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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
紅ノ試練:試すは龍の轟き
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ウォーミングアップ

「チェシャ君。相手を考えれば、アリス君抜きは厳しい。ソリッドの炎も相性が悪いだろう」

「……だろうね」

「はぁ……まだ決まったわけじゅないのに、二人とも深刻そうな顔しないの」

「そういうことはもう少し晴れやかな表情で言って欲しいな」


 クオリアがため息を吐くも、彼女の顔も陰りがある。皆、この先にいるであろう、遭遇するであろう困難が分かっていた。

 そして、その仮想敵は三人とも一致しているようだ。


「第二試練でしょ? 正直今の私たちで手こずる相手なんて一つしか思いつかないもの」

「それは……まぁ。そうだな」

「空飛ばれたら何も出来ない」

「……行ってみないことには始まらん」


 雰囲気は良いとは言えない。

 だが、三人の瞳に陰りはない。この先にある困難を知ってもなお、止まろうとは考えていない。


 深い理由もない。

 アリスに言いたいことが残っているから。その一点にのみ集約されていた。


 それだけの話。彼らは必ずしもアリスを引き戻そうとは思っていない。

 言いたいことを言うために進むのだ。引き戻すか否かはまた考えることである。


 無言のまま、四人を乗せた気球は岩の柱が立ち並ぶ丘──岩柱乱立丘、その麓にたどり着く。

 気球を下ろし、後始末を終えた彼らが改めて丘の頂上を見上げる。

 広がるのは岩の柱と荒野に広がる青空。特に目につくものはない。


「何もねぇよな?」

「そうね。行ってみないと分からないわ」


 頂上に怪しいものはない。立ち並ぶ岩の柱が見えるだけ。

 本来であればここは神の悪意である巨大蟷螂、キラーマンティスの住処でもあった。


 この迷宮を探索する者が少ない理由の一つだ。

 しかし、今は巨大蟷螂(キラーマンティス)の姿が見えない。


「……来るよ」


 ──キィッ!!


 代わりに聞こえてきたのは甲高い鳴き声だ。声の主である猿は探索者たちよりも上。立ち並ぶ岩の柱の窪みに手をかけている。


 探索者組合がつけた名前は盗人猿。

 人の命を直接狙うのではなく、つけている装備品、道具などを狙う迷宮生物だ。

 プロトグングニルを構えたチェシャが一閃。彼の頭上目掛けて飛び掛かって来た猿を払いのける。


 ──キキキ……

 ──キィ!


 周りの柱は近くで見ると人が屈めば入れそうな穴が点在している。

 そこを出入りするのがチェシャに飛び掛かって来た猿たちだ。


「今更、猿如きに遅れは取らないわッ」

「良く燃えるしな!」

「後も控えてるんだから飛ばしすぎるな」


 一番槍に続いて飛び掛かって来た猿たちへクオリアの大盾が行く手を阻む。

 弾かれ、無防備を晒した猿たちにはソリッドの炎が降りかかる。

 ボイドも錬金砲で取りこぼしを焼いていく。


 神の試練をほとんど踏破している彼らにとって、ここの猿たちなど敵ではない。

 切り捨てられ、貫かれ、燃やし尽くされていく。


 だが、猿たちは岩の柱から次々と現れ、懲りずに襲い掛かって来る。


 その中には瓦礫を拾っては投げてくる輩も。

 投猿と呼ばれる迷宮生物であり、周りの物か、盗人猿が盗んだものを弾にして攻撃してくる個体だ。


 暴れまわる他三人の調子を妨げぬよう、ボイドはそれらを錬金砲で燃やし貫く。

 自由にさせれば面倒なことは彼が把握しており、彼のキャパシティに収まる限りは他の三人を害すことは出来ない。


 順調に猿たちを蹴散らし。歩を進めるチェシャ達だが、猿の群れは尽きる様子を見せない。

 岩柱乱立丘に行く探索者が少ないもう一つの理由だ。

 無尽蔵に現れる猿たち。採取物もろくにない上、採取する暇もないのだから旨味など皆無だ。


 厄介極まりないこれらを押しのけ、四人が歩みを進めて頂上を目指す。


「流石に鬱陶しいな……」


 ボイドがため息を吐く。進めば進むほど、猿たちの勢いは増していく。

 けれど、広範囲を攻撃するソリッドが居るお陰で、一人を除き誰も気に留めない。


 点で処理を繰り返すボイドが一人嘆いている。


「走り抜ける?」

「足場が悪いからあまりやりたくない」

「なら、やることは一つだろ」

「……? ──お前まさか」


 口端を吊り上げたソリッドが腕を掲げる。

 その腕に通された増幅器を。


 威勢のいい掛け声とともに、掲げられた増幅器が淡く光り始める。


駆動(drive)開始(start)ッ」

「──飛ばしすぎるな……と言ったんだがな……」


 集中し始めたソリッドはボイドの言葉に耳を貸さない。こうなればテコでも動かないだろう。

 苦笑したチェシャは前進を辞め、ソリッドの援護に回る。

 クオリアも同様だ。


 猿たちもソリッドに集まる魔力を知覚したのか、さらに勢いが増し始めた。

 本来であれば目についたものを狙う盗人猿が、一斉に淡く光る増幅器に目を向ける。魔力で出来た生命体として、どんどん集まっていく魔力に本能的な危険を感じたのだ。


 ボイドだけでは処理が追い付かず、瓦礫も飛び交い始める。


「……ここ、第二試練よね……?」

「ああ、間違ってないぞ」

「はぁ……──咲かせるわ!!」


 クオリアが盾を打ち付け、アイリスの花弁を広げた。

 猿一体ごとの攻撃は大したものではない。クオリアの盾を傷つける攻撃もありやしない。


 二度目の黒馬を貫いたあの大輪の花は流石に使わない。

 それを使えば確実に時間は稼げるが、ここで消費していい体力を大きく超えている。


 全ての攻撃を遮断する紫の花。四人を囲むようにドーム状に咲いた花をくぐり、少なくない猿たちが侵入して来た。


「ボイド。ウォーミングアップならいい?」

「……もう好きにしてくれ」

「分かった」


 こくりと頷いたチェシャの体が黒騎士へと変化する。

 プロトグングニルを背中に仕舞い、黒槍を生み出したチェシャが地を蹴飛ばす。


 疾駆。一閃。また疾駆。


 黒の影が止まっては残像を残して移動し続ける。

 影が通り過ぎた場所には猿の死体が転がるのみ。


 必要最低限の致命傷をばら撒く黒騎士。

 先に進んだ者が蹂躙されるのを見た猿たちは及び腰になり、後ずさりで花弁から逃げていく。


 ──キキキキィー!


 花弁から逃げて来た者たちに浴びせられる猿の罵倒らしき鳴き声。

 仲間同士で罵倒が生まれる程度に、ソリッドの魔力が周囲の恐怖を煽っていた。

 だが、投擲(とうてき)物はすべて花弁に弾かれ、潜り込めば殺戮者が死をばら撒いている。


 猿たちは目の前の恐怖に怯えながらも攻撃を続ける。だが、どれも決定的な一打にはならない。

 そして、チェシャ達もソリッドの準備が整うまでどうにもできない。

 停滞する戦況。


 やがて、それも終わりを告げる。


「燃えとけッ──!!」


 増幅器を通し、膨れに膨れた火炎の魔術。地面ごと削りながらそれは障害物を気にせず突き進んだ。

 豪と、耳につんざく音がすべてを燃やす。

 それは頂上までに立ちふさがるものすべてを焼き払っていった。


 火炎が通り過ぎた後に残っていたのは炭化した岩や猿。その成れの果て。


 ──キィィ!?


 生き延びた猿たちは驚きか嘆きか、悲鳴を上げる。そして、轟音とその痕にくるりと背を向け逃げていった。


「やりすぎ……でもないのか……」


 額に手を当てたボイドが破壊の痕を見て一目散に逃げていった猿たちを見て、静かに首を振る。

 それから、一分もしないうちに猿たちの姿はチェシャ達の視界から消え失せた。


 *


 火炎が荒らした痕を悠々と進んだ彼らは見晴らしのいい頂上へとたどり着いた。

 標高が高いのもあり、荒野の上空にある気流の一部が彼らを撫でる。


「どうしてここへ来るのに、暴れまわる必要があったのですか……?」

「すまない、私もそのつもりはなかったんだ」

「文句を言ったのはボイドだろー?」


 頂上に来た四人を出迎えたのは、呆れ顔の天使だった。

 彼女の立っている場所だけ炭化の痕が見られないのを見るに、火炎を防いでいたようだ。

 呆れているのはその強引な突破方法だろうか。


 言い合いをする二人の後ろでくすくすと笑うチェシャとクオリア。

 計四人を胡乱気な目で見ていた天使がため息を吐くと、佇まいを整える。


「……まぁいいです。──体も温まっていますよね?」

「ん、いけるよ」

「なら、始めましょう。……健闘を祈っておきます」


 天使はそう言い残すと、翼を広げて飛翔する。そのうち、地上の四人から見えなくなる。

 何が起きるのかと身構える四人に降りかかったのは、地の底から湧き上がるような低い声。


『汝らに試練を受ける覚悟はあるか?』


 聞こえてきた見知らぬ声。声だけしか聞こえないのに威厳を感じさせる。


「……ある」


 チェシャが槍を構え、何もいないはずの空へと言い放った。


 静寂が辺りを支配する。

 風の音が探索者の耳に良く届いた。


 雲の流れが加速する。

 まばらに散っていた雲がまるでこの場から逃げるように広がっていく。

 やがて、晴天が作り出された。


 陽光が探索者たちに突き刺さる。

 あたかも祝福のようだ。


 その祝福は空が暗くなることで消え去ってしまう。


 誰も空の暗転には驚かない。


 それが影であると知っているから。


 祝福を遮る、巨大な影。


 探索者たちが空を見上げる。


 四人が知る強敵たち全てが矮小な存在映るほどの巨体。


 赤く、紅く、染められた体。


 その体躯を空に浮かべる巨翼。


 お伽噺でないと知っている伝説の存在。


 即ち龍である。


 羽ばたき一つですべてを吹き飛ばす風圧が四人を襲う。


 像が蟻の近くを通るように、ただ存在が絶望。

 四人はその絶望に抗い、風圧を耐え凌ぐ。


 予期していた恐怖、絶望に体を止めることはない。


 偉大なる紅はゆっくりと彼らの前へと下降してくる。

 せりあがる何かを堪え、四人はじっとそれを睨み続けた。


 着地。強風。激震。


 地に降り立った紅き巨体が四人を見下ろす。


『ならば、見せてもらおう──人の覚悟とやらを!』



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