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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
第二試練:駆けるは神馬の多脚
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蒼空へ飛ぶ

「すげぇ!! 飛んでる!」

「もう地面があんなに遠い!」


 ソリッドとアイスが歓声を上げる。

 得体のしれない浮遊感も相まって彼らに空を飛んでいる実感を与えていた。


「ソリッドは魔術船も乗ったこと無かったものね」


 五人が居るのは気球の籐で出来たバスケットの中。


 その下に広がるのは広大な荒野、気球に吹き付ける気球の原動力──穏やかながらも力強い風。

 彼らの髪は風によって踊るようになびく。


 現在はボイドがマニュアルを見ながら必死でバーナーを使って上昇中。


 空といえば多くの人が一度は憧れるものであり、少年少女組は当然歓声を上げている。


 チェシャは一見静かだが、誰よりも身を乗りだして下を覗き込んでいる辺り、アイスとソリッドと同じ感想を抱いているのだろう。


 気球から覗く大きな渓谷は中々見れるものではなく、誰だってそれを見て抱く感情はともかく、好奇心は煽られる。


「ねぇボイド。確か風が円状に吹いているからこのまま浮いていれば進むのよね?」


 クオリアがボイドのマニュアルを覗きながら問う。


「あ、ああ。そうだが、今は話しかけないでくれ、思ったよりバーナーと上昇下降のラグが大きくてな」

「おっと、ごめんね」


 クオリアは全員が視界に入る様に位置取りつつも荒野を見渡し始めた。


 ボイドが持つマニュアル、もとい薄い紙束。今開かれているページには第二試練の簡易地図、加えて一部の場所での上昇、下降気流が起きる場所の記載だった。


「予定通り、今回は第二試練を一周したら帰還だ。居ないとは思うが龍を見つけたらすぐに言ってくれ」


 通達に四人はそれぞれ返事を返し、各々が景色を楽しむのを続行する。


「底見えねぇけど、落ちねぇよな?」

「当たり前だ」


 気球を使わざるを得ない理由の一つの渓谷は大きく、とても目を引く。

 底が見えない故に恐怖を煽ると同時にそこに何があるのか期待を膨らませるものでもあった。


「あれ、風の砦かな?」


 建造物かと言わんばかりに大きく、かつ人為的に見える綺麗な岩の砦。砦は吹き抜けになっていたので、空中から砦の中央に伸びている柱が見える。


「位置的にそうかも」


 チェシャの問いにアイスがボイドのマニュアルを覗き込んでから返す。


「あれ凄くねぇか? でけぇ柱が何本もある!」


 ソリッドが指差すのは風の砦にある岩の柱が何本も立つ丘。風の砦とは違い、見晴らしがいい為、何か小さいものも見える。


「多分、あれが岩柱乱立丘じゃない? 迷宮扱いだけど迷宮っぽくないってやつ」


 チェシャが見ているのは筆跡からしてアルマの写しらしき地図。彼女の丸みを帯びた字で丁寧な補足が書かれている。


「じゃあ、あの小さいのは迷宮生物かしら?」

「かな、アルマが言うには猿が沢山いるって」

「またすばしっこいやつかぁ? 行きたくねぇな……」


 そんな会話をしているうちに気球の高度が安定する。


「クオリア、この火力を維持してもらえるか? 少し休憩したい」

「維持なら大丈夫。休んでなさい」

「助かる」


 ボイドはバーナーの加減をクオリアに任せてバスケットの角に座り込む。


「水いる?」

「ああ、もらおう」


 チェシャから受け取った水筒の水をボイドはちまちま飲みながら会話を切り出す。


「岩柱乱立丘、長い名前だ……。ともかく、そちらに行きたくなければ暗中洞窟に行って稼いで装備を整えるのも手だぞ」

「洞窟ぅ? んなもん何処にあるんだ?」

「確か……」


 ボイドが立ち上がって辺りを見渡す。


「あそこに大きめの渓谷があるのは分かるか?あそこの渓谷の近くにあるらしい。多分あの小さいのは他の探索者の気球だろうな」


 いくつかある渓谷の中から一つを指し示した。他の探索者達の折り畳まれた気球の球皮とバスケットが点となるほどに遠い位置だ。


「本当だ、あれ気球なのか」


 萎んだ気球を見てソリッドが驚く。


「気球、取られないの?」

「取るも何も一つしか持てないし、バレればロクな目にならない事は誰もしないさ」


 そんな事をするメリットよりかは人が少ないのだから普通に探索者として稼いだ方が割りがいい、それ故に成り立っている状態だ。最も、人が増えれば変わる可能性も秘めている。


「暗中……暗いの?」


 不安げにアイスが尋ねる。


「ああ」

「どうやって探索するの?」

「一般的にはランタンだな、魔術ランプもありだ」

「魔術ランプって使うとしたらボイドが動かすのか?」


 ソリッドが外の景色から振り返る。


「魔力を流すだけだから今のソリッドなら使えるぞ、むしろお前が適任だぞ」

「まじ!?」

「まじだ」

「でも魔術ランプって高いよ?」


 魔術具。中に魔術印が刻まれていて、魔力を流すことで刻まれて魔術印に従った事象を起こす代物だ。


 簡単そうに見えて、魔術印が少しでもズレると使えない為、安い物でも金貨数枚以上──数万ゼルかかる。

 その相場を知っているチェシャが眉をひそめた。


「それは問題ない。使えるかは知らんが、一応一つ持っている。使えるか確認できたらそっちも探索できるな」

「ボイドってお金持ち?」

「遺跡やら迷宮やらに潜れば使えそうな遺物やらなんやらが出てくる時もあってな、ゴミもあるが当たりを引けばでかい」

「へぇ」


 ボイドが手を打ってから話を変える。


「あぁ、思い出した。暗中洞窟と言えば、暗中コケが取れる場所だ」

「そういえば名前も同じだ。何に使うの?」

「前みたいに効果の高い傷薬の素材になる。市場に出回りにくいから高く売れるのも良いな」

「じゃあそっち行きたい」


 お金はあって困るものではない。瞳の中をお金で埋めたチェシャが語気を強めて主張する。


「行くとしても明日以降だな、迷宮の情報を見てからだ」

「うん」

「この崖の上にあるのは迷宮なの?」


 アイスが見つけたのは気球よりも高い崖の上にある岩の城だった。風の砦よりも大きく、第二試練で最も高い場所にあるそれは堂々とそびえ立つ。


「多分それが第二試練の大迷宮じゃない? ……うん、そう。荒野の城だって」


 チェシャが地図に目線を落として、確認する。地図には“探索前には必ず組合に来るように!”と注意書きが、されている。


「中々に切立った崖ね」


 火力の調節に慣れたのかクオリアも会話に入る。


「どちらにせよ気球は必要なわけか」

「みたいね。ボイドー、もう迷宮全部見れた? この下の気流に乗れば早く戻れるみたいだけど」


 マニュアルを見ていたクオリアが顔を上げる。


「もうそこのポイントか、なら替わろう」

「もう帰るの?」


 表情からはあまり目に見えた反応は無かったものの、チェシャの声には落胆が混ざっていた。


「明日から嫌でも乗るのだから諦めてくれ」

「──明日来るときは上着持って来たほうが良いんじゃない?」


 チェシャの意見は主に会話に入らずバスケットの隅で興奮が覚めた後に、上空の寒さに気付いて凍えるソリッドの為のものだった。



 *


「こちらが暗中洞窟の資料になります」

「蟻?」


 アルマから出された資料を手に取るチェシャ。彼はセントラルに戻った後、探索者組合に赴いていた。アルマから出された資料には大きなアリの絵が描かれていた。


「暗中洞窟の特徴として、暗いと言う点と出現する迷宮生物が蟻だけのことが挙げられます。蟻って言っても大きさは全然違いますけどね」


 お互いの仕事の為とはいえそこそこ会話を交わしているが故にアルマは程よく脱力できていた。仕事にも慣れてきて、噛むこともなくなっている。


「ソルジャーアントっていうのが一番弱いの?」

「そうですね、噛み付いてくるだけなので、チェシャさんのようにリーチの長い武器なら問題なく対処できます。ですが……」


 二枚の紙をチェシャの前に出す。


「色が付いていないので分かりにくいですが、少し小さい蟻がハニーアント、大きい蟻がシールドアントです。実際にはソルジャーが赤、ハニーが黄色、シールドが青色です」

「何が違うの?」

「この蟻たちは他の迷宮よりも大きい集団で動きます。大体五、六匹。ちょうど探索者さんのパーティの程度ですね」


 そう言ったアルマが資料に目線を落として、ハニーアントを指で指し示す。


「そして、ハニーアントは体内で生成する蜜を他のアント達に与えて回復させます。倒すのに手間取るとやや面倒です」

「ふんふん」

「シールドアントはまさしく盾のような硬さの体で、鈍いですが積極的に前に出るそうです」


 アルマは右手で拳骨を作って左手でパンと鳴らす。硬さを示したいのだろうか、しかし、拳を打ち付けられた彼女の柔らかい手のひらは、どう見てもシールドアントの硬さの比にはならない。


「硬い……焼けばいける?」

「洞窟内ですから焼くのは危険ですね。硬いと言ってもひっくり返して腹を攻撃すれば問題ないのでそちらを狙ってください」

「亀じゃん」

「ふふふっ、確かにそうですね」


 今度は別の二枚の紙を取り出す。


「それだけなら堅実に戦えば問題無いのですが、こちらの迷宮生物が問題でして」


 差し出された紙にはシールドアント程度の大きさの蟻とその数倍の大きさの蟻が描かれている。


「クイーンアントとグリーディアントです。クイーンアントは滅多に出現しませんが、シールドアントを三匹引き連れていて、探索者さん達を見つけると周囲の蟻たちを呼ぶそうです。クイーンアントを倒さない限り永遠に増えるので、見つけたら迅速に倒してくださいっ」

「ん。クイーンは全力、覚えた」


 クイーンアントの紙を下げて、もう一枚の紙をチェシャの前に置く。


「こちらは神の悪意とされているグリーディアントです。これは素直に逃げてください。強靭かつ敵味方関係なしに轢き殺します……。この迷宮はグリーディアントが通れる広さの通路と通れない通路があります。地図で言うと赤色に染められているのはグリーディアントの行動可能範囲です」


 地図も併せて説明するアルマ。赤色は基本的に広い通路か広間なので、これを迂回すれば問題はなさそうだ。


「写しにも書いておくので、確認、忘れないで下さいね?」

「倒せないの?」


 大きいとはいえ、所詮蟻、群れで襲われることがないならどうにかできないかとチェシャが尋ねる。


「そうですね……焼けば行けそうですけど、本末転倒な結末に成りかねないので辞めた方がいいです。物理的手段で倒すのは非常に難しいですから」

「そっか、じゃあ諦めるよ」

「是非、そうしてください」


 満足げに頷いたアルマに神妙な顔をしたチェシャが尋ねる。


「名前なんだっけ?」

「グリーディアントっ、です! 覚える気あります?」

「正直、ない」

「叩いて良いですか?」


 目が笑っていない微笑みを浮かべて握り拳を作るアルマ。それはチェシャと打ち解けてきた証明でもある。彼が持っている紙切れにはきちんと名前が書かれているのでこのやり取りはただの冗談だ。


「ダメ」


 チェシャはそんな彼女に悪戯っぽく笑った。



 *


「だってさ」


 いつもの如く払っている金額以上の丁寧さの写し。今度は本来のものに加えて追記も入っている。


「私見だが、私とそのアルマという人とは気が合う気がするな」

「そう?」

「確かに。苦労人気質って奴かしら」


 首を傾げるチェシャにリップラインを引いたり離したりしながら高度を維持するクオリアが横から口を出す。実際の所ボイドも身の回りはおざなりなので本当の苦労人はクオリアだったりしなくもないのだが。


「苦労人ー? 何に苦労するんだ?」

「お前みたいな奴だな。危ないからやめろ」


 バスケットの縁に体を預け、振り返らぬまま声を上げたソリッド。ため息を吐いたボイドはバスケットの縁にもたれるソリッドの首根っこを掴んで引き戻す。


「降りるときは昨日みたいに先にチェシャが先に降りるの?」

「かな、……だよね?」

「手際がよさそうなのがチェシャ君なのだから任せる他あるまい。頼めるか?」

「もっちろん」


 ふざけ半分にチェシャが敬礼のポーズを作る。


「それ、何のポーズなんだ?」

「なんか警備員の人とかやってた」

「へぇ、こんな感じ?」


 ピンと筋肉の筋を伸ばすのが苦手なのか、背筋が伸びきっていないその仕草はお世辞にも出来ているとは言えなかった。


「ソリッドがやると変だね」

「なんだとぉ!」

「そろそろ下降するから茶番はそこまでにしておいてね。ボイドー、チェーンジっ!」


 クオリアはリップラインをボイドに渡す。

 ボイドの操作により少しずつ下降する気球。

 地面まで4、5メートル。常人であればまだ躊躇するような高さでチェシャが飛び降りる。


「怖くないのかな?」


 それを見届けたアイスはもう一度下を見て身震いした。


「昨日も慣れた感じでやってたし似たようなことをしていたんじゃない?」


 荷物を纏めながらクオリアが自分の推測を述べる。


 バスケットが地面に着地、チェシャが熱気を放出するリップパネルの部分を掴み、球皮が絡まないように伸ばす。


「いつ見ても凄い。あんなに膨らんでたのに」


 アイスが萎み切った気球を見てしみじみと呟く。


「浸ってないで手伝ってよ」

「ごめん! どうすれば良い?」

「軽く畳んで」

「分かった!」


 五人は協力して気球を畳み、重しを置いてから暗中洞窟に向かった。


「本当に暗いや」


 第一試練に比べて人為性が薄い入り口や構造の第二試練。暗中洞窟もまた入り口が落差のある段差で地下に続いており、ボイドの顔が歪んでいた。


「ボイドー。ランプくれよー」

「ああ、すまん。……そら。持ってれば勝手に魔力を持っていく仕組みだから簡単だ。……普通なら欠陥品だが」


 ボイドが光るランプをソリッドに渡す。

 受け渡しの瞬間だけ少し光が増し、ソリッドの手に渡り切った後に光が元に戻った。


「すげ、光ってる」


 ソリッドがランプを掲げて見つめる。先頭にいるチェシャもそれを見つめていた。


「光を収束できるようになっている筈だ。前に向けてくれ」

「ん、こうか?」


 ソリッドがランプに付いている小さなハンドルを回す。


 それに伴って光が濃く、かつ前方に向けられる。


「もうちょっと薄くして広げて欲しい」

「んー、こんな感じか?」

「ん、大丈夫」


 チェシャの指摘で光を調整し探索を始める。


「ねぇ、あの薄く光っているのは何?」


 アイスが点々と光っているものを指差す。


「あれが暗中コケさ。迷宮外でも自生しているが群生はしていないからな。売れるし集めたいから見つけたら言ってくれ」

「わかった」


 アイスに指示した後、クオリアが大盾を掲げた。


「あたしは後ろに居たほうが良いよね?」

「ああ、照らせない分そっちの方が探知しにくいのは大盾でカバーするしかない」


 迷宮らしいと言うべきか迷宮らしくないと言うべきか、矛盾しているが、迷宮というものを人為的に作られたものとするなら、複雑に乱雑に広がる洞窟に疑問を抱くであろう道が続いている。


「ボイドー? これ右?」

「右だ、左は元の通路に戻るルートだな」

「感覚失せそう……。……? 何か来る」


 最初にそれの接近に気付いたのはチェシャ。彼の言葉から少しするとカサカサと音が聞こえだした。


「この音嫌」


 アイスが耳を塞ぎながら心底嫌そうに顔を歪めて首を振る。


「不快なのは分かるが諦めてくれ」

「オレどうするんだ? 炎は使えないんだろ?」

「一応最近作れた試作品がいくつかある、此処では使うつもりはないが渡しておこう」


 ボイドがソリッドに手渡したのは水色の液体が入った瓶。


「これ、何が撃てるんだ?」

「お楽しみとしておこう、とりあえずお前は様子見だ。ソルジャーアントだけならチェシャ君とアイス君で十分な筈だからな」

「期待でかいね、アイス」

「プレッシャーかけないでよ……」


 現れたのは五匹の赤色の大きな蟻、比較するなら大ネズミと同じ大きさ。

 しかしその大きさでは五匹も横には並べない。二、二、一と隊列を組んで進んでくる。


「アイス!」

「言われなくてもっ!」


 呼ばれる前に発砲されていた二つの銃弾。

 それは見事に前二匹の頭を穿つ。脳天に穴をあけてその場に倒れ伏す二匹のソルジャーアント。しかし、霧散する気配はない。まだ死んでいないようだ。


「死んでないのか、じゃあ……えい」


 槍をスイングして瀕死体を後ろの三匹に飛ばすチェシャ。

 狭い通路でそれをどうすることもできず揉みくちゃになる五匹。


「うわー、焼きてぇぇ」


 ソリッドは練金砲を嵌める手に力を込める。

 チェシャは揉みくちゃになったソルジャーアント達を丁寧にとどめを刺して霧散させた。


「赤色だけなら余裕だね」

「蟻は数でものを言わす種族だからなぁ。油断はするなよ?」

「勿論」


 五人はランプの明かりを道標に探索を再開した。

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