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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
第三試練:踊るは大蛇の氷炎
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処刑人

 



「起動完了だ。警戒は最大限に頼むぞ」


 グングニル、第二層にて、第三層への転移装置の横にある装置を弄っていたボイドが、転移装置の光が灯ったのを確認したのちに振り返る。


「うい~」


 間延びした声で返事するチェシャ。眠気に負けそうな瞼は半分閉じている。


「しゃきっとして」

「アイスちゃんも中々よ?」


 少し舌足らずにアイスがチェシャの背を叩くが、瞼こそ開いているものの足取りも覚束ない。そんな彼女を見たクオリアが笑う。


「むぅ」


 それに対してアイスは反論はせず、頬を膨らませるのみだった。


「二人ともいかにも良い子ちゃんだもんな」


 練金砲の留め具を締め直し、ポケットに火炎瓶を差し込んだソリッドが茶化す。


「私も含めて元気だったから来たものの……。前線の要がこの調子なのはやはりまずいか。無理することもないぞ、帰るか? 昨日の打ち上げはだいぶ夜遅かったのも事実だ」

「いいや、起きるからいい」


 チェシャは水筒を取り出し、顔を上向けて水筒を顔の上で逆さにする。

 水筒の中身はチェシャの顔を水浸しにして、尚も滴る水は肩当てに多少は弾かれながらチェシャの服を濡らし、程よく鍛えられた体のラインを浮かび上がらせた。


「豪快ね」


 感心するようにクオリアが言う。その感心は服が張り付くことで浮かび上がる彼の鍛え上げられた体にも向けられていた。同じく頭が冷め切っていないアイスもチェシャと同じことをしようとしたが、彼に手首をつかまれ、止められる。


「え?」

「だめ」

「どうして?」


 チェシャは口を開かぬまま首を横に振る。見つめ合うと言うよりかは睨み合うと言う状況で過ぎる静かな時間。沈黙に耐えかね、肩をすくめたボイドが口を開く。


「……確かにチェシャ君が動ければとりあえずは大丈夫だ。アイス君が無理にそこまでして起きる程ではない」


 チェシャの様子をじっと見ていたボイドがアイスの方に向き直して言う。

 ボイドにはチェシャが何故止めたかは分かっていた。故にこの場は彼の味方に付く。


「……分かった」


 二対一。何かしら理由があるとは分かったが、釈然としないとアイスは不服そうな顔を隠さない。仕方ないと頷くと、先に転移装置の光へ入っていったチェシャを追っていった。


「紳士ね」

「アイスに同じようにさせたくなかったからか? 冷たいし」


 アイスが消えてから胸を撫で下ろしたクオリアが呟いた。

 呟きを聞き取ったソリッドが首をひねり、立ち止まって言ったが、ボイドが首を横に振って否定する。クオリアとボイドはチェシャがアイスに同じことをさせなかった理由を察していた。


「多分違うさ。あそこまで戸惑わずにかつ強情に止められるのは確かに紳士か。意図していたかは分からないが」

「そうね、単に水に濡らすのが可哀想とか考えてそうだもの」


彼の意図が無意識がどうかはさておき、良い肴になりそうだと顔を見合わせた二人がふっと笑う。そこに、会話の意図を理解できていないソリッドが不満そうに声を上げた。


「何のことかわかんねぇけどよ。早く行かねぇと二人に怒られるぜ?」

「ああ、そうだったな」

「行きましょっか」


 立ち話に釘を刺された二人は急いで転移装置の光に入っていったソリッドを追った。




 *


 第三層へと着いた五人。

 先に着いていたチェシャとアイスは転移装置から伸びる通路の少し先にあるドアの前にいた。

 警戒しているように見える二人は僅かに開けたドアの前で屈みこんでいる。


「何かあったか?」

「無くはない。なんか立ってる」


 ボイドが尋ねる。帰ってきたのはチェシャの曖昧な答え。声も、もどかしそうにしている。


「立ってる?」

「そう、えーと、下にいた人形のおっきいやつ?」


 アイスが身振りで大きさを精一杯表現する。小さな体を大いに使っているも、具体的なことは全く分からない。


「動いてるの?」

「ううん、ドア開けて進もうとして、すぐに戻ったけど動いてなかった」

「完全に部屋に入った訳ではないということか?」

「そう。だからもっと部屋に入ったら動く、かな」


 警戒心をあらわに、大盾を持ち直したクオリアの質問。

 ドアを少し開けたチェシャが中を覗いてから自信なさそうに推測を述べた。


「火炎瓶、準備していいか?」


 ソリッドが蓋を開け、ボイドに尋ねた。もうすでに全員臨戦態勢へと移っている。先行していた二人の話からも強敵であることが伺えた。


「残念ながらそいつは撃てるようになり次第、なるべく早く撃たないと壊れる可能性もある。辞めておけ、蓋は開けてもいい」

「とりあえず、少し入る。何かあったらフォローお願い」


 ボイドがソリッドの手を制したのを見て、チェシャが先導する意を示した。


 四人の頷きを確認してからチェシャは扉を横にスライドさせる。

 抵抗なく横に扉は開かれ、五人の視界には平坦な広間、相変わらずの対照的な壁、そして、二層にいた機械人形の巨大版が。

 腕からは鉄球ではなく無骨に太く、大きい棍棒のようなものが生えていて、足が車輪になっていた。


 チェシャが部屋に入ってから三歩目を踏み出した時。


『侵入者を確認。処刑人(エクスキューショナー)の起動を許可、実行します。』


 響く合成音声のアナウンス。そして、呼応するように体を起こした巨大機械人形。ゆっくりと持ち上げられたこん棒がチェシャへと狙いがつけられる。それに伴って、車輪が回り始めた。


「チェシャ君! 気を付けろ!」

「分かってる!」


 車輪を駆動させ、摩擦音をかき鳴らしながらチェシャへと迫る処刑人(エクスキューショナー)その姿は生物ではなくとも十分に恐怖を煽る。


 チェシャは振るわれる長い棍棒を転がって避ける。

 車輪の直進の速度は目を張るものだが、小回りは効きにくい。恐怖から来る失敗を除けば、横に抜ける回避は難しくない。


 チェシャはそれを活かして、処刑人(エクスキューショナー)の足元で回避をし続ける。

 グォン!グォン!と風切音を間近で聴きながらも冷静に致命の攻撃を避ける。早めに回避行動をとっても、処刑人(エクスキューショナー)は追随してこない。反撃の隙も出来た。

 そのため、時々槍で攻撃をしているようだが、硬い体に阻まれて意味を成していない。


「ソリッド」

「おうよっ」


 言われるよりも早くソリッドの練金砲から火炎が飛び出す。前よりも威力の高いように見えるそれは処刑人(エクスキューショナー)を火の海に包む。

 しかし、それでも尚チェシャに向けて棍棒を振るう処刑人(エクスキューショナー)。それは感情がないからか、痛覚が無いからかは分からない。


「効いてないのか?」

「みたいね。こっちを振り向きもしないもの。むしろあたしたちが近づけないわ」


 準備は万端でも轟々と燃え盛る火の海に突っ込むわけにもいかず、立ち往生する四人。

 チェシャも火の海からは離脱したが、火の海によって四人から分離されてしまった。


「どうするよ?」


 ソリッドがボイドに問いかける。処刑人(エクスキューショナー)の体も熱で変色することはない。耐火性の高さが伺えた。


「車輪を停止させれば動きは止めれるか? ……この部屋の広さでは先送りに過ぎないか……? ううむ……」


 ぶつぶつと呟くボイド。どうやら案はないようだった。


 三人が会話をする中、銃を構えたまま静止していたアイスの指先が銃の引き金を引いた。

 放たれた弾丸、それは目まぐるしく動く処刑人(エクスキューショナー)の車輪の片方に命中し、爆発。使われたのは爆発する弾。


 爆発によって車輪が欠けたのかバランスを崩す処刑人(エクスキューショナー)


 すかさずチェシャが飛びかかり、関節の間に槍をねじ込む。無理矢理な使い方に槍も悲鳴を上げるが、ガコンッ! と、両腕をおかしな向きに曲げることに成功する。


 立ち上がろうとする処刑人(エクスキューショナー)、しかしバランスを崩した状態、腕も異常では立ち上がることすらままならない。


「ソリッド、少し危険だがあれを使え」

「壊れねぇか? この部屋」

「二人があれだけ動いてくれた分何かしなければならないからな。私が動きを止める。頭を壊せ」

「あたしは?」


クオリアが準備万端と大盾を掲げるも、ボイドは首を横に振るのみ。

この調子ならばチェシャが上手く相手取ってくれる。直接攻撃を受け止めて時間を作るクオリアの必要性はない。


「出番は無いだろうな」

「えー」

「うるさい、気が散る」


 文句を右から左へ流したボイドは微かに光る指先で印を書く。チェシャは横目に二人の様子を見て察したのかすでに離脱している。


「いくぞソリッド、逃すなよ」


 印を書き上げたボイドは書き上げた印から出た黒い球体を処刑人(エクスキューショナー)へと飛ばす。じたばたしていた処刑人(エクスキューショナー)地に体をつけて一時沈黙。


「ただの的だな」


 珍しく淡々と言い放ったソリッドは練金砲を構えて連鎖爆発する爆発玉を打ち出す。


 ドォン! ドドォン!


 本来なら高い位置にある頭を何度も爆発に巻き込むのは難しいが、今であればそれは容易であり、処刑者人(エクスキューショナー)の頭部が連鎖する爆発によって煙に包まれる。


「まだ動くよ!」


 一番それの近くにいるチェシャが警告する。


 その後、間もなく動き出した処刑人(エクスキューショナー)、しかし車輪が欠けている為、二輪ではまともに動けない。

 もがくように自転を繰り返す。すると、処刑人(エクスキューショナー)の腕が収納された。


「……?」

 

 この場の皆が疑問符を浮かべる。わざわざ武器を仕舞う理由が誰にも思い浮かばず、呆然と見過ごす中、格納された腕から入れ替わりに車輪が現れた。そして、腕から生えた車輪が地につき、車輪は計四つ。四輪に変化した。

 四足歩行、否──四輪駆動と化した処刑人(エクスキューショナー)の車輪から駆動音が響きだす。


「えっ」


 突然の変化に思わず停止するチェシャ。

しかし、敵は待ってくれない。車輪の回転数が増していき、擦れあった構成材をキュイキュイと鳴らして、チェシャに向かって爆走を始める。


「やばっ」


 彼は壁に向かって跳び、壁を蹴って三角跳びで空中に逃げる。

 そして、空中で態勢を整え、その下を通る処刑人(エクスキューショナー)に槍を突き刺す。


 槍はまた嫌な音をあげながら処刑人(エクスキューショナー)の体に食い込む。

 槍を起点にチェシャは処刑人(エクスキューショナー)の体に乗り移った。対象を見失った処刑人(エクスキューショナー)は探し回るように部屋で円を描いて爆走を続ける。


「アイス君、もう一度車輪に当てれるか?」

「多分」


 肯定も否定も述べずに確率だけを伝えるアイス。

 彼女もほとんど感覚で撃っている。反動のことを考えれば簡単に命中させているアイスも可笑しいのだが、不思議と自信があった。


「なら頼む」

「分かった」


 短い会話は返事と同時に鳴った発砲音によって終わる。

 カンッ、カンッ、カンッと。リズミカルになった音は三回。


 車輪は二つ止まった。具体的な戦果は一つは欠けた車輪に追い討ちをかけ、残り二つは別の車輪に命中した。

 処刑人(エクスキューショナー)がバランスを崩すことによって上にいるチェシャもそれに振り回される。


「クオリア、止めれるか?」

「出番? けど、あれを真っ正面から? ……正気?」

「御膳立ては出来ているだろう?」

「そうね、愚問だったわ」


 バランスを崩したことによって暴走するように駆け回る処刑人(エクスキューショナー)。チェシャはその上で必死にしがみついている。


 暴走する処刑人(エクスキューショナー)の進路上に立ち、大盾を構えるクオリア。


 激突する両者。人間の体など簡単に吹き飛ぶであろうその激突は本来ならばあり得ない拮抗を保つ。

 それは彼女自身の力量と努力。

 そして、迷宮によって器が強化された恩恵が可能にすることだった。


「人外に踏み出した感じがするな」


 ボイドがしみじみと呟く。彼が最初に知ったクオリアとは明らかに違う力量だ。グングニルに居るラクダもどきもてこずっていた頃の彼女と比べて成長が目に見えて現れている。


「オレらも似たようなもんじゃねえか?」


 クオリアが止めている間に火炎放射を処刑人(エクスキューショナー)の頭に放っていたソリッドが振り返らずに答える。

 もちろんこれを相手に完全な拮抗ではなく、クオリアが少しずつ後ろへと滑り、彼女もまた苦しそうな顔をしている。しかし、迷宮がもたらした力故か、完全に崩されることなく彼女は耐えている。


 ドンッ!


 そうして稼がれた時間によって集中砲火された処刑人(エクスキューショナー)の頭は遂にアイスの爆発する弾によってあらぬ方向へとねじ曲がる。


 曲がったことで出来た隙間。


 そこに差し込まれた槍。


 ギィ…ィ…ィ


 キリキリと槍を酷使しながらも無理やり頭をねじ切らんとする。嫌な音を立てながら少しずつ頭があらぬ方向へと曲がる処刑人(エクスキューショナー)


「ら──ァァッ!」


 渾身の雄叫びと共に腕の血管も浮き上がり顔を真っ赤にさせながら全力を振り絞ったチェシャがついに頭を宙へと跳ね飛ばす。


 ヒュゥゥン。


 それと同時に処刑人(エクスキューショナー)の体も力を失って地面に体を投げ出し、残った慣性によってチェシャも前に投げ出された。処刑人(エクスキューショナー)の爆走を受け止めていたクオリアもまた肩の力を抜くと腰を地面にストンと落とした。

ボイドは処刑人(エクスキューショナー)が完全に停止したことを確認すると投げ出された二人の元へ向かい、手を差し出す。


「良くやった」


 ボイドからの労い。チェシャとクオリアは笑顔で頷きを返して彼の手を取った。


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