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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
第七試練:引かれるは少女の撃鉄
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再演・踊るは大蛇の氷炎

 「もう大丈夫か?」


 ボイドが地面にへたり込み、顔を俯けたままのクオリアに尋ねた。

 ボイドは他の三人からクオリアを隠すように立っていて、涙の痕が残った顔を上げても三人には見えない。


 ──妙な気配りだけは出来るのよねぇ


 結局世話になったままだと一人ため息を吐きながらクオリアがボイドの手を取って立ち上がる。

 そして、続けざまに彼から手渡されたハンカチで涙の痕を綺麗にふき取った。


「ええ、おかげさまでね」

「そうか。あれについては聞いてもいいのか?」


 あれ。すなわち、アイリスの大輪のことだ。

 ボイドとしてはアリスのことも気になるが、いきなり派手なことをやらかしてくれたクオリアも無視できなかった。


「えぇ。多分、あなたがこの前話してくれた不思議な魔力のことよ」

「……掌握魔力だと言いたいのか?」

「それそれ」


 ボイドは静かに腕を組んで考え込む。

 掌握魔力が目覚める条件は具体的に分かっていない。


 本質的願望が寄与することをは分かっているが、クオリアのそれは今は居ない主の贖罪だったはず、そしてそれを具現化したのがアイリスの盾と推測していた。


 ──違っていたのか?


 長年の仲としてそれとなく聞いておきたい気持ちもあった。

 しかし、無理に聞き出していい話なのは彼も重々承知している。


 ふと、クオリアの顔を見る。

 涙の痕はよく見なければ分からない程には薄れていた。

 もともと号泣したわけではないのが分かっていたので、それについて疑問はない。


 不思議なのはやけに晴れ晴れとした顔をしていたことだ。

 喜怒哀楽の内、哀楽の両方を混ぜたようなそんな顔。


「──何かいいことでもあったのか?」


 迷った末にボイドはそれとなく尋ねる。


「そうね……良いことってよりは、ちゃんとあたしの足で歩くって決めただけよ」

「今までは違ったのか?」


 ボイドと出会った時点でクオリアはどこか吹っ切れたような顔をしていたのが印象に残っていた。

 だから今までと何が違うのかもいまいち理解できなかった。


「貴方に甘えていたからよ」

「……それはどちらかと言えばこちらの台詞だと思うが」

「ふふっ……」

「何がおかしい」


 クオリアは小さく息を吐いて笑う。

 ボイドならそう言うだろうと思っていた台詞が一字一句同じだったから。


 こうやって助け合う仲になったのも神様の思し召しとやらなのか──と、どうでもいいことを考えながらクオリアが口を開く。


「あたしにあの時なかったのは目的で、あなたにあの時なかったのは人との交流ってこと」

「そういうものか?」

「そういうものよ」

「……そういうものか」


 ボイドは肩の力を抜いて微笑んだ。

 彼女が妙な呪縛に囚われなくなったのだからそれは良いこと。

 そういう話だと結論付ける。


 ──私はまだ囚われているのにな。


「ボイド?」

「なんでもないさ」


 クオリアがボイドの微笑みに暗がりを感じて不安げに尋ねる。

 その声に我に返った彼はゆっくりと首を横に振った。


 だが、それを見逃すクオリアでもなかった。


「嘘ばっかり。それ、あたしに手伝えることはないわけ?」

「自分の話だ。分かっているだろう?」

「ええ、聞いてみただけよ」

「……そうか」


 あくまで助けが必要なら口にしろという念押し。

 彼女の意図はボイドに十分伝わっていた。


「なんかあったのか?」

「いいや、少しな。転移装置は確認したのか?」


 二人の会話が終わらないことにしびれを切らしたソリッドが水を差す。


「アリスが見てくれたぜ、固定じゃないから帰れるって言ってた」

「……ふむ、そうか」


 獣王ベルセルクに続き、神馬スレイプニル。ならばこの次の転移先に居るのは氷と炎を操る大蛇カグツチであることは十中八九間違いない。


 それを把握したうえでボイドは現状の戦力を確認する。

 前衛のチェシャとクオリアに目立った傷などはない。しかし、クオリアが掌握魔力で大規模な盾を展開したことを考えればアイリスの盾を使える回数は減っている。


 後衛はアリスが(magic)拳銃(revolver)を起動したため実弾が使えない。

 ソリッドは増幅器を使った全力の魔法を一回。それと爆炎の魔術も二回。


 元の量が多いせいで本人すらも自覚できていないが、試練を攻略することによって成長する彼の魔力量の伸びは著しく多い。


 ボイドの計算上ではこれだけの攻撃を使ってもなお余裕がある。


 ──強い……な


 彼が乾いた笑みを浮かべた。

 頼もしい仲間の戦力は増え続けている。彼自身も目立った能力はないものの、彼らについていくための最低限の戦闘能力が身についていた。


 二体を倒し、勢いもある。ならば──


「もう一体。やってやろうか」



 *


「──あっつ」


 転移装置から抜けたチェシャが熱気を浴びて顔を歪める。


「アッちー! ボイド! 水っ!」

「水筒ぐらい自分で持っておけ……」

「久しぶりだね、この暑さ」

「あたし達はそれほどでもないけど、チェシャくんとアリスちゃんはそうだものね」


 ボイドのバックパックを勝手にまさぐるソリッドに鞄の持ち主はため息を吐いている。


 その傍らで女性陣が思いを馳せていた。ボイド達は以前、カナン達の手伝いで訪れていた。


 アリスしか知っていないものの、実はチェシャもアンセル達の手伝いで最近訪れていた。

 そのことを思い出したチェシャは紐づけられている記憶──アリスに対する感情を考えた一夜も思い出す。


 そんな彼がちらりとアリスに視線を向ける。

 クオリアと談笑しているアリスを見ても何か特別な感情が溢れ出すことはない。

 あの夜に抱いた名前のない感情もない。


 ──俺は……どうしたい?


 迷いの中に漠然とした何かがあった。


 しかし、ここは迷宮。


 余計なことを考える暇などないことは皆が知っていて、いつのまにか静まり返った五人は灼熱の広間の中央でとぐろをまいて鎮座する大蛇に目を向けた。


 大蛇の見た目に変化はない。真っ赤な炎に包まれた赤き大蛇。

 赤ばかりなのに濃淡は違って見え、淡い赤き炎に包まれた朱色の大蛇は同系色でも彩りを持っている。


 赤く、(あか)く輝く大蛇の輝きを受け、探索者達の勇ましき顔も赤く照らされる。


 一方で、探索者達の覇気を感じたのか、とぐろを巻いて眠りについていた大蛇がゆらりとその長い体を持ち上げ始めた。


「来るぞ、何もなければ五人で押し切るが、間違いなくそのままなわけがない。臨機応変を心掛けてくれ」

「ん」

「おうよ」


 男性陣の返事と女性陣の頷きがボイドの声に応え、それぞれの得物を構えて大蛇へと歩き始めた。



 *


 どんどんあの蛇野郎に近づいていくチェシャとクオリアを見送りながらオレは唾を飲んだ。

 今更ビビる相手でもないのは分かってるのに、苦い思い出が出てきやがる。


 今のオレなら火力で負けるわけがないことも分かってる。

 もし負けるようならオレはここに居られない。そのくらいの気持ちで来てるんだから。


 どうにも自信が出ないのはこの旅が終わってほしくない気持ちのせいか、目の前の苦い記憶を掘り起こしてくる奴のせいかは分からない。


 でも、多分……どっちもだ。


 この旅が続けば無意識に忘れていたジェシカを探しに行くこともなくボイドについていくだけの時間が続く。

 それは一番楽だ。でも、ダメなこともオレが一番わかってる。


 こんな気持ちを抱えたままだから、オレはあいつに勝てる未来が見えないんだと思う。


 前の時だってそうだ。自分だけちゃんとした力が欲しくて、武器に頼り切っている自分が嫌で。


 後ろめたい気持ちを抱えたままだからどうにも踏ん切りがつかなくて、ボイドに怒鳴られて──助けられた。


 第四試練はオレの感情的な行動がみんなに迷惑をかけた。

 結果的にはうまくいったけど、下手すりゃ死んでたっておかしくない。


 第五試練でも後ろ暗い感情は消えて無くて、それをアリスに指摘された。

 アリスがあんなに怒るのは初めて見たし、正直ビビった。普段怒らない奴が怒ると怖いってほんとなんだなって。


 第六試練でようやく、足を引っ張らないようには出来た。でも、チェシャとかクオリアみたいなみんなを引っ張るほどの力じゃない。あいつらに頼って、初めてオレは戦える。


 散々迷惑かけた分、オレはこれから頑張んなくちゃならねぇ。

 それは分かってる。……分かってるんだ。


 遠くで蛇野郎がチェシャ達に炎を吐いてる。

 前よりも赤くて、熱そうな炎だった。でも、クオリアが出した花の盾を壊せてない。


 炎を凌いだらチェシャが飛び出して蛇野郎の長い体に槍を突き刺す。


 体をしならせて蛇野郎がもがいてるけど、チェシャは食らいついて槍をほじくり回してる。


 オレにはあんな風に迷宮生物の目の前で戦えねぇ。

 長い旅で改めて分かった事実だ。オレがするのはいつだって一つ。


 オレがいくらどうありたいと願おうと神様か知らねぇ誰かがくれた才能とやらはオレの出来ることを一つだけにしてる。

 考えんのが苦手なオレにはそれは良いことだった思う。


 今みたいにどれだけ悩んでてもやることは変わんないから。


 だから──オレはもう後ろは向かねぇ。

 ドでかい魔法ぶっ放して、邪魔なもんは全部ぶっ飛ばす。


 んで、ジェシカに──あの時助けれなかったことを謝りたい。

 むちゃくちゃ遅れたけど、今からでも助けてやりたい。

 これはその練習だ。でも失敗は許されねぇ練習だ。


 頭のわりぃオレでもうまく考えがまとまった。

 雲一つない空くらいに今の調子は上々。


 ──あとはあいつをぶっ飛ばすだけってぇことだ!!


 澄み切った頭の中で魔法を組み立てる。


 正直、ボイドはもっといろいろなことを考えながらやってるんだろうけど、オレはなんも考えちゃいねぇ。テキトーだ。


 足りないもんは魔力を使えば動く。

 オレがするのは、いつだって最大火力をぶっ放すだけなんだからよ。


「……っしゃあ! ……?」


 景気づけに両手を勢いよく合わせ、ぱちんと音を鳴らす。

 そこで初めて、オレは自分の手が真っ赤な霧みたいなのに覆われていることに気付いた。


 何かは分からねぇ。けど、悪い気分はしねぇ。

 それが分れば十分と、組み立てた魔法を解き放つ。


業火球(hellfire)ッ!!」


 ──オレ、今何て言った?

 名前の知らない魔法だった。そんな魔法を覚えた記憶はないし、聞いた記憶もない。

 考えていたことと言えばせいぜい邪魔なもんをぶっ飛ばすぐらいだ。


 そんなオレの考えを他所に手のひらから炎の球体が飛び出していった。


 ぐつぐつと聞くだけででも熱そうな音共に、小さな火種をまき散らして炎の球体は進む。

 色は違うけど、ボイドの脱力の魔術と似ていた。


 だから、なんとなくこの魔法が何を起こすか予想がついて、


「チェシャ! クオリア! 下がってくれ!!」


 二人がオレの声を聞いて振り向く。

 そして、赤い球体を見た二人が蛇野郎に攻撃して足を止めてからすぐに飛びのく。


「アリス! あいつを逃がさないでくれ!」

魔弾(bullet)変更(change)──拡散(scatter)


 呟きながらアリスが両手で構えた銃を空に向けて、


軌道(orbit)変更(change)──落下(fall)──全弾(full)発射(fire)!」


 さっきも見た拡散する魔弾を撃ち放った。


 魔弾が当たるのを待ってる暇はねぇ。蛇野郎に飛んでいく赤い球は気を抜いてしまえばたどり着く前に爆発するから。

 遠隔で扱うのは苦手で、練習していなかったツケが来てた。


「……うざってぇ」


 赤い霧を纏ってた手は気が付くと握りこぶしになっていた。

 直感でこの手を解いちゃダメだと分かった。


 暑さなんて感じねぇのに汗だけが落ちてくる。

 今にも破裂してしまいそうな何かを堪える。


 ずっと堪えているせいで空気が足りなくなってくる。吸う暇はねぇ。だんだんと苦しくなってくる。

 辛さに負けてさっさと拳を解いてしまいたかった。


 赤い球は数秒もたたないうちに蛇野郎に届く。

 その数秒が途方もないくらいに長い。


 目の前が滲んで、何にも見えなくなる。ボイドが持っていた眼鏡を借りた時みたいに全部がぐらぐらと揺れてる。


 けど、耳はまだ生きてる。雨が屋根をビシバシ叩くときみたいな音が聞こえた。

 多分、アリスの魔弾。


 ──何秒経った?


 分からない。目の前が見えないせいで距離も分からない。

 ただ、一瞬遅れて。


 オレの体じゃない何かが何かに当たった気がした。

 分からないものだらけのはずなのに。次に何をするべきかはすぐに思いついた。


 ──今度こそッ、邪魔なもんはブッ飛ばす!


「弾けろッ!!」


 視界も良く聞こえない耳も無視して、握り拳をパッと開いた。



 *



 赤い壁に囲まれた広間の中で深紅の半球体が大蛇を飲み込む。


 悲鳴さえも聞こえない一瞬の明滅を起こした半球体は一瞬のうちに消え去った。

 半球体があった場所には塵も、炭も残っていない。

 その場の物を消し炭どころから消失させていた。


 あまりの速さで起こった出来事。

 探索者たちは唖然としていたが、ばたりと広間に響いた音で我に返る。


「ソリッド!?」


 ボイドがすぐさま駆け寄って抱き起し、容態を診る。

 その間に他の三人も駆け寄ってきた。


「様子は?」

「息はある……信じられないが魔力を使い切ったらしいな」


 クオリアの質問に、ボイドが苦笑交じりで返答する。

 ボイドを基準にすれば、ソリッドの魔力量は数十倍程。


 彼の大量の魔力をごっそりと奪う増幅器すら使っていなかった。

 ならば、先程の魔法は一体どれだけの力を秘めているのか、ボイドには想像もつかなかった。


「ともかく、一度休もう」

「だね」


 地面に槍を突き立てたチェシャが小さく息を吐き、賛同する。


 時間こそ少なかれ、密度の濃い時間を過ごしている。資源的な余裕はあれど皆体力を消耗していた。


「ふいぃ~。流石に疲れたわねぇ……」

「クオリア、おじさんみたいよ。……転移装置だけ見てくるわ」

「ああ、頼んだ」


 アリスは腰を下ろして情けない声を上げるクオリアを横目に、広間の奥にある転移装置へと歩いて行く。


「今日はもう引き返す?」

「ああ、正直急ぎすぎたとも思っている」


 次の相手が予想出来ていたのに、ソリッドの炎が効きづらい相手との戦闘は控えるべきだった。

 終わってからの反省などあまり意味はないが、ボイドはそう自身を戒める。


「あたしも正直いけると思ってたわ。別に貴方が気にすることじゃない」

「だとしてもだ。それが私の仕事だからな」

「そ。なら勝手にしなさい」


 そう言った切りクオリアは拗ねたように地面に大の字で倒れ込む。

 しばらく動く気はなさそうだ。


 彼女の弁護はありがたかったが、それに甘えてはならない。仲間ではあるが、もとよりボイドは雇用している側。上に立つものとして、判断を間違ってはならない。

 その意識がボイドから頼ることの選択肢を奪っていた。

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