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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
第三試練:踊るは大蛇の氷炎
34/221

千年少女

 



 処刑人(エクスキューショナー)を撃破した五人の空間にアナウンスが響いた。


処刑人(エクスキューショナー)の撃破を確認、侵入者の正規アクセス権を確認。コントロールルームへのロックを解除します』


 奥の扉で鍵が回る音が鳴る。恐らく鍵が開いた後だろう。


「開いた?」

「みたいね、行こう?」

「先ほどのことも考えるなら、一応クオリアかチェシャが先行するべきだが落ち着け」


 せかすアイスをボイドが宥める。しかし彼自身もメモ帳を取り出して片手に握られている。好奇心にとらわれているのは同じようだ。

 そこへ苦笑交じりにクオリアが口を開く。


「貴方も大概よ。……あのドアの広さなら大盾が丁度良いわね。あたしが行くわ」


 クオリアが純白の大盾に半身を隠したままドアの前に立つ。今までのものとクオリアに反応し、勝手に横にスライドしてドアが開かれた。


 先にあったのは巨大な機械。何かのコンピューターとも(うかが)えるそれは防衛する為の兵器などではないようだ。クオリアが部屋の中央にまで来ても反応を示さず、ただただ忙しなく駆動している。


「大きな板?」


 その機械の前には青白く、薄い半透明な板が。半透明であるが故に後ろの駆動する機械もよく見える。

 また、半透明なその板も忙しなく何かが表示されては消えるのを繰り返している。


「コントロールルームと言っていた。今までに潜ったことのある遺跡にも最深部にこんな機械なかったか?」


 ボイドがクオリアとソリッドに確認する。彼らは仕事柄、見覚えのあるものだった。


「あったわねぇ。ここまで大きいのは見たことないし、こんな変な板も無かったけど」

「あったか?」


 大盾を構え、警戒したままクオリアが返答するが、ソリッドには記憶が無いらしい。

 しかし、話を聞いているチェシャとアリスは、ボイドとクオリアが言うのならそうだろうとすでに結論付けていた。


「お前は調査中に寝るからだろう?」

「だってボイドがああいうの調べ出したら止まらねぇもん」

「否定はせんが、そういう問題か?」

「どういう問題でもいいから、あっちに行かない?」


 アイスがまたも急かす。

 アイスには目の前の機械に懐かしい面影を感じていた。何も知らないはずなのに、何かを知っている。この違和感を一刻も早く解消したかった。


「確かにどうでもいいと言えばどうでもいい。早速調べよう」


 五人はクオリアを先頭に機械へと近づき、半透明な板の前まで着いた時に皆が止まった。


『Checked access to the control room. Language adaptation. Check the surrounding status。──K、K、こんにちは、私はゲイボルグ・コントロールルーム・システムコア、スカーサハです』


「「しゃ──」」


「喋ったー!」

「しゃべったぁぁ!」


 アイスとソリッドが声を上げて盛大に驚く。


 驚いていたのは他の三人も同様だったが、ボイドはその後すぐにメモ帳にペンを走らせていた。

 この国の言語ではない言葉も含めて。


『──特殊アクセス権所持者を確認。……マスター・アリスを確認。マスター、お帰りなさい』

「え……!?」


 アイスが驚く。


「アイス、じゃーねぇな。アリス? 誰だそれ」


 ソリッドが首を捻る。しかし、ボイドが首を横に振った。


「……いや、恐らくアイス君のことだ。元よりアイスという名前も仮なのだろう?」

「うん、俺が適当に出した名前」

「となれば、特殊アクセス権などというものを持っているのはアイス君だけだ。ならば──」


 それ以外はいう必要がないとばかりにアイスの方を向く。この場でマスターと呼ばれる者に該当するのは一人しかいない。


「でも、わたし、何も」


 アイスが狼狽する。


 しかし、彼女の中ではピースがぴったりと嵌ったような納得感があった。自分はアリスなのだという実感が急速に彼女の体を駆け巡る。


 それがひどく恐ろしかった。


「気にしないの、みんなアイスちゃんを責めてる訳じゃないからね」


 体を強張らせるアイスの背を撫で、優しく落ち着かせるクオリア。そこへ合成音声が話しかけてくる。


『マスターの記憶欠如を確認。マスター、此方の部屋に入ってください』


 そのアナウンスと共に開いたのは半透明な板の奥にあるドア。あまりにも巨大な機械と思えば、中に部屋も内包しているらしい。


「……」


 少し迷いを見せた後、そのドアへと歩いていくアイス。どこかへ消えてしまいそうな、頼りない彼女の足取りを見たチェシャも追いかけようとする。


『この部屋はマスター以外の侵入を許可していません。これ以上進むおつもりならば、防衛機構を起動します』


 チェシャはスカーサハの警告を聞いて止まる。その顔は非常に不満そうではあったが、三人の元へと戻っていった。


 一方アイスは遮られることなくその部屋に辿り着き、姿を消した。それと共にドアも閉まる。


「……アイスはどうなるの?」

『……現在、マスターは修復プログラムによって記憶の欠如をある程度補っています。現在の状態から完全に回復させるのは不可能ですが、今後のプロジェクトに支障が出ない程度までには回復するでしょう』


 少しの間を置いて返答が返ってくる。

 しかし、それを理解できなかったのか首を捻るチェシャ。


「簡単に言えば記憶喪失じゃなくなる。と言った具合だ。恐らく何かされるわけではない筈だ」


 それを聞いてチェシャは息を吐く。


「アイス君が戻る間、質問をしても構わないか?」

『……許可します』

「礼を言う、こほん、まずこの施設は何のためにあるんだ?」


 大前提と言うべき質問。そして、ボイド達の主目的の一つ。

 半透明の板がその質問に呼応するように何かを表示しては消えを幾度か繰り返す。その後また合成音声が聞こえ始める。


『……それには現在お答えすることはできません。しかし、人類に敵するものではない事は保証します』


 それを聞いてボイドは少し不満顔になるが、質問を続ける。


「アイス君は何者だ?」


 これもまた根本に関わる質問。不自然に厳重な警備に守られた少女。経年劣化によって運悪くチェシャが彼女を起こしてしまったものの、場合によれば彼女の目覚めはきっと先だったに違いなかった。そんな彼女の存在理由。

 また半透明な画面が点灯し、明滅し、動き出す。


『マスターアリスはゲイボルグの設計者、ザッカリアの娘です』

「ふむ」


 ボイドが欲しかった情報には遠く及ばない質。大人しく返答をメモに書くとまた質問を続ける。


「アイス君はいつの時代の人物かは分かるか?」

『……単位整合、約千年です』

「せっ」


 クオリアがあまりの数字に息を飲む。千年もの間、彼女はカプセルの中で眠りについていた事実に全員が驚く。


「千年前何があった? これほどのものを扱える人類が文明を失う理由が分からん」


 半透明な板は同じように動くが、今度は表示される何かの様子が違い、その回数も多かった。


『約千年前、人類は非常に発展した都市に住み、非常に優れた道具を作成していましたが、突如出現した迷宮というものから出現した異常な強さを持つ動物達に襲われました』

「迷宮生物のことか」

『肯定。それらの生物は難なく倒す事は出来ましたが、止め処なく出現し、遂には人類側の物資が底をつき、それを解決するためにザッカリアは魔力吸収機構(スイーパー)を作り上げました』

「スイーパー?」


 ソリッドがおうむ返しをする。


『迷宮内の魔力を吸収することによって出現する迷宮生物を減らすことには成功しましたが、それでも出現することには変わり無いため、人類は魔力吸収機構(スイーパー)を守りながら生息範囲を縮小してきました』


 スカーサハの合成音声と紙の上をペンが走る音だけが部屋の中で反響し、よく響く。


『スイーパーを守り切れない程にまで追い詰められた人類は次世代に繋ぐため、様々な手を尽くしました。その一つがこのグングニルと神の試練です』


 明かされる事実。述べられた理由には夢も希望も財宝もない人類の現実があった。


『そしてマスターアリスもまたザッカリアや他の人類の手によってコールドスリープによって次世代で解決することに託したようです。』


 スカーサハはまるで生き物の感情のようにホログラムを揺らした。


『現在は迷宮自体が増えたこと、また出現する迷宮生物が弱体化している事。加えてそれらを討伐することによって経済が回っている事により異常事態には至っていないと記録されています』


 そこで声が途切れる。


「ボイド、何言ってたのこれ」


 頭から蒸気がのぼるチェシャがボイドに問いかける。ソリッドも途中から聞くことを放棄していたようだ。二人ともスカーサハが言っている意味が理解できていなかった。


「千年前の迷宮生物はあたし達が戦ったものよりも強いわけ!?」


 クオリアが叫ぶ。


 分かりやすい結論。

 人類が滅亡の危機に追いやられた簡潔な理由だ。古代技術(ロストテクノロジー)をもってしてなお、迷宮生物に滅ぼされた。故に遺された施設がこのグングニルだった。


「だろうな。全くもって恐ろしい……。これほどのものを持ってしても凌ぎ切れないのだから当たり前かもしれんが」


 投げやりにボイドが答える。少し間を置いてチェシャの方へと向き直る。


「っと、何を言っていたかの話だったな。簡単に言えば、アイス君がいた頃の人々はほとんど死んでしまったということ。……だな」


 掻い摘んで説明するボイド。


 ソリッドは冷たそうな地面に寝転がって寝返りを打っている。何か気の利いた言葉が今の彼には浮かばなかった。その隣、一人何かに気付いて瞠目するチェシャがぽつりと呟いた。


「……じゃあ、アイスの家族も死んじゃったの?」

「──っ」


 静寂。


 少し考えれば当然到る結論であり、ボイドからの好奇心の湧く情報が取り除かれた話を聞いたからこそ、チェシャが一番初めに気づいた。


 記憶が無いから今までは良かったものの、彼女に乗せられた期待やそれらを背負って彼女の時代を捨ててやってきたその覚悟は計り知れないものだろう。


「最後に一つ聞きたい。記憶の復元とは言ったが、発狂などはしないだろうな?いきなり記憶を戻されるなんて、何が起こるか想像もつかん。場合によっては危険ではないか?」

『その可能性も考慮されましたが、大幅に記憶を失うことはなく、プロジェクトの進行においては問題ないという推測により無視されています』

「馬鹿か」


 ボイドは吐き捨てるように言った。

 プロジェクトの進行はともかく彼女自身のケアはそこには無かった。家族もすべて失った彼女が、そこから動き出せる原動力もないに等しかった。


「ねぇチェシャ。アイスちゃんって最初はどんな感じだった?」

「俺もこの辺のルールとかを明確に知っているわけじゃないけど、お金の話とか常識とかはあんまりだった。すぐにボイド達に会ったし、クオリアが知ってることと殆ど変わらない。かな」

「アイス、やばいのか?」


 ただならぬ雰囲気に起き上がったソリッド。しかし、まだ話を理解しているわけでは無いようだった。


「まだなんとも言えないが危険な可能性がある」

「止めねぇのか?」

「記憶の復元とやらがどうやってするものかは分からない。が、それを途中で中断すればまた記憶喪失になってもおかしくないからな……」

「あー、めんどくせぇなあ」


 煩しそうに錬金砲を地面に叩きつける。ソリッドは難しい話が嫌いだ。どうせ、力で解決するのに、まだその段階にも及んでいない。


「無事に戻ってくることを願う他ないな」


 気を紛らわせるためにとボイドがいくつかの些細な質問をスカーサハと交わすことによって時間は過ぎていった。

 そして扉が開く。


 戻ってきた少女が括っていたはずの亜麻色の髪はいつの間にか解かれ、彼女の歩みに伴って揺れている。


 そして、目は押しも押されもせぬと言わんばかりの輝きと決意を秘め、真っ直ぐに歩いてくる。


 チェシャはそんな彼女に何故か見惚れた。そんな状況でないことなど承知のはずなのに、どこか惹かれる何かが彼女にあった。チェシャはしばらく口を半開きにしていたが、直ぐに閉じて彼女に近寄る。


「記憶は戻ったの?」

「ええ、全てではないかもしれないけど、任務を遂行するには十分よ」


 チェシャの問いに答える少女の声は、彼の知るあどけない声から凛としたそれへと変わっていた。少女は四人を見回し、口を再び開く。


「ここから先はわたし一人でも大丈夫よ。危険だし、わたしなら千年前の兵器、えーと、今は古代技術(ロストテクノロジー)って呼ばれてるのかしら。その兵器の扱い方も分かる」


 間を置いてから続ける。


「ボイド達の目的はここでスカーサハに質問すれば十分な情報が手に入るはずよ」

「チェシャは……修行の為なら神の試練で十分よね?」

「……どうして一人に拘るの?」


 無理矢理すぎる論理で一人になろうとするアリスにチェシャは尋ねる。


「どうしてって……これはわたし達の宿命。この時代の人を巻き込む訳にはいかないわ。その為にわたしはここに来たの」


 決意を秘めた目で真っ直ぐとチェシャを見返す。

 チェシャが歩いて彼女の前に来る。僅かな沈黙。


 それを破る乾いた音が響いた。

 アリスの右頬が赤く腫れる。


「──!?」


 アリスは叩かれた衝撃で顔を横向けたまま目をいっぱいに見開いている。叩かれた瞬間よりも後の方がじんじんと滲んで、思わずアリスの瞳からじんわりと涙が浮かぶ。


「馬鹿なの?」


 チェシャが声に怒気を孕んで言う。

 そうしなけば、今からの詭弁で彼女を止められないと思ったから。


「馬鹿じゃないわよ! ……危険なの!」

「危険なところに──仲間を一人で行かすわけないじゃん?」


 チェシャはそこで一度息を吸う。彼の唇が少し震えた。感情のままに繰り出す詭弁では簡単には止められない。彼の少ない知識から引き出されたもっともらしい理由を必死に探す。


「それに昔とか難しい話は分からないけど、今は仲間じゃん。それだけじゃ不十分なの?」

「あたしも同意よ。ギブアンドテイクだけど、それでも仲良くなれたつもりだったのにね。そうでしょ?」


 畳み掛けるように言葉を重ねるチェシャ。さらに、アリスの前に来たクオリアが振り返ってボイドとソリッドに同意を求める。


「ああ、全くだ。確かに十分だが、満足したなど一つも言ってないぞ?」

「そうだぞ。勝手に決めんなよっ」


 当然と言わんばかりの勢いで各々の話をする。


「──っ」

「そんなに背負う必要無いわよ。ねっ?」


 静かに感情を溢れさせ、涙を零すアリスにクオリアはハンカチで彼女の涙を優しく拭う。


『マスター。何故涙を流しているのですか?』


 空気を読めないスカーサハがアリスに問う。


「うるせぇ! 人の気持ちが分からない奴が人類だかなんだかを助けるなんて言ってんじゃねえよ!」


 ソリッドが吠えた。彼にとって何かを助けるためにいろいろなものを犠牲にするのは許せなかった。たとえ、それが最善だとしても、最善だと思わない誰かはきっといるから。


『…….』


 何を思ったのかはともかく、答えを返すことなくスカーサハは沈黙する。


「その辺にしておけ。アイ、ごほん。アリス君、今後、どうするべきかの方針はあるか?」

「ん。……ゲイボルグを作動させるためのシステム、クーホリンを動かすためのロックを解除しないとダメなの。そのロックはこの層よりも奥だからまた試練を攻略しないとダメ」

「予々いつも通りというわけか、なら話が早い。今日のところは引き上げるとしよう」

「おうよっ。おい分からずやの頭カチカチ野郎! 次来るまでに人のキモチってやつ勉強しとけよなっ!」


 彼の何かに触れたのかソリッドはスカーサハに敵意を露わにする。一度ボイドに止められて尚、むき出しの敵意をクオリアがしゃがんだまま肩を叩いて抑える。


「その辺にしときなさいソリッド。とにかく戻って村で一泊してからゆっくり帰りましょ」


 そして、粗方アリスの涙を拭い終えたのでハンカチをしまって手を叩いた。


「……ごめん」


 アリスがポツリと零す。


「ありがとう、で良いんだよ」


 チェシャが微笑みかける。さも当たり前だと言うように。

 内心、詭弁──感情論を押し通せたことに安堵しながら。


 彼の内心を露知らぬ他三人もその言葉に首を縦に振った。


「ありがとっ」


 わずかに残る涙が黒い瞳を輝かせながら、少女は破顔した。

このお話で登場する迷宮生物という単語。

ルビの振り方がよく分かっていないため振っていませんでしたが、クリーチャーと呼んでいただいても大丈夫です。普通に読むにはやや語呂が悪いので。

これを全て修正するのは流石に時間がかかるのでこのまま行かせていただきます。ご了承ください。

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