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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
第三試練:踊るは大蛇の氷炎
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白銀世界への進出

 

 ココノテ村に帰還した一行はもう夜遅くなので村で一泊し、のちにセントラルにまで帰ってきた。

 長時間の馬車での移動で固まった体を彼らは各々の方法でほぐしている。その長時間の旅路ももうすぐ終わりだ。セントラルの門が彼らの目に映る。


「一度情報を整理したい。また明日の朝にいつもの場所で集合でいいか?」


 ボイドの問いに頷きを返す四人。彼らも話し合いたいことは山ほどあった。けれど、今はこの溜まりに溜まった情報量と感情を整理するのに誰もがいっぱいいっぱいでそれどころではなかった。


「じゃあ今日は解散だ。また明日もよろしく頼む」

「ん、また明日」

「またねっ!」


 チェシャとアリスは手を振ってその場から離れていく。あくまでもいつも通りに。


「いつも通りね」


 クオリアは去りゆくアリスの背を見つめる。彼女とボイドにはあの時のアリスを止める言葉が見つからなかった。成熟し、物事を分かりすぎていたから、彼女の話がもっともだと分かってしまったから。だからこそ、チェシャの話に便乗することで、ようやく彼女を止めることが出来た。


「あの年で背負うものが多すぎるのが問題だったからな。共有できる人が居るのは大事なことさ」


 首を回して骨を鳴らすボイド。宿に居てもデスクワークばかりの彼の肩と首は酷使されすぎていて、常に骨が鳴らすことが出来る。


「そうね。……勢いで言ったけど、アリスちゃんを手伝うのは決定よね?」

「あったりまえ! だよな?」


 堂々と言い切ろうとしたソリッドは途中でボイドに確認をとった。


「そこは確認を求めるまでもなく言い切っていいんだぞ。それに、出世も狙えるのだから狙わない筈がない」


 苦笑しながら補足の理由を述べる。へたくそなごまかしにクオリアがこらえきれないように噴き出し、にやにやしながらボイドの背を叩いた。


「建前にしか聞こえないわよ」

「バレたか」

「建前?」

「どっちにしてもアリスちゃんを手伝うってこと」

「ふぅん」


 聞いた割にはあっさりと流すソリッド。そして、そっと錬金砲を嵌めた腕を見下ろした。


「さて、第三試練の準備もある。私たちも帰ろうか」

「第三試練ってどういう感じなんだ?」

「……準備物を一人で買うつもりだったが着いてくるか? 見たほうが分かり易い」

「ん? 準備物っていつも買いに行ってる傷薬とか羽ペンのインクとかじゃないのか?」


 基本的に消耗品はボイドがすべて揃えている。なるべくボイド以外の四人が先頭に集中できるようにするためだ。勿論、はぐれた場合に備えて、全員が最低限の食料は携帯するが、そうでない限り、物資の調達はボイドの役割だった。

 調達を担う彼が行く買い出しとは大抵毎日消費する携帯食料や軟膏の類。それはソリッドもよく知っている、


「違うぞ。……と、すまん。やっぱり買いに行くのは後にしよう。私が知っている話は伝聞だから要らない可能性もある。チェシャが聞きに行ってくれる筈だから、それを聞いてからだな」

「うーい」




 *


「チェシャさん聞きましたよ! 第二試練突破おめでとうございますっ!」


 満面の笑みでチェシャを祝うアルマ。自分の担当した探索者が第二試練を突破したことはともかく、無事に帰ってきてくれたことが彼女に何よりの喜びだった。


「ありがとう。無事に倒せたよ」

「ここにいらっしゃったという事は第三試練への進出をお考えですか?」

「うん、あの塔に近付きたいから」


 チェシャは窓から見える遠すぎる為に小さい塔に視線を向ける。

 今日は塔を遮る雲は一つたりともなく、くっきりと見えた。


「そうですか、実は来るかなと思って用意していた甲斐がありましたよ」


 アルマは机の下のスペースから事前に用意していた書類を取り出す。彼らが第二試練を突破した時点でもうアルマは資料集めを始めていた。

 用意が良すぎた故かチェシャは思わず笑う。


「あっ、これだけ早く出来たのは第三試練に入れる探索者さん達が少ないからですからねっ!」


 チェシャの笑い声が気に障ったのか、顔を赤くし、早口で訂正するアルマ。彼女の言い分は事実だった。そもそもの資料が少ないこと、そして、同じサポート課の職員とは資料室から借りたいものが被りにくいなどという理由が重なったからだった。

 そうでなければ、いくらアルマと言えど、普段の事務作業の合間で説明する内容の資料の写しとその内容の把握を数日で終われない。


「ほんとぉ?」


 悪戯な笑みを浮かべたチェシャがからかう気満々の声色で言う。


「ほんとうですっ!」

「分かった分かった。んと、お金……」


 情報料の支払いのために財布を探すチェシャをアルマが止める。


「いえ、かわりにお願いしたいことがありまして」


 真剣な表情とトーンで話すアルマにチェシャも椅子に座り直す。


「何?」

「まずはこちらを見てもらって良いですか?」


 出された地図は三枚、いずれも小迷宮の類の地図。


「これがどうしたの?」

「何か気づきませんか?」


 チェシャはもう一度地図を見る。


「……未完成?」


 どの地図もある程度は採取地点などのポイントは埋められているが、いくつか行き止まりも無いのに線が伸びていない場所がいくつかある。


「はい、その通りです。第三試練を探索しているパーティは十二パーティしか有りません、もちろん少ないとはいえどのパーティーもトップクラスの優秀な人達です」

「大迷宮を探索しているパーティは居るの?」

「ええ、ですがとても危険かつ特殊な迷宮ですので、情報はこの三つのうちの二つの小迷宮を探索されてからの開示になっています」


 そう言って出された二枚の地図を手元に引き寄せる。残った一枚は三枚の中で比較的地図が埋まっていた。つまるところ、情報が多く、リスクマネジメントがしやすい。


「地図が出来てないってことは迷宮生物の情報も?」

「はい、特に狩人の森は神の悪意であるスノーパンサーとの戦闘を避けて探索するため判明している情報がほとんど有りません」


 アルマの目線が紙面上からチェシャの瞳へと移る。


「そこでお願いしたいのが判明した情報をこちらに報告してほしいという話です。勿論、ただではなく採取地点の発見などの未発見の特定のポイントの発見につき五万ゼル。情報の不足している迷宮生物の情報も同様です。加えて現在判明している情報は無償で提供します」

「すごいね、それ」


 五万ゼル、それだけあれば贅沢しなければ一節半は暮らせる。勿論、最低限の暮らししか出来ないことに加え、それを貰えるような人はそれ以上に稼げるためその大金は次の元手になるだけだ。


「リスクを考えれば安いと言われてもおかしく無いですよ。情報が不足している上での迷宮探索はひじょーにっ! 危険なんですから」


 危険性を強調するアルマ。指をピンと張ってチェシャへ突きつける姿は彼女の小柄な容姿も相まって可愛らしく、寧ろ彼の頰を緩ませかねない。


「分かった、気をつける。最初は何処からが良いかな?」


 しかし、自身の感情に従ってはアルマに怒られる。チェシャは頰を緩まない様に力を入れながら尋ねた。


「そうですね、こちらの凍結地底湖は比較的情報が出揃っているため第三試練の雰囲気を味わう為には……」


 そこまで言ってから少し硬直するアルマ。固まったまま顔に赤みが増していく。何か忘れていたのだとチェシャは直感した。


「どうしたの?」

「すみませんっ! 第三試練全体のお話を忘れていましたっ!」

「第二試練で使った気球と渓谷みたいな?」

「えーと、そちらも実は使います。ごほんっ。まず、第三試練のテーマは雪原です」

「雪原?」


 知らない言葉にチェシャが首を傾げる。


「文字通り、雪に覆われた土地という意味ですね。ざっくり言うならばとても寒いです。水が凍るくらいには」

「氷……?」

「はい、氷を調達する手段は基本的には魔術に頼る為、この時点でここでの採取物は色々と貴重です」


 魔術の氷は直接出してもしばらくすると、魔力に還ってしまう。そのため、水に対して魔術を使い、温度を下げることで作り出す。飲食店など用途によっては質の悪い水から出来た氷は使いにくい。


「ふーん、気球はどう使うの? 渓谷がある感じ?」

「いいえ、単純に高低差が大きいためですね。普通に登るのは困難ですから」

「そうなんだ。でも、気球をどうやって持っていくの?」

「それはですね……」


 第二試練の全体図が机の下から取り出される。そして、アルマの指が大迷宮のすぐ後ろに下ろされた。


「第二試練の大迷宮には他よりも少し大きめの転移装置がありまして、サイズ的にも気球を畳んだ状態ならギリギリ入るサイズですから、元々そう言う意図で作られたのかなと推測されているらしいです」


 アルマは転移装置がある位置を指差しながらチェシャに説明する。


「ここを使ったら何処に出るの?」

「ええと……」


 第二試練の全体図の横に第三試練の全体図が並べられる。


「ここですね」


 指を指したのは第三試練の南端にある転移装置。


「ここの近くに臨時拠点は設置されていますが、探索者さんが少ないのもあって小規模です。基本的には気球の収納場所ぐらいにしか使いません」

「ん」


 チェシャの姿勢が少しずつ崩れてくる。慣れたといえど、覚えるのは相変わらず苦手だった。


「とりあえず、ここに気球を運ぶことを優先でお願いします。さっき勧めるつもりだった小迷宮がこちらの凍結地底湖です。徒歩でも行けるのでこちらからいくのをお勧めします。すぐ写すので少し待ってくださいね」


 チェシャが話を聞くのを面倒くさがってきたのを見てアルマは話を締めくくった。




 *


「雪原?」

「って言ってたよ」

「写しはいつもの通り貰ったが、これだけしか聞いてないのか?」


 バーアリエルの彼らがいつも利用する席にて、ボイドはチェシャに尋ねた。欲しい情報は十分にあるが、彼が気になる点は多かった。


「それだけだよ?」

「話を聞く限り寒そうだが、防寒具は要らないのか? もう炎熱の月だ。落差が激しいぞ?」


 窓から覗く路地の通路は打ち水がされていた。そこから入ってくる日差しも非常に燦々と輝いている。打ち水で濡れた地面が日光を反射し、きらめきを残していた。


「本当だ。買いに行く?」

「どのくらい寒いかが分からないからな……分厚めの上着だけ買う当ては見つけてある。そこだけ寄ってから行こう」

「ねぇボイドー? 寒いところって雪が降るって聞いたけど、そこでは降ってるの?」


 アリスが描いている絵を見ていたクオリアがボイド達の方を向く。


「さあな。私も雪が降る基準は知らん」


 ボイドは払い除けるように手を振って否定を示す。


「雪ってなんだ?」


 ソリッドは背もたれのある椅子を逆向きに使用し、背もたれを抱き抱えるように座り、四つの足のうち二つのみでバランスをとりながら揺らして遊んでいる。


「冷たくてゆっくり降る雨。か? 知らない奴に伝えるのは難しいが……。それはともかく、壊れるからその座り方はやめろ」


 ボイドはソリッドの後ろに目をやりながら忠告する。


「やだね」


 その忠告を無視したソリッドは後ろから現れたシェリーの拳骨によって強制停止させられる。


「壊れるのでやめてくださいな~」


 シェリーの緩い雰囲気に反して大きな音を鳴らして落とされた拳骨はソリッドにしばし黙って頭を抱えさせる威力を為した。


「そう言えば、雪のお話されてました?」


 五人が飲み切った飲み物の入れ物をトレイに乗せながら問いかけるシェリー。


「ああ。どうかしたのか?」

「ウチの故郷がノースラルでしてね。雪が降るほど寒いところに行くなら他に手袋は買っとくべきですよ」

「手袋……軍手とは違うのかしら?」


 クオリアが首を傾げる。この場ではボイドとシェリー以外は寒冷地については詳しくなさそうだった。


「別にそれでも構いませんが、分厚めの方が良いです。特に弓とかの手の器用さがいる武器の人は特に。……あっ、でも弓とかだと手袋つけると撃てなそうですねぇ」


 弓を弾く真似をしながら間延びした声で説明する。


「そうか、参考にしよう」


 礼を言うボイド。入れ替わりでアリスが会話に混じる。


「ノースラルって?」

「あれ、知りませんか? 北の大国ですよ」


 今の世の中がどうなってるかも知るはずもないアリスだが、北の大国と言われればピンときたのか顔を明るくする。


「紅の?」


 アリスが示したのは以前に読んだ本のせいか、北に飛び去った偉大なる紅。

 しかしそれをすぐに解釈出来なかったシェリーは少し首を捻った後手を叩いた。


「そうですそうです。とはいえ実際に雪を全部溶かせば雪解け水が大変ですけど」

「雪解け水?」


 彼女が何を想像したのかは定かではないが、想像したそれが正解では無いだろう。


「ええ、雪っていうのは元は水ですから、熱くすれば水に戻ってしまうんですよ」

「へぇ~」


 感心するアリスは皆の方を向く。彼女の目は好奇心で輝いていた。彼女が次に言うセリフも皆が予想できる。


「早く見たいっ! もう行かない?」


 苦笑、微笑み、頷き。各々はそれぞれの反応を示しながら皆席を立った。





 *



 第二試練大迷宮、断崖の城。

 そびえ立つ城の奥にある大きな転移装置。


「これはいつも通りこの端末を触れば良いのか?」


 ボイドが転移装置の横にある端末を見て首を傾げる。


「見せて」


 アリスから声をかけられて一歩引くボイド。

 彼女は慣れた手つきで端末を操作する。


「そうか、記憶が戻ったから……」

「ええ。使い方は思い出したわ」


 転移装置に光が灯る。

 いつもより装置自体の大きさが大きい為、その光量も多く、少し眩しいまであった。


「さっ、行きましょ?」


 転移装置を楽々と操作した彼女だが、目を輝かせながら皆を急かすのは、好奇心に溢れるただの少女だった。

 五人で畳んだ気球を持ち上げて運び、そのまま転移装置に入る。

 いつもより大きなサイズの転移装置が輝きを増したと思う頃には五人は荒野からは姿を消した。



 *


 光の中から出てきた五人が目にしたのは白銀の世界。


 真っ白な雪が辺りに降り積もっていて、それが太陽の光を反射して輝いている。

 所々に生えている木も白く染められていて、ただひたすらに白とその輝きの世界が広がっている。

 遠くには白色の山が見えており、そこから覗く夕日は宝石の煌めきの様だった。


 そんな綺麗さを堪能するはずの五人はそれを見る余裕もなく、寒さに凍えていた。


「寒っ!」

「ボイドっ! 早く上着と手袋っ!」


 アリスは自らの体を抱いて小さくし、ボイドとチェシャはボイドに防寒具の要求をしながら体を動かして寒さを誤魔化そうとしている。

 クオリアは鎧のためか比較的マシなようで、寒さで気球を支えている余裕もなく、皆に投げ出されたそれを立て直していた。


「っと。サイズの合うやつを取ってくれ」


 鞄の奥の方に詰めていたのか、力を込めて引っ張られた防寒具は鞄の外に出た瞬間にボイドの手を離れてその場に散った。


「えーと、これか。アリスは多分これ、小さいし」


 すぐに自分のサイズのものを取ったチェシャはその近くにあった一際小さい上着をアリスに渡した。


「複雑……」


 コンプレックスが利を成したという状況に感情が入り混じった顔をするアリス。ソリッドとボイドも選択肢が減ったのでそれぞれの上着を手に取り羽織る。


「あとは手袋……あった。これもサイズが……いや大体同じか」


 直近の寒さは落ち着いた事によって平常に戻ってきたボイドは今度は散らさないように一つずつ手袋を取り出した。

 ここでもサイズが小さいアリスのものは迷うことなく渡される。


「……」


 それを先ほどと同じ表情で受け取ったアリスが無言で手袋をはめる。


「ねぇ、せっかくだし飛んでみない?上から見下ろしたいの」


 気球を整えたクオリアがボイドから防寒具を受け取りながら皆に頼みかける。


「見たいっ!」

「オレもっ!」


 それにアリスとソリッドは即刻反応し、チェシャとボイドも頷いた。


 意思を統一した五人は手早く気球を広げて膨らませていく。

 全員がバスケットに乗り込み、ボイドがバーナーを点火。

 バーナーの火によって熱気が溜められた気球は上昇し始める。


「わぁー!」


 アリスの歓声。

 気球から見た景色は先程は高低差によって見えなかった雪原も映し出す。


「あれ、凍ってるの?」

「かな、柱になってる」


 凍っているように見える湖から生えている大きな氷柱。巨大な氷の洞窟。

 遠くには白に染められた森林が見え、他には山に大きな穴があるものも。

 どれも日常では目にする事のない世界。

 誰もがその景色の非日常さに見惚れる。


 それらをしばし堪能した五人は気球の熱気を抜いて下降していく。

 遠くにあった夕日は一日が終わりに近づくことを示すように白い山に姿を隠していった。

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