撃鉄に指を
グングニル第三層。スカーサハのいるコントロールルームでは忙しなく動く画面と合成音声だけが部屋を賑わせていた。
『掌握魔力、開花候補者──ソリッド』
『掌握魔力、開花候補者──クオリア』
『二名の開花を確認。チェシャは開花済み、マスター・有栖は強制開花済み。予測戦力最大強化完了』
『対ロキの勝率算出──0.5%。プロトグングニルを用い、過去跳躍による魔力消費の勝率算出──1%……』
画面上には合成音声が語った情報が視覚的に表示されている。確率は赤い文字で記されており、その横にdangerと小さく付いている。
『勝率信頼度低。最終プログラムによる勝率算出──グングニルを用い、周辺被害、及び使用者への被害を無視──99%』
次に現れた数字は青く染められ、大きく表示された。
『勝率信頼度高。引き続き最終プログラムに沿って活動を行う。』
*
一日休息を取った五人はグングニルの探索を再開した。
獣王、神馬、大蛇とくれば次に来るのは──
「……?」
転移装置にから出たチェシャが首を傾げる。
彼の、彼らの予想であった極彩色の森ではなく、近未来的な内観が広がっている。
つまり、グングニルの内部。
先行していたチェシャに続いてきた四人も同じく、怪訝な顔をしていた。
警戒する探索者の内、少女がその輪を抜けて、歩き出す。
向かう先は中央にぽつんとあるカプセル状の躯体。
チェシャも見覚えがあるものだった。
だが、それ以上に気になることがあった。
「アリスッ……?」
チェシャから見えるアリスは後姿のみ、揺らされる括られた亜麻色の髪。表情も見えず、彼女がどのようなことを考えているのか推測することは難しい。
けれど、彼女の纏うただならぬ雰囲気と、着実に重ねる歩みにどこか悲壮感を感じた。
彼女が何かを抱え続けているのは知っていた。
ついぞ、その何かを知ることは出来なかった。
だが、少なくともクロウの手からアリスを取り返し、自分たちの未来を勝ち取ったと、
チェシャは思っていた。
アリスがカプセルの横にある端末を操作する。
すると、半透明の画面が宙に表示された。
「ボイド」
「分かっている、少し待ってくれ」
そこには何か色々な項目が表示されていたが、チェシャには読めず、アリス以外で古代言語を読めるボイドも難解な文字に解読が遅れていた。
「アリスちゃん?」
クオリアもアリスの異変に気付き、彼女に近寄る。
しかし、近寄って来た気配に反応も示さず、淡々と端末を操作するアリス。
「ちょっと、待ってて」
ようやく帰って来た言葉。クオリアが声の主の顔を覗き込むと、少なくとも焦っているような表情ではなかった。
ただ、いつもよりも険吞だった。
しばらくして、荒々しく何かを表示しては消えていた画面が落ち着いてくる。
それを確認し、小さく頷いたアリスがカプセルに触れる。
扉が上に持ち上がり中への道を作り出す。
灰を被り、瓦礫に塗れた時とは大違いだったが、その中身もチェシャが見たものと全く同じ。
あの時はカプセルから吐き出された彼女と出会った。
ならば、その中に入ることは逆説的に──
チェシャが欠片も根拠がない焦燥に襲われる。
その焦燥に突き動かされるまま、足を運び、目には彼女を捉え。
片方の足を躯体の中に踏み入れていたアリスの腕を掴んだ。
「……」
「……」
アリスがぎこちなく腕の引かれた方を振り返る。
その先に居たチェシャの顔には焦燥と混乱が浮かんでいた。
何故止めたのか、まるで自分でも分かっていないような。そんな表情。
アリスは逡巡する。
欠落のない結末はもうあり得ない。
ならばせめて、その欠落がなるべく軽いものであるようにするため。
「離して」
底冷えするような声色で言い放った。
後ろの三人が目を丸くする。
彼女が、彼に冷たい言葉を吐くとは想像も出来なかった。
「……いやだって言ったら?」
チェシャもまた逡巡する。彼女の決意が固いことは分かっていた。
きっと、これは必要なことなのだろう。だけど、ここで手を放してしまえば手遅れになりそだった。
彼にはその冷たい言葉が本心などとは微塵も思っていなかった。だから手は離せない。
結果、口からついて出たのは疑問。
「……スカーサハ」
アリスが小さく呟く。
対面するチェシャのみがアリスの赤い瞳に気付いた。
遅れて、腹に走った衝撃に気付いた。
吹き飛び、揺らぐ視界の中、右足を突き出しているアリスの姿、揺れる赤い瞳を捉えた。
回し蹴りを食らったことに受け身を取りながらチェシャが混乱する。
だが、ここで離れてはいけないという焦燥のまま立ち上がり、駆けだす。
「……」
「ッ──!?」
かちゃりと、無情に鳴った音。
それはアリスが銃を構えた音。
彼女以外の誰もが息を呑む。
細指が引き金を引く。
キンと、火花が弾ける。
銃弾が地面を叩いていた。
意図的な誤射。チェシャはすぐに悟った。
──これは威嚇だと。
思わず、足を止め、呆然とアリスを見つめる。
彼女は銃を構えたままじりじりと後ろ向きで歩き、カプセルの中へと入っていく。
「……なんで!」
我に返ったチェシャが叫ぶ。
ただ、疑問ばかりが浮かび続ける。
しかし、納得もあった。
悲痛に顔を歪めている彼女。それでもなお銃を持つ手は揺るがない。
きっとアリスには想定通りの筋書きだったのだろう。
だから──悲しみはあれど、迷いはない。だから銃口は揺るがない。
「……ごめんね」
悲痛に歪まされつつも美しく微笑むアリス。
その顔を見てしまえば、もうチェシャは動けない。
まだ熟していない子供の精神では。
「あたしは許してないわ!」
だから、大人が出る。
大盾を構え、一直線に突き進むクオリア。
金属音を立て、平らな地面を蹴飛ばして距離を詰める。
「……」
くしゃりと微笑みを潰したアリスが幾度か発砲音を鳴らす。彼女の得物はいつの間にか魔拳銃に変化していた。
放たれた魔弾が大盾を叩く。
衝撃が前進を阻む。
赤き瞳が強化した魔弾は騎士すらも縫いとめる。
「以外とっ、重いの……ねっ!」
だが、純白の騎士はアイリスの花を咲かせた。
銃弾を押し返して再び進み出す。
「スカーサハ、補助弾幕機構展開」
残り数歩まで詰めてきたクオリア。
しかし、アリスは動じない。腕を振りかざし、スカーサハに命令を出す。
彼女の動きに合わせて出現したのは小型の銃身を備えた飛行物体。どこからともなく現れた数体のそれらは、アリスの背後にずらりと並ぶ。
「……発射」
そして──火を吹いた。
「──ッッ!」
銃口から迸る火花が室内を赤く照らす。
何発もの銃弾が花弁の盾を叩き、ピシピシと嫌な音を響かせる。
遂にはヒビが入る頃、クオリアの体が押し返されはじめた。
数メートル程引き離されると、銃声が止む。
依然として銃口はこちらに向けられたままだ。
「ごめんね」
カプセルの中に入ったアリスが薄く微笑む。
それを皮切りに扉が閉められた。
カプセルは台座ごと上に持ち上げられ、突如出来た天井の穴をくぐり、上へと消えてしまった。
「……」
少女が去った探索者一行は押し黙る他出来なかった。