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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
最奥・第七試練:撃ち放つは少女の弾幕
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いつかの約束を果たしに

 龍は片目を奪われて安定しない視界の中、泥砂に沈んでいた。


 ──何故? 何が起きた?


 理解ができぬまま龍は先程の状況を思い出す。渾身の息吹を通り抜けられ、真下でちょこまかと暴れる黒騎士から逃れようと空を飛んだ。


 そして、お返しとばかりにプレスをかました瞬間に、地面が崩れて泥砂に飲まれたのだ。

 

 想像以上の痛手を負った龍は試練を終わらせることに決めた。これ以上の戦闘は彼に与えられた役割を果たせない程疲弊してしまう。

 もとより、私利私欲で続けた試練だ。これ以上の我儘も許されない。


 偉大なる紅として与えられた力を振るい、周囲の砂泥を灰塵へと帰す。

 残ったのは荒野の中に出来たクレーター。


 いきなり龍が動いたことに探索者たちが警戒を露わにする。


『案ずるな。試練は終わりだ』


 翼を動かし、龍がクレーターから抜け出す。

 ここまでの力を示した人の子にも驚くが、それ以上に彼は最後の落とし穴が気になっていた。


 ──一人、いたな……


 ここには居ない白衣の男のことを思い出した龍が調停者としての力──千里眼を発動する。

 対象はここに居ない人の子。


 白衣の男──ボイドはすぐに見つかった。彼は池があったと思われる不自然な窪みの横で力なく項垂れている。

 特に怪しいところは見られない。この場に居ないのも白衣を赤茶に染めるほどの傷と垂れ流された血の所為だと考えれば筋が通る。


 ──枯れた池……


 池があったと思われる窪みの周りには荒野にはほとんど見られない植物が群生している。

 枯れていないのを見るに池がなくなったのは最近だろう。


 池に千里眼()を移す。すると、何やらモグラが掘ったような穴が見られた。

 穴を辿る。


 ──水と泥、か。


 龍の中で湧いた疑念が確信へ変わっていく。

 水が通ったであろう穴は龍が先程までいたクレーターを境に途切れていた。

 どうやって穴を掘ったのかは定かでないものの、荒野の土を泥に変えて地盤を緩くした。


 そして龍が起こした激震を引き金に崩れたのだろう。


『ク、ククククっ』


 それを起こしたのが、あの一番害にならないと見越していた男だと知ってしまえば、龍は完敗だと笑うほかなかった。

 恐らく大した力を持たないのは確実だが、それを補おうと足掻いたというのも実に好みだった。


『……餞別だ』


 己に挑んできた探索者たちに敬意を表し、彼はまた力を振るう。

 龍が蒼空へと咆えると、チェシャ達の体を焔で包んだ。離れたところに居たボイドも例外ではない。


「あっつ!? ──くない?」

「むしろ、体が楽に……」


 いきなり現れた焔の渦にソリッドが慌てだすも、熱を感じないことに気付き動きを止める。

 冷静に焔を観察していたチェシャもこれが傷を癒すものと知って、警戒を解いた。



「もう終わりってことで、いいんだよね?」

『無論だ。しかとこの眼で見せてもらった』

「……ふぅ」


 チェシャが安堵の息を吐く。

 流石に終わりだとは思っていたが、万が一もあり得た。その時はその時でと半分諦めていたのもあって、彼の肩の荷がようやく下りた。


『黒き騎士よ。名は何という』

「……チェシャ」

『試練を乗り越えし者──チェシャよ、我が叶えられる限りであれば一つ、汝の願いを叶えよう』


 チェシャはようやく天使の意図を理解した。

 この試練を何のために受けさせたか。それがこの願いを使ってアリスを助けに行けということだと。


「……皆を、あの塔に連れて行って欲しい」


 願いというのがどこまで叶えてくれるのか、チェシャには分からない。

 もしかすると、この願いで厄災についても片付くかもしれない。

 だが、それを願うのは違うとチェシャは判断した。


 判断したというよりは、チェシャ自身でアリスの元へ行きたかっただけだが。


『それだけか? 下等生物が叶える願いにしてはあまりにも矮小な願いだが』

「後は、俺が──俺たちがやるから」

『ックククク。……然り』


 龍は笑った。わざわざ試練を受ける物好きだ。願いがあるというのなら己の手で叶えるというのも頷ける。

 だが、龍も話をあっさり終わらせるつもりはなかった。


 ──せっかくの退屈しのぎ、ここで終わらせるのは勿体ない


『ならば少し変えよう』

「……?」


 首を傾げるチェシャを前に龍が再び蒼空へと咆える。

 何事かと警戒するチェシャとソリッド。

 そんな二人の元へ炎弾が落ちる。人一人を包める大きさのそれはチェシャの姿をすっぽりと覆い隠してしまった。


「チェ、チェシャ!?」

『落ち着け、それは祝福だ』

「……」


 熱のない焔に包まれる。何か変わった様子は感じられない。

 先程の癒しの焔と違って体に異変が起こることもない。

 やがて焔は霧のように溶けて消えた。


「……これは?」

『ただの祝福だ。我が汝の存在を認知できるだけの目印(マーカー)に過ぎん』

「……?」


 言っていることの意味が分からず、眉をひそめたチェシャに龍は言葉を綴る。


『端的に言えば、汝が求めれば我は我の許す限りでお前の元に駆け付けよう。力を貸すことは出来んが、それ相応の理由がある限り汝の望む場所に運ぶぐらいは叶えてやろうとも』


 言葉だけを聞けばチェシャがあまりにも得のする話だった。

 しかし、龍もただの善意で言ったのではない。むしろこれもまた龍の我儘であり、目印を付けたのはチェシャ達がまた退屈しのぎの何かを起こしてくれそうだと思ったが故のこと。


 つまり、体のいい玩具だった。


「あら、それは随分大盤振る舞いね」

「クオリア! もう大丈夫なのかっ!?」

「ええ、そこの偉大な龍のお陰様でね」


 二人の後ろから現れたのは大盾を担いでにやりと笑うクオリアだった。

 彼女の傷も癒えたらしい。鎧のひびは痛々しいが、彼女の表情はそれを感じさせない程に明るい。


「クオリア。今の言ってる意味分かったの?」

「難しい話じゃないわ。多分、つまらない理由じゃないなら理由があるかぎりチェシャ君を運んであげるって話よ」


 龍に乗って移動する。単純だが、物語では竜騎兵として憧れを抱かれる存在だ。

 お伽噺の存在である龍を駆り、大空を飛ぶ彼の者はは大衆の英雄として吟遊詩人からよく語られる。

 子供から大人まで憧れる存在。隣にいたソリッドが声を上げるのも無理がない話だ。


「へぇー!! 良いなー……オレも乗せてくれよっ! ってか、チェシャだけか?」

『然り。試練を乗り越えたのは汝らだが、我が個の存在として認めたのは黒き騎士のみだ』

「ちぇー。まぁ、いいや。今から飛ぶのはオレらも乗れるしなっ!」

「え、そんな話になってたわけ?」


 クオリアの意識が回復したのはほんの数秒前のこと。

 故に、チェシャが言った塔に──グングニルに連れて行って欲しいという願いを聞いていなかった。


「……うん」


 頷いたチェシャが空を見上げる。

 遥か上空、いつの間にか戻って来た雲の群れの中、純白の翼がどこかへ去っていくのが見えた。

 彼女の後姿を感謝の気持ちを込めてチェシャは頭を下げた。


 これで準備は整った。

 龍に乗っていけば文字通り正面からアリスの元に突撃できる。


 ──そういえば……


 チェシャは第四試練でアリスが引きこもった時のことを思い出した。

 何のためにここまで頑張って来たのか分からなくなったという彼女をどうにかして元気づけようとした時のこと。


 ──龍が来ないかなぁって

 ──届いた船が壊れないかなぁ……とか

 ──あとは……この銃が壊れないか、とかね?


 彼女が言ったのは現実逃避。合法的に探索から離れようとこぼした彼女の弱音。


 ──銃が壊れたとしても俺一人で頑張るし、船が壊れようとボイド達と一緒に直すかどうにかするし、あと……龍が来たなら……そうだなぁ、手懐けて乗りこなしてやるよ。龍騎兵。確か、ドラグーンって言ったっけ? ドラゴンに乗る戦士、もし出来たらカッコいいだろ?


 大嘘も良いところだったが、現実になってしまったのだからもはや笑えない。

 けれど、これはこれで良い。


 有言実行。やってやったぜと、押し入ってやるにはちょうど良い手土産なのだから。



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