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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
第二試練:駆けるは神馬の多脚
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余暇

「大事がなくて良かったね」

「けどさ、探索いけない……」

「わたしも止めれなかったし、チェシャだけが気にすることじゃないよ」


 第二試練から帰還し、そのまま病院で診察を受けたチェシャ。幸い、ボイドの処置が迅速かつ的確だったためにしばらく安静にしていれば治るとの事だった。


「……」

「とにかく、探索は中止って決まったんだから、無理して朝練してたら怒るよ?」


 指先をチェシャに突きつけ、頬を膨らませるアイスは放っておけば槍の素振りやらを始めそうなチェシャに釘を刺す。


「う。……分かったよ」


 図星だった様で顎を摩り、罰が悪そうにするチェシャ。


「とにかく明日はゆっくりしましょ。お金もあるし、何か買いに行こうかしら」

「鉱石だけでも十分だもね。これが無かったらヤバかったけど」

「一度の買い取りで金貨一枚、一万ゼルよ。……それ相応に大変だけど」


 財布から金色に輝く硬貨を取り出して顔を緩ませるアイス。しかし、チェシャの傷を見てすぐにそれをしまった。


「本でも買いに行こうかな」

「本……。でも、高くない?」

「村にいた頃に父さんが持ってた本を読んでてさ、面白かったよ。好きだったのは……龍を倒す話かな」

「龍ってあの?」


 そこでチェシャがしまったというように焦る。アイスにとってトラウマにもなっているアレにも通じている。


 普段の彼は人を寄せ付けにくい目つきの悪さがあるのに、失言にあたふたするチェシャはアイスの目には滑稽に映った。


 ──ちょっと勿体無い、かな?


 あまり見れない表情。それが自分を気遣ってのものであれば、アイスには悪くない気分だ。

 不安にさせたままでは彼に悪いとアイスは笑いながらも口を開く。


「……もう大丈夫よ。あははっ、そこまで焦らなくてもいいのに」


 作られていない彼女の笑顔にチェシャはホッと胸を撫で下ろした。



 *


「ボイドー、いつもの所行かねーのかー?」


 宿の扉を開けて大きな声でボイドに喋りかけるソリッド。


「うるさい、まだ朝だぞ、周りの迷惑を考えろ」


 部屋で鞄の整理をするボイドはソリッドの方を向かぬまま返す。


 彼の鞄の周りには素材やら採取物やらソリッドの錬金砲の弾になる瓶やらと色んなものが散らばっている。お世辞にも綺麗な部屋とは到底言えない。


 ボイドの言い分を守るために部屋に入って近くに寄ってからソリッドが話しかける。


「昨日の白虎の牙、サイモンのおっちゃんに渡しに行かねぇのか?」

「あー、そうだった。すまんソリッド、それだけ届けておいてくれ」

「え、行かねぇのか?」


 虚を突かれた顔をするソリッド。このあたりの受け渡しはソリッドが一人で行うことは基本的にない。

 つまるところ何かやらかさないか見張られている。もしくは任せておけないか。


 そんな理由もありボイドがついてこないことに驚きを隠せなかった。


「ああ、少し調べ物をしたくてな」

「ならしゃーないな、任せとけ」

「──ドアが開いてるわよって……また散らかしてるじゃない」


 ソリッドの大きな声に反応したクオリアが丁寧にドアを閉めてから会話に入ってくる。


「散らかしているんじゃない、整理の為だ」

「あなた片付け下手くそじゃない、手伝ってあげるわ。感謝なさい」

「感謝を押し付けるな、一人で出来る」

「この間散らかしすぎて収拾つかなくなってたじゃない。どれがどこか分からないって」

「……人は学ぶ生き物だ」


 ぐ、と声を詰まらせたボイドは苦し紛れに言い返す。こういうときだけ子供っぽい彼を見たクオリアは微笑んだ。


「──ふふ。……でも、完璧に成れないから助け合うんでしょう? お姉さんが助けてあげるじゃないの」


 それを聞いてボイドが上の空になる。


 助け合い、それは彼らの関係の始まりだった。そこに深い意味はないが、助け、助けられることに思い入れがあったのだ。


「……ああ、そうだったな」

「手伝うからさっさとやるわよっ」


 鞄周りの物をサクサクと仕分け始めるクオリア。


「ソリッド、すまんがさっきのは忘れてくれ、これを終わらせてから行くから手伝ってくれないか?」

「おうよ!」


 クオリアが振り返る。彼女の手に握られているのは何かの破片らしきもの。


「これ、捨てるのー?」

「馬鹿っ、やめろ。基本的に捨てるものなどとっくに捨てている!」

「ボイドー、じゃあこいつは?なんか変なの書いてるメモの切れ端」

「ダメだ! それはグングニルの──」


 そのまま三人はあーだこーだと騒がしい朝の時間を過ごした。



 *


「はぁー……」


 本屋に寄っていたアイスは一つの本を抱えながら店の屋根下で道で跳ねる雨粒を恨めしそうに見つめていた。


 往来する人々は皆傘をさしているが、彼女の手にそれは見当たらない。


「朝は晴れてたのに……」


 恨みがましそうに呟くアイス。

 仮にこの雨の中を走って帰ったとして、彼女が風邪をひくことは無くとも、本は無事では済まないだろう。


「他の本も見ようかな」


 また本屋の中に戻る。


 会計の店員は買いものを終えたはずの客が帰ってきたのを見て不思議そうにしたのちに、彼女の手元を見て自らの手を叩いた。


 彼女は色々な本を手に取ってはパラパラと眺めて本棚に戻すというのを繰り返す。


 手に取る本のジャンルは様々だった。

 童話、英雄譚、寓話、恋話、詩など。


 その中で彼女がやけに気にしたのはとある一冊。


 彼女はそれの中身を熱心に読み込む。

 その本のタイトルは“偉大なる四龍”と書かれていた。


 彼女が読んでいるのは龍が人々にそれぞれの力の一端を渡した後、何処かへと去っていく場面。


 紅は北。蒼は南。碧は東。黄は西。


 煌びやかに輝く鱗を落としながら去っていき、その鱗は彼らの力の一端があるとされた。


 人々は授かった力で暮らしを安定させるが、安定した途端人々は人の身に余る鱗を巡って争い始めた。


 醜い争いは何年も続いた。


 しかし争うがために人々は次第に纏まり、北、南、東、西と大国が出来上がった。


 そして、力を秘めた鱗はそれぞれの大国に集められた。何の因果か北には紅の鱗、南には蒼の鱗、東には碧の鱗、西には黄の鱗が集められた。


 そして繰り広げられる終わらない争い。

 そしてある時、突然鱗が消滅し、不思議な声が轟き、響き出した。


『我が子達の力を授かりし愚者達よ。それ以上醜い争いを続けようものなら我自ら鉄槌を下そう。どの様な鉄槌かは今に分かろう。』


 声が聞こえると主戦場であった場所に光の柱が登り、そこにあったものが跡形もなく消え失せた。

 まさしく神の所業に人々は震え、まともにそれを目にして生きていた者達は国の主達に伝えに行く。


 話を聞いた四国の主達は、休戦を結び遂に平和が訪れた。


 アイスは本を閉じ、外に目をやる。雨の勢いは止むことなくむしろ増している。


「止まないなぁ」


 落胆するアイス。そんな彼女の肩が軽く叩かれ、反射的に振り返る。


「な──」


 声が止まったのは彼女の頬に指が突き刺さった為。

 そして指の主はニヤリと笑うチェシャだった。


「っ──」


 再度発せられかけた声はチェシャの指がアイスの唇の前に立てられることで阻止される。


「静かに」


 正論ではあるが釈然としないと言わんばかりに頬を膨らませる。


「傘無いの?」


 彼女の手には買ったと思わしき本があるのに、未だに本屋にいる理由を察してチェシャが尋ねた。


「そうよ」


 ぶっきらぼうに返す。

 からかわれたことを根に持っていた。


「ごめん、傘持ってるからさ。帰ろ?」

「その傘くれるなら許してあげる」

「それはお許しくれませんか?」


 下手な敬語を使うチェシャ。

 弱点を見つけたとばかりにアイスの口角が釣り上がる。


「えー?」


 形勢逆転。今度はアイスがニヤニヤする番だった。


「ごめんなさいアイス様。傘の中に入れてください」

「様付けはやめて、ゾワゾワする」


 アイスは何かを振り払うように身をよじらせる。


「すみませんアイス様、以後改めます」

「ねぇ!?」

「お静かにアイス様」

「……」


 無言でデコピンの構えを取るアイス。目の前に来る指にも微動だにしないチェシャ。


 彼女の構えは何も反応しないチェシャに呆れて解かれた。彼らの一連のやり取りは会計の店員が微笑ましく眺めていた。


「はあ、もういいわ。帰りましょ、傘入れてね」

「ん」


 二人はチェシャの傘で帰っていった。


 とはいえ、二人の身長差でチェシャが傘を持てばアイスが濡れるのは必然的で。

 本は無事だったが、所々濡れたアイスは配慮の足りないチェシャにその日の家事を全て押し付けたのだった。




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