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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
第二試練:駆けるは神馬の多脚
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探索・暗中洞窟

「ひたすらにうざい」


 チェシャが現在戦闘中のソルジャーアントに止めをさして息を吐いた。


 大きくなろうと所詮蟻、されど数の多さも蟻並み。

 一戦一戦の疲労は小さくとも積み重なれば大きくなる。閉所で後衛が生きにくいとなれば前衛の負担は尚の事。


「ソリッド、これ試し撃ちしてもいいか?」


 ソリッドは水色の液体が入った瓶をボイドに見せて尋ねる。


「構わないが……ソルジャーアントだけに試すのは少々勿体無い。ここらでハニーアントかシールドアントに出会わないものかね」

「噂をすれば、じゃない?」


 チェシャが槍を構え直す。

 魔術ランプで照らされた先からカサカサと足音を立て、二匹ずつで隊列を組むソルジャーアント達とその後ろに黄色い小さな蟻が現れた。


「よし、ソリッド。ぶっ放せ」

「よし来たっ!」


 ソリッドは液体を練金砲に流し込み準備を始める。初めての弾。心なしかウキウキとしている彼の動作には期待が見て取れた。


「じゃああたしが前に出るわ。チェシャくんは下がってて良いわよ」


 連戦のチェシャを後ろに下がるように言うクオリア。疲労しているチェシャは彼女の提案を素直に呑んで、ボイド達の元まで後退した。


「援護、いる?」

「一応お願いね」

「はーい」


 アイスは手前の二匹に銃口を構える。


「足だけ貰うよっ」


 放たれる二発鉄の弾は前衛のソルジャーアントの達の即死コースの部位ではなく、大きくなったが為に当てやすい的と化している足を貫いた。


 狭い通路で前が動けなければ問題ない筈だったが、高さは二メートル強はある。壁を伝い、前と後ろのソルジャーアントが入れ替わった。


「あら、そんなことも出来ちゃうんだ」


 クオリアは盾でソルジャーアントの噛みつきを受け、その際に盾で押し込む。反作用も併せ、力は強いソルジャーアントと密着しない立ち回りで時間を稼ぐ。


「撃てるぜっ!」


 準備が整ったソリッド、練金砲を構えて通達する。


「はいはいっと」


 目の前のソルジャーアントの足を剣で切ってから大盾で弾き飛ばし、クオリアは下がることでソリッドの射線が開通する。


「くらいなぁ!」


 放たれたのは液体状の冷気を発する球体。

 それは前に出ていた二匹のソルジャーアントに命中して周囲に液体が飛び散る。

 その液体は後ろでいつのまにか回復している二匹のソルジャーアントの元にまで及んだ。

 分かりやすい現象は何も起きないが、ソルジャーアントの動きが鈍くなった。


「ボイド、この瓶はなんのやつなんだ?」

「元の液体も冷たい奴だが、練金砲の中で混ざるとさらに冷たい液体と個体の間くらいになる。……早いが話冷やして動きを鈍らせるやつさ、派手さは無いが足止めとしては優秀だろう?」


 ボイドは得意げに語るが、ソリッドの顔は曇っている。ソリッドが期待していたものとは違ったらしい。効果としては十分に強いが見た目の地味さを拭いきれなかった。


「俺が想像してたのはもっとドカンといくやつだったんだよ」


 チェシャも首を大きく振って同意を示す。

 他の瓶ははどちらも見栄えもいい火力寄りの攻撃のため、彼等には拍子抜けらしい。


「はぁ……そういうやつらだったな。まあいい、アイス君、今の奴らはただの的だ、処理してしまってくれ。ああ、後、液体が飛び散ってる場所は危ないから不用意に近づかないように、すぐに溶けるとは思うが念のためだ」

「りょーかーい」


 アイスは適当に距離を詰めてから動きの鈍ったソルジャーアントの頭を一体ずつ発砲する。


 ハニーアント自体に戦闘意欲はあまり無いのか、アイスからジリジリと後退りをしている間に頭を撃ち抜かれていた。


「ハニーアントがくっついているだけの赤色の奴らは別にって感じだね」


 チェシャがアイスを見ながら背伸びをする。


「シールドアントってどんな色してるんだ?」

「うん? 確か……青色だ」


 ボイドはアルマの写しに加えてメモが書かれている紙を取り出して確認する。


「じゃああれか?」


 練金砲を嵌めた手を向ける。その先には二匹の青色の大きな蟻、その後ろに二匹のソルジャーアントがこちらに向かって行進してくる。


「そうだな……戦闘準備!」

「ひっくり返せば良いんだよね?」

「合っている! チェシャ君はひっくり返すことを優先! アイス君は援護しながら隙を晒したシールドアントを撃ち抜け!」

「あたしはー?」


 クオリアの声にボイドは少し思案して、口を開く。


「臨機応変で頼む」

「あたしだけ指示雑じゃないの!?」


 クオリアの叫びは誰にも反応されることなくチェシャが先陣を切った。槍を突き刺すが硬い音共に槍が止められる。


「硬いな」


 シールドアントの噛みつきを避けてから接近、槍を下に潜り込ませてテコの原理でシールドアントをひっくり返す。


 重厚な外殻もあってすぐには起き上がらないシールドアント。柔らかい腹を丸出しにしたそれをアイスはすぐさま撃ち抜く。


「弾切れっ!」

「あいよっ。クオリア、ちょっとお願い」

「はいはいっと、臨機応変お姉さんに任せなさいっ!」


 雑な指示を投げられていたクオリアが颯爽と前に出て来た。

 先程文句を言っていた割にはテンションの高い彼女にチェシャが口を開いた。


「気に入ったのそれ?」

「かっこよくない?」

「確かに」


 仕留めたシールドアントと入れ替わりで現れたソルジャーアントも請負いながら冗談を飛ばすクオリア。

 しかしその仕事ぶりは、いつもの如く丁寧かつ安定している。


「撃てるよっ」

「交代よろしくぅ」


 アイスの声で入れ替わる二人、入れ替わりの際にソルジャーアントを盾で体勢を崩してから下がったのは流石の立ち回りだった。


「にどめっ」


 同じ要領でシールドアントをひっくり返す。


「おまちどーさんっ!」


 こちらも流石の連携で流れるように仕留める。

 ソルジャーアント、しかも二匹だけとなれば消化試合になり、そのまま順当に霧散させておわった。


「戦闘間隔が短いな、帰りのことも考えて今日は一旦戻ろう、殲滅手段を考えたい」

「さーんせーい、思ったよりパワフルなのよ此処の蟻さん達」


 クオリアが気怠そうに返す。他の三人も疲労しているように見える。


 一戦ごとの疲労は大して大きくは無いが、他の迷宮よりも高頻度で現れる迷宮生物は確実に五人の体力を奪っていた。



 *


「ふあぁぁ……」


 クッションを頭に深く息を吐いて雑魚寝をするアイス。その顔はとてもご満悦な表情だ。


「布団要らないの?」


 食器を洗うチェシャが手に食器を持ったまま振り返る。


「それは寝ちゃうからいい」

「そう」


 チェシャはアイスの瞼が落ちそうになったのを確認し、布団を持ってくる事を頭の中でメモする。

 会話が止まり、沈黙は水音と食器のなる音がかき消していた。


「ねぇ」

「んー?」


 今度は振り返らない。


「クオリアって、何処かの騎士さんなのかな」

「どうして急に?」

「なんとなく、かなぁ。だって今日も上手かったじゃない?」

「それは確かにそうだね」

「あんな重そうな大盾をあそこまで自由に扱えるのって凄いけど、それって、昔から使い慣れてたからなのかなって」


 アイスが身振りで大盾の大きさをアピールする。その動きは眠気故か緩慢かつ粗雑で、非常に微笑ましい。しかし、彼女の姿はチェシャの目には入っていない。


「だから騎士って?」

「他にある? あんなおっきな盾を持つの」

「まあ、無いけどさ」

「でしょ」

「気になるなら聞けば?」


 チェシャの提案にアイスが眉をひそめる。

 仮にそうだとして、自分から言わないことを聞くのには抵抗があった。


「うーん、聞いてもいいのかな?」

「……無理に聞きたくないなら、待てばいいんじゃない? 話してくれるのをさ」

「うん、そうする……やっぱり眠いから寝るね。布団ちょうだい」


 洗い物を終えたチェシャは予想通りのことに苦笑しながら薄手の毛布を二階から運び出す。

 アイスにかけら頃にはもう半分目が閉じていて寝る寸前だった。


「後で起こすか、ベットに運ぶよー?」


 その声を耳にしたアイスは逆に力を抜き、すぐに眠りに落ちていった。




 *


「クオリア、最近どうだ?」

「どうって?」


 宿のボイドが借りる部屋、テーブルでワインを飲んでいる二人。


 ソリッドはボイドのベッドでぐっすり寝ている。

 勿論クオリアの部屋は隣にあるが、酒などを含めた物資類は二人部屋で広いこちらに置いてあるので、宿で飲むときはいつもここだった。


「守るものが増えた感想、といったところか」

「あー……。そうね……辛いけど、嬉しい。そんな感じかしら?」

「気持ちは分かるが矛盾していないか?」


 クオリアの顔はやや赤い、酒がまわってきている。活舌も怪しかった。


「そうね、あなたと出会って。ソリッドが同じく護衛もどきとして研究所に勤めるようになって、色々あったわねぇ」


 クオリアは懐かしむように宙を見上げる。そんな彼女をボイドはジト目で見やった。


「お前と会ってから一年も経っていないだろう?」

「一年もあれば色々出来るでしょう?」

「確かに二人のおかげでこの短い期間で進んだことはありがたい話だ。迷宮にも潜れるというのが大きかったな」


 クオリアとボイドが出会ったのは約一年前。

 長い付き合いと言えるほどではないが、二人が過ごしてきた一年はとても濃かった。


「転移装置の使用履歴の書類、ボロボロでほとんど読めなかったけど、あれを見つけて解読しただけでも勲章ものよ?」

「国のためにやってるんじゃない、自分の……強いて言えば母のためでもある」

「あなたも大概よねぇ」

「ほっとけ」


 ボイドは顔をそっぽに向ける。酒のせいか、ボイドの顔も赤らんでいる。


「はいはい。……そういえば盾、修復出来た?」

「もうそろそろ、といったところか、鍛治士に頼めるところまでは戻した。後は鍛治士の腕次第だ」

「そっか……」


 クオリアは軽く目を擦った。声も徐々に覚束なくなってくる。眠気も増してきていた。


「契約──まあ口上だが……契約は盾の修復が完了するまでとかだったよな? 今のペースなら第二試練を突破するか否かぐらいで修復は終わるはずだ」


 そう言ってからボイドは椅子の横に置いてある鞄を乱雑に手でかき乱し、一つの手帳を取り出した。


「国に戻るかどうかは知らないが、旅をするなら金はいるからな、盾の返還と一緒にいつもの給料に支給金も合わせておくつもりだ。世話に──」


 ボイドの台詞を遮るように突然立ち上がったクオリアが彼の頰をパシンッと叩く。


「……?」


 訳がわからないと目を白黒させるボイドの正面。


 眠気で落ちかけていた目をはっきりと見開いたクオリアが机を強く叩いて席から立ち上がり、ボイドへとテーブル越しに詰める。


「馬鹿じゃないの!? そこまであたしは薄情じゃないわよ!」


 酔いと興奮が合わさり、張り上げられた声はボイドが思わず椅子を引くほどに迫力があった。


「……良いのか?」

「あったりまえ! それにあんなに可愛いアイスちゃんを放って旅に行けないわよっ」


 後半は冗談めいていたので、ボイドはクスリと笑った。そして、小さな声で。


「……助かる」


 と呟いたのを聞いてクオリアはふっと微笑み、席についた。

 しばらく二人の談笑の声が部屋に響いた。


 数刻後、部屋のテーブルにはテーブルに伏せたまま眠る男女の姿があった。







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