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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
最奥・第七試練:撃ち放つは少女の弾幕
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期待

 グングニルの最上部、魔力吸収機構(スイーパー)があるコアルーム。そこでわたしはカプセル所の躯体──コフィンに収まったまま電子パネルを操作していた。


「スカーサハ、状況は?」

『現在85%完了済みです。グングニル起動まで残り約十八時間』

「……」


 想像よりも時間がかかってる。

 やっぱり、魔物に壊されて、千年の時間が経った施設じゃ、十全な起動すらも怪しい。

 タイムリミットにはさすがに間に合うけれど……。


 まさかチェシャ達がやってくるとは思えない。

 でも、あり得る話。


 内部に侵入したという警告は聞いてないけれど、ボイドがいるんだからわざわざ同じ入り口から入って来る愚を犯すとも思えなかった。

 だから、早く片付けたい。


 その一心でわたしは足りない部分を補えるよう必死にマニュアル操作で起動準備を進める。

 きっと人間の体だったらこんなことは出来なかったに違いない。

 半分機械のこの体が役に立つのも腹立たしい。


 そんなことを考えていると作業が面倒になって来る。

 全部機械の体だったならこんな感情を抱くこともなかったし、こんなに辛くもならなかったのに。


「スカーサハ。今休憩したらどのくらい完了まで遅れる?」

『先程お伝えした時間はオート起動による必要時間です。マスターの行動によってこの時間が伸びることはありません』

「あっそ」


 思ったよりつまらない返答にもっとイライラして、ハッチを開けて飛び出た。わたしが頑張ればもうすぐ終わるのかも分からない。スカーサハは聞いたことに対しては全て答えてくれるが、聞いたことしか答えてくれない。


 壁際まで歩いて、壁に背を預けてからぺたんと腰を下ろす。


 ここで数日過ごして思ったのは、少しの間人と 会わないだけで人恋しくなること。

 スカーサハがわたしの補助のために作られていたのも何となく分かったけれど、機械との合理的な返答しかない会話はあまり楽しくない。心が温まることもない。ずっと冷え切ったままだ。


 別に気持ちのこもった返答が欲しいとかじゃなくて、無意味な会話がしたいのだ。

 時間の無駄かもしれない会話も、きっと心の余裕を作ってくれると思うから。

 今にして思えば、夜に交わすチェシャとの会話もくだらなくて好きだった。


「ねぇ、スカーサハ」

『はい、マスター』

「疲れちゃった」


 ──わたしの人生に


『……マスターのバイタルでは筋肉疲労の症状は確認できません』


 ほら! やっぱりつまんない返事する。

 ……わたしも変なことを口にしている自覚はあるんだけどね。


「……精神的によ」

『マインドバイタルにも異常はありません。安定値より僅かに下回っているのみです』

「……はぁ、もういいわ。続き、やっといて」

『了解しました』


 休んでしまいたい。でも、タイムリミットは迫っている。

 刻一刻と迫る時間が地面に座り込もうとするわたしをずるずると引っ張っていく。

 ああ、なんて無情なんだろう。


 いかにも詩的な嘆き。なんとも悲しい話だが、今のわたしの暇つぶしにはとても貢献してくれていたりする。本、持ってくれば良かったなと今更ながらに思った。


「ねぇ、スカーサハ。ここに本ってあったっけ?」

『存在しません。代わりに製本前の原文が残っています』

「原文? 分からないけど一つ持ってきてもらってもいい?」

『了解しました。実体型の個体に運ばせます』

「ありがと」


 製本前、というのが気になった。

 どうしてこんな場所で資源も乏しいのに本なんか作っているんだろう。


 既製品であればまだ納得できた。

 けど、ここで作る前提の話なのがよく分からない。しかも本を作っているなんて話も知らなかった。


「ねぇ、スカーサハ。どうしてここで本を作っていたの?」

『……マスター、サブマスターの権限により理由の開示は制限されています』

「……」


 マスター権を得たわたしでも開示されない程の機密。

 多分、どんな人かは知らないけど、サブマスターって人も制限に関わっているからわたしでは見れないのだろう。


 そこまで秘密にされているのが納得いかない。

 本とは名ばかりで何か秘密裏に行っていたレポート?

 それなら私の閲覧も拒否するはず。でも、閲覧は出来る。理由だけを隠すのが分からない。


 考えを巡らせるうちに部屋の扉が開く。

 手先が鉄球の機械人形が器用に一冊の本を運んできた。


「ありがと」


 わたしの前にポンとそれを落とすと、機械人形が踵を返して入って来た扉へと消えていく。


「……絵本?」


 なんだかぼやけた輪郭の人型が草原に立っている表紙。

 厚さから見ても絵本や童話の類。タイトルは”()()()()()()”。


「どこかで……」


 聞き覚えのあるタイトルだった。アリスが本を見る場所と言えば家か本屋のみ。

 本屋はない。タイトルに聞き覚えがあるなら表紙にも見覚えがあるはず。


 ぱらぱらとページをめくる。


 突如現れた魔物達に追われて村を出た少女とその家族が、山あり谷ありで“楽園”と呼ばれる場所まで逃げるお話だった。


「……あっ」


 そういえば、これはあまり童話の類を読まないチェシャが、珍しく気に入ってる一冊だったはず。タイトルだけ知っているのも、チェシャの部屋で栞の挟まれたこの本の背表紙を見たから。


 彼の物はボロボロでろくに中身が読めなかったが、彼曰く新しいものが出るたびに内容が変わっていると言っていた。そして、何度も重版される割に作者は知られていないと。


 謎は解けたけれど、謎が増えてしまった。

 これをチェシャに伝えてあげたいけど、もう会うことはない。


 なんというか、絶妙な絶望に腹が立つ。

 チェシャ達を頼る未来もあったのかもしれない。きっと負けてしまうだろうけど。

 だから、わたしは罪悪感に溺れながら責務を果たす。


 どっちを選んでもあと一歩届かない結末。

 なんだか惨めで泣きたくなる。どうせ分かれ道を作るならどちらかに正解があったっていいじゃん。


 悩んだって仕方がないのは分かっている。もうこんな気持ちはアリス(わたし)有栖(わたし)であること知った時から感じていて、もうとっくに諦めたことなんだから。


 どうせなら、わたしが無気力になるくらいの絶望に──地の底に叩きつけて欲しい。

 目の前に来た仲間たちに責められて、捨てられてしまいたい。そうすればきっとわたしは何も考えずに死ねる。


 人によっては諦めずに抗えと言うんだろうなぁ。

 そんな人は一度こういう気持ちを味わえば分かってくれるかな?


 綺麗ごとを言う奴らが、いざとなって喚きだすのが頭に浮かんだ。

 随分と暗い妄想に苦笑してしまう。


 で、わたしみたいな人間が行きつくのは大人しくこのまま消えること。

 難しく考えたって仕方がない。淡々と粛々とわたしはわたしのやることをやって終わる。

 それだけだ。


 でも……でも。


「……あは」


 きっとチェシャがこの場にいたなら今までのように優しい言葉をくれるだと思う。

 それが欲しいと思う自分が居ることにやっぱり笑ってしまう。


 全くもって救われない。


 自分の弱さを直視してしまう度、わたしはまた辛くなる。


『俺はアリスがどうしようと何も言わないさ、文句を言われないくらいには十分頑張ってる。だから一人でやる必要なんてないんだ。……前にも言った気がするけど』

『だから、辛いなら頼って欲しい。それこそ──』


 頼って欲しいと言われてたのに、全てを裏切ってしまったわたしが優しい言葉を貰う資格はない。


「それこそ……の後、なんて言ってたっけ?」


 思い返そうとして──突然部屋が赤く明滅しだした。鳴り響くアラート音に思わず肩が跳ねる。


「えっ……!?」

『警告、警告。外部より極大の魔力反応を感知。速度減衰なし、直接この部屋に突撃するようです』

「何が来てるの!?」

『レーダーを妨害されており、探知できません。妨害できるほどの力を持った個体を考えれば龍と推測されます』


 何てタイミングなの……!?

 今のグングニルにあれを防ぐ方法なんてあったか分からない。

 とりあえず、追い返さないと……!


「都市の砲台、全部開けて!」

『実行しております。しかし、魔力装甲が強固でダメージは見られません』


 電子パネルにモニターされたのは見たことのある真っ赤な龍が飛んでいる姿。

 地上に設置してある砲台の弾は確かに命中している。

 だけど、龍は何ともないように微塵も軌道を変えずこっちに来ていた。


『警告、マスターはコフィン内で待機を』

「……」


 良い対策は思いつかなかった。

 仕方なくスカーサハの指示に従ってコフィン内に戻る。


「どうして龍が……」


 現れたにしてもいきなり襲ってくる理由が分からない。

 来るならこの千年の間の内のどこかで来ていたはず。

 スカーサハも推測を述べないということはそういうことだろう。


『衝撃用意、3、2、1──来ます』


 コフィンの中から見える景色が次々と音を立てて崩れていく。その最中、見たことのある紅が目に映った。

 龍はすぐ上を通過したらしく、一瞬大きな影を落とすとあらゆるものを破壊して通り過ぎていった。


 ガラガラと瓦礫がわたしが居る階に降り注ぐ。

 幸いコフィンは新品だ。コールドスリープのために作られたこれは、多少の瓦礫ではへこみすらしない。


 さらにここは最上階。重要なものはここより下にある。上を破壊されるのはさして問題ではない。


「眩しっ……」


 けれど、グングニルは雲よりも高い。太陽の光が直に降り注ぐ。

 コフィン越しでも思わず目が眩む。

 視界が眩いままコフィン内でアラートが響いた。


『──侵入者検知』

「……え?」


 アラートが告げたのは侵入者。龍ではない。

 まさか。そんなまさか。

 あり得ないと自分の想像を一蹴しながら、体はコフィンの蓋を真っ先に開けて飛び出していた。


「お、居た」

「どうしてッ!?」

「そりゃ勿論、ねぇ?」


 チェシャは悪戯が成功した子供のように純粋無垢に笑う。

 そして、彼の後ろに居る仲間たちに同意を求めた。


「アリスちゃんがよく分かってるでしょ?」

「何のために私がッ──!?」


 仲間たち、クオリア達が力強く頷きを返す。

 思わず怒鳴りながらわたしは思い出す。


『あと……龍が来たなら……そうだなぁ、手懐けて乗りこなしてやるよ。龍騎兵。確か、ドラグーンって言ったっけ? ドラゴンに乗る戦士、もし出来たらカッコいいだろ?』


 龍が来ないかと現実逃避をしていた自分を。

 元気づけようと大嘘を吐いた彼を。


「知らないよ。勝手に言ったのはアリスじゃん」

「そうだぞ! オレらがいつ良いって言ったんだよ!」


 チェシャとソリッドの文句は想像出来ていたもの。

 わたしも似たようなことが起こったなら、彼らと同じことをしていたに違いない。


 来てほしくなかったのに、来てくれて嬉しいという二律背反がわたしを襲う。

 だから彼らの行動を否定する言葉が思いつかなく口を(つぐ)む。


 すると、チェシャが何かを思い出したかのように手を叩いた。瞬間、遠くで龍の轟きが聞こえる。


『──我が騎手よ、これでいいか?』

「うん、ありがとう」


 脳内に響いた声にチェシャが返事を返した。龍が再び轟と、空の彼方へと消えていく。

 これが意味する事実をわたしは信じられない。だって──思い出してしまった!

 でも、あれは嘘に違いなくて──


「そうだ、確か龍騎兵、ドラグーンだっけ? 言った通り──龍、乗って来たよ」


 二ッと口角を上げていつかの嘘を誠にした彼に、わたしは視界が滲むのを抑えられなかった。

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