氷喰いの体に突き刺さるが、血が噴き出ることはない。

 同じくアリスの銃弾も氷喰いの体を削るが何事も無いかのように立ち上がる氷喰い。


 警戒を強める五人。

 それほどまでに体を削られて尚何事もないかのように立つ表食いは異様だった。

 突如氷食いはすぐ横の壁に向かって前進。氷の壁を轟音を響かせながら削り無理やりに進む。


「はぁ!?」


 驚くソリッド。それは他の四人も同じで、あまりの出来事に五人はその場を動けずに氷喰いの様子を見つめる。


 しばらくすると音が遠くなり、迷宮内に静寂が帰ってくる。


「え?」


 意味がわからないとばかりに口を開けたまま四人を振り返るチェシャ。


「分かれ道が多い理由がこれか、常に変わる迷宮なんてやってられないぞ」


 ボイドはペンを取り出して愚痴を吐きながら今し方できた分かれ道を記入する。


「あれってどのくらい氷を食べた個体なのかしら?」

「分からないけど、今も氷を食べたから強くなってそう」


 クオリアが呆れながら口にした疑問は銃弾を込め直すアリスが怠そうに答える。


「でもよ、さっきのチェシャとアリスの攻撃は効いてたよな? あれなら一気にやればいけそうじゃねぇか?」

「確かにそうだが、攻撃を与えても怯みもしないのはおかしい。何かありそうだがなぁ……情報がないと言うのは実に面倒だ」


 ボイドは地図を描き終えて、氷喰いの写しの資料に”壁を食べて移動する“と付け加える。


「調べるのも並行してやらないと」

「だぁー! 怠い! 氷取って帰ろうぜ?」

「ダメよ。土が混ざってちゃ意味ないでしょ?」

「土が混ざってることの何が問題なんだよ」


 キレるソリッドと宥めるアリス。


「それを使って氷水を作るにしても何にしても清潔なものの方が良いからよ。でも、ここまで無いなら妥協は必要そうね」

「だな。…あの氷喰いを追わないか?」


 ボイドの提案。


「どうして?」

「あいつならもしかすると純度の高い氷を持っている可能性がある。と思う」

「え──、迷宮生物が食べた氷を取るの?」


 呆然とするアリス。確かに忌避されそうだが、ボイドにはあれが生き物には見えなかった。加えて──


「言わなきゃばれん」

「確かに」


 ボイドの言い分にチェシャは頷く。チェシャもあの達磨から生物の気配を感じられなかった。何かありそうだという彼の直感がボイドの提案に賛成する。


「どうして納得するのよ!?」

「どちらにせよ放置するのも良くないのは確かだからとりあえず追ってみる?」


 クオリアは折り合いを付けるためにアリスを諭す。


「……そうね」

「じゃあボイド! 次出たら炎撃つぜ?」

「ああ、遠慮は要らん。爆発の方も使っていい」

「おうよっ!」


 五人は氷喰いが作った通路を駆ける。

 別の通路に出るが、それでも尚同じ方向に進んだようで、通路が続く。

 ボイドが時々、簡単に地図にかき入れつつも氷喰いの作った道を走る。


 五人が行き着いたのは少し大きな広間。

 そこには巨大な氷柱が立っていた。純度が高く、透き通っている。

 奥には色の違う鉱石らしきものがある。そのおかげで出きたグラデーションがとても綺麗だった。


「これは……」

「この氷なら大丈夫よね?」


 その氷柱は他の氷よりも透き通っている。これならば持ち帰るには十分だろう。


「だけど、氷喰いがいない」

「……とりあえず一度帰ろう。氷を持ち帰るのが優先だ」


 五人は氷喰いのことは一度忘れて、サイモンから貰った氷嚢に氷柱から削った氷を入れ、それが一杯になってから帰路についた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ