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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
第二試練:駆けるは神馬の多脚
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閑話・少女職員の苦悩

一章のものと同様、裏設定とサブキャラの話を混ぜた閑話になります。読まなくとも影響はありません。

 探索者組合。各々の机で働く職員たち。

 その中で全体を俯瞰できる位置にある机に座る男性が口を開く。


「アルマ」


 短く呼ばれた名前。その声に反応した少女、アルマは顔を上げて声の主の方に顔を向ける。


「仕事の方はどうだ?」


 素っ気ない口調で尋ねる。

 アルマはこの仕事に就いて半年も経っていないが、この人が見た目や口調に対して優しいことだけは知っていた。


「とても順調です。誰が担当しても……いえ、サポートなどなくとも彼等はいい探索者になると思います」


 アルマは実直な感想を述べた。


「そうか。……だが、少し間違えているな。迷宮において情報の有無は探索者の生死に直結する。……そうだな、サポートする探索者パーティの一員と思うぐらいが丁度いい」


 それは担当する探索者のパーティが成功すれば、自分も成功したのと同義だと。


「はいっ!」


 先輩からこの上司の難解さはよく言われていたので、彼の言いたいことを探り、それに頷く。


「それと……」


 男性は手にしていた紙をアルマに渡す。

 そこに書かれていたのはチェシャではない別の探索者の名前、アンセルという探索者。


 つまるところ、新しい担当探索者である。


「えっ。私にはまだ早いですよっ!?」


 手をブンブンの振って遠慮する。

 彼女がチェシャを担当し始めてから一節も経っていない。


 大体のサポート課職員の過程として、一節ごとに上司が部下のキャパシティを吟味して担当を増やすか決めるのだ。勿論例外はあるが、断じて新人が当てはまる例ではない。


「第二試練に移ったならしばらくはフクミソウの採取に時間を使うだろう?」

「まあ、はい」


 第二試練で使う気球の球皮となる素材。

 大量に要求される為、探索者はしばらくここでの探索、もとい採取に時間を使う。


「となれば手が空く。正直な所、あの探索者がここまで早く第一試練を乗り越えるとは思わなかった」


 アルマとしてもチェシャ達が第一試練をあっさり、とまでは言わないが乗り越えてしまったのは予想外だった。


 普通、新規の探索者は“子熊の遊び場”と“小鹿の水飲み場”でパーティを組み迷宮を探索することに慣れる。

 ここまでは大した苦難もない。出現する迷宮生物も一般人が武器を持ち、複数で戦えば苦労のないものしかいないからだ。


 パーティの装備を整える為にそこで時間を使う慎重な探索者もいるが、それはそれ。

 問題は大迷宮である“深緑の森”。


 動きを阻害する大ガエルに、殺傷能力の高い黒虎。

 この二匹が新規探索者が死傷する原因の大部分。

 無事に攻略がすすんでも、一度の大怪我で治療費が嵩み、探索が止まる。


 時間をかけて迷宮で力をつけた人ならともかく、新人が簡単に攻略できる場所ではないのだ。


 その原因の一因として、火力のある古代技術(ロストテクノロジー)製の武器を持つ二人と盾役としてのノウハウが高いクオリアがいた事が大きな一因を占めている。また、門番、ゼルケルクスとの戦闘の際はチェシャが想像以上に活躍したのも彼等の知らぬ一因である。


「そうですね。私も意外でした。……けど、早くありませんか?」

「この探索者もある程度経験は積んでいる。それほど重荷にはならない筈だ。もし無理そうなら言え」


 紙を手渡し、上司は去っていった。

 アルマは嬉しさと困惑が混ざり合った内心を横に置いておき、一度離席する。


 2階へと続く階段を登り、職員専用の休憩所の椅子に腰掛けため息をついた。


「あら、アルマちゃん。どうかしたの?」


 そんな彼女の様子を気にして先輩であるクシャトリアが尋ねた。


「ええと、新しい担当探索者さんの話を頂きまして……」


 アルマは先程の話を説明する。


「凄いじゃない! 担当が増えればお給料も増えるでしょう?」


 サポート課職員の給料は基本給とは別に担当探索者毎と、第二試練以降の情報提供など、様々なところで追加の給料が入る。

 担当探索者が死んでしまった場合、給料が引かれたりすることはあるが、それを上回るメリットがある。


「そうですけど……」


 アルマの中で渦巻くのは期待されていることの喜びと同時に、その期待に応えられるかどうかの不安。

 魔術学院の事務員コースとして首席という好成績を収めたのだから、誇ってもいいことで、おかしくはない事なのだ。

 ただ、経験不足から来る不安が大きい。


 人間、知らない道を通ること、暗闇を進むことが怖いのと同様に未知には恐怖を抱く。

 そして、知っている道に出た時や、明かりを手に入れた時のように既知には安堵を抱く。


「ま、分からなくもないけどねー」


 クシャトリアはポケットからタバコを取り出し、火をつけようとして止まった。


「いいかしら?」

「良いですけど……もうそこまで出したなら聞かなくていいと思いますよ」


 アルマは苦笑する。

 先輩の吐いた煙から独特の匂いがするのに僅かに眉を潜めつつも、嫌悪を抱かぬ自分に疑問を抱いた。


「そんなに気負わなくても、貴方が担当した子は必ず前線に行くわ。言い切れるもの」

「どうしてですか?」


 アルマから見ればチェシャは危なかっしい存在だった。彼が次に聞くであろう迷宮についての資料はもう作成されている。彼女としては彼は手のかかる弟のような、そんなイメージだった。


「だって、ロクショウ村でしょ?」


 彼の故郷の名。アルマもチェシャの資料を貰った際に目は通している。その村の存在については初めて知った。別に村の名を知らないなど珍しくはない、この大陸で未開の地はほとんど無くなったが、定住する人が多いわけでもない。

 東西南北のそれぞれの国が各々の気候の特色に合わせて定住地を広げているのだから。


「聞いたことないですけど、何か特産品でも?」

「──いいえ、あそこの村人はみんな狩人なの」


 アルマの問いにクシャトリアは煙を吐き出してから答えた。


「狩人。……戦闘に慣れているという事ですか?」


 確かに槍を使う人というのはあまり多くはない。

 戦争では主力だが、迷宮生物との戦闘において、両手槍を持つより剣と盾を持った方が安定するのだから。


 そう考えれば槍を持って大迷宮の迷宮生物と渡り合えるチェシャは元から強い探索者だった。でも、得物の扱いに慣れている新規探索者なども珍しくはない。


「アルマちゃんは魔術学院出身よね?」

「はい」


 魔術学院。一定の魔術の適性を持つ者のみが入学試験資格を得られる学院。

 試験も難しく、卒業時にも試験を課せられるこの学院を卒業したという経歴は非常に強い。

 ましてや首席ならば事務方面だろうと、戦闘技能も高いのだ。


「ここに来たってことは事務員コースだと思うけれど、どうしてなの?」


 魔術学院は四階生まであり、三階生からはコースごとに専門の授業を受ける。魔術関連は共通だが、基本は他のコースの生徒と共に授業を、受けることはない。


「父と母は探索者とサポート課の職員だったらしいんです」

「へぇ……!」


 なかなか珍しい組み合わせである。おかしくはないが、探索者が無事に生き続けている例は決して多くはないのだ。それを一番分かっている組合職員が、となると尚更である。


「だからお父さんとお母さんからはよく話を聞かされて……。素敵な出会いを求めて、じゃないですけど、そういう形で迷宮に関われるのは、いいなって」

「それで首席まで……。魔術師として迷宮を探索しようとは思わなかったの?」


 首席であれば迷宮で探索するには大いに歓迎される人員だ。その道を選ばなかったのかと暗に尋ねる。


「私、迷宮生物が怖くて……そもそも戦いが怖いんです。ルールに守られた魔術師同士の戦いとは別じゃないですか」

「ええ。どんな過程でも、生きていた方の勝ちだもの」

「私には無理です。魔術を編むのは得意ですけど、多分パニックになっちゃいます」


 へへっと、笑いながらそう言った。

 クシャトリアも彼女の笑みに伝播されて笑顔を浮かべる。


「なるほどね……。あ、話が逸れたわね。じゃあ、そこで古代技術(ロストテクノロジー)については習った?」

「はい。日用品から兵器まで様々ですが、産出されるものが兵器に偏っているので、何かしらの外敵生物が居た可能性があると」


 古代技術(ロストテクノロジー)について分かっていることは少ない。研究が進んだのもノースラルの研究所で古代技術(ロストテクノロジー)についての論文が発表されたからだった。


「あそこ、人体実験が行われていたらしいの」


 声を潜めてクシャトリアは言った。


「えっ。どういう──」


 意味ですか。という言葉は扉が開いた音にかき消された。

 入ってきたのは探索者組合組長、アレクサンダー。


 アルマは頭の中で渦巻く謎をそっちのけに頭を下げた。同様にクシャトリアも頭を下げると同時に尋ねる。


「どうしましたか?」


 組長が休憩所に来ることは基本的にない。組長室の隣に専用のものがある為。

 そうでないと職員が思い思いに休めないからだ。


「いや、ナーシェンを探してるんだが……、見てないか?」


 その名はアルマの上司である男性の名前だった。


「えっと、ナーシェン課長ならサポート課に居ませんでしたか?」


 失礼な言葉遣いにならないよう発言に注意しながら答える。


「本当かい? ならそちらを当たってみるよ。ごめんね、緊張させて」


 気の良いおじさんのような風貌の彼は手を軽く挙げると去っていった。


「ふぅ」


 溜息一つ。


「びっくりしたわね……」

「はい……」


 その頃には話していた内容など少女の頭から吹っ飛んでしまい、今はただ休むことに尽力するのだった。



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