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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
決戦:生まれるは千年の厄災
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駆けよ、スレイプニル

「──アリス?」


 走って来る彼女の後ろにはボイド達の姿もあった。

 そして、そのなかにプロトグングニルを持っているソリッドの姿を見つけ、烏路も作業が終わったことを悟った。


 ──もしかして、こいつの姿が変わったのって……。


 脈絡のない偽黒騎士(デミ・オーディン)の変化に戸惑っては居たものの、烏路の策略通りなら必要な変化だということだ。

 確かにこの体格ならば並の迷宮生物は全て蹴散らせて進めるだろう。

 誤射を恐れるが故になかった魔術の援護の穴も埋められる。


「そらよ。これをあいつの近くに持っていけば良いって言ってたぜ」

「ん。ありがとう」


 ──何が変わったんだろう……。


 ソリッドからプロトグングニルを受け取る。

 手に帰って来る感触に違和感はなかった。しかし、変わったというのならそうなのだろうと不要な考えをチェシャが切り捨てる。


「じゃっ、行ってくる」


 超硬金属の槍を手に、チェシャが薄く笑って皆を見渡した。

 一刻も早く厄災(ロキ)を鎮めるために。


「ああ、行ってこい」


 ボイド達も彼を不安にさせぬよう、精一杯の笑みを浮かべて頷く。

 しかし、そんな彼を素直に見送れぬ者が居た。


「──待って!!」


 神馬を走らせようとしたチェシャをアリスが呼び止める。


 援護は地上でもできる。だが、このままチェシャを見送っていいかアリスには分からなかった。

 言葉には出来ない焦燥感が彼女に彼を呼び止めさせたのだ。


「……何?」


 アリスが言おうとすることはチェシャにも想像がついた。だが、それを承諾したくはない。

 難しい理由はない。単純に、間違いなく危険だからだ。

 だからと言って、一切合切を聞かないつもりもなかった。


「連れてって」

「アリス君──!」


 ボイドがアリスの肩を掴む。

 半人半機故に人では危険域の魔圧を耐えられると認識しているアリス。

 只人だと思い込んでいるがために、どう考えても危険だと彼女を止めるボイド。


 そこには認識の齟齬が引き起こしたすれ違いが存在していた。


 止めようとしているのはボイドだけではない。

 クオリアとソリッドも口には出さずともいつでもアリスを捕まえられる位置に移動している。


「──大丈夫だから」


 だが、アリスの確信に満ちた瞳に見つめられて三人が思わずたじろぐ。

 何が彼女にそこまで言わせるのかは分からない。だが、単なる感情だけを根拠にしていないのは彼らにも理解できた。


「……チェシャ君。決めてくれ」

「……」


 判断に迷ったボイドがアリスを連れることで最も影響を受ける本人に、チェシャに委ねた。

 チェシャもアリスがただの人であると思い込んでいる。欠片も連れて行きたくなかった。


 決意を秘めたアリスの瞳にチェシャの瞳が映る。

 彼女の瞳からは押しも押されもせぬという固い決意が垣間見える。


──俺が惚れたのは……。


 それを見たチェシャには彼女を止めることなどできなかった。

 彼が惚れこんだ彼女の決意が輝く煌めきを。


 彼女に惚れ、彼女が本来歩むはずだった道筋を歪めたのはチェシャだ。

 ならば歪められた少女がどうしようと、もうチェシャに止める権利はない。


「……行こう──アリス」

「──ええ!」


 アリスが神馬へと飛び乗り、チェシャの腹に手を回した。

 神馬を走らせてもアリスが落ちないことを確認したチェシャが今度こそ、ボイド達を見渡し口を開く。


「じゃあ……行ってくる」


 帰ってきたのは威勢のいい頷きでも返事でもなく、呆れた笑みだけだった。

 どことなく気恥ずかしさを感じながらもチェシャは神馬の横っ腹を叩き、その足を動かした。



 出立の命を受けた神馬が加速を始める。

 その背に跨るチェシャとアリスが魔力の揺らぎを感じたと思えば、彼らの目線が少しずつ上がり始めた。


「……飛んでる」


 ぽつりとチェシャがこぼす。


 ──そういえば、第二試練の方も飛んでたな。


 烏路が偽黒騎士(デミ・オーディン)を連れて来たのは護衛の意味合いもあったのだろうが、もとからこのために用意していたのだろうとチェシャは確信する。


 迷宮生物達が野ざらしにされている地上を離れたとはいえ、空にも迷宮生物は存在する。


「アリス、お願い」

「頼まれなくてもっ!」


 チェシャの腹から片腕を離したアリスが腰の銃を抜き取り、迫りくる剣魚を撃ち抜いていく。

 その様は間近にいるチェシャが目を丸くするほどに素早い動きだった。


 ──頭がスッキリしてる。今なら……なんでも出来そう!


 しかし、いくら頭が冴え渡っても片腕では装弾できない。

 故に彼女は気合を入れて魔法を唱えた。


機能変化(modechange)!──(magic)拳銃(revolver)!」


 スカーサハの支援がなくなったはずのアリスの瞳が赤く輝く。

 そして、一度間違えれば相手をより強大にしてしまう魔弾を放ち始めた。


 誤射もろくに許されない針に糸を通す如き所業。一片の狂いなくアリスが遂行する。


 ──すごい……。


 チェシャが感嘆の息を漏らす。

 アリスの銃の冴え渡り具合はチェシャと戦った時よりも増している。


 それは今も魔弾をばら撒くアリスからすれば当然でもあった。

 いずれ厄災に身を捧げるはずだった彼女に下手な願いは余計に絶望を煽るのみだった。


 だから、なるべく心に傷を負わないよう、命が惜しくならないように、一人であろうとした。

 けれど、結局は五人揃って最奥にたどり着いてしまった。


 離れがたい仲間、愛すべき人を残して共に生きられないことを悔いながら死ぬはずだったのだ。


 だが、その未来は変えられる。

 アリスはそれに気づかされた。そして、新たな決意を固める。


 ──もう、諦めない!


 あくまでスカーサハによって人工的に使っていた掌握魔力を彼女は本当の意味で掌握した。

 欲しい物は全て手に入れる。その強欲なあり方と決意が彼女の能力を引き出す。


 放たれた魔弾はアリスの意思に従って赤く染まり、分裂する。

 弾幕と化したそれら一つ一つが剣魚を、蝙蝠を、空に存在する迷宮生物達へと追尾し、正確に着弾して次々と撃ち落とす。


 流星群の如く空を駆ける赤い魔弾。魔弾は空の敵だけを撃ち抜くのではない。

 流星は落ちるものだ。



 一人でより多くを叶えるという願いを欲を乗せた魔弾が主の意を叶えるべく地上の迷宮生物へと飛来する。

 苦戦を強いられる探索者たち。襲われる非力な住民たち。それらすべてを救うべく一匹でも多く迷宮生物を撃ち抜いた。


「た、助かった……?」

「おかあさん! そらにおうまがはしってる!!」

「空……?」


 黒虎に襲われていたところを魔弾に救われた母親が子供の声に空を見上げる。

 同じく空から降り注ぐ魔弾に救われたもの達は魔弾の源を追って空を駆ける漆黒の神馬を見つけ出す。


「あいつを、倒せるのか……?」

「倒せるか、じゃありません! 倒さなければここはおしまいなのです!」


 偵察から戻って来たカナンが氷針の魔術で魔弾の届かぬ迷宮生物を貫き、絶望と希望の間で揺れる男を叱咤する。


「チッ、戻るのが遅れたな。カナン! どうするんだ!」

「……私たちに出来ることは多くありません。出来るとすれば、彼らが気負いなく戦えるように人々に勇気を与えることです」


 巨大なカブトムシをダグマが正面から粉砕し、カナンへ怒鳴る。

 彼女たちは厄災(ロキ)から溢れる迷宮生物に足止めを食らいセントラルへ戻るのが遅れていた。


「よく分かんねぇけど、元気づけろってことか?」

「その解釈で構いません。ですが、ここまでやられてしまえば、立ち直らせるには言葉だけでは足りないのです。絶望を払拭するに足りうる()()が必要です」

「……オイラ、やっぱカナンの言うこと分かんねぇよ」


 飛び掛かって来た大ガエル達を軒並み切り刻んだナタクが緑のアホ毛をへにゃりと倒した。


「お前は片っ端から迷宮生物を殺しまわりゃいいんだよ。お前の身軽さなら足場が悪かろうと戦えるだろ?」

「おう! それなら簡単だぜ! 行ってくる!!」

「おい! ……はぁ」

「戦況は好転しています。これだけの弾が降り注げば迷宮生物も少ないでしょうし、大丈夫ですよ──ほら」


 言うや否や飛び出していくナタクにダグマがため息を吐いた。

 カナンがそんな彼へ周囲を見るよう促す。


「いけー!! そいつをやっつけてくれぇ!!」

「お願い! 頑張って!」


「おそら、きれい!」

「そうね……危ないからお母さんの手を放しちゃだめよ?」

「うん!!」


 悲鳴の喧騒で満ちていたセントラルに活気のある声が戻り始めている。

 圧倒的暴力によって絶望に陥った民衆も、分かりやすい希望を目にして少しずつ気を持ち直したのだ。


「そう、だな……俺の心配しすぎか」


 ダグマが頬を掻いて空を見上げる。

 彼の視線は仲間を取り戻した少年少女が跨る、巨大な神馬に向けられていた。

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