探索・暗中洞窟・2
暗中洞窟の探索にて。
「赤2、青2」
チェシャが声を張る。蟻型迷宮生物との戦闘の数をこなし、皆が慣れるのに伴って報告も短くなっていた。
「安定した勝負より速攻だ。連戦の可能性がある以上、一戦一戦を迅速に」
「赤が前よね? クオリア、崩しだけお願い、仕留めるわ」
「頼もしいねぇ、お姉さんも頑張りますかっ」
前に躍り出たチェシャが槍を大ぶりに振り回し、前衛のソルジャーアントの気を引く。
クオリアが隙の出来た側面から思い切り大盾で体当たりをかます。的が動かなくなり、脳天への射線を確保。
「一匹っ!」
発砲音、崩れ落ちたソルジャーアントの頭から緑の液体が吹き出した。
「二匹」
今し方霧散したソルジャーアントの悲鳴を聞いて、そちらに目をやったもう一体のソルジャーアント。
その隙をチェシャは見逃さず槍で頭を貫いた。
「一匹持つわ。もう一匹お願い!」
その間にクオリアはシールドアントの元へ詰めて、密着して盾を押し付けながら動きを阻害する。
「アイス! 一発お願い!」
具体性の無い指示、彼女がどう受け取ったかはともかく、シールドアントの頭に向かって放たれた銃弾は正確に頭に命中、しかし硬い外殻がそれを阻む。
それが無意味だったかといえばそうではない。銃弾は弾かれたが、振動は伝わる。頭となれば尚更、その振動はシールドアントの動きを一瞬止めさせた。
一瞬あれば彼には十分。
足元に槍を潜り込ませて、シールドアントをひっくり返す。
腹を晒してもがくシールドアントにチェシャがとどめを刺した。
「今回の目的はヤミキノコだ。そこまでは迅速な戦闘、行動で頼む。ルートは朝言った通り、グリーディアントをの行動範囲を通らないルートだ。覚えているな?」
「大丈夫」
槍についた液体を落として、すぐさま進行するチェシャ。いつものように分かれ道のたびにボイドにルートを聞くことはない。
「オンオフ凄いわよね彼」
「頼りになるのは変わらないさ、遅れないように着いていくぞ」
「この中で歩くの遅いのはボイドじゃねーの?」
ランプを持っているため比較的前にいるソリッドが悪戯な笑みを浮かべて振り返る。
「そこ、うるさいぞ」
いつもよりも速い迷宮の探索。
動く距離が増えるということはそれすなわち迷宮生物との遭遇率も増える。
「青2、黄2、赤1」
前から順に伝えるチェシャ。構成としては一番面倒な類。
「ソリッド、撃て」
「良いのか?」
「この編成は面倒だ」
ボイドはソリッドに氷結瓶を渡す。
「あいよっ」
「クオリア、一瞬止めてバックで頼む」
「俺は?」
「ソリッドが撃った後にとどめに回って、液体に触れそうなところはアイス君に任せてくれ」
「分かった」
クオリアがシールドアントの前に出た後、大盾を横にして横の面積を大きくしてから体当たり。
反撃される前に彼女は退いた。
「発射ぁぁ!」
威力に関係はないが気合十分の威勢と共に放たれた冷気の球体は前に二匹のソルジャーアントに命中し、後ろのハニーアントまで飛沫が飛んだ。
「止まってれば刺せるや」
ほとんど動かないシールドアントの外殻の隙間を狙ってチェシャは槍を突き刺す。
そして、後ろの三匹はアイスによって苦も無く倒された。
「行こう、多分目的地まで半分切ってる」
「良いペースだ」
五人はまた早歩きを再開した。
*
「これがヤミキノコ? ただのキノコじゃないの?」
アイスが採取したキノコをぐるりと見回す。
「単純に生えている場所の問題だろうな。見た目はさして特異な点はないが、生でも美味しいらしい。たまに当たるから危険らしいからやるんじゃないぞ。お金持ちとかが料理人とかに使わせて、好んで食べるのさ」
せっせと採取したそれを鞄に詰めるボイド。
美味しいと聞いてアイスがそれを食べようとしたが、後半の部分を聞いてピタリと静止した。
「暗中コケは取る?」
チェシャは洞窟の壁に蔓延る暗中コケに手をかけようとして思いとどまり、振り返る。
「そうだな、クオリアもそっちを取ってくれ」
ボイドは鎧を着込んでいるため屈みにくいクオリアを屈むことが少ない暗中コケの採取に回す。
「あら、そっちの方がありがたいわ」
クオリアは嬉しそうに鎧を鳴らしながら立ち上がり、暗中コケの採取に取り掛かかった。
そうして、粗方採取を終えた五人は帰還の為来た道を戻り始める。
十字路まで一行がたどり着いたとき、チェシャが手で四人を制した。
「屈んで」
声が低いが、張っている。
それは本気でありチェシャの中の警鐘が鳴っている証だった。その証拠に、後ろの四人からは見えないが彼の顔は真剣そのもので、槍を握る手にも力が込められていた。
スイッチの入ったチェシャの指示に皆は言われるがままに迅速に壁によって屈み、潜伏する。
「どうした?」
ボイドが問いかける。
「──いっぱい来る」
すぐに聞こえたのは虫が動く音をそのまま大きくした蟻たちの行進の音。しかし、規模が違った。数がおかしい。彼らが迷宮生物と遭遇するときの足音を一とすれば、十はくだらない程。
アイスが顔を青くする。思わず悲鳴をあげそうになる彼女の口をクオリアが後ろから塞ぐ。
「大丈夫よ」
クオリアが自身の強張った顔を見せないようにしながら声だけは平静を保ち、アイスの背をさすって彼女を落ち着かせた。
音がチェシャ達に接近する。
通り過ぎて行ったのは大量のソルジャーアント、何か目的があるように一切の躊躇なく普段遭遇する個体よりも速い行進で進む。
直ぐ近くを大量の足音が通り過ぎていくのを五人は息を押し殺して見送る。誰もが早く通り過ぎろと祈る中、蟻たちの行進は続く。
何十匹通り過ぎたかは分からなくなるころ、その行進の音はだんだん小さくなり、消えていった。
「行ったの?」
手で耳を塞いでいたアイスが顔を上げる。
「多分……。ボイド、この辺何かあった?」
「今見ている……。強いて言えばグリーディアントの行動範囲がさっきのソルジャーアント達が来た方角にあるくらい……か」
だがその理由はしっくりこないのか頭を捻るボイド。
「ボイド、いざとなったら火炎、使って良いよな?」
あの数となれば戦闘ではなく、数の暴力で轢かれるだけだ。どうにかなるとすれば、危険ではあってもソリッドの火力のみ。それを理解しているソリッドはいつもボイドから一つ預けられている火炎瓶を見せながら尋ねる。
「ああ、こちらも被害を負うかもしれないが、あれ相手に使わない選択肢はないからな」
「とりあえず一度戻りましょう、アイスちゃんが、ね」
アイスは気分が悪そうだった。無理もない、多足生物の大量の足音だけでも常人には不快などと言うレベルではないのだから。
「そうだな、幸いあの方向ならこちらのルートと被らないはずだ。急いで帰ろう」
五人は行きと同じペースて来た道を戻る。
道中の遭遇は二匹のソルジャーアントのみだった。
*
セントラルに戻った五人は安全が約束された場所に戻って来たことに改めて胸をなでおろす。気球に乗った時点で落ち着いてはいたものの、龍と出くわしたケースもある。転移装置にのるまで五人は気が気でなかった。
「チェシャ君、組合で暗中洞窟で何か起こってないか聞いてくれないか? 報告は明日の朝、いつもの所で頼む」
いつもの所、それすなわち集合場所も兼ねるバー・アリエルである。
「わかった。アイス、一人で帰れる?」
「もう大丈夫よ、子供じゃないもの」
アイスの調子はともかく、顔色はだいぶ回復していた。声がまだ小さいことにチェシャが一瞬眉をひそめたあと、にやりと笑顔を作った。
「子供じゃないって言う人ほど子供だよね」
チェシャのからかいにアイスは目を鋭くしてチェシャを見る。
「……水風呂をお望み?」
今日の風呂当番はアイスだった。
「ごめんなさい」
「ふふっ」
クオリアの微笑み、それはチェシャに煽られて言い返すアイスに向けられていた。




