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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
決戦:生まれるは千年の厄災
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誕生せし厄災

「おおおぉぉぉ!?」

 

 塔内のあらゆる場所に亀裂が走り、砕け散る。地面も崩れ、支えていた者も落ちていく。

 宙に放り出さたソリッドが驚きと混乱のままに叫んだ。


「お、落ち着け!?」

「貴方が落ち着きなさいよ! ロープか何かないの!?」

「無いな!」

「ス、スカーサハ!? どうにかして!?」

「無理だって!? 今ので壊れてる!」


 突然のことに理解が追い付かず、取り乱す五人。

 多少の高さであれば、チェシャやクオリア、スカーサハの支援を受けたアリスなら無事に生き延びられる。


 しかし、先程彼らが居た場所は雲の上を貫き伸びるグングニル、その最上部。

 人間離れした流石の彼らも、雲上の高度から落ちてはひとたまりもない。


 どうにかしようとも、どうにもならない。

 彼らの髪や身に着ける防具が空気抵抗によって押し返されてたなびき、流れに身を任せる訳にもいかない彼らがぎゃあぎゃあと喚く。

 

 しかし、一人は違った。


 ──あとは若者に任せようか。


 縄に縛られた状態のままハルクが満足げに微笑む。


 先程の戦闘で動くための魔力はほとんどなくなっていた。いざとなれば縄を解いて数分全力戦闘出来る程度には残っていたが、それはもしものために取っていた。


 そして、今がそのもしもの時だ。


 言葉も発さず、魔力を練る。


 魔力に敏いもの達がハルクの変化に気付く。


 五人分はあるが、六人分はない。

 もれなく自分は力尽きるがそこに悔いはなかった。

 長きにわたる命も、やっと終わるのだ。むしろありがたいまであった。

 もう見知った友人を見送り続ける人工の命に、彼も飽き飽きしていたのだ。


 神の試練を見つけ、右も左も分からないなりに拠点を作り、探索を繰り返した仲間たちはもう居ない。


 代わりに集った探索者組合の創始者たちもハルク一人が残された。


 セントラルを作るのに協力してくれた貴族の友人も残っているのはその血筋だけ。

 真にハルクのことを知っている者と言えばスカーサハくらいだ。人間ですらない。

 そして、そのスカーサハも今の崩落であっさりと接続が途絶えた。


 ようやく知己の元に行ける。それのどこに悔いがあるというのだろうか。


 悔いがあるとするならば──


 ──未来に生きる若者たちが、本当の意味で試練を乗り越える様は見てみたかったねぇ。


「──転送陣(gate)!」


 ハルクが掻き集め、練り上げた魔力を解き放つ。

 発動した魔法が落下する五人の探索者の真下に、青く光る輪を生み出す。

 輪を潜った彼らは一斉に姿を消した。


「後はたの……」


 動くために残していた魔力を使い切り、ゆっくりと目を閉じたハルクが瓦礫と共に落ちていく。




 やがて、失われた都市を大量の瓦礫が埋め尽くした。

 その瓦礫の中からむくりと何かが起き上がる。

 光を中途半端に通しているせいで、暗がりのある透明色の何か。


 起き上がった不定形の揺らぎが瓦礫を取り込み、肥大化を繰り返す。

 肥大化と共に瓦礫を取り込み、岩の巨人と化した何かはもぞもぞと蠢く。

 やがて、彼か彼女かも分からぬは己以外の魔力を求める本能に従いゆっくりと前進を始めた。


 神の試練の中を覆い隠すほどに高い岩壁に迫る勢いで肥大化するそれが向かう先は、


 セントラルだ。





 *


 その頃、セントラルは困惑の声で騒々しさに満ちていた。

 セントラル──この大陸にいる者なら断片だけでも耳にする塔の伝承。

 神の試練の最奥から伸びる雲貫き伸びる塔。ましてやその塔から近い都市に居る者ならば景観の一つに自然と含まれている。


「塔が、塔が崩れた!?」

「な、何の音!?」

「塔が、塔が崩れたんだよ!!」

「ど、どうしてっ!?」

「俺も知りてぇぐらいだよ!」


 崩落を目の当たりにして気付いた者、遅れて届いた崩落音を耳にして気付いた者、騒ぎ立てる住民たちの喧騒で気付いた者。


 喧騒に満ちる大通り、その喧騒を耳にした裏路地も興奮に当てられていた。

 バー・アリエルも窓から崩落を目にした一人の客が騒ぎ立て、普段は静かな店が珍しくうるさい。


「騒がしいですねぇ。お父さん、何かあったんですか?」

「おう、シェリー! ようやく起きたか! よく分かんねぇが塔が崩れたみたいだぜ? 多分、アイツらだ」

「ボイドさん達ですかー? そういえばアリスさんがどうのとは聞いてましたけど」

「お前は変わんねぇな……まっ、そうだろうよ」


 喧騒に叩き起こされたシェリーが不機嫌そうに目を擦っている。

 仮にも親であるサイモンも波立つ内心を抑え切れていなかったが、いつも通りの娘を見て調子を取り戻す。

 娘の前で取り乱すところを見せたくない親のプライドだ。


 ……娘の膝で何度も泣いているせいでプライドも何もないが、シェリーがそれを口にすることはない。


「サイモンさんっ! なんでそんなに落ち着いてんだよ!?」

「そりゃ、人生静かーにくらすのにも限度があるからなっ」


 調子を取り戻したところで所詮はただの喫茶店の店主だ。そんなサイモンに出来ることなど、客が落ち着ける居場所を提供することだけ。


 一人落ち着いている人が居れば次第に冷静になるものだ。

 多少は有名になったこの店も、主な客層の探索者が居ない時間帯は片手で数えられる客しかいない。

 やがて、バー・アリエルの店内はいつもの雰囲気を取り戻した。


 落ち着いていられた者は彼らに限らない。

 とある探索者たちを知るものは総じて混乱の中冷静を保っている。


「おねーちゃん!!? ごごごーって!! ごごごーって聞こえた!?」

「落ち着いてレイラ。こっちはなんともないから大丈夫」


 八百万では銀髪の姉妹、妹のレイラが突然の轟音を耳にして姉であるライラの胸に抱き着いていた。

 ライラも多少の恐怖はあった。だが、それ以上の彼女の心中は好奇心が支配していて、瞳は窓越しに塔があった場所を捉えて離さない。


「”不思議な少女”の話、本当なのかな?」

「レイラ! ライラ! 無事だな!?」

「うん、無事だよお父さん」

「パパー!」


 額に汗を浮かばせたザクロが店へと帰って来た。

 最近では接客に慣れて来たライラを店に残し、神の試練の入り口前で消耗品を売っていたため、ザクロは店を外していた。目に涙を浮かばせるライラは父が帰ってきたことに気付いた途端、手を伸ばして父の元へと駆けていく。


「よしよし、パパはここにいるぞ」

「……外はどうだった?」


 あっさりと父親の方に駆け込んでいったライラに思うところがあったレイラは暫し固まる。

 しかし、今はそれよりも気になることもある。ほんの少し湧いた寂しさを振り払うようにかぶりを振ると、父へと尋ねかけた。


「どこもかしこも大騒ぎだ。衛兵が出てきて混乱を落ち着かせようとしてる」

「どうするの?」

「知らん。詳しそうなボイド君に話を聞いてみたいが、今頃神の試練にいるに違いない」

「そっか……」


 面識のあるチェシャやアリス達、ひいては探索者達は今もなお迷宮に居る。そのことを思い出したライラが表情に陰りを見せた。神の試練、ここに住む人々の生活の中心と言っても過言ではない。

 そして、迷宮を探索する探索者たちもその中心の近くにいる。


 彼らを心配すると共に、今日何かが起きることを感じ取ったライラは、好奇心と不安に満ちた瞳を再び塔があった場所に向けた。


 探索者組合では入り口のドアの片方が外れてしまうほど、出入りが加速していた。


「一度入り口を封鎖して! 出るのは構わないけど、入るのは駄目!」

「しかしっ! 我々の目を抜けて、入っていった探索者が!?」

「その人達はあと! 混乱の収束が先よ!」

「迷宮生物が探索者の流れにそって抜け出しています! アレクサンダー組長が現在応戦中です!」 

「貴方たちもすぐに応援に向かって、近辺に居る探索者の協力も借りなさい!」


 アルマの先輩、クシャトリアが入れ替わりに次々とやってくる探索者、組合員、衛兵の報告を聞いては指示を出している。


 ──えっと、えっと!? 私に出来ること……!!?


 アルマは事務こそ得意であるものの、こういったトラブル対応の経験は皆無に等しい。

 突然の出来事にどうすればいいのかと周りの雰囲気に当てられ、困惑のまま右往左往としていた。


「アルマちゃん!! 試練の入り口! 組長の応援をお願い!!」

「あっ! はい!? 分かりましたっ!」

「第四試練探索中のカナンから伝令! 塔がある方角より正体不明の巨大生物を視認──」


 とりあえずの指示をもったアルマが人に押されながら組合の建物の入り口を目指す。

 気になる情報が後方から聞こえ、後ろ髪を引かれる思いで外へと出た。


 ──うぅ、少しは成長したと思ったのに……。


 結局言いなりでしか動いていない自分を嫌悪しながらアルマはパタパタと駆けだす。

 しかし、業務中は高くないものの、ヒールを履いている。人の流れに揉まれてはまともに走るのもうまく出来ない。


「──ひゃっ!?」


 人の波に押され、前へと投げ出されるアルマ。


「──ッと!」

「──わ……!?」


 地面が近づき、思わず目を閉じた瞬間。今度は上へと引き上げられる。

 ぐっと、抱き寄せられたのを感じてアルマが目を開けると、灰髪の男性が息を切らせていた。


「……大丈夫アルマちゃん?」

「……はいッ!? おかげさまで!」


 アルマの脳が現在の状況を認識し、同時にばっと彼の元から離れ、彼女は頭を下げる。


「……うん、無事ならよかった」

「兄貴ー! おいてかないでくだせぇ!」


 今の動きに灰髪の男性、アンセルは少し悲し気に頬を引きつらせながら微笑んだ。

 そんな彼の後方から同じく息を切らせてやって来たのは無精ひげを生やした坊主の男性、ローダ。


「ごめん、アルマちゃんが見えたからさ。……セルリアは?」

「走るなんて馬鹿らしいわって歩いてきてるっす」

「じゃあ先行っとくか。アルマちゃん、行くのは迷宮生物が居るところだよね?」

「ええ……そうですけど、どうして知ってるのですか?」

「俺らもそっちの応援に行くからだよ」


 たまたま、休養日で迷宮に居なかったアンセル達は貴重な第四試練の探索者として駆り出されていた。

 緊急事態にも拘わらず、セルリアが歩くほどの余裕を見せているのにはそれなりの理由もあった。


「ま、あの分だと応援要らなさそうだけどさ」


 アンセルが神の試練がある門の方へ視線を向ける。

 そこでは大ネズミや、大ガエルなど第一試練の迷宮生物が宙を舞っていた。誰かは分からないものの、簡単に蹴散らせるほどの力量を持つ誰かが戦っているのは分かる。


 過剰な攻撃にも見えたが、迷宮生物が容易く蹴散らされ魔力に還される光景は、民衆を多少なりとも安堵させ、落ち着かせる効果もあるようだ。


「それでも、人では足りないです。それに……」


 組合を出る前に聞いた正体不明の巨大生物。

 ここからは視認できないが、神の試練の外壁よりも高い迷宮生物が存在することをアルマも信じたくはない。


「うん、そっちも聞いてる。しかもこっちに来てるからな」

「じゃあ、セルリアの姉貴も早く連れてきた方が良くねぇっすか?」

「第四試練からみて遠くだろ? 試練同士の位置関係は知らないけど、多分あの塔で発生した迷宮生物……なら時間はあるさ」

「なるほど、さすが兄貴っす!」

「……」


 ──チェシャさん達が何かと会った?


 最も塔に近しいのは間違いなくチェシャ達であることはアルマにも分かる。

 タイミングも彼らが神の試練の終わりが見えてきたのを踏まえれば丁度いい。


 となれば、今チェシャ達がその巨大生物とやらと戦闘している可能性が浮上する。

 しかし、巨大生物は進行中だと報告に上がっている。それらの推察と事実をもとに考えた結論をアルマはあえて無視した。


 もしそれが事実だとすれば、セントラルの戦力で迎え撃つのも困難であるからだ。


 ──チェシャさん、アリスさん……どうかご無事で。


「とにかく、急ぎましょう!」

「ああ!」

「了解っす!」


 今アルマに出来るのは知人の、友人の無事を願うことだけ。手を伸ばせる範囲を広げるため、彼女達三人は人の波をかき分けて、塔の崩落に騒めくセントラルを進んでいった。


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