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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
第七試練:引かれるは少女の撃鉄
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一服

「この転移装置は固定じゃないな。ここから帰れるし、ここに来ることも出来るはずだ」

「みたいね。一度戻る?」


 新たな転移装置の端末を見つけ、ほっと五人が息を吐く。


 アリスの提案にボイドが自身の腕時計に目を落とすが、今はそれが使えないことを思い出した。

 とはいえ、ここを無視しては次に戻れる場所がどこかも分からない。


「ソリッド」

「なんだぁ?」

「腹は減ったか?」

「ん? んー、小腹が空いたくらいだぜ?」

「そうか、なら戻ろう」


 ボイドが参考にしたのはソリッドの腹時計。彼は美食家ではないが、空腹を嫌う傾向があった。

 そんな彼の腹時計は誤差はあれど、許容範囲の精度がある。


 昼食は道すがら食べた栄養素の塊の携帯食。

 故に、腹は満たされているはず。それでも小腹が空いているのならちょうどいい時間ということ。


「どういう意味だ?」

「帰るにはちょうどいい時間ということだ」


 これ以上の追及をかわすため、ボイドは端末の操作に集中するふりをして会話を打ち切った。


 別に腕時計が壊れていることを話せば理解は得られるが、そんなことをして要らぬ心配を彼らにかける訳にはいかなかった。


 戦闘には大きく貢献できない分、こういった探索に関わる話は自分が行わなければならない仕事だと理解し──一年近くやり通してきたこれに誇りを持っていたから。


 だが、それを一人に背負わせまいとする者もいた。


「いつ直す気?」


 主語を隠してクオリアが小声でボイドに尋ねる。

 相変わらず気の利く奴だとボイドは苦笑しながら、直している暇がないことを肩を竦めることで示した。


 流石に故障は腕時計をしっかり見なければ気付かないが、直している間に腕から外していれば流石に気付かれる。

 一日二日なら誤魔化せるが精密器具の修理は依頼も含め、一日二日では終わらない。


「……帰ったら貸しなさい」

「こちらの領分だ。気にするな。それより、小声の会話は怪しまれるぞ?」


 端末の操作を終わらせ、転移装置に光を灯してボイドが顔をあげながらクオリアに忠告する。

 指摘を受けた彼女が背後にちらりと視線を向けると、チェシャとソリッドが会話をしている姿が。


 そして、クオリア達二人を不安げに見つめるアリスの姿が見えた。

 後ろ二人はともかく、目敏い彼女を誤魔化すのは難しいようだ。


「……善処するわ──さっ、帰るわよ!」


 彼女に心配をかけないためにクオリアがなるべく元気に振る舞い、転移装置をくぐっていった。


 *


「帰って来た感想をどうぞ」

「……ただいま」

「感想を聞いたんだけど……おかえり」


 夕刻。家の前にまで帰って来たチェシャが扉に手をかけ、振り返ってアリスに尋ねる。

 応えるのが億劫になったアリスは目を外に向け、誤魔化すのみ。


 チェシャも彼女をいじめたいわけではない。小さく笑って、横開きの扉を開いて彼女を迎えた。


「──思わなかったなぁ……」


 ──ここに帰って来るなんて。


 前半部分を省略して、アリスが感慨深く呟いた。

 その隠された言葉も理解したチェシャがまた笑う。


「そう思ったなら、良いことじゃない?」

「どうして?」


 ──どうせ帰ってこれるのも数えられるほどなのに。


「……? ここを家だと思えてるってことだから」


 今度の省略はチェシャにも理解できなかった。

 正確には何か省いていることと、それが少し後ろめたい感情であることは理解できたが、詳しいことまでは分からなかった。


「そう、ね」


 気付かれなかったことへの僅かな落胆。気付かなかったことへの大きな安堵。

 二律背反の感情が揺らぎ、彼女の声を詰まらせる。


 これには流石のチェシャも違和感を感じた。が、言及はしなかった。

 言わないならばそれなりの理由があるのだと思って。


 言及されなかったことにアリスは静かに胸をなでおろすと、荷物を置いてソファに身を預ける。


「先、手を洗ってきなよ」

「……うん」


 一度力を抜いた体を持ち上げるのは面倒で、返事だけしてソファから動かない。


 一方、チェシャが台所で手を洗い終えて夕食の準備を始めている。

 足音が聞こえず、疑問に思った彼が水に濡れた手を拭いてから居間へ戻る。そして、ソファから動かないアリスを発見した。


「洗ってきなって」

「ん」


 一文字の返事。

 言葉に対し、体が動く気はなさそうだった。

 むしろ深く沈んでいく彼女の体を見て、チェシャがため息を吐いた。


「ほーらっ」


 アリスの手を掴み、チェシャが彼女の体を引き上げる。

 ぐいと持ち上げられた彼女の体はソファから離れ、引き上げられた勢いのままチェシャの体へと抱き着く。

 抱擁と言うには力ない、あくまで形だけのもの。


「……ありがと」


 離れる寸前、離れることを惜しんだ彼女が一度だけ握られていた手を強く握り返すと、パッと彼から離れて洗面所へ消えていった。


「……」


 一度離れてしまったからこその後ろめたさ。


 ──否、責任感の強いアリスが後ろめたいなら引っ付くことなどありえない。


 単純な寂しさ。


 ──どちらとも言えない、急にしては説明がつかない。


 安堵から出た甘え。


 ──分からない。甘えならあの少しの時間で満たされたのだろうか。


 何かあったのは間違いないが、それが何かをチェシャが思い至ることはなかった。


 推測しようにも彼が納得のいく結果にしか行きつかない。

 今追及してもいい結果は出せないだろう。


 そう結論付けた彼は台所に戻って夕食の準備へと戻った。




 それから二時間。

 夕食も食べ終え、後片付けも済ませて食卓で向かい合って二人はお茶を飲んでいた。


「グングニルに着けば片付くと思ってたけど、一筋縄じゃ行かないな」

「……ええ、多分入り口じゃなさそうよ」

「……あれ以外に入れる場所なんてなかったじゃん」


 よくわからない端末を操作して開けられる入り口が本来の入り口ではないという意味がチェシャには分からなかった。


 魔物の知能がどこまで高いのかがチェシャには分からないこと。

 そして、端末が魔物にも操作できるかもしれないという発想が彼にはなかったからだ。


「おぼろげな記憶しかないわたしにも分かることはどちらにしても違う道を選ぶことができないことだけよ」

「そ。じゃあ、頑張るしかないなぁ」


 アリスは一口お茶を含み、そっと息を吐いた。

 想像より困難な道でも愚痴ひとつ言わないチェシャに申し訳ないと思いつつ、ありがたいと思う自分も隠せなかった。


 内側に押し込められず、表出した感情──顔が熱くなっているのを隠すために再びアリスが湯飲みに口をつけたままずずと少しずつ吸い続ける。


 ──なんの真似なのかな……


 感情を抑えるついでに、アリスの思考が今日出会った処刑人(エクスキューショナー)について移る。

 同じ個体ではない性能が強化されているのは確実。


 戦いの場も仕掛けが施されていた。それにしては迎撃用にも見えない。

 仮に押し寄せてくる魔物たちに対する防衛機構の一つならばもう少し多数に対する攻撃手段があるはずだった。


 人ぐらいにしか効かない小口径の銃など魔物に効くはずがない。

 効くならアリスはここに居ない。


 また、スカーサハもアリスの指示に従って運動の補助は行うものの、それ以上は何もしてくれない。こちらも謎だった。

 意地悪をされているというよりは試されているような。


 そこまで考えて、彼女たちが探索している場所の名前は試練を関する迷宮であることを思い出す。


 気にしたところで仕方がない。教えないということにも意味があるのだろうと結論付け、アリスは空になった湯飲みを机に戻した。


 分からないことだらけなのはいつものこと。


 それにもうゴールは見えている。今更迷っても仕方がない。必要なことは仲間と共に成せばいい。

 自分なりの結論を出したアリスは晴れ晴れとした顔をしていた。


「……?」


 急に憑き物が落ちた顔になったアリスみたチェシャが首を傾げる。

 湯飲みを手に持ったまま固まるチェシャを気にも留めず、アリスは湯飲みを流しにおいて水につけにいった。



 *


「正規の入り口ではない……か」


 アリスが昨日のチェシャとの会話をグングニルの長い廊下を歩きながらボイドに話していた。

 彼女自身の結論とは別に、ボイドの考えも聞いておきたかったからだ。


「多分、だけどね」

「アリス君が言うことだ。信憑性はある。で、君の考えはどうなんだ?」

「多分だけど、スカーサハが何か考えてるんじゃないかなって」

「どうしてそう思う?」


 迷いなく言い切ったアリスに思わず、ボイドが尋ねる。

 二人の後ろではクオリアが聞き耳を立て、前方ではチェシャが索敵、ソリッドがその補佐をしていた。


「ここはスカーサハの家みたいなだもの。私たちを連れていきたい場所に転移装置の転移先を書き換えるなんて、訳ないはずよ」

「ふむ……」


 一理あるとボイドが頷く。

 こんな回りくどい道を進ませる理由が気になる所ではあったが、意図があると分かれば、終わりがあることも見えた。


 アリスをスカーサハの、ひいては魔力吸収機構(スイーパー)の元へと連れていく前の小目標としては上出来だ。

 そう断定したボイドが顔を上げると、チェシャが何かを見つけたらしく。振り返って手を振ることでアピールしている。


「転移装置があったってよ」


 いつの間にかボイドの隣にまで来たソリッドがチェシャの意図を伝える。

 この二人ではどのような転移装置かが判別できなかったことを思い出し、足を速めてチェシャの元へと急ぐ。


「これ、どんなやつなの?」

「……固定だな。行先は平面が変わらず、高さが上だな」

「登っているのは間違いないみたいね」

「じゃあ、行く?」


 行く気満々のチェシャが転移装置の目の前で槍を握りしめながら二人へ尋ねる。

 昨日あまり活躍できなかったことを気にしていた。


「ああ」


 手慣れた動作でボイドが転移装置を起動し、光を灯す。

 もう転移装置の台の上に乗っていたチェシャが光が灯された瞬間、飲み込まれて姿を消す。


「追いかけるぞ」


 処刑人(エクスキューショナー)のような相手を彼一人に一瞬でも任せる訳には行かない。

 誰も異論を上げず、光の中へと一人ずつ入っていった。


「……ここ──」


 チェシャの次に転移してきたクオリアが周りの景色を見てぽつりと呟く。


 緑の樹海の中にぽっかりと出来た広間。

 一言で言えばそれに尽きる景色だ。

 特筆すべき点も多くはない。


 だが、一言以上で述べるのであればいくらでも語れることはあった。



 新緑を思わせる澄んだ森の空気。

 懐かしいとすら感じるいつか踏んだ草地。


 ぽっかりとあいた広間の端にある転移装置から中央を向けば、森に似合うような似合わないような存在が一つ。


 探索者として最初に立ちふさがる巨大な門番。

 五人があくまで協力関係に過ぎなかった頃を思い出させる懐かしき存在。


 巨人の如き隆起した肉体。ライオンの如き鬣。

 獣の王と巨人を混ぜ合わせたような体躯の持ち主。


 獣王が、佇んでいた。

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