探索・凍結地底湖・2
昨日よりも氷を打ち鳴らし、削るような音を立てながら凍結地底湖を探索する五人。
彼らの靴はスパイクブーツに変わっていて、彼らが歩いた道にはスパイクの跡が氷に残っていた。
「スパイクブーツって普通の所だと転けるのか?」
ソリッドがアザのついた右肘をさすりながらボイドに問う。スパイクブーツを揃えた直後、セントラルで試し履きをしたソリッドはものの見事に転倒した。右ひじのアザはその痕だ。
「普通に考えればそうだろうよ。平坦な場所でトゲのようなものがある靴なんて歩いにくいにも程がある」
「土ならまだしもね」
「ボイドが注意してたのに無視して履くからよ」
スパイクブーツに興奮し、ソリッドに近い考えだったアリスは心なしか縮みこむ。彼女も用意したスパイクブーツを家から履こうとしていたものの、チェシャに止められていた。
ちなみにソリッドは止める間もなく、外に出て勝手に転んでいる。
「うぐ。だってよぉ」
「履いてみたかったから。だろう?」
ソリッドの台詞を先取りするボイド。
「どうして分かるんだ!?」
「どうしても何も半年過ごせば流石に性格は分かるだろうよ」
首を竦めるボイド。
その会話に爆笑するクオリア。
「来たよ、蝙蝠2と亀1」
先行するチェシャからの声。
皆がすぐさま戦闘態勢をとる。
現れた蝙蝠の一匹がすぐさまアリスに撃ち抜かれ、程なくしてもう一匹も地に落ちる。
アリスのお陰でもはやパラライザーはいないも同然でスライドタートルのみが現れたように思えるほどだった。
パラライザーが瞬殺されても怯まずに回転しながら体当たりしてくるスライドタートルをクオリアが大盾で傾斜を作りながら受け止める。
大盾に沿うようにして空中を舞うそれをアリスが撃ち抜く。
スライドタートルは勢いを失い血を吹き出しながら墜落して霧散した。
「さすがだ。……弾の消費は大丈夫か?」
この迷宮に出る迷宮生物はおおよそアリスが最も活躍するものが多く、彼女が攻撃する機会が増える分、必然的に弾の消費は大きくなる。
「うーん、今日は大丈夫だけど、ここを探索し続けるなら弾をもらうペースが早くなるかな」
銃を刺す腰のホルダーとは逆のホルダーに入れてある弾丸の残数を確認したアリスは返答する。彼女自身もボイドに頼らず弾を供給できる手段を探していたが、まだ具体的な案は浮かんでいなかった。
「了解した。回収も出来る、撃っても大丈夫だ」
「分かった」
彼らが探索しているルートは探索者組合にある地図の写しに載っていないルート。
そのためボイドが写しに書き加えながら探索する。その分だけ探索する速度は当然落ちる。
「ボイド、今日の目標はある?」
前方の警戒をクオリアと交代したチェシャが後方警戒ついでにボイドに話しかける。
「これだけ描かせてくれ──。と、目標か? 今の所は採取地点を一つ見つけたら。もしくはそれに準ずる何かを発見したらぐらいに考えている」
薄く線を引き終えたボイドがチェシャの問いに答えを返す。
「なかったら適当に帰る?」
「出費だけ嵩むが……そうだな。多少赤字でもその内利益は出る。元に昨日の水晶もあれだけで高性能なスパイクブーツを全員分買ってもお釣りが出るほどだ」
スパイクブーツを地面で鳴らす。激しい先頭にもついていける耐久性が高い代物。安くはなかった。
「やっぱり凄いね。迷宮って」
「命と釣り合うかどうか別として確かに稼げるな。第一試練に籠る探索者の気持ちも分からなくはない」
「俺らが買ってる傷薬も第一試練で採れたやつだもんね」
背中側に傷薬の入った瓶を刺しているチェシャがそれを取り出して示すように揺らす。
「ああ、それに昨日のパラライザーの羽の依頼もそこそこの報酬だったしな」
「これでしょ? 生地がよくて、防水性? もあるって」
チェシャが真新しいウエストポーチを揺らす。小迷宮に来る途中、雪に被って濡れようとも、中身に浸水していなかった。
「雪で濡れるから防水性はあっても損はないからな」
チェシャが突然槍を握り直す。
「亀1」
短く、低く、張った声。
「こっちも亀2!」
前方のクオリアからの声。
挟み撃ち。
「ソリッドっ! 街で言ってたやつお願い!」
「適当でいいか!?」
練金砲に瓶の中の液体を流し込みながら叫ぶソリッド。
スライドタートルも回転し始める。
「どこでもいいから早く!」
「あいよっ!」
三匹のスライドタートルが回転しながら動き出す。
それと同時にソリッドが足元に連鎖爆発の球を発射。分厚い氷の床を破壊して地底湖を直に覗かせる。
「開けたぜ!」
「そこに落とせ!」
ボイドの叫び。
スライドタートルを引きつけるチェシャとクオリアがソリッドの開けた穴へと走り、寸前で横へ跳ぶ。
ぶつかる対象が無くなったスライドタートル達は雪崩れ込むように三匹とも地底湖に落ちる。
泳げないのかゆっくり踠きながら沈んでいった。
「亀って泳げないのか?」
その様子をじっとみていたソリッドが呟く。
「陸棲か水棲か関係なく、陸上で行動していた亀がいきなり水から浮くことは出来ないらしいが……迷宮生物だからなんとも言えんな」
「亀泳げると思ってた」
地底湖に沈み姿が見えなくなったスライドタートルを見届けたアリスが立ち上がって言う。
「泳げるけど、普段から慣れてないと無理、地底湖が凍ってるなら泳ぎ慣れて無かったのかもね」
チェシャが珍しく知識的な発言をする。
「あら、知ってるの?」
珍しそうに言うクオリア。
「村の近くに居たから。美味しいよ?」
「そ、そうなのね」
目を輝かせながら言うチェシャに少し引きながらクオリアは話を流した。
*
探索を続け、一つの採掘地点に到達した彼らは採掘を行ってから帰路についた。
「やっぱ地図埋めながらだと時間かかるんだな」
丁寧に地図に書き入れていくボイドを横目にソリッドが呟く。
「今までは地図があったから迷いなく進めたがそれが出来ないのも時間がかかる要因だな」
「この壁壊せるなら直ぐに行けそうなのになぁ」
氷壁を叩きながらアリスが億劫そうに言う。
「そもそもこの壁分厚すぎるわよ。普通に苦労しそうよ?」
「んー。そっかぁ…」
「こいつなら割れるぜ?」
練金砲を掲げるソリッド。しかし、ボイドは首を横に振り、一蹴する。
「そこまでして瓶を消費する必要もない、迷宮生物を呼ぶ可能性もあるしな。魔術なら一考する程度だ」
その言葉にソリッドは錬金砲をじっと見つめた後、肩を落とした。




