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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
第二試練:駆けるは神馬の多脚
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第二試練探索準備

「良かった……無事突破出来たのですね!」


 まるで自分のことのようにアルマはチェシャの成功を喜ぶ。両手を胸の前で握って打ち震える少女の姿はとても年相応に見える。


「うん、槍折られちゃったけどね。出費が痛いよ……」

「獣王の名に似合う怪力ですからね。……。──ここだけの話、なのですが」


 声を小さくしてから続ける。


「第一試練で採取のみをする探索者さんがとても多くて……。需要がある以上、組合もそれを買い取れますし、ここの経済もこれで回って、生計を建てるためには最も良い手段なのは分かっているのですが、第一試練よりも奥を探索する方は少なくて……」


 やりがいがないというようにアルマが項垂れる。


 第二試練以降に進出しているパーティは全体数からみると極僅か。

 年々探索者は増え続けているので、いずれ第二試練に行かねば生活が苦しいとならないかぎりこの状況は変わらないだろう。


 これも探索者になるための条件の緩さが影響していた。


「ですので、チェシャさんが探索の意思がある方で良かったです」

「……あの塔に行きたいからね」

「……奥に行く探索者さん達はみんなそう言うらしいですね。何かお探しなのですか?」


 塔、すなわちグングニルである。

 だが、塔の伝承を追い求める他の探索者たちとは違う。

 チェシャ達は伝承のようなまやかしではなく実在するものを追っているのだから。


「……仲間の為に、かな」


 だが、チェシャ自身がそれを追う理由は浅い。

 格好がつかないと言葉を濁し、アルマもそれ以上追求するつもりはなく、話が変わる。


「分かりました! 私もサポートさせて頂きます! ──と言いたいのですが……」

「どうしたの?」

「ええと、ですね。知らなかったと思うのですが、組合の決まりで第二試練以降のサポートは有料となってまして……あはは」


 申し訳なさそうにアルマが苦い笑顔を浮かべる。


「別に良いよ、金額にもよるけど……いくら?」

「助かります……。迷宮一つの情報につき六千ゼルです」

「地味に高いね」


 そう言いながらも鞄の財布から銀色の硬貨を六つ取り出して、机を滑らせる。

 アルマは散らばりながら滑っていったそれらを慌てて回収し、まとめて傍に積み上げる。


「贅沢しなければ宿で五日は過ごせますからね。しかもこれ、千ゼルは私に入るんですよね……」


 言わなくても良いはずのことを言う辺り、彼女の性格が出ている。

 チェシャからすれば、世話になっているのは組合というよりアルマ自身。彼女が気に悩む必要など感じない。


「別に気にすることじゃないし、後で仲間にも出してもらう、それに、稼げるでしょ?」

「ええ、第二試練以降の素材、採取物は供給が少ない分高価ですね。テーマが荒野なので、迷宮外でも人があまり立ち入る場所でもないですし」

「へぇ」

「では、資料をお持ちしますね」


 アルマが立ち上がるが、すぐに座り直した。

 小首を傾げたチェシャが俯けく彼女の顔を覗き込むと赤い顔が見えた。


 俯いたままプルプルと肩を震わせた彼女はしばらくして口を開いた。


「……どの迷宮の情報をお探しですか?」

「おすすめで」


 察したチェシャが笑いすぎないよう耐えて答えた。彼女に一任した即答は信頼の裏返しでもあった。


 またの名を適当、もしくは思考停止とも言う。


「ふふっ。承りました!」


 短い期間で彼のことをなんとなく把握し終えたアルマは、まだ赤みの残る顔に笑顔を浮かべて頷いた。



 *


「まず、第二試練からはパーティごとに気球を所持してもらうことになっています」

「気球?」

「チェシャさんは魔術船というものをご存知ですか?」

「ごめん、知らない」


 名前からして魔術で動かす船だろうか、と推測するも姿形は浮かばない。首を横に振る。


古代技術(ロストテクノロジー)で出来ているとされる遺物なのですが、気球はそれを模倣したものですね。性能は遥かに劣化していますが──試練内を探索するだけなら十分な性能です」

「はあ」


 あまり理解できていなさそうなチェシャの明瞭(めいりょう)を得ないと言う顔。


「とりあえず、空を飛ぶものです」


 苦笑しながら纏めたアルマが一枚の紙をすっと机に滑らせる。

 紙にはバスケットの上に大きな風船が付いたような絵が描かれていた。


「第二試練でこれを使う理由なのですが、第二試練は荒野が広がっていて、所々に大きい渓谷もあります。橋をかけようにも強風も吹くため、それを利用して気球による移動になっています」

「そうなんだ」


 あんまり聞いていなさそうである。

 しかし、チェシャは空を飛ぶこと自体に興味があり、一部の言葉に目をぱちくりとさせた。


「問題はこの気球で、第二試練にいらっしゃる職人さんに作って貰わないといけないんです」

「もしかして、高い?」

「お値段はこちらが負担するのですが、一部の素材を探索者さんご自身に取ってもらう必要がありまして……」

「だから?」

「そこでこの迷宮の話になります」


 いつもの通り地図と出現する迷宮生物の紙がならぶ。加えてさっき見ていた気球の図が描かれてたものも横に添えられる。


 地図は迷宮らしいというよりは随分見やすい規則的な……一言で言えば、建築物のようなものだった。


「風の砦という迷宮です。その名の通り、強風が常に吹き荒れています。気球の球皮になる軽く、かつ丈夫な植物はここにしか自生しません」


 並べた資料の中から一枚を抜き取り、指で指示しながら説明を続ける。


「その植物はフクミソウと言うのですが、この植物は不必要に水を蓄えて自身を重くすることで強風に耐えています。荒野で水を蓄える為に全体的に太く、これを押し広げてから乾燥させることで、軽くて丈夫な継ぎ接ぎできる球皮になっているんです」


 彼女の説明を聞いているのか怪しいチェシャは気球の図を指して言う。


「気球、だっけ? もしかしてこの大きさだったら沢山取らないといけない? このバスケット、結構広そうだけど」

「かなりの量になります。具体的には運び屋さん用の大きな鞄一杯になるくらいには」

「運び屋って採取目的の人について行ってる人?」

「そうです」


 運び屋。


 戦闘に参加することは基本的に求められず、代わりに採取物などの荷物を全て担う──パーティのような固定メンバーではなく、その場限りの人員のことを指している。


 彼らの持つ鞄はとにかく容量のみを重視したもの。


 見るからに動きにくそうなそれを想像したのかチェシャの顔が青くなる。

 ボイドが持つ物よりも大きい鞄であり、かなりの量が要る事は容易に想像できてしまった。


 早いが話、面倒くさそうだ。


「うわぁ……」

「そんな理由もあって第二試練を突破する探索者さんも多くはないです。分母が少ないのもありますが……」

「そっか……とりあえず風の砦で気をつけたほうがいい迷宮生物は?」

「そうですね……カマイタチでしょうか」


 チェシャ側に普通の(いたち)の手が鋭利な鎌に変わっている動物の絵が描かれた紙が出される。


 チェシャは槍が当てにくそうだなと思いつつ、相手したことがない鎌に目を向けた。


「鎌か……」

「はい、素早い上に軽いので、強風に乗って両手の鎌で奇襲してくることで非常に殺傷力が高い迷宮生物です」

「軽いってことは体は柔らかい? 槍が通りやすいならいけそう」

「肉質は柔らかいそうです。当てるのが難しいらしいですが……」

「そいつに気を付ければいける?」

「ええと、もう一種います。化け狸といいまして、殺傷性はないのですが、自分を辺りの岩と似ている色にできます。不意打ちで隊列を崩されないようにだけ気を付けてください」


 差し出された絵は元々隣にあった大狸というものと変わらない見た目の狸だった。


「分かった。ありがとう、それだけあれば十分かな」

「はい、ご武運を! ……あっ! 気球が作成できる様になったらもう一度来てくださいね! お伝えしなければならないことがあるので」

「うん、りょーかい」


 チェシャは当たり前のように用意されていた写しを受け取り、アルマに軽く手を挙げてから立ち去った。



 *


「──だってさ」


 組合での話を説明したチェシャはそこまで言い終えると、皮の水袋から水を一口含んだ。


「なるほど、しばらくは採取ということか。風の砦は徒歩でも可能な位置にあるのも人為的なものを感じるな」

「試練って言ってるんだから、出来ないことはしねぇだろ」

「それもそうね。で、どうする?少し行ってみる?」


 ソリッドの言い分に頷いたクオリアがベンチから立ち上がって大盾を背負い直す。

 それに追随する様にアイスも勢いよく立ち上がった。


 空を飛べると聞けばやる気も出る。

 面倒な作業を除けば。


「でも、どうやって行くの? 第二試練って」

「研究ついでに知ったのだが、グングニルと似たようなものさ」

「あの変な感じがするやつか? フワって」


 身振りと擬音で伝えるソリッド。

 言いたいことは分かるとクオリアが頷く。


「確かにあれって変な浮遊感があるのよね」

「曰く、門番に行ったら連れて行ってもらえるらしい。とりあえず聞いてみようか」


 門番に声をかけると少し驚かれてから先導し始めた。

 向かう先は試練の入り口とは違う今までチェシャ達が衛兵たちの詰所だと思っていた場所だ。


「どうして驚いたのかな?」


 アイスがチェシャの服の裾を引っ張って尋ねる。その間にも衛兵は黙々と進み続ける。


 五人が詰所だと思っていた場所は生活感のかけらもない、さらに言えば何かの施設に近い場所。

 途中までは人の手で作られたのが分かる地下道を通っていたのだが、突然グングニルと似た構成材で出きた道に変わった。


「第二試練に行く人は少ないって言ってたから、かな?」

「だろうな。私たちが普段ここを通る時もこちらの道に通されているのは見なかったしな」

「着きましたよ。では、頑張ってください」


 略式の敬礼をするとそこから去っていた。

 何かの部屋の前に五人は取り残される。


「見事に同じだな」


 部屋の扉を開けたボイドが呟いた。

 中にはグングニルで見たそれと同じ装置が置かれており、光は灯っていないが、横にわかりやすく手形の溝の蓋が歌舞せられた端末が立っている。


「ここに手をかざすわけか」


 ボイドが手を溝に嵌めるように置く。


『攻略者確認、検査を行います。』


 板から光の線が伸び、五人を通りながら部屋中を駆け巡った。


『第一試練攻略を確認。第二試練への転移を許可します。』


 アナウンスが鳴った後、転移装置が光る。人智を超えた減少に自然と息が止まっていた五人が一斉に息を吐いた。


「全くもって不可思議なものだな」

「ボイドー、はやくいこーぜー。みんな行っちまったぞー」


 もうソリッド以外の三人は新天地に胸を躍らせ、光の中に消えて行ってしまった。


「すまん、今から行く」


 二人も後を追うように光の中へと潜っていく。

 五人を飲み込んだ光は静かに消えた。





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