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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
決戦:生まれるは千年の厄災
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「──どこまでの代償を払える?」


 そう問うてきた烏路の顔は実に悪い笑みを浮かべていた。

 覚悟を問うその質問にチェシャは怪訝な顔をする。意図が読めなかった。


「何の話?」

「答えろ」


 質問の答え以外耳にしないと言わんばかりに、鋭い言葉がチェシャへと突き刺さる。

 彼としてはせめて何故かは知りたかった。だが、目の前の白衣をたなびかせる男にそれを聞き入れるつもりはなさそうである。


 そんなことをする意味などチェシャには知り得ない。

 だが、内容を聞いて怖気づかれては困るのだと勝手に推測する。


 ──知らないけど、答えなんて決まっている。


 推測をもとにチェシャも不敵に笑う。

 ここまで来て怖気づくなど愚の骨頂だ。使えるものは何でも使う。そして勝手に大役を背負わされたアリスを指名から解き放つ。


 そのためならば──


「……俺が払えるものなら何でもだ」


 迷宮生物達が暴れまわる音、生き残った人々が抵抗、あるいは逃げ惑い、嘆き苦しむ声。

 彼が言い放った言葉はその喧騒に紛れて一瞬で消え失せるが、烏路は彼の答えを確かに耳にした。


「いいだろう。その槍を寄越せ」

「……だから、何をするんだよ」


 覚悟こそあれ、あずかり知らぬところで話が動いているのも納得がいかないとチェシャが不満を口にする。


「話しながら言う。だから先に寄越せ」

「……はい」


 そう言われてはチェシャも反論が浮かばず、近くに落ちていたプロトグングニルを拾い上げて烏路に手渡した。

 超硬金属の槍を受け取った烏路はポケットから取り出した拳大の小さな箱を放り投げる。


 その箱は宙で一気に広がり、瞬く間に机と変わった。


「……」


 偽黒騎士(デミ・オーディン)を作ったのだ。これくらいで来て不思議ではない。驚きの声を飲み込んだチェシャに構わず、烏路は平たい板を取り出し、開閉する。所謂ノートパソコンを起動した彼が、片方が刺さったままのプラグを内部を晒されたプロトグングニルに突き刺した。


 見たことがない物を一気に広げた烏路に最初は驚きを表にしていなかったチェシャもいつの間にか口をぽかんと開けていた。


「何をやるか、答えは簡単だ。倒せないなら消費する。相手は魔力だ。掌握魔力のような扱いが難しい魔力じゃない。耐性が無ければ近寄るだけで潰される魔圧を潜り抜けて大規模な魔術を使うだけで一気に削れる」

「大規模って? そんな魔術……」


 消費するという概念自体はチェシャもすぐに受け入れられた。今改造されているこの槍もその目的で作られている。思い通りにいかなかったものの、方向性自体は間違っていなかった証明でもあるということだ。


 問題は魔術の方だ。厄災(ロキ)のために作られたといっても過言ではない黒血の獣(ブラッドビースト)であるチェシャも容易く押し返されるほどの魔圧、ひいては魔力密度。その密度を持った体積が示す暴虐的魔力量。


 ソリッドのように増幅器を使っても限度がある、溜めるのにも時間が居る上、唯一まともに近くへ行けるチェシャは魔術が使えない。それに完成した魔術の撃ち先も問題だ。


 攻撃的なものなら辺り一帯を壊滅させてもおつりがくるほどの魔力量を消費などできない。


 支援系の魔術や魔法でも近くでそれを撃ち続けられるほど厄災(ロキ)は甘くない。何より、攻撃魔術なしに迷宮生物達と戦うなどやっていられない。大概の魔術師は一つの魔術しか展開し続けれないのだから。


「ああ、問題は山積みだ。そもそもこの槍が大量の魔力を内包出来ない。すぐに上限にぶち当たるだろうな」

「だったら……」

「だからこいつの魔法を魔術へと格下げする」

「……?」


 意味の分からないチェシャは首を傾げる。魔法とは魔術よりも自由度が高く強力。上位互換のようなものだ。

 それを下位互換に格下げする必要性が理解できなかった。


「魔法の欠点は継続命令を受け付けないことだ。必要な魔力を受け取り発動する」

「……うん」

「だが、魔術は違う。魔力を受け取りながら少しずつ構築するから理論上規模に限界はない」

「……なるほど?」


 即時的な魔法、発動するという意思よりも遅く発動する魔術の違いだ。そう言われてチェシャは感覚的に理解する。


 魔術を使うソリッドやボイドが思い浮かんだ。彼らは魔法を使うときは声に紐づけ、一瞬で放つ。が、魔術は印を描かなければならない。そして魔術印に大きさの限界値はない。


 それはかつてカグツチを倒したときのソリッドの魔術──宙ではなく壁に描いた爆炎の魔術が発動したことからも証明していた。


「とにかく、お前が理解する必要ない。やるのは単純。厄災(ロキ)にこいつを突き刺して魔術を発動させる。それだけだ。覚悟があるならばそれ以外の情報は要るまい」

「……分かった。で、それはいつ終わるの?」


 やるべきことを理解したチェシャは頷く。が、ノートパソコンのキーボードを必死に操作する烏路の顔に余裕はない。少しでも早くという意思だけは理解できたものの、すぐ終わりそうにも見えなかった。


「さぁな。僕が出せる全力で急いで五分だ」

「……偽黒騎士(あいつ)がいるのはそういうこと?」

「ああ、これを壊されたら終わる。護衛は頼んだぞ?」

「──了解!」


 チェシャが黒槍を生やし、つかみ取ると偽黒騎士(デミ・オーディン)に並んで近くの迷宮生物を蹴散らしにかかった。



「共闘、しているのか?」

「迷宮生物攻撃してんだから敵じゃねぇだろ」


 屋根の上のボイド達が大きさの違う二人の黒騎士が迷宮生物を殲滅する様を眺めている。


 大きい方は三メートル長の異形と言っても過言ではない。

 腕はまるごと槍と盾に。足は指先が鷲の足如き大きな鉤爪になっている。両肩には触手のような黒い何かが生え、兜も頭部に張り付くような形の輪郭を取っていた。


 見た目からすれば迷宮生物と誤解されても仕方がない体格と外見。

 しかし、この場にいる者達にとって神の遣いと見間違うほどの活躍を見せていた。


 ──前よりも強化されているな……。


 冷静な分析をするボイド。湧き出る迷宮生物を軒並み倒しているおかげでソリッドが防壁(barrier)を張り続ける必要もなくなった。それは救護に回るクオリアの盾も同じだ。


 そして、黒騎士たちが守る先には白衣の男が何かを睨みながら必死に両手を動かしている。

 彼の横に置かれているプロトグングニルを鑑みるに何かを施している。加えてそれが厄災(ロキ)を打倒するものだとも推測できた。


 ならば、ボイド達がするべきこともすぐに決まる。


「ソリッド、クオリア達をあっちに呼んできてくれ」

「あっち……? ん? あいつって第六試練の──」

「疑問は後だ!」

「わーったよ!!」


 ソリッドが屋根を飛び移ってクオリア達の元へと走っていく。

 それを見届けたボイドが錬金砲で周囲の迷宮生物を焼き貫きながら烏路の元へと走っていった。



 *



 黒騎士が二人となったことで、不足していた前線もクオリアがアリスの援護に回れるほどには少しずつ安定し始めていた。そして、意外な援軍も増えている。


「アリスちゃん! 蝙蝠はお願い!」

「うんっ!」


 銃を構えたアリスと並んで弓を弾く少女、シエット。

 幼馴染のチェシャを追い、探索者として活動していた彼女もこの騒動に巻き込まれていた。


 第四試練に生息する巨大な虫たち、その中の巨大蜘蛛の糸をはった長弓をシエットはその体躯に見合わぬ力で引き絞り、矢を放つ。

 その矢は銃弾ですら弾くスライドタートルの甲羅ごと心臓を貫き、強引に縫い留めた。


 ──あんな力……


 アリスが試練の攻略によって得た力を踏まえても今のシエットのような超人的な力はない。

 驚愕しつつも己の仕事を全うすべく、宙で超音波をまき散らす蝙蝠、パラライザーを次々と撃ち落としていった。


「ナーザくんの動き、チェシャ君とは違うのね。安定してやりやすいわ」

「ありがとうございます! クオリアさんも頼りになってます!」

「あら嬉しい」


 セントラルにやってきていたのはシエット一人ではない。

 チェシャの弟であるナーザも探索者として活動していた。見知った仲であるアリスの元へ駆けつけた二人は有栖とクオリアと共に救援活動を続けていたのだ。


 クオリアが受け止め、隙を作らせた魚人の頭蓋をナーザの槍が丁寧に貫く。

 チェシャの機動力にクオリアが合わせるいつもの動きではなく、徹底的にクオリアに攻撃を集めてもらい、彼女を盾にして各個撃破するナーザの立ち回り。少しの被弾も窮地につながるこの状況では地味ながら輝いていた。


 今も戦場を駆けている黒騎士のような圧倒的な能力はないものの、確かな技術が垣間見えるナーザの槍捌きと立ち回りをクオリアは素直に称賛していた。

 それは彼女も近衛騎士として守護する人にリスクを抱えさせない仕事柄故のこと。


 前衛、後衛が連携し合い、迷宮生物の群れを捌き続けていた。


「クオリアー!」


 そこへ、クオリア達を呼びに来たソリッドが現れる。

 手土産とばかりに魔術で周囲の迷宮生物を一掃し、得意げな顔でクオリアの横に並ぶ。


「偉く張り切ってるじゃない。どうかしたの?」

「ボイドが戻って来いってさ。よく分かんねぇけど、この前のクロウってやつとチェシャが協力しているんだよ」

「だから……」


 クオリアが二人の黒騎士が暴れる方を見やる。

 気になっていたものの、理由と過程を考える暇はなかった。

 しかし、偽黒騎士(デミ・オーディン)の制作者がここに来ているのなら納得もいく。


「──でも、ちょっと無理ね」


 ボイドの元へ援護に行きたいのはやまやまだった。

 ソリッドだけが来ているのもボイドがクロウの元へ行って何かをしているのは推測できる。

 だが、ここをクオリア達が離れれば彼女たちが引き受けている迷宮生物達が周囲の探索者や住人へ襲い掛かる。


 クオリアはそれを看過できなかった。もう、守れない人を増やしたくなかった。


 恐らくクオリアに求められているのはボイド達が何かをする間の護衛だ。

 仕事としてボイドに雇われている以上、断る権利など彼女にはない。

 アリスも彼女の内心を理解していた。故に何も言わない。だが、ボイドの元へ行かなければこの戦いが永遠に終わらないのも事実。


「わたしが行くわ。二人増えたし、一人くらい抜けてもいいよね?」


 だから、その代わりはアリスが担うと名乗り上げる。

 ソリッドが呼ぼうとしたのは二人だ。それが一人に減ったのは問題だが、鈍いソリッドでも彼女達が言いたいことなど、成したいことなど当然分かっている。


「──ああ。問題ねぇ。足りねぇ分はオレに任せとけ!」

「ごめんってボイドに伝えてもらえる?」

「わーってる。けど、そんな口叩いて下手に死なせたら怒るからな!」

「勿論よ」


 申し訳なさそうに苦い笑みを浮かべるクオリアにソリッドはなるべく明るく胸を叩いて見せた。

 そして、返しのソリッドの軽口にクオリアは笑みを深めて頷いた。


 妥協すべきでない状況なのは皆が承知の上。だが、妥協で諦めていたならば、五人の探索者が試練の最奥にたどり着くこともなかった。だから、認める。それが彼らの在り方だ。


「じゃあ、行きましょ。ボイド達が待ってるし」

「おうよ。全開でな──ああそうだ。もひとつ手土産をやるよ──増幅(boost)!」


 不意に思いだして立ち止まったソリッドが振り向きざまに魔法を放つ。

 ソリッドの手から生まれた光の粒子がここで残って戦う三人の探索者たちにまとわりつく。


「ひゃっ!?」

「わ──体から力がっ……!」

「──ふふっ」

「じゃっ、頑張れよっ!」


 魔法のことなど露も知らないシエットとナーザが突然湧き出た力に驚きの声を上げる。

 新鮮なリアクションと沸き立つ力にクオリアが薄く笑う。


 ソリッドの魔力も余力が少ない。ここで、三度も魔法を使えばクオリアが居ない穴を埋めるほどの動きも辛いだろう。

 だが、そのまま去っていた彼らへ口にしない。

 彼らは感謝を求めているのではない。成果を──生き残ることを求めている。


 だから、クオリアは己が一切の体力をこれからの戦いに注ぎ込むべく、深い笑みだけを浮かべて迷宮生物達たちへ向き直った。


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